クラウド事業者にとって大切なものは?~IDC Frontierの取り組みを真藤社長に聞く


 先日、米国サンフランシスコでCitrixのプライベートイベント「Citrix Synergy 2012 San Francisco」が開催された。基調講演では、先進的なユーザーの取り組みを紹介/表彰する“Citrix Innovation Award”の受賞企業が発表され、CEOのマーク・テンプルトン氏とともに壇上に上がるのが恒例となっている。

 今年は、日本のデータセンター事業者であるIDCフロンティアが3社の最終候補企業に残った。惜しくも受賞は逃したのだが、その取り組みが世界レベルで高く評価されていることは間違いない。Citrix Synergy会場で、同社の代表取締役社長の真藤豊氏に同社の取り組みについて聞いた。

 

Innovation Awardの3社の最終候補に

 Citrix Synergy会場で発表されたInnovation Awardは、Citrixの製品/テクノロジーを活用しているユーザー企業の中から先進的な事例を選び、表彰するもので、テンプルトンCEOの基調講演の中で発表されるのが恒例となっている。

 今年のファイナリストはIDC Frontier、ESA(Educational Service of America)、Suncorp Groupの3社で、受賞企業はESAだった。しかし、内容を見るとそれぞれ異なる取り組みが選考対象になっていることに気づく。

 ESAは、さまざまな事情で学校での学習を続けられなくなった生徒などを対象に、Citrixの仮想化/コラボレーションの技術を活用した学習支援サービスを提供している。

 また、オーストラリアの金融機関であるSuncorpは、クラウドソリューションやデスクトップ仮想化技術を活用し、災害に強いオフィスを構築した。

 IDCフロンティアは、CloudStackの活用における先進性が評価されたものだ。つまり、最終的な受賞は逃したものの、IDCフロンティアのCloudStack活用は世界的に見てもトップレベルの水準だと評価されたことは間違いない。

 

CloudStack導入の理由は?

IDCフロンティアの代表取締役社長、真藤豊氏

 IDCフロンティアがCloudStackの導入を決めたのは、Citrixによる買収が発表される以前の話だ。導入決定の経緯について、同社のビジネス推進本部 サービス開発部の大屋誠氏は、「実績」と「完成度」が決め手になったと語った。

 CloudStackは、サービス事業者を前提にしたアーキテクチャを構築しており、しかも実装面でも高い水準にあった。一方、当時の競合製品では、「ビジョンはあっても実装が追いついていない製品もあった」という状況であり、その時点で既に「サービスレベルの機能を実現できていた」CloudStackにアドバンテージがあったという。また、その時点でRightScaleなどのサードパーティが存在していたことも大きな要素だったそうだ。

 同社ではクラウドに関して「エコシステムのビジネス」という認識を当初から持っており、CloudStackの選定の際にも「エコシステムの中に入ってビジネスを展開できるテクノロジーなのか?」という観点からの検討も行われ、その結果でもやはり残ったのはCloudStackだったのだという。

 

ユーザーから選ばれる理由は安定性 “CloudStackだから”ではない

 CloudStackの導入がユーザーからどのように評価されたか、という点に関して真藤社長は「ユーザーはCloudStackを理由に当社を選んでいるわけではないと思う」と語る。では、ユーザーは何を基準にクラウドサービスを選んでいるのだろうか。真藤社長は「ユーザーは『使ってどれだけ便利か(利便性)』『安定性があるか』『コスト』といった面からサービスを選ぶので、その結果がたまたまCloudStackを使った当社のサービスだった、という形だと理解している」と語る。

 この認識を踏まえ、同社のクラウドサービスは、「1に安定、2に安定。とにかくお客さまにご迷惑を掛けない。そのために少々コストが掛かっても、多少ローンチが遅れても、常に安定稼働を実現できることを優先した」という。

 この考え方は、コロケーションやホスティングといった従来のデータセンターのサービスに関する品質論とまったく同じであり、データセンター事業者であるIDCフロンティアが、こうした考え方でサービス提供に取り組むのは当然とも思える。

 

仮想環境でも物理環境でも“落ちてはいけない”ことは同じ

 一方でクラウドサービスについては、“ハイアベイラビリティ(HA)機能などの仮想化技術の恩恵を活用することで、そこそこの品質のITリソースを圧倒的な低価格でサービス化できる”という考え方もあるのではないだろうか。しかし、こうした認識は言下に否定されてしまった。

