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伝統的業界はDXにどう対応すべきか? テラスカイのビジョン「DX Ready」とその実例を紹介

TerraSky Day 2019基調講演レポート

 Salesforceなどのクラウドのインテグレーション事業を手がけるテラスカイは19日、デジタルトランスフォーメーション(DX)をテーマにしたプライベートイベント「TerraSky Day 2019」を開催した。

 4回目となる年次イベントで、今回のテーマは「変革の傍観者から当事者へ」。

 基調講演も「DIGITAL TRANSFORMER 変革の実践者たち」と題され、DXに直接かかわる企業をゲストに招きながら、DXについて語られた。

 基調講演ではまた、テラスカイが量子コンピュータに関する子会社「株式会社Quemix」を設立したことも紹介されている。

TerraSky Day 2019
オープニングアクト。VRアーティストの“せきぐちあいみ”氏が、OculusのVRゴーグルをつけて「Tilt Brush」でVR空間にライブペイント

伝統企業のDXに向けた「DX Ready」

 テラスカイ 代表取締役社長の佐藤秀哉氏は、前回にあたるTerraSky Day 2017のテーマが「デジタル・トランスフォーメーションに備えよ」だったことを紹介。そして、IDCの資料を基に、クラウド、モビリティ、ビッグデータ、ソーシャルといった「第3のプラットフォーム」の上に、「イノベーションアクセラレーター」が載り、さらにそれを基にDXが実現すると語った。

 これもIDCの調査によると、2022年にはDX支出が2兆ドルになるという。こうしたDXの実践は、キャッシュレス決済や民泊、ライドシェアといった「ディスラプター(創造的破壊者)」と呼ばれる企業が先行している。しかし、伝統的業界もDXに対応していかなくてはならないと佐藤氏は語る。

 「ベンチャー企業は失うものがないので新しいことをやればいいが、伝統企業は現業を支えつつ新しいことをする必要がある」(佐藤氏)。

 こうした、既存システムが新しいシステムに耐えられない、新しいアプリケーションに1年かかるのでは遅い、という会社に向けたテラスカイのビジョンが「DX Ready」だ。

株式会社テラスカイ 代表取締役社長 佐藤秀哉氏
2022年にはDX支出が2兆ドルになるという調査結果

新規システムとレガシーシステムを連携したトヨタの事例

 ここで、DX Readyを実践している企業の例として、トヨタ自動車株式会社の度会裕志氏(コーポレートIT部 販売マーケティングシステム室 室長)がゲストとして登場した。

 度会氏は現在を「自動車産業は百年に一度の大変革の時代にある」とし、少子高齢化によるスタッフ数の減少を背景に、データを通じた新しい営業基盤による、高効率なセールス活動の必要性を語った。

 ただし、トヨタでは既存のポートフォリオを抱えている。巨大なレガシーシステムや、変革への理解が得られないことがあり、「それがわれわれの状況だ」と度会氏。

 そのため、新しいやり方と古いやり方を共存させること、レイヤー化とモジュール化、作るより買ってくること、カスタマイズ性を要件とした。そして、テラスカイのクラウド型インテグレーションサービス「DataSpider Cloud」を採用し、レガシーとForce.comを連携させたという。

 これにより、Force.com上に構築された店舗の次期営業活動支援システムから上がってくる情報を、DataSpider Cloudをデータ連携基盤として、基幹システムにつなげる。

トヨタ自動車株式会社の度会裕志氏(コーポレートIT部 販売マーケティングシステム室 室長)
トヨタのDX
DataSpider CloudでレガシーとForce.comを連携
次期営業活動支援システムから上がってくる情報を基幹システムにつなげる

経産省のDXレポート「2025年の崖」が提言する政策

 続いて佐藤氏は、日本の企業でDXが進まない理由の一つとして、「歴史を持つ立派な会社が多い」ことを挙げ、成功体験やしきたりなどを打ち壊しながらDXを進めることになると語った。

 ここで佐藤氏は経済産業省(経産省)が2018年に出したレポート「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的的な展開~」を紹介。そして、このレポートを作成した経産省の佐藤慎二郎氏(商務情報政策局 情報産業課 課長補佐)がゲストとして登場した。

 このレポートでいう2025年の崖とは、2025年のSAP ERPのサポート終了など、基幹システムが古いまま見直されずに残って、競争力を失うことを指す。それだけでなくそもそも、日本ではIT投資がほとんど保守・メンテナンスに回っていることや、人材不足などによるDX実現の遅れが問題となっているという。そこで、2020年までにDX推進に向けた施策を行い、2025年までに動きを起こすという提言がレポートの趣旨だ。

 佐藤慎二郎氏は、レポートで提言された政策の中でも、「『見える化』指標の策定」について解説した。

 現状と課題として、「どんな価値を創出するかではなく『AIを使って何かできないか』といった発想になりがち」「危機感が共有されておらず、変革に対する関係者の理解が得られない」「号令はかかるが、DXを実現するための経営としての仕組みの構築が伴っていない」「DXに向けて、ITシステムがどうあるべきか、認識が十分とはいえない」の4つを佐藤慎二郎氏は挙げた。

 そして、認識共有のためのツールとして、「DX推進指標」を策定しようと思っていると佐藤慎二郎氏は語った。例えば、DXのための要素についてレベルを尋ねる項目を用意する。これを企業が自己診断に使い、中立組織によりベンチマークを提供し、ITベンダーなどがアドバイスできるようにするという。

