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三菱電機がOTセキュリティベンダーの米Nozomi Networksを買収、デジタル基盤「Serendie」関連事業を強化
2025年9月10日 12:12
三菱電機株式会社は10日、OT(Operational Technology:制御・運用技術)セキュリティソリューションベンダーである米Nozomi Networksを完全子会社化すると発表した。2025年中に買収を完了する。
9月9日の夕刻に行った会見で、三菱電機 専務執行役 CDOの武田聡氏は、「今回の完全子会社化により、OTセキュリティ事業およびNozomi Networksを、三菱電機のデジタル戦略の核とし、デジタル基盤であるSerendie(セレンディ)関連事業全体の強化を図る。OTセキュリティ事業の売上高を、今後10年で10倍にし、グローバルNo.1のOTセキュリティソリューションプロバイダーを目指す」と宣言した。
三菱電機では、Nozomi Networksに対してすでに7%を出資しており、新たに93%を取得して完全子会社化する。買収金額は8億8300万ドル(約1290億円)となり、同社による買収案件として過去最大となる。三菱電機では、2027年度までの3年間で1兆円のM&A投資枠を設定しており、今回の買収はその一環となる。「重要なピースのひとつになる」と位置づけた。
完全子会社化後も、組織は独立して運営。「高い成長性を阻害しないようにしながら、三菱電機とのシナジーを求める」(三菱電機の武田CDO)としている。
Nozomi Networksは、2016年に設立したOTセキュリティソリューションベンダーで、「この分野では、グローバルトップクラスの技術を持つ。持続的に業界初のイノベーションを生み出す技術力と、幅広いOTセキュリティのソリューションポートフォリオが強み」(三菱電機の武田CDO)だという。
米国サンフランシスコに本社を置き、スイス・メンドリシオに開発拠点を持つ。従業員数は315人で、75カ国1000社以上に製品を導入。売上高の約4割が米国、約3割が欧州であり、豪州や中東でも高い実績があるという。2024年の売上高は7500万ドル(約110億円)、2022年からの年平均成長率は33%となっている。SaaSの成長が著しく、全社での粗利率は70%以上を誇る。
ワイヤレス通信をはじめとしたOT環境からのデータ収集技術、リアルタイムでの異常検知を可能とする侵入検知技術、多様なOTおよびIoTデバイスを網羅する可視化技術、AIを活用した高度な分析技術を持つほか、サブスクリプションモデルを中核とし、高い収益基盤を構築。高付加価値ソリューションを継続的に提供しているのが特徴だ。
武田CDOは、「OT領域ではレガシーシステムが多く稼働しており、脆弱性を抱えた機器がサイバー攻撃の標的となるケースが増加している。OT領域は止めることが許されない重要な設備が多く、サイバー攻撃による被害は極めて深刻である。その一方で、国際標準としての規格化や各国の法規制の整備が進むといった動きがある。OTセキュリティ市場は急拡大しており、2025年に2兆9000億円の市場規模が、2035年には15兆1000億円になると予測されている」とし、「Nozomi NetworksのOTセキュリティは、ネットワーク上の異常をいち早く検知し、顧客をサイバー攻撃から守ることができる」とする。
一方、三菱電機は、電力や鉄道などの社会インフラや、自動車などの製造業を中心とした幅広い顧客に対して、2023年から、OTセキュリティソリューションの提供を開始。これまでは、製造業での事業展開を見据えて、インダストリー・モビリティBA(ビジネスエリア)に専任組織を設置し、事業活動を進めてきた。2024年にはNozomi Networksと協業契約を結んでおり、三菱電機のシーケンサーに、Nozomi Networksの侵入検知センサーを搭載した製品も市場投入している。
武田CDOは、「今回の完全子会社化により、OTセキュリティ領域における事業基盤を一気に拡大できる。三菱電機とNozomi Networksがそれぞれに持っている多種多様な顧客基盤から、セキュアに得られるデータを活用して、Serendie関連事業をグローバルで飛躍させる」と抱負を述べた。
三菱電機が持っているリスクアセスメントから対策、運用に至るまでのOT領域の知見と、Nozomi Networksの可視化技術、侵入検知技術などのセキュリティ技術、AI活用の組み合わせによって、堅牢なセキュリティソリューション、安全性と常時稼働の両立、AIを活用した分析支援サービス、OTでのドメインナレッジを生かした課題解決などの顧客価値を提供できるという。
今回のNozomi Networksの完全子会社化によって、三菱電機が強調しているのが、Serendie関連事業の拡大だ。
武田CDOは、「今回の買収は、Serendie関連事業を拡大できると考えて踏み切ったものである。Serendie関連事業において、Nozomiのアセットをフル活用することで、飛躍的に事業をスケールさせる」と意欲をみせる。
Serendie関連事業は、2025年度見込みの売上高が6800億円であり、2030年度には1兆1000億円に拡大する計画を打ち出している。「Nozomi Networksの完全子会社化により、2030年度には1兆1000億円の目標達成を確実なものにするとともに、その後の飛躍的な成長につなげる」と語る。