 真藤社長によれば、「どんなユーザーであっても、『万一システムがダウンしてもHA機能で自動復旧します』という話をして『それで良い』というユーザーはゼロだと思う。ユーザーにとっては、『仮想サーバーだろうが物理サーバーだろうが、落ちてはいけない』ということだけは間違いないはずだ」という。

 なお、これには俗に言われる“5秒ルール”の存在も密接な関係があるようだ。IaaS型クラウドサービスをいち早く台規模に利用し始めたのはオンラインゲームの提供者で、こうした事業者が利用するSNSプラットフォーム側では、エンドユーザーに対するサービスダウンの許容時間として“5秒”といったルールを設けているという。

 仮にこの許容時間を超えてサービスがダウンした場合は、SNSプラットフォーム側でサービス提供を停止する、という対応が行われる。

 極端な言い方をすれば、「プラットフォーム側の品質規定に合致しないサービスはプラットフォームから追放される」ということだ。こうした環境で、仮にサービス提供を担うサーバーがダウンし、HA機能によって再起動したとして、サービス再開までどのくらいの時間が必要だろうか。

 もちろん利用しているハードウェアのパフォーマンスなど、さまざまな要素が関係するが、5秒以内に自動復旧が完了するとは考えにくい。一般的には分単位の時間を要するだろう。

 こうした、信頼性/安定性に対するユーザー側の要求水準の高さは、IDCフロンティアのサービスで“HA構成が利用可能”という点が好評だったことからも明らかだと真藤社長は指摘する。

 「とにかく安定稼働させてお客さまに迷惑を掛けない。次いで、お客さまの使い勝手の利便性を徹底して追求していく、という方針だ。つまり、“安定稼働は必要条件”で、その上で“使い勝手をいかによくしていくか、これが十分条件”」というのが同社のクラウドサービスに対する基本的な考え方だという。

 その上で、「“必要条件”は既に満たしたと考えているが、十分条件の部分で、お客さまの利便性をさらに高めていく」という。CloudStackやRightScaleに対する同社の取り組みは、同社のいう十分条件に相当する、ユーザー側での利便性向上のための施策だという位置づけだ。

 CloudStackはアジア圏のサービス事業者で豊富な採用実績があるため、「CloudStackを採用する海外のデータセンター事業者と協業し、ちょうど携帯電話の国際ローミングサービスのような仕組みを実現しようという働きかけも行っている。ユーザーが海外に進出した場合でも、“日本で作った仕組みがそのまま使えるという環境までは担保していく必要がある”という認識だ」ともいう。

 ユーザーのためのセルフサービスポータルや各種運用管理作業の自動化といった取り組みとはやや次元が異なる話だが、大きく「ユーザーにとっての利便性向上」という枠内には収まる話であり、こうした取り組みを続けていくことがクラウド事業者としての競争力強化につながっていく、という点はよく理解できる話だ。

 

 データセンター事業者がクラウドサービスに取り組む場合、少なくともIDCフロンティアの場合は、従来のデータセンターの中核サービスである“コロケーション/ハウジング”“ホスティング”といったメニューで求められていた安定性/信頼性/可用性はそのまま維持しつつ、柔軟かつ動的なリソース割り当てなど、新次元の機能を追加することでクラウドサービスが成立する、という認識が強く感じられた。

 これは、“従来型サービスの延長上ではなく、コストとパフォーマンスのバランスを新たに設定し直した、まったくの新しいサービスとしてクラウドサービスが出現した”という漠然とした認識を持っていた筆者にとっては、驚きでもあった。

 コスト面では、ハードウェア構成の標準化やファームウェア設定等の徹底的な見直しなど、「コストを上げずに、信頼性を向上させるためのさまざまな努力を行っている」ということだが、高いサービス品質を維持しつつ、競争力のある価格を維持するための努力は大変なものがありそうだ。

 「日本市場は世界水準と比べても品質に対する要求が極めて厳しく、それが高コスト体質につながっている」という話は、製造業などに対する分析としてよく耳にするが、日本のクラウドサービスもすでにそうした状況にあるのかもしれないと思わされた。

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