ラース・ダルガードとSuccessFactorsがSAPのクラウドビジネスを一新する

SAPPHIRE NOW 2012で見たSAPのクラウド戦略


 もしかしたらこの人物は、SAPのクラウドビジネスだけでなく、あのマーク・ベニオフのようにクラウドの世界を一変させるかもしれない――。全身からあふれんばかりのパワーを発散させ、ステージを所狭しと動きまわりながらダイナミックなプレゼンテーションを展開する米SuccessFactorsのラース・ダルガード(Lars Dalgaard)氏。

 周知の通り、SuccessFactorsは2012年2月に独SAPによる買収が完了し、現在はSybaseと同様、SAPカンパニーの1社となっている。だが、SAPがSuccessFactorsとダルガード氏に求めたのは、ただの一子会社としての役割だけではない。

 ダルガード氏はSuccessFactorsのCEOを務めながら、SAPのエグゼクティブボードメンバーとして、約5500名が従事する同社のクラウドビジネス全般を統括する職責を負う。そこには、Business ByDesignなどクラウドビジネスに若干の行き詰まりを見せているSAPが、ダルガード氏に寄せる期待の大きさが伺える。

 本稿ではSAPPHIRE NOW 2012で行われたダルガード氏の基調講演をもとに、SAPが取ろうとしているクラウド戦略、特にSaaSオファリングを中心に考察してみたい。

 

クラウドでHCMを提供するSuccessFactorsとは?

米SuccessFactorsのラース・ダルガードCEO。SAPのクラウドビジネスを統括する立場でもある
SAP Global Marketing クラウドマーケティング部門バイスプレジデントのディネッシュ・シャルマ氏

 まずはダルガード氏が率いるSuccessFactorsという会社がどんな企業なのかをざっと見ていきたい。2001年、ダルガード氏が米カリフォルニア州サンマテオで創業したSuccessFactorsは、人材管理(HCM)システムをクラウド(オンデマンド)で提供するSaaSベンダーである。

 現在、ワールドワイドで3500社/1500万ユーザーの顧客を抱え、34言語/168カ国でサービスを提供している。もちろん日本法人(サクセスファクターズジャパン)も存在し、伊藤忠商事、楽天、アビームコンサルティング、住友化学など業種を問わず200社以上の顧客に導入済みだ。

 2011年の売り上げは約3億7500万ドル、そして2012年度は「5億ドルでクロージングする予定」(ダルガード氏)という。創業時の2001年の売り上げが78万ドルだったことを考えると、この10年で同社がいかに急速に売り上げを伸ばしてきたかがわかる。

 SuccessFactorsはSAPのほか、Oracle、salesforce.comなども買収を狙っていたとされる。同社の人材管理システムはなぜそこまでビッグベンダーの目に魅力的に映ったのか。

 いくつか要因はあるが、SAP Global Marketingでクラウドマーケティング部門のバイスプレジデントを務めるディネッシュ・シャルマ(Dinesh Sharma)氏は「オンプレミスでは構築だけで数年かかっていたような人事システムが数日程度で稼働でき、しかも状況に応じたダイナミックな変更が可能。クラウドならではという面も大きいが、SuccessFactorsの最大の魅力はクリエイティブでパワフルであること。また大企業だけでなく、会社の規模に応じてさまざまに活用できる弾力性もすばらしい。SAPのほかのソリューションとの統合においても大きなコンフリクションは生じないと見ている」と高く評価する。

 もともとSAPによる買収前から、SuccessFactorsのは「ビジネスを成功に導くためのHCM」として高い評価を得てきた。一般には企業におけるコスト構造において人件費が占める割合は全体の40~60%とも言われており、改善の余地が大きい部分でもある。

 また効率的な人員配置がビジネスにもたらすベネフィットも大きい。SuccessFactorsは「要員計画は人事部ではなくビジネス部門がやるべき」というポリシーを掲げている点が特徴で、現場のニーズに近く寄り添いながら、かつ長期的な視点でのビジネス遂行を支援するシステムを提供している。

