Ariba買収でクラウド加速 オンプレミスからの脱却図るSAP


 SAPがクラウドで猛攻をかけている。5月中旬の年次イベント「SAPPHIRE NOW 2012」で最新のクラウド戦略を発表した1週間後、クラウドベースのBtoBネットワークを提供するAribaを買収すると発表した。アナリストはSAPの素早い動きをおおむね評価している。一方でライバルのOracleがどう出るかが注目されている。そしてSAPは“クラウドDNA”を取り込めるのだろうか。

ドットコムバブル崩壊を生き残ったAriba

 Aribaは企業間の調達、取り引き、コラボレーションのためのネットワークを提供するベンダーだ。創業は1996年で当初からBtoB購買ネットワークの運営を主事業としてきた。1999年に上場した後、ドットコムバブル崩壊を生き残り、BtoBネットワークに加えてSaaS形式で調達などのソリューションを提供するクラウドベンダーに転身した。同社のネットワークには73万社が参加しており、その取引額は年間3190億ドルに達するという。2011年の売上高は前年比39%増の4億4400万ドルと報告している。

 今回、SAPは同社の前日の株価終値に20%のプレミアムを上乗せし、1株45ドルという値をつけた。総額にして43億ドルとなる。第3四半期の完了を見込んでいる。


バックオフィスからBtoBネットワークへ――ビジネスネットワークを実現

 SAPは買収したAribaを独立した事業として運営する計画だ。ERPで知られるSAPは主としてバックオフィスといわれる社内の業務ソフトウェアを主力製品としており、これにAribaの社外ネットワークが加わることになる。さらに、分析や高速処理を実現するインメモリなどのSAPの技術を組み合わせて、予測性、効率性、高速性などを付加できるとしている。

 「調達先の発見から支払いまでのクローズドな輪を実現するエンドツーエンドのソリューションを提供する。ソリューションはクラウド、オンプレミス、あるいはその両方のハイブリッドで実装できる」「ビジネスネットワークのイノベーションを新たに定義する」とSAPはプレスリリースで述べている。

 おりしも、SAPはクラウド分野で大きな変換と加速を図っているところだ。Ariba買収の前の週に開催したプライベートイベント「SAPPHIRE NOW」で、SAPはクラウド戦略の刷新を発表した。SAPは2011年12月にクラウド人材管理ベンダーのSuccessFactorsを34億ドルで買収しており、今春からはSuccessfactorsの創業者兼CEOのLars Dalgaard氏がクラウド事業を率いている。

 これまでSAPはクラウドスイートの「Business ByDesign」をクラウド分野の主力製品としてきたが、SAPPHIRE NOWでDalgaard氏は、「人」「サプライヤ」「顧客」「財務」の4カテゴリにクラウドサービスを分類し、4カテゴリの下で提供されるコンポーネントを組み合わせて導入・実装する疎結合アプローチを提唱した。Aribaの買収は、これを補完・拡大するものとなる。


「クラウドDNAを取り込む」

 こうしたSAPの動きに対するメディアやアナリストの評価は上々だ。ZDNet英国版は「SAPは(Ariba買収によって)、将来、企業がどのように仕事をするのかを示そうとしている」と述べ、BBCは「Aribaは非常にユニークな資産を持っており、SAPのクラウド戦略一新を補完するものになるだろう」というEvercoreのアナリストの言葉を紹介している。BloombergにコメントしたCross Researchのアナリスト、Richard Williams氏は「Aribaによって、社外のビジネス取り引きの自動化を手に入れることになり、クラウドベースのビジネスネットワークにおける強いプレーヤーになる」と述べている。

 InformationWeekはやや異なる観点でSAPのAriba買収を見ている。AribaがSalesforce.comなどのSaaSとは競合関係にない点に注意を促しながら、「SAPはAribaのビジネスネットワークの強さと広さに対価を払うものだ」とする調査会社Spend MattersのJason Busch氏の言葉を紹介している。「クラウドはどうでもいい。この取り引きは、買い手と売り手の間にあるスペースにフォーカスしたものだ」とBusch氏は言う。

 一方、Beagle Researchのアナリスト、Dennis Pombriant氏は、技術の取得よりもクラウド文化の獲得とみる。同氏はE-Commerce Timesに対し、「クラウド分野で遅れた企業が積極的に動いている。これは業界にとってよいことだ」とし、「Ariba買収は技術というよりも専門知識獲得を狙ったものであり、(クラウド)カルチャーの移植が重要になる」とコメントしている。

 創業来オンプレミスを専業としてきたSAPは、クラウド事業の離陸に時間がかかっている。Business ByDesignは発表から5年が経過しているが、買収間もないSuccessFactorsのDalgaard氏をクラウド全体のトップにしたことは、Business ByDesignがそれほど成功していないことを暗に示しているともとれる。Bloombergによると、共同CEOのBill McDermott氏は「われわれにはクラウドのDNAがない」と認めながら、(Dalgaard氏の下での新体制やAriba買収など)「業務ソフトウェア業界でわれわれは最も戦略的に動いているクラウドプレーヤーだろう」と述べたと伝えている。

 Dalgaard氏がSAPにクラウドDNAを持ち込もうとしている努力はみてとれる。5月5日付のDalgaard氏の社員向けメモ(リークしたものをForbesが公開)によると、SAPは2015年にクラウドでナンバー1を目指すこと、製品統合を加速しスピーディーに動くことなどを社員に呼びかけている。「多くの間違いを犯すだろうが、われわれは迅速に動くので気にすることはない。完璧にすることよりも、何かをすることの方が大切だ」と、これまでのSAPにはない語りっぷりだ。


Oracleとの対立

 Aribaの買収は、SAPが激しい競合関係にあるOracleとの戦いでも「競争力を改善できる意味のある動きだ」(E-Commerce Timesが伝えたInterarbor Solutionsのアナリストのコメント)と評価されているが、気になるのがそのOracleの動きだ。

 OracleはSAPがAriba買収を発表した同じ日に、クラウドCRMのVirtueの買収計画を発表した。だが、OracleがSAPのAriba買収を黙って見てはいないと見る者も多い。たとえばSAPウォッチャーのDennis Howlett氏はZDNetのコラムで、Oracleがもっと高値で買収を仕掛けるとの予想を披露している。前述のCross ResearchアナリストのWilliams氏も「新たな入札社が現れる可能性がある」とし、SAPとOracleが過去に、小売ソフトのRetekをめぐる争奪戦を繰り広げたことに触れている。

 SAPは2010年から、モバイルでSybaseの買収、データベース分野への参入、そしてクラウドと3分野の強化で大きな方向転換を図ってきた。これまでのところ、顧客もを評価しているようだ。同社は最新の業績報告で、9四半期連続でソフトウェアとソフトウェア関連の売り上げが2ケタの成長を記録したと発表している。

 もし、OracleがAriba買収に横やりを入れることになれば、SAPの戦略がくじかれることになる。そうでなくても、Oracleもオンプレミス専業からの脱却を図った買収戦略を強化することは間違いない。オンプレミスベンダー各社のクラウド転身はまだ始まったばかりなのだ。


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(岡田陽子=Infostand)
2012/5/28 10:04