特別企画
SAPが目指す車を通じた新たな世界~「コネクテッド・カー」への取り組みを聞く
(2014/3/19 06:00)
自動車業界でいま注目されているソリューションがある。自動車がインターネット回線につながり、それを介してさまざまなサービスを提供する「コネクテッド・カー」というものだ。コネクテッド・カーでは、行き先や現在地、ドライバーの好みなどによって、リアルタイムに自動車を介したサービスが提供されるという。
「例えば、ガソリンの残量が少ない時に給油場所となるガソリンスタンドを教えてくれたり、現在地に近いコーヒーショップの割引券を提供してくれたりといった具合だ」と、近未来の世界について語るのは、SAP サステナブル業界担当シニアバイスプレジデント 兼 コネクテッド・カー担当ジェネラルマネージャーのGil Perez氏だ。Perez氏に、SAPのコネクテッド・カーへの取り組みとその背景を聞いた。
コネクテッド・カーで拡大する自動車関連市場
コネクテッド・カー市場はまだ大きくはない。このサービスは、「車のラジオやエアコンなどと同様、オプションのひとつと考えられている」とPerez氏は説明する。ただし、コネクテッド・カーには単なるラジオやエアコンなどの部品以上の大きな市場機会が広がっているという。ラジオやエアコンは取り付ければそれで終わりだが、コネクテッド・カーではトランザクションも生まれるからだ。
「米国の自動車メーカーの市場規模は年間5320億ドルと言われており、それだけでもすでに大きなものだ。しかし、自動車に必要なガソリンや、自動車に乗って出掛けるレストランでの食事など、車に関連する市場の規模は自動車産業単独の規模とは比べものにならないほど大きい。その一方で、自動車がなければガソリン市場も成り立たないし、自動車なしでは行けない場所もあるというのに、自動車メーカーはそのような市場に全く入り込めていない。非常に大きな売り上げに結びつくチャンスがあるにも関わらずだ」(Perez氏)
そこでSAPでは、SAPの顧客である自動車メーカーと、コネクテッド・カーの関連サービスを提供する企業との橋渡し役となり、「5000億ドル市場を兆単位の市場にまで拡大する支援をしたい」(Perez氏)という。
「例えば、米国ではスターバックスが今後5年で1500店舗のうち900店舗をドライブスルー専用にしようとしている。店舗の大きさを縮小し、コストを下げてトランザクションの数を増やそうとしているのだ。ドライブスルーとなれば自動車がターゲットとなり、主要な交差点が出店のねらい目となる。主要な交差点にはガソリンスタンドもあり、ガソリンスタンドとスターバックスが同じような場所に出店することになる。ここで車から新たなトランザクションが生み出す仕組みを作りたいのだ」(Perez氏)
SAPといえば、本来ビジネスアプリケーション分野から始まった企業で、トランザクション管理などはまさに得意分野だ。コネクテッド・カー市場で主役となる自動車メーカーの多くとすでに取引があるのはもちろん、石油業界や小売業界など、さまざまな業界でのシェアも高い。「自動車メーカーはすばらしい車の作り方を知っているが、彼らのDNAはデジタルサービスの中には存在しない。だからこそ、SAPがそれぞれの業界をつなぎ、エンドユーザーにシームレスな体験を提供できるようにしたいのだ」とPerez氏は述べ、SAPがコネクテッド・カー分野で貢献できることについて語った。
より住みやすい世界が実現する
コネクテッド・カーで実現する世界はどのようなものになるのだろうか。冒頭で紹介したガソリンスタンドまでのナビゲーションやコーヒーショップでの割引券に加え、Perez氏は「特に米国で課題となっている駐車場の問題を解決できる」とする。
Perez氏によると、米国では市街地の渋滞のうち30%は駐車場のスペースを探し回る車が原因になっているという。「大都市では駐車場を探すのに平均8分かかるとされている。この8分を削減できれば、町も住みやすくなりガソリンやエネルギーの節約にもつながる。コネクテッド・カーで空車のある駐車場の情報を提供できれば、環境にやさしくなると同時に、ドライバーのストレスを軽減させ、遅刻の心配もなくなるのだ」とPerez氏。
もちろん、コネクテッド・カーでできることは駐車場を探すだけではない。駐車した後もコネクテッド・カー体験は続くとPerez氏は話す。
「車を駐車した場所は、最終目的地ではない。そこから目的地までどう歩けばいいかもナビゲーションしてもらえる。取引先との会議で相手先企業を訪問する際は、駐車場に入った段階でミーティングの相手に到着したことを自動で知らせ、会議室の部屋番号と場所を車に指示してもらうことも可能だ。ミーティングが終わって駐車料金を精算する時も、車内で自動精算ができるようになる。車にパーソナライズされた執事がいるようなもので、適切な時に適切な方法で適切なサービスを提案してもらえるようになる」(Perez氏)
すでに実現しているサービスのひとつに、SAPのライドシェアサービス「TwoGo by SAP」がある。通勤時のライドシェアを促すため、2011年7月にまずSAPが自社従業員向けに開始したサービスだ。TwoGo by SAPには約2年で8500人の従業員が登録し、3万6000件のライドシェアが実現した。現在ではドイツ、米国、カナダ、シンガポールなど、自動車通勤の多い国で導入が進み、NokiaやThomas Cookも利用しているという。
ほかにもSAPでは、BMWと共同でコネクテッド・カーに関するプロジェクトを進めている。2月26日にもSAPとBMW Group Research and Technologyが共同で、「SAP HANA Cloud Platform」を基盤とした車載モバイルサービス向けインフラを開発したと発表したばかりだ。今回開発したインフラにより、運転中に駐車場情報をドライバーに提供したりさまざまなクーポンを発行したりといったことが可能になる。Perez氏によると、現在日本の自動車メーカーともコネクテッド・カー分野における協業を模索中だという。
SAPは、コネクテッド・カー分野のサービス同士をつなぐマーケットプレイスを提供したい考えだ。マーケットプレイスでは、各業界の企業が自らのアプリを提案し、サービスを提供する。こうすることで「車だけで完結する体験ではなく、サービス同士がつながり、車を通じた新たな世界が実現する」とPerez氏は話す。
最後にPerez氏は、コネクテッド・カー市場の発展に向け、次のようなメッセージを投げかけた。
「ユーザーはシームレスな体験を望んでいる。異なる業界に渡ってさまざまな関係者やサービスプロバイダーが絡む場合、テクノロジーよりもシームレスに協力し合う力が重要となる。今後異なる業界間で協力し合う際、関係各社がどのようなインセンティブを見いだせるか、なぜ自分たちの顧客を共有する必要があるのか理解することが課題になるだろう。みな顧客は自分たちのものだと考えているが、実際には顧客は誰のものでもないことを理解してほしい」。