特別企画

さくらの石狩データセンターに見る、高効率データセンターの現在と未来

 10月上旬に、さくらインターネットの石狩データセンターの見学機会に恵まれた。外気冷却を採り入れた最新の高効率データセンターとして完成して約2年が経過しており、運用実績を積むと同時に、並列的に採り入れた様々なアイデアの実証結果も揃い始めている。

高効率の追求

さくらインターネット 代表取締役 社長 田中 邦裕氏

 さくらインターネットの石狩データセンターは、自然冷却を本格的に採り入れた最新アーキテクチャに基づく高効率データセンターとして設計された。

 データセンターの設計トレンドは比較的短いサイクルで切り替わっており、数年前までは都市型の高密度設計がトレンドだった。ブレードサーバーなど、IT機器側の実装密度が急上昇したことをうけ、スペース効率を重視したこの設計では、狭い領域で発生する大量の熱をいかに効率よく排出するかという冷却技術の追求に重きが置かれた。

 一方、石狩データセンターのような郊外型のデータセンターでは、スペース効率を無視するというわけではないが、むしろ電力効率の方を優先する。すなわち、極力電力を消費しないことを目指すのである。石狩データセンターは、北海道の寒冷な気候を前提に、可能な限り冷房に電力を使用せず、外気を採り入れて冷却を行なうことを前提に建物自体が設計されている。

 とはいえ、石狩データセンターの設計時点では、外気冷却を前提にデータセンターを設計すると言っても、その設計ノウハウはまだ確立されてはおらず、さまざまな手法が考えられるが、どれが最良かはまだ答えが出ていない、という状況だった。そこで石狩データセンターでは、様々な手法を並列的に導入し、運用しながらそれぞれの効果について検証するという形が取られた。

外気採り入れ口のフィルタ。ちょうどマシンルームの外壁を室外側から見ている形になる。分厚いフェルト状のフィルタが使われており、屋内に向かって少し吸引されている様子が分かる。内外の差圧も測定されており、フィルタの目詰まりなどを察知するためのデータとしても使われる

 たとえば、冷気の導入に関しては「壁吹き出し方式」と「天井吹き出し方式」の2種類の設計が試されている。

 現地を案内し、詳細な説明を行なってくれたさくらインターネットの代表取締役社長の田中 邦裕氏は、「今後は壁吹き出し方式は使わないと思う」と教えてくれた。その理由は、「壁吹き出し方式は低コストで効率面でも優秀だが、通気が良すぎるためか屋内の湿度が下がりすぎ、中で働く人の健康に良くない」とのことだ。データセンターの完全無人化が実現すればまた判断が変わってくる可能性があるが、現時点での判断としては天井吹き出し方式の方が優れているということになるわけだ。

 石狩データセンターはモジュール方式で順次段階的に拡張できるように考えられており、区画ごとに異なる設計を導入できるため、さまざまな方式を試すことができるのだが、最新の区画では一見すると都市型データセンターのようなホットアイル/コールドアイルを分離したキャッピング型の設計が採られている。

 これも、「いろいろ試した結果、実はオーソドックスなキャッピングの手法が一番良さそうだとわかってきた」ということだそうだ。実際には天井吹き出し方式とキャッピングを組み合わせ、冷気をコールドアイルの天井から降ろし、ホットアイルの熱気も天井から抜くという上下対流を活用している。

 一般的なデータセンターのマシンルームのような床下からの冷気吹き上げは使わないので、床下の嵩上げは不要になっている。空気密度の違いにより、冷気は重く沈み込み、暖気は上昇するので、その自然対流を活用しながら上下方向で循環させるのがもっとも効率的という結論だ。

 非常用発電設備も、こうした試行錯誤が行なわれた箇所の1つだ。

 石狩データセンターの非常用発電機としては、ディーゼルエンジンがずらっと並べられている。これは、初期コストが相対的に安価であることに加え、燃費が良いという理由で選定されたものだ。規模から言えば、一般的にはガスタービン発電機が導入されるところだが、ガスタービンは大型のものを一気に導入する形になるため初期コストが高く、また運転時の燃費もディーゼルエンジンに比べると悪い。

マシンルーム下の1F部分に並べられたディーゼル発電機。サーバールームの拡張が当初想定通りのペースであれば燃費も投資効率も良好な賢い選択肢となっていたはずだが、あまりに急激に事業が成長したことから、「このペースで成長するならガスタービンという選択肢もあり得た」という反省に繋がっている

 ただし、実際には非常用発電機を運転する機会そのものが極めて少ないため、運転時の燃費が多少悪かったところでさほどの影響はないのでは、という分析がでてきたという。また、ディーゼルエンジンはガスタービンに比べると出力が低いため、必要な電力量をまかなうためには小型の機器を多数設置する形になる。