 具体的には「戦略→整合性向上(要員計画、目標と評価)→人材の最適化(採用、報酬、学習、後継者計画)→実行&業績最大化(要因分析)→成果」というサイクルに沿った人員配置により、コストを低く抑えながら、成果を出すまでの期間を短くすることを可能にしている。また、採用だけでなく“退職管理”においても非常にすぐれた能力を発揮するため、後継者計画に悩む日本のグローバル企業などのサクセッションマネジメントにも重用されているという。個人の能力に頼りすぎたビジネスの遂行ではなく、人材管理の成熟度を高め、適切な人材管理プロセスを実現することでビジネスを成功に導くことを推進しているのだ。

 SuccessFactorsはSAPに買収されたが、過去10年にわたりいくつもの企業を買収してきており、40以上ものIPを保有する。そして、これらの技術をすべてクラウド上のひとつのテクノロジとしてまとめあげてきた。同社がクラウドでHCMを提供する理由は「去年と同じやり方では明日のビジネスはできない」、つまりはめまぐるしく変化する世の中の流れにダイナミックに対応する対応するためである。人材が流動するスピードも世の中と同様に加速しており、長期的な視野に立ったビジネス遂行を目指すならなおのこと、スピーディでエラスティックなシステム、すなわちクラウドが欠かせないのだ。


SuccessFactorsはトップ企業と平均的企業の間に存在するギャップを埋めるのは人材戦略だと主張している10年間で驚異的な成長を遂げたSuccessFactors。全世界に50以上のデータセンターをもち、セキュリティ面でも強い信頼性を誇る。クラウドという言葉がなかった時代からサービスを提供してきたが「オンプレミス全盛時代にわれわれを選んだ最初の顧客は勇気があったと思う」(ダルガード氏)と振り返る
SAPとSuccessFactorsの統合がもたらすベネフィットは双方にとって大きいとダルガード氏。顧客は「美しいユーザーインターフェイス、リアルタイムな人材戦略分析、圧倒的なクラウドのコスト効果を得られる」としているひとくちに人材管理システム(HCM)と言ってもタレントマネジメントや採用計画などさまざまな役割や機能が存在する。SuccessFactorsはそのすべてをカバーすると強調

 

フォーカスポイントは「People, Money, Customers, Suppliers」の4つ

 ダルガード氏が率いるSAPのクラウドユニットは今後、以下の4つをキーワードにマルチテナントなSaaSオファリングを展開していくとしている。

・People:SuccessFactorsの主力製品である人材管理システム「Employee Central」やタレントマネジメントなど人材戦略を中心としたソリューション。SuccessFactorsアプリケーションのHANAへの移行も推進中
・Money:「SAP Financial OnDemand」など財務/会計関連のソリューション。コアの会計にかかわる現金払いやインボイスのほか出張精算などにも対応させる予定。SuccessFactors製品との連携やモバイルアプリケーションの構築も視野に
・Customers:「SAP Sales OnDemand」などの顧客管理ソリューション。オンプレミスの「SAP CRM」を含む「SAP Business Suite」ソフトウェアとの連携/統合も進める。ソーシャルネットワーク機能の強化も
・Suppliers:部品調達や製品出荷などサプライチェーンを中心とするソリューション。「SAP Sourcing OnDemand」に今後も注力。オンプレミスの「SAP Business Suite」との連携も強化

 また、同日には顧客管理にソーシャル機能を追加する「SAP Social Customer Engagement OnDemand」を発表したほか、SAPPHIRE NOW終了後の5月22日には、クラウドベースのB2Bソリューション企業Aribaの買収を発表している。

 これらのオファリングはいずれも「モバイル」「ソーシャル」「アナリティクス」そして「インメモリ」という、SAPが掲げる重点項目とも密接にかかわった形で展開されることになる。

 特に注目されるのは、同じくSAPPHIRE NOW 2012で発表されたSAPのJavaベースのPaaS環境である「SAP NetWeaver Cloud(NEO)」との連携だ。NEOはHANA上で稼働するPaaSで、VMwareの「Cloud Foundry」とも連携可能なオープンなプラットフォーム。現在はβ版としてのテスト公開で、開発者に対しては無償でライセンスが提供される。このNEOは、SAP CTOでHANA開発の総責任者を務めるヴィシャル・シッカ氏がプロジェクトを推進しており、ダルガード氏のSaaSオファリングビジネスと歩調を合わせながら展開していくことになる。シャルマ氏によれば「7月ごろにはNEOの正式公開にこぎつけたい」とのことだ。

