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ソフトウェアとハードウェアの協調進化――、SPARC M7の“Software in Silicon”

Oracle OpenWorld 2015基調講演レポート

 米Oracle Corporationは10月25日~29日(米国時間)の5日間にわたり、米国サンフランシスコで「Oracle OpenWorld(OOW) 2015」を開催した。10月28日には、同社が「システムズ」と呼ぶハードウェア製品をテーマとした基調講演が行われた。

 基調講演は、同社のシステムズ担当エクゼクティブ・バイスプレジデントのジョン・ファウラー(John Fowler)氏を軸に、主にビジネス視点での取り組みについて、コンバージド・インフラストラクチャ担当エグゼクティブ・バイスプレジデントのデイビッド・ドナテリ(David Donatelli)氏が、データベース開発との連携についてOracle Databaseシステム担当シニア・バイスプレジデントのユアン・ロアイザ(Juan Loaiza)氏が、それぞれ語る形となった。ここでは、ロアイザ氏の講演内容を中心に紹介したい。

基調講演に登壇したシステムズ担当エグゼクティブ・バイスプレジデントのジョン・ファウラー(John Fowler)氏
“Software in Silicon”の取り組みについて紹介するOracle Databaseシステム担当シニア・バイスプレジデントのユアン・ロアイザ(Juan Loaiza)氏

Software in Siliconの最新情報を説明

 同氏の講演のキーワードは“Smart”だ。その意味は、英語の本来の意味通り素直に「知的に洗練されたイメージ」だと受け取れば良いだろう。

 同氏は、より良いデータベース・システムを構築するには、“スマート・ハードウェア”“スマート・ソフトウェア”“スマート・インテグレーション”の3要素がそろう必要があるという。

 かつては、コンピュータメーカーといえばCPU/ハードウェアからOSやアプリケーションなどのソフトウェアをすべて自社で開発するのが当たり前だったが、現在はエンタープライズ向けのプロセッサの開発能力を保持しているのはIntel、IBM、そしてOracleの3社のみという状況で、かつIntelはエンタープライズ市場向けのシステム製品を直接供給することはしていないため、同氏のいう“スマートなフルスタック・プラットフォーム上で稼働するより優れたデータベース”を実現できる可能性があるのは、OracleとIBMの2社のみということになる。

 同氏はさらに、Exadataなどのシステム製品で積み上げてきた実績を紹介した上で、最新の取り組みである、SPARCプロセッサにデータベースを意識した機能を組み込むという“Software in Silicon”についての最新情報を紹介した。

 今年初頭に発表され、今回のOOW会期中に搭載サーバーが新製品として発表されるに至ったSPARC M7プロセッサでは、“Software in Silicon”の取り組みの具体例として“SQL in Silicon”“Silicon Secured Memory”“Capacity in Silicon”の3機能が実装されている。

 SQL in Siliconは、リレーショナルデータベースの操作言語であるSQLをプロセッサレベルでサポートし、高速化を実現するというもの。Silicon Secured Memoryは、メモリのアクセス保護をハードウェアレベルで実装するというもので、27日のラリー・エリソン会長兼CTOの基調講演でも紹介されたものだ。そして、Capacity in Siliconはデータ圧縮/展開をハードウェアでサポートするというもの。いずれも基本的なアイデアは昔からあるハードウェア・アクセラレータの考え方だが、データベース処理に特化した機能を実装できるのはOracleならではといえるだろう。プロセッサに汎用的な全方位での高性能を求めるIntelでは、データベースに特化したチューニングにはなかなか踏み切れないだろうと思われる。

 SQL in Siliconでは、SIMD処理をサポートするDatabase acceleration engines(DAX)を活用したベクトル処理を行っている。SPARC M7では32個のDAXが実装されているということなので、プロセッサコアごとに1つのDAXが用意されていることになる。この結果、例えばデータベースのカラムの中から“California”という文字列を検索するという処理の場合、最大で毎秒1700億行をチェックできるという。

 また、Capacity in Siliconもデータベース処理に特化したチューニングとなっている。具体的には、圧縮データの伸長処理をハードウェアで行うDecompression Enginesがプロセッサコアと同数の32個搭載される。データベースでは、データの圧縮処理は新規データをデータベースに書き込む際に1回行うだけだが、伸長(展開)処理はデータを読み出すたびに毎回行う必要がある。この頻度の差に注目し、伸長処理のみをハードウェアで実装した点が、データベースに特化した割り切ったチューニングの成果というわけだ。この結果、データ読み出し速度は非圧縮データを読み出す場合と事実上変わらず、オーバーヘッドなしで圧縮データを読み出せるという。

ファウラー氏が示した、サン・マイクロシステムズ買収以後のSPARCプロセッサの開発成果。2013年のM6までは進化のペースがやや停滞気味だった印象を受けるが、M7でようやく相応の進化を果たすことができたようだ。コア数が32に増加した上、クロック周波数も4GHzを越えた。ただし、一方でコア辺りのL3キャッシュ容量はM6比で半減している
ロアイザ氏が示した今後の開発計画。広範な技術分野の課題を広くカバーしており、コンピュータサイエンスの基礎研究の分野まで、Oracleの知見が及んできたような印象も受ける。もっとも、Oracleはいわゆる研究所は運営していないはずなのだが

自社のクラウドサービスでいかにSPARCを活用していくのか

 クラウド時代を迎えたIT業界は大きな転換期を迎えており、ベンダーの大規模な統合によるプレイヤー数の減少が目立ち始めてきている。大きなトレンドの変化はらせん状に循環する例が多いが、コンピュータ開発においても、黎明(れいめい)期の全コンポーネントを自社開発するスタイルから、コンポーネントごとの専門ベンダーの製品を集めて「ベスト・オブ・ブリード」で組み合わせる時代を経て、現在は機能をサービスとして利用するクラウドの時代になったことで、個々のコンポーネントの機能の優劣よりも、最終的に実現されるサービスの品質のみがユーザーの関心事となっている。

 優れたコンポーネントの需要性は変わらないものの、ユーザーにアピールするにはコンポーネントを組み合わせて優れたサービスを実装できる、インテグレーション能力に優れたクラウドサービスプロバイダだということになる。

 現在のクラウド市場の主要プレイヤーであるAmazon、Google、Microsoft、Oracleといった企業の中では、ハードウェアの開発能力まで備えている点でOracleは独自の強みを持っているといえる。問題は、独自プロセッサであるSPARC M7を自社のクラウドサービスで活用するための具体的な方針を示していない点で、現時点においてはx86サーバーをプラットフォームとして活用していることから、SPARCプロセッサを優位性として活用することはできていない。

 以前から指摘されていることだが、今年のOOWにおいてもこの点に関して特に新情報の発信がなかった点は、同社のハードウェア(システムズ)ビジネスの今後の展望を考える上で少々残念な結果となった。

渡邉 利和