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「社員の作業時間を1カ月で3868時間削減した」――、SAPジャパンがユーザーグループと共同で事例を紹介

 SAPジャパン株式会社とジャパンSAPユーザーグループ(JSUG)は8日、SAP S/4HANAの活用事例に関するプレスセミナーを開催した。両者は共同で、ビジネス書籍「~事例から学ぶ~SAP S/4HANA導入がもたらす企業のビジネス変革」を同日に出版しており、今回のセミナーではこの書籍の中からトラスコ中山株式会社と東京化成工業株式会社の事例を紹介した。

DXによる自動化を実現したトラスコ中山

 プロツールの専門商社であるトラスコ中山では、「デジタル化によってサプライチェーンの中に潜む課題や無駄をなくし、全体の利便性を高めることを目指してプロジェクトに取り組んだ」(JSUG 会長 および トラスコ中山 取締役 経営管理本部本部長 兼 デジタル戦略本部本部長 数見篤氏)という。

JSUG 会長 および トラスコ中山 取締役 経営管理本部本部長 兼 デジタル戦略本部本部長 数見篤氏

 中でも、業務改革につながる新機能として自動化に注目。「自動化とはデジタルを活用することであり、そこにデータが蓄積できることになる。また自動化によって、顧客や社員の価値に転換することも同時に目指している」と数見氏は語る。

 そのデジタル基盤として、トラスコ中山ではSAP S/4HANAを中心とした仕組みを導入。従来の勘と経験の経営から、データドリブンの経営へと変革しようとしている。「SAP S/4HANAの基盤構築により、業務プロセスがデジタル化され、あらゆるデータが蓄積される。そのデータを分析することで、より適切な業務の自動化や新サービスなどに生かす」(数見氏)とした。

 具体的な事例として数見氏は、AIによる見積もりの自動化を実現した「即答名人」を紹介。これは、これまで手作業で行っていた見積もり依頼の回答業務を、デジタル基盤で自動化するものだ。「これまでは、見積もり依頼に対して担当者が価格と納期を計算し、数時間から1日後に回答していたが、即答名人によって適切な価格や納期が数秒で回答できるようになった」と数見氏。2021年5月の1カ月間で、自動回答による見積受注率は29.1%となり、自動化によって削減できた社員の作業時間は3868時間におよぶという。

トラスコ中山の「即答名人」による成果

 また、在庫管理システム「ZAICON3」では、商品の必要在庫数を売上実績から予測計算して提案。これにより、「経験や勘で需要を予測するのではなく、データを基に精度の高い在庫管理ができるようになった。その結果、2021年5月の1カ月間で在庫ヒット率は91%にまで向上し、欠品数も大幅に減少、欠品対応をしていた社員の作業時間も1064時間削減できた」と数見氏は説明する。

トラスコ中山の「ZAICON3」による成果

 さらに、よく使用されるプロツールを顧客先に置き薬のように設置し、利用した分だけ料金を請求する「MROストッカー」というサービスも実現。数見氏によると、1年で約150件の導入があったといい、「今後さらに成長が見込まれるサービスだ」という。

「MROストッカー」について

複雑化したシステムを大きく刷新した東京化成工業

 研究開発用試薬をはじめとする製品原料の製造販売を手掛ける東京化成工業は、デジタル技術を活用しながら俊敏にビジネスモデルを変革し、データ中心の経営戦略に移行しようと、DX推進プロジェクトに取り組んだ。

 2004年よりSAPを導入していた同社では、海外事業展開の容易さや各国でのコンプライアンス対応など、さまざまなメリットを享受しつつも、システム構成やデータ構造が複雑化し、データを中心とした経営が俊敏に行えなくなってきたことが課題だった。そこで、「業務改革とシステム刷新が必要だと考え、SAP S/4HANAを中心としたシステムに大きく切り替えてDXを目指すことになった」と、東京化成工業 執行役員 Global IT Headの幸村祥生氏は説明する。

東京化成工業 執行役員 Global IT Head 幸村祥生氏
東京化成工業の過去と現在のシステム構成

 同プロジェクトは、事業部門が中心となって展開した。担当部門がベストプラクティスを理解できるよう、化学業界におけるベストプラクティスのテンプレートの適用、開発方式としてはウォーターフォールとアジャイルを採用した。これにより「開発期間は想定より長くなってしまったが、業界標準を重視した構築でシステムの維持が容易になった」と幸村氏は話す。

開発方式はウォーターフォールとアジャイル

 基盤を維持するにあたっては、ITメンバーの評価と目標設定を考慮したほか、グローバル化に向けて標準化を意識し、ITILをベースとした運用体系を構築した。

 その成果について幸村氏は、「導入後間もなく、サプライチェーン部門でプロセスの可視化と自動化、最適化によって大幅なコスト削減を達成した。変化への対応力強化も期待水準に到達している。特にシステム面では、標準化プロセスを導入したことで、業務効率が改善し、外部の新しい技術を素早く利用できる環境が整った。これは今後さらにプラスに働くだろう」と語る。

 導入後の定量的な効果測定はできていないものの、「SAPはインフラと割り切り、今後新たな付加価値をどう作っていくかにフォーカスしている」と幸村氏。また、今後健全なシステム構成を維持し、レガシー化の再発を防止するため、「ITILベースの運用で、今後のブラックボックス化を防ぎたい」とした。

東京化成工業のプロジェクトの成果

 SAPアジアパシフィック&ジャパン シニアバイスプレジデントの神沢正氏は、SAPの考えるERPの定義について、「業務を標準化し、経営管理を高度化し、企業のグローバル対応を支援するものがERPだとSAPでは考えている。2021年の現在もこの価値は普遍的だが、技術進化が進み、AIやIoTなど数多くのインテリジェント技術が登場した今では、こうした新技術が競争優位性を保ち、グローバルでビジネスを発展させる支援をしている。そのため今後のERPは、普遍的な価値にインテリジェント技術を中心とした新たな価値を加え、次の20年を支えるコア基盤を築くものとなる」と話す。

SAPアジアパシフィック&ジャパン シニアバイスプレジデント 神沢正氏
SAPが示す、これまでのERPとこれからのERP

 JSUGの会長を兼任するトラスコ中山の数見氏は、「先が不透明な今のような時代には変革が必要で、その手段となるのがデジタル基盤だ。真のDX実現に向けた基盤づくりはたやすくないが、今回出版した書籍には地に足のついた14社の事例が紹介されている。この事例が変革の役に立てば幸いだ」と述べた。

 「~事例から学ぶ~SAP S/4HANA導入がもたらす企業のビジネス変革」の電子書籍版は、JSUGのサイト(http://www.jsug.org/customer_reference_db/view/1839)からダウンロード可能となっている。