Nozomi Networksの売上高は、日本円で約110億円であり、その規模では、1兆1000億円という目標に対する貢献度は低く感じられる。その点について武田CDOは、「OTセキュリティの市場成長が大きいことに加えて、OTセキュリティは製造現場に近いところで導入されるものであり、三菱電機のOT領域の強みを生かすことができ、事業を拡大できる」と、大きな相乗効果を見込んでいることを明かす。将来的には、OTセキュリティ以外の領域にもNozomi Networksの技術を活用できると考えている。
また、三菱電機 専務執行役 インダストリー・モビリティBA オーナーの加賀邦彦氏は、「三菱電機は、FA(ファクトリーオートメーション)事業において、コンポーネントの売り切りビジネスから、データを収集し、さまざまなサービスを提供するビジネスへ広げようと考えている。そうしたビジネスを広げていくためには、セキュアなデータを収集し、管理できるNozomi Networksの技術が有効である。お客さまにも安心して、データ活用に踏み出してもらえるようになる。FA事業を加速させるためにも必要となる技術である」と述べた。
将来的には、Nozomi Networksの技術によってセキュアに収集したデータをもとに、Serendieへと展開し、製造現場全体の制御や自動化ソリューションの提供、施設全体のエネルギーマネジメントへの展開などのほか、これらのノウハウをビル領域やインフラ領域にも広げることができるという。
三菱電機では、Nozomi Networksが持つSaaS商材やクラウドサービス基盤、AI技術などのビジネスアセットの取り込みにより、Serendieの質的強化を図るほか、三菱電機が持つコンポーネントに、Nozomi NetworksのOTセキュリティ技術を実装することで、製品を強化する考えを示す。
さらに、収集したデータを活用した新たなサービスの提供も視野に入れている。
加賀専務執行役員は、「Nozomi NetworksのOTセキュリティは、セキュリティの強化だけでなく、OT領域のデータ収集を可能にする。現場では、さまざまなベンダーの多種多様なコンポーネントが稼働していることから、データ収集そのものが困難であったり、収集したデータを意味づけることができなかったりするため、分析や活用に課題があった。工場全体のデータを丸ごと取得するのはハードルが高い。Nozomi Networksが持つデータ収集技術を活用することで、100以上の通信プロトコルへの対応が可能になり、さまざまな機器から豊富な現場データを得ることが可能となる。質が高いデータを、大量に取得できれば、Serendieを通じて、これらのデータを最大限に活用でき、顧客とともに、OTセキュリティの枠を超えて、価値がある新たなサービスを創出できる」と自信をみせた。
すでに、Nozomi Networks側でも、OTセキュリティの枠を超えたソリューション開発に取り組んでいるという。
想定する事例として挙げたのが、インダストリー分野でのSerendieの適用ケースだ。
三菱電機が持つ製造現場のノウハウと、Nozomi Networksのセキュアな環境をもとに収集するデータを組み合わせて、実効性と生産性が高い生産現場のデジタル化を実現できるという。データをAIエージェントによって高度に活用することで、生産ラインの最適制御、予防保全、エネルギーの最適活用などが可能になり、「モノづくり現場に革新をもたらすことができる」(武田CDO)と述べた。
また、「双方が持つ顧客基盤に対して双方のソリューションを提供し、成功体験を積み上げていくとともに、統合的なセキュリティソリューションの構築も進め、製造だけでなく、インフラ、ビルなどの業界とともに、データを活用した実践的なソリューションを共創する。さらに、現場での活用を通じて継続的に磨き上げ、再現性と汎用性を高めてパッケージ化する。SaaSモデルにより、世界中の多くの企業でも利用できるようにし、Serendie関連事業の成長とプレゼンスの飛躍につなげる」とした。
Nozomi Networksは、全世界で、製造業やビル、インフラなどの各領域での導入実績を持っており、顧客接点を活用して、Serendieによるグローバル展開を拡大する考えも示した。
また、「Nozomi Networksが持つ技術に加えて、スピードや柔軟性、革新性といった文化は、三菱電機の事業に新たな可能性をもたらし、イノベーティブカンパニーへの変革に向けた力になる」とも述べた。
今後は、グループに蓄積した技術やノウハウの活用、新たな買収などにより、データ分析やAIエージェントの活用などを強化することも視野に入れているという。
なお、日立はLumadaの成長戦略の中心に買収したGlobalLogicを据え、またパナソニック コネクトでは、Blue Yonderを軸にサプライチェーン領域での事業成長を模索している。
Serendieが得意とする製造現場におけるデータ活用などにおいて、Nozomi Networksが果たす役割は大きいといえそうだ。そして、武田CDOが語るように、「データをセキュアに収集したり、さまざまな機器からのデータをあまねく収集したりできる環境が整うことで、各BAの強みを生かしたデータの利活用が促進でき、Serendieを伸ばすことができる」という点も見逃せない。Nozomi NetworksのOTセキュリティソリューションは入り口に過ぎず、むしろ、その先の広がりの方が大きいといえる。
OTセキュリティを切り口に、Serendieを拡大させるシナリオは、的を射ているといえそうだ。