 なお、“HANA-as-a-Service”的なオファリングの提供について質問を向けたところ、シャルマ氏は「SAP社内でも“HANA-as-a-Service”の提供をディスカッションしているところだ。HANAはトランザクションも分析も両方行えるプラットフォームだが、SaaSとして提供するとなると膨大なトランザクションをいかにスピードを保ったままで提供できるかが課題となる」と語り、検討中ではあるものの、実現までにはまだ時間を要すると見通しを語る。


SAPがSaaSで注力するのは「顧客/人材/会計/サプライヤ」の4つの分野。これらに特化したオファリングを充実させていくとのことSuccessFactorsとHANAを統合させるプロジェクトも進行中。スピード、スケーラビリティ、アプリケーションの多様性が大幅に向上するSuccessFactors製品をはじめとするクラウドオファリングとSAP ERPや新PaaS環境「NEO」、サードパーティプラットフォームとの連携も進めていく

 

課題のひとつはBusiness ByDesignの立て直し

 SaaSオファリングの充実、NEOとの連携に加え、もうひとつ、SAPのクラウド戦略で期待がかかるのは“ERP on HANA”が今後どこまで進めむのかだ。今回のSAPPHIRE NOWではそのひとつの回答として、SMB向けのクラウドベースERP「SAP Business One OnDemand」をHANAで稼働させるプロジェクトを発表している。現在はβ版の段階だが、すでに4社の顧客が試験運用を開始しているとのことだ。ERPにおけるHANAマイグレーションの第1弾として、今後の展開が注目される。

 そしてERP関連で気になるのが中堅企業向けソリューション「SAP Business ByDesign」の今後だ。正直、Business ByDesignはあまり成功している製品とは言い難く、展開されているリージョンもかなり限定的だ(日本では未提供)。

 場合によってはBusiness ByDesignの市場からの撤退もありうるのかといううわさもささやかれるが、ダルガード氏は「Business ByDesignはわれわれにとってのパワーハウス。それはこれからも変わらない」と語る。

 一方で「今までその価値を示すための正しいマーケティングがされてきたとは言えない。良さを伝えるための努力が足りなかった部分は否めない。今後は新しい体制で、Business ByDesignへの投資は続けていく」と同氏による“ビジネスの仕切り直し”を明言している。日本を含め販売地域を拡大していくのか、あるいは金融など業種を限定して提供していくのか、いずれにせよ何らかの販売戦略の変更が行われることは確実だろう。


ダルガード氏はBusiness ByDesignやBusiness One OnDemandも含めて統括する。SAPとしては今後、Business ByDesignをどう扱うかがクラウドビジネスを失敗させないための鍵となりそうだ

 「SuccessFactorsのオペレーションは現在すべてSAPで動いている。Business ByDesignをはじめ、6週間で移行が完了した」とダルガード氏。SAPもまた、同社のHCMシステムをSuccessFactorsの「BizX」で刷新するとしている。

 SAPは2015年までにクラウド関連ビジネスの売り上げを20億ドルにするという目標を描いているが、そのためにはより幅広いユーザー層に向けて訴求力のあるメッセージを発信していく必要がある。SAPにはかつて、シャイ・アガシ氏という非常に訴求力の強いエグゼクティブが在籍していたが、ダルガード氏はアガシ氏とも違った強い個性、今までのSAPにはなかった風をもたらすかのような雰囲気を漂わせる。

 同社の共同CEOであるジム・スナーベ氏をして「ラースは雲(クラウド)の中で生まれたんだよ」と言わしめるほど、クラウドビジネスに強い情熱を傾けるダルガード氏。もし同氏がSuccessFactorsを成功に導いたときと同じようなリーダーシップをSAPでも発揮できるのなら、SAPのクラウドビジネスは売り上げ20億ドル達成が具体的に見えてくるだろう。

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