 この特徴は、モジュール型の設計とも相性がよく、初期コストを下げることにも寄与するが、反面では稼働率の低い機器を大量に保有する形にもなるため、大型のガスタービンを少数導入して維持する方が実はトータルでのコストは低いのではないか、という考えに傾きつつあるそうだ。このように、運用実績を積み上げつつ、最良の設計を模索し続けていると言う点で、石狩データセンターはまだまだ進化の過程にある設備なのだといえるだろう。

誤算と急成長

 石狩データセンターは、当初はさくらインターネットが自社で提供するクラウド型サービスのためのプラットフォームとして企画された設備だ。自社の利用であればアクセスが不便な場所であったとしてもそれ以上のメリットがあれば問題ないという判断が可能だ。実際、北海道という寒冷な土地であり、さらに電力や燃料等のインフラも整った優れた環境である石狩湾近郊を選んだことで、高効率なデータセンターとなっている。

 ただ、当初の設計時点では全く想定外だった誤算と言えるのが、東日本大震災の発生だ。この大地震の経験から、データセンターやITインフラを地方に分散することで被災リスクを軽減するというDR(Diserster Recovery)需要が急拡大し、自社向けファシリティとして企画されていた石狩データセンターにもコロケーション需要が殺到することになった。

 具体的には、まず建設された1号棟には各100ラック設置可能なマシンルームが5室の計500ラック規模のスペースがあり、開設当初はそのうちの200ラックを自社サービス向けに利用、残り300ラック分は将来の拡張余地として空いていたのだが、現在は1号棟の半分、250ラック分のスペースがコロケーションサービス等による顧客向けラックとなっているそうだ。

 このように郊外型データセンターの需要動向が当初想定とは違ってきたことは、さまざまな誤算の連鎖を生んでいる。典型的なのは規模拡大のペースだ。

 自社サービスでの利用を前提に考えていた時点では、データセンターの規模拡張はあくまでもサービス需要の拡大に応じて段階的に進めていく想定であり、だからこそ比較的小さな単位で増設が可能なモジュール型設計を採ることが合理的だったわけだ。

 しかし、首都圏と同時に被災する可能性が極めてゼロに近い安全なファシリティとして注目が集まった結果、当初想定を大幅に上回るペースで1号棟のスペースが埋まってしまい、今年5月に着工、11月にオープン予定の2号棟もすぐに埋まってしまいそうな勢いだという。ここまで規模拡大が急ペースになると、実のところモジュール設計にするよりも最初から大規模なファシリティをまとめて一気に作ってしまった方が低コストということになってしまう。

 田中社長は、今後石狩データセンターはコロケーション用途には極力使わず、クラウドサービスのためのプラットフォーム専用とすべきではないかと考えていると語る。

 高効率データセンターとして設計された石狩データセンターだが、コロケーションスペースとして活用するとなると、顧客の意向や環境条件も無視できないし、システムダウンを招かないための高信頼性対策や機器の多重化などもより高水準で実現する必要がある。

 そうした理由から、現在の石狩データセンター 1号棟では、自社利用しているサーバールームとコロケーション用途で利用しているサーバールームとではPUEの値が大幅に異なっている状況だ。見学当日のデータでは、自社利用のサーバー室AのPUEが1.12という極めて良好な値になっているのに対し、コロケーションで使われていた他のサーバー室ではPUEが1.53となっており、1号棟全体でならして見た場合のPUEは1.21となっていた。

運用監視室で表示されていた運転ステータス。この画面は1号棟全体の状況を示すもの。10月上旬の曇天で、外気温は18.7℃。冷凍機は運転しておらず、外気だけで冷却できている状況だ。なお、石狩データセンターで算出しているPUEは敷地内の事務所部分も消費電力なども全て含んだ値となっているため、測定条件としては最も厳しい部類に入るものだ。そのやり方でオーバーオールPUEが1.21となるのだから、その効率の高さは相当なものだ
サーバー室ごとの詳細情報も表示される。サーバールーム1-Aでは、PUE 1.12となっている。なお、画面下部のイラスト表示が壁吹き出し方式になっている点に注意。サーバー室ごとに実際に採用されているエアフローの状況が正しく可視化されている。
コロケーション用のスペースとして使われているサーバールームのデータ。下のイラストから、ここでは天井吹き出し方式のエアフローが採用されていることがわかる。ラックがまだフルに埋まっているわけではないということもあってやはり無駄な電力消費が避けられず、PUEの値は1.53となっている。標準的なデータセンターのPUEとしては優秀な部類に入るが、やはり1-Aと比べると効率の低下は明らかだ

