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富士通と横浜国立大学、台風に伴う竜巻の発生を予測するシミュレーションの実証に成功

スパコン「富岳」を活用

 富士通株式会社と横浜国立大学は12日、スーパーコンピュータ「富岳」を用いて、台風に伴って発生する竜巻の予測を可能にする気象シミュレーションの実証に、世界で初めて成功したと発表した。

スーパーコンピュータ「富岳」

 富士通の大規模並列処理技術と、横浜国立大学台風科学技術センターが開発した気象シミュレータ「CReSS(Cloud Resolving Storm Simulator)」を組み合わせるとともに、大規模並列処理向けに最適化。富岳の8192ノード(全体の20分の1のリソース)を利用して、計算時間を大幅に短縮した。

 今回の技術を用いることで、2024年8月に発生した台風10号の場合、4時間後の竜巻発生の予測には11時間以上を要したが、これを74分間でシミュレートし、実際に発生した竜巻を実時間以上の速度で再現できると確認されたという。これにより、リードタイムを持って竜巻の発生を予測できることが示されたことになる。

CReSSの大規模並列化:効果
2024年台風10号に伴う竜巻の再現:概要

 今回開発した富岳で稼働するCReSSは、2025年3月までに研究コミュニティ向けに公開する予定であり、地球環境問題解決への貢献を目指すという。

 両者は2022年11月に、「富士通-横浜国大台風リサーチ・ラボ」を設立。台風発生のメカニズムの解明や台風予測シミュレーションの高速化、高精度化に関する共同研究を実施してきた。

 富士通では、「コンピューティングによるイノベーションを実現するには、専門家と手を組むのが最適だと考えている。気象災害の予測および被害軽減の取り組みにおいては、日本有数の台風研究者が多数所属する横浜国立大学と、スモールリサーチラボを設立するのが最適だと考え、活動を開始した」(富士通 富士通研究所コンピューティング研究所長の中島耕太氏)と振り返る。

富士通 富士通研究所コンピューティング研究所長の中島耕太氏

 従来の気象シミュレーションでは、竜巻発生の予測に必要な解像度で局所的な強風予測ができるモデル設計にはなっていないことや、台風全体やその進路を含む広範囲な領域を、100m以下の高い解像度でシミュレーションしなくてはならないため、計算量が膨大となり、予測には使えないという課題があった。

 横浜国立大学総合学術高等研究院教授、台風科学技術研究センター副センター長の坪木和久氏は、「1999年9月の台風18号によって発生した日本最大規模の竜巻によって、負傷者が400人を超えた。この現場を直接見て、当時、シミュレーションモデルを開発していた私たちは、これを活用した予測を実現しなくてはならないと考えた。四半世紀を経て、それが実現できた」と前置き。

 「日本での竜巻の単位面積度での発生数は、米国とほぼ同じであり、頻繁に発生している。日本中どこでも発生し、季節、時間を問わない。また、観測できないほどの小さな規模であるが、破壊力は大気擾乱(じょうらん)のなかでも最強であり、危険なものである。中でも、スーパーセル積乱雲など、台風に伴う竜巻は全体の2割だが、影響度が大きい」とする。

 その上で、「竜巻のシミュレーションは難しく、さまざまな課題があり、数値予報モデルによる予報は行われてこなかった。2008年3月26日から竜巻注意情報の運用を開始しているが、的中率は数%と精度が低く、改善が行われていない。そのブレイクスルーとして今回の数値モデルを用いた予測は位置づけることができる。富岳という大規模な計算リソースがあって、初めて実現できた」と自信をみせる。

横浜国立大学総合学術高等研究院教授、台風科学技術研究センター副センター長の坪木和久氏
竜巻とは何か

 今回の技術は、雲スケール(水平方向で50m~2000mの範囲)からメソスケール(水平方向で2km~2000kmの範囲)まで、高精度なシミュレーションが可能なCReSSを生かして実現している。

 また、竜巻を発生させるスーパーセル積乱雲の形成・発達を高精度にシミュレートするために課題となっていた計算時間を短縮するために、竜巻予測に必要な精度を維持しながら、計算量を大幅に削減したCReSSの軽量モデルを開発。さらに、富士通の大規模並列処理技術として、富岳のサーバー間のネットワーク構造に適したシミュレーション処理のマッピングや、演算とファイル出力のオーバーラップ実行を適用することで、富岳上でのシミュレーション時間を短縮し、従来の所要時間よりも大幅に速く、予測結果を導くことができるという。

雲解像モデル CReSS(Cloud Resolving Storm)

 ここでは、雲解像モデルと呼ばれる数値モデルを活用。これにより、竜巻のような小さな現象と、台風のような大きな現象まで、約1000倍の違いがある現象を同時に計算し、予測することができるという。

 富士通の中島氏は、「台風全域の竜巻を再現できる解像度でのシミュレーションを行うためには、水平約600km四方を、80m解像度で、鉛直方向も含め約30億地点の情報を収集し、さらに約30億地点の風速、風向、雨量などを時刻順に計算して、保存する必要があった。そこに、富岳の膨大な計算資源をフル活用する大規模並列処理技術が必要となる」と課題を説明。

 そして「富士通では、CReSSの大規模並列化に向けて、富岳の6次元メッシュ/トーラス構造で最適な計算プロセスの配置を行い、さらに、ファイルアクセス最適化を行うために、メモリ上のデータを結合した形で書き込むことでコストを削減。ファイル出力と演算を同時処理することで高速化を実現した。数千ノードにスケーラブルしても、高い並列効果を実現し、最適化によって、約9倍の高速化を達成している」と述べた。

CReSSの大規模並列化:技術

 実験では、2024年8月に発生した台風10号に関する気温、気圧、湿度、風向き、風速などの3次元空間データを活用し、九州地方に接近および上陸した際の台風全体のシミュレーションを実施。九州東岸で発生した多数の竜巻を再現することに成功したという。

 だが、今回の技術には、まだ課題が残っていることも指摘する。

 横浜国立大学の坪木教授は、「現状では時間と場所に誤差があり、竜巻発生のポテンシャルを予測できるようになったという範囲である。今後、誤差がなく、時間と場所を高精度に予測できるようにする必要がある。また、竜巻を発生させる台風と発生させない台風がある。これらを識別して、台風に伴う竜巻を精度よく予測できるようにするという課題もある。そして、寒冷前線をはじめとして、台風以外によって発生する竜巻の予測を可能にしたい」と述べた。

 今後は、アンサンブル(集団)予測に発展させ、複数地点での予測や連続的な予測を可能にする考えであるほか、AI技術を活用しながら、さらなる高速化や予測精度の向上に取り組むという。

 横浜国立大学の坪木教授は、「今後、実験を重ね、確信を持って予測できるようにしたい。台風に伴う竜巻などの強風、大雨を予測し、その被害を減らすための研究を、富士通とともに推進し、防災につながる技術になることを期待している」とした。

会見に出席した富士通および横浜国立大学の関係者