経産省の佐藤慎二郎氏(商務情報政策局 情報産業課 課長補佐)
2025年の崖とは
DX推進に向けた主な政策
DXを巡る現状と課題
DXのための要素についてレベルを尋ねる項目を用意
ベンチマークを提供して自己診断やアドバイスできるようにする

DX実践には経営のコミットが重要

 ここでテラスカイの佐藤氏は、DX Readyの3つの要素として、「SOE/SOR」「Lift & Shift」「マイクロサービス」について解説した。

 「SOE/SOR」とは、堅牢性や信頼性が求められるSOR(System of Record)と、変更スピードやスケーラビリティが求められるSoE(System of Engagement)の2つにシステムを分けて考えるということだ。

 「Lift & Shift」とは、「まずはクラウドにあげる」ということだ。既存のシステムをまずクラウドにあげる(Lift)ことで、ハードウェアの保守期限から脱却してスケールしやすくし、そのあとで変更しやすいシステムに作りかえる(Shift)。

 その変更しやすいシステムが「マイクロサービス」だ。サービスをモジュール単位で構成し、APIでつなげる形にすることで、APIが担保されれば1カ所を変更してもほかに影響されないようにする。

 佐藤氏はテラスカイが関係したマイクロサービス化の事例として、日経新聞を紹介した。サービスごとのAPIを標準化したことにより、新しいサービスがスピードよく立ち上がるようになったという。

 こうしてDX Readyができあがったあとに実践するための要素として、ビジネスアイデア、経営のコミット、実装するデジタル人材の3つを佐藤氏は挙げる。

 それに関連し、経営のコミットの実例として、氏がアパレル業界の株式会社ワールドの社外取締役に就任したことが紹介された。そのほか、シリコンバレー発のファッションテック企業を買収したことや、100名以上のIT人材を採用したことなどを挙げて、DXを進めていると説明していた。

DX Readyの3つの要素
日経新聞のマイクロサービス化の事例
DX Ready実行の3要素
株式会社ワールドのDXへのコイット

全社でDXに取り組むDNPの事例

 ビジネスアイデア、経営のコミット、実装するデジタル人材の3つの要素を実践している例として、大日本印刷株式会社(DNP)の天本直也氏(情報イノベーション事業部 C&Iセンター デジタルマーケティング本部 本部長)がゲストとして登場した。

 DNPではこれまでも、印刷だけでなく、ICカードや有機ELディスプレイ、キャッシュレスプラットフォームなど、多角化を進めているという。「いまのDXの波は、第3の創業期ととらえていて、『ディスラプトされる側でなくする側へ』と考えている」と天本氏。

 具体的には、マーケティングオートメーションの代行サービス「DNPパーソナライズドオファーサービス(DPO)」が紹介された。Salesforceプラットフォームで動く、パーソナライズDMの自動送付を行うサービスで、電子メールから郵送までパーソナライズされたDMを送付する。

 「マーケティングでは一発で正解ということはないので、作り直しながら正解に近づけていく必要がある。そのため、SoEとして短納期で作れるようにする」と天本氏は語った。

大日本印刷株式会社の天本直也氏(情報イノベーション事業部 C&Iセンター デジタルマーケティング本部 本部長)
DNPでのDX Ready実行の3要素
マーケティングオートメーションの代行サービス「DNPパーソナライズドオファーサービス(DPO)」

テラスカイ、子会社を設立して量子コンピューティングに参入

 ここで佐藤氏は「話をがらっと変える」と前置きして、量子コンピューティングへの参入について語った。

 テラスカイでは、6月19日に量子コンピューティングに関する子会社株式会社Quemixを設立したことを、7月17日に発表している。IBMの量子コンピュータ「IBM Qシステム」の優先アクセス件を持ち、コンソーシアム「量子コンピューティング・ラボ」(6社枠で募集)を立ち上げて、量子コンピュータの利用や研究などに取り組む。また、今後、量子コンピューティングのツールも提供していく予定と説明した。

Quemixの取り組み内容
量子コンピューティング・ラボ

 それに伴い、日本アイ・ビー・エム株式会社(IBM) 東京基礎研究所 副所長の小野寺民也氏がゲストとして登場した。

 小野寺氏は、1981年にIBMとMITによるカンファレンスでリチャード・ファインマンが量子力学にもとづくコンピュータというアイデアを出したことに始まり、素因数分解の量子アルゴリズムの研究や、超電導量子ビットの研究、そして2016年のIBM Qシステムまでの歴史を紹介している。

 IBM Qは世界中で使われており、約14万人が利用したという。量子コンピューティングのフレームワーク「Qiskit」もオープンソースで公開されており、21万ダウンロードだという。

 IBMでは、来るべき量子コンピューティングの時代に備えてノウハウを蓄積するため、2017年12月に研究コミュニティ「IBM Q Network」を立ち上げた。現在78社が参加しており、Quemixも含まれる。

 小野寺氏はIBM Q Networkのミッションとして、研究の加速、商用アプリケーションの開発、教育の促進と準備の3つを挙げた。

日本アイ・ビー・エム株式会社(IBM) 東京基礎研究所 副所長の小野寺民也氏
IBM Qシステムの利用者数
IBM Q Network参加企業
IBM Q Networkのミッション

 なお基調講演の最後に、佐藤氏は「私の好きな言葉」として、本田宗一郎氏の「『安定』と『固定』はまったく違う。安定とは、いつも動いていながら、うまくバランスをとっている状態」という言葉を引用。

 「みなさんの会社や個人も、変化しながら生き残っていくことを願ってやみません」と語って締めくくった。