 PUEが2を切っていれば実運用中のデータセンターとしてはそこそこ優秀な部類であり、PUE 1.1台はごく一部の外気導入型の高効率データセンターでしか実現できない値である。そう考えると、半分をコロケーションスペースとして利用しながらもオーバーオールのPUEで1.21を達成している石狩データセンターは、やはり電力効率という点からは極めて高効率なデータセンターであることは間違いない。

 とはいえ、やはり本来のポテンシャルとしてはPUE 1.1台を達成できるはずでありながら、コロケーション利用のために本来の実力が発揮できていないことも事実であろう。今後建設されるであろう3号棟、4号棟といったあらたな設備がどのような用途/設計になるのか注目される。

新技術開発への取り組み

 石狩データセンターでは、単にファシリティの電力効率を追求するだけでなく、様々な新技術にも積極的に取り組んでいる。

 サービス分野では、インテルと共同でIAサーバーを利用した新たなオブジェクトストレージ・システムの実用化に取り組んでおり、まもなく正式サービスとして稼働し始める予定だ。

 ITハードウェアのコモディティ化の流れは着実に進行しているが、個人所有中心のままでは「いままでより高性能な機器をより安く買える」というだけの変化に留まる。しかし、コモディティ機器を高効率データセンターに大量に集積することで新たなクラウド型サービスを実装すれば、そのインパクトは従来の使い方とは次元の異なるものとなる。

 もちろん、従来型の都市型高信頼データセンターの需要も堅調だが、今後はこうしたクラウド型のデータセンターとコモディティ化されたIAハードウェアの組み合わせが新たなサービスをより低コストで実現していくための必須のプラットフォームとなっていくことになるだろう。

 このほか、石狩データセンターの周辺は海からの風が強く吹くことから、風力発電にも有利だったり、土地が広いことから大規模な太陽光発電設備も設置しやすいなど、自然エネルギーの活用にも有利な条件が揃っている。そのため、さくらインターネットでは、中部大学、住友電工、千代田化工と共同で計算の公募委託事業「高温超伝導直流送電システムの実証研究」を受託している。

 現状では、大規模な自然エネルギー発電を行なっても、その電力を既存の電力会社に販売するのは難しい。しかし、データセンターのような設備で自然エネルギー発電を手がければ、“自分で使う電力を自分で作る”一種の自給自足環境を実現できる可能性が出てくる。

 太陽光パネルの設置などは都市型のデータセンターでも試みられてはいるが、やはりビルの屋上に設置する程度の規模では気休め程度の出力しか得られない。しかし、郊外型データセンターの周辺に大規模な自然エネルギー発電設備を設置すれば話は変わってくるだろう。こうして、地理的に広大な範囲に拡がる自然エネルギー発電設備とデータセンターを高温超伝導送電設備で接続すれば、大電流を無駄なく搬送することが可能になる。

 石狩データセンターでは一部のラックで直流給電システムを導入しており、電力変換ロスを削減する試みを始めている。これと自然エネルギー発電/高温超伝導送電設備を組み合わせれば、周辺一帯から自然エネルギーで電力を作り出し、ロスなくラック内のIT機器まで搬送することが可能になる。

高圧直流電源システムを採用したラック列の外観。HVDCは「高圧直流」の頭文字。現在では交流/直流変換を行なう電源ユニットの変換効率もかなり上がってきているが、データセンター全体での効率最大化を目指すのであればやはり高圧直流給電にはそれなりのメリットがある。
サーバールーム内に設置された直流給電対応のラック、背面両側に電源コネクタが設けられ、赤い電力線でサーバー内部に引き込まれている。サーバー内蔵の電源装置はごくシンプルなもので済むため、通常電源装置が収まっているスペースがぽっかり空いているように見える
近々正式サービス開始予定のオブジェクトストレージサービスのためのシステム。Intelのリファレンスアーキテクチャに基づいたIAハードウェアをインテリジェントなストレージノードとして利用し、全体をソフトウェア(Amplidata)で制御することでオブジェクトストレージを実現するもの。クラウド時代のストレージとして、従来のブロックストレージとは異なるニーズをカバーすることになる

 大規模な次世代電力供給環境の実現に向けた研究も、北海道/石狩という立地ならではの取り組みが可能になっている。単に都心から離れた安全な広い土地で寒冷な気候、というだけの条件に留まらず、様々なインフラが整い、先端的なインフラ構築にも取り組める場所であることが石狩データセンターの重要性をますます高めることに繋がっている。今後石狩データセンターからデータセンターのさらなる高効率化に向けた様々な成果が生まれてくることに期待したい。

渡邉 利和