DNA戦略で転身なるか? クラウド攻略に本腰のSAP


 ERP大手のSAPがSaaSベンダーのSuccessFactorsを34億ドルで買収すると発表した。他の既存ソフトウェアベンダー同様、クラウドでは追う立場にあるSAPだが、「買収により、クラウドを自社DNAに組み込む」と意欲を見せている。クラウドベンダーとしてのSAPの生まれ変わりはうまくいくのだろうか?

 

割高なSuccessFactors買収

 SuccessFactorsは2001年創業のベンチャー企業で、人材や業績管理などのソリューションをクラウド経由で提供している。顧客は約3500社、ユーザー数1500万を抱える。

 アナリストらはSAPの買収については割高ながらも、正しい判断と評価している。ライバルのOracleは10月に、パブリッククラウドをはじめとしたクラウド戦略を打ち出し、顧客管理のSaaSベンダーRightNow Technologiesを買収すると発表している。これに対し、SAPの出遅れが指摘されていたからだ。OracleのLarry Ellison氏はERPのSaaSベンダー、NetSuiteの主要株主でもある。

 なお、34億ドルという買収金額は、SuccessFactorsの年間売り上げ見込みの約8倍。バブルといわれたOracleのRightNow買収金額の場合は5.5倍だったので、割高感は否めない。

 

出足からつまずいた「Business ByDesign」

 SAPのクラウド戦略は、これまでどうだったのだろう。SAPが最初にクラウド製品「Business ByDesign」を発表したのは2007年だが、実際の投入は遅れた。マルチテナント対応にするため最初から作り直すなどの作業を行った結果、正式ローンチは2010年7月にずれこんだ。

 現在もBusiness ByDesignは、ドイツ、中国、米国など数カ国に提供先が限定されている。SAPは同時期、SaaSからPaaSへの拡大も発表した。そして2011年11月、Business ByDesignを土台とするアプリや拡張機能をパートナーが販売できる「SAP Store」を発表した。

 出だしで難航したものの、Business ByDesignへの評価は悪くない。Business ByDesign登場時にSAPのクラウド戦略をまとめたSilicon.comの記事でOvumアナリストのAngela Eager氏は、機能面では既存のオンプレミスよりも貧弱としながらも、「業績とビジネスアジリティを目標とするモダンなアーキテクチャ設計となっており、新技術のメリットを享受できる製品」と評価している。

 好評価の背景には、オンデマンドの本格展開と同時にSAPが打ち出した3つのスローガンがある。

 SAPは2010年はじめにCEO交代を発表。Leo Apotheker氏から、Bill McDermott氏とJim Hagemann Snabe氏の二頭体制に移行した。2人の共同CEOが最初に打ち出したのが「オンデマンド、オンプレミス、オンデバイス」だ。オンデマンドのSaaSやPaaSに加え、データへの高速なアクセスを実現するインメモリ技術とモバイルを推進するというものだ。

 以来、インメモリ技術ではIntelと協力して開発したアプライアンス「HANA」を発表。モバイルは2010年5月に発表したSybaseの買収で加速させるなど、歩を進めている。

 

成功に必要なのは“クラウドのDNA”

 ではSuccessFactorsは、SAPのオンデマンド・クラウド戦略にどう利用されるのだろう。SAPは買収発表時、SuccessFoctorsはSAPカンパニーとして独立して運営されること、創業者で現在CEOのLars Dalgaard氏が継続してCEOを務めること、Dalgaard氏はSAPの取締役会メンバーとなることなどを明らかにした。これはSybase、BusinessObjectsなど、これまでのSAPの買収パターンを踏襲したものだ。

 だが、これまでの買収が追加・拡大・補完的だったのに対し、SuccessFactorsは、ビジネスアプローチがまったく異なるクラウドベンダーという特徴がある。

 そこで見えてくるのが、クラウドをよく知っている人材やノウハウを獲得するという狙いだ。SuccessFactors買収発表後の電話会議でSAPは、Dalgaard氏はSuccessFactorsだけでなく、SAPのオンデマンド全体を率いることになると述べた。

 MercuryNewsによると、SAPはDalgaard氏というクラウド分野の人間を招き入れることで、自社のクラウド戦略を大きく前進させたいと考えているという。Forbesは、電話会議でSnabe氏が「成功に最も必要なのは、クラウドでのビジネスモデルを理解しているDNAだ」と述べたことを伝えている。

 アナリストもこの戦略を妥当なものと考えており、Constellation Researchのアナリストは「Dalgaard氏は、SAPが必要としているクラウドDNAを持っている。これはSAPの生まれ変わりに重要な要素となる」と述べている。

 

「クラウドで収益を上げる初のクラウドプレーヤー」

 SAPは、Dalgaard氏の参加とSuccessFactors買収で、事業としてのクラウド確立を期待している。Snabe氏は「クラウド分野のプレーヤーは多数いるが、実際に収益を上げているところはゼロだ」と指摘した上で、クラウドでの収益にはスケール(拡張性)が必須であり、SAPとSuccessFactorsが合体することで、「市場ではじめて、収益を生む拡張性を持つプレーヤーが誕生する」と述べている。

 また、SAPでオンデマンドを率いる副社長のPeter Lorenz氏は、オンデマンド部隊を5倍に拡大する計画をInformationweekに語っている。SAPがクラウドに本気だということは間違いなさそうだ。40年間ERPベンダーとしてやってきたオンプレミス体質への“クラウドDNA”注入は成功するのだろうか――。この数日後も、SuccessFactorsのライバルである人材管理ベンダーのRyppleをSalesforce.comが買収するなど、業界の動きは激しい。

 そんな中でもSAPのクラウド戦略の大きな特徴は、3本柱の1つという点だろう。インメモリによりデータベースでは2015年にナンバー2を目指すと豪語しており、インメモリやモバイルとの相乗効果も期待される。堅実さで知られるSAPはどんな転身を図るのだろう。

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(岡田陽子=Infostand)
2011/12/19 10:45