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新生SAPが掲げる“Run Simple”はHANAとクラウドとともに

「SAPPHIRE NOW 2014」基調講演レポート

 SAPはいま、この瞬間からシンプルに生まれ変わる(SAP is simple from now on.)――。6月3日(米国時間)、米国オーランドで開催されたSAPの年次カンファレンス「SAPPHIRE NOW 2014」のオープニングキーノートに登場したビル・マクダーモット(Bill McDermott)CEOはこう言い切った。

 共同CEOだったジム・スナーベ(Jim Snabe)氏がその座を降り、HANAの生みの親と言われるビシャル・シッカ(Vishal Sikka)氏がSAPを離れた現在、同社の経営体制を不安視する見方は少なくない。特に5月のシッカ氏の辞任以来、米国とドイツの間の不協和音を指摘する声も出始めている。また、5月に発表されたワールドワイドでの大幅な人員削減もこうしたネガティブな批判に拍車をかけているようだ。

 例年よりも内外からの雑音が大きい中で開催されたSAPPHIRE NOW 2014で掲げられたテーマは“Simple”。過去最高となる、2万5000名を超える参加者を前に、初めて単独CEOとして壇上に立ったマクダーモットCEOは、新生SAPをいかにシンプル化しようとしているのか。キーノートの内容からその方向性を探ってみたい。

SAPPHIRE NOW 2014のテーマは「Run Simple」。企業ITをHANAとクラウドでシンプルにするという思いが込められている

“シンプル”がキーワード

ビル・マクダーモットCEO

 マクダーモットCEOが発表した大きなニュースは以下の3つだ。いずれも今回のキーワードである“シンプル”を強く意識したものである。

・全SAP製品に対する「SAP Fiori」および「SAP Screen Personas」の無償バンドル
・ファイナンシャル向けのSaaSソリューション「SAP Simple Finance」のローンチ
・eBayとの新提携

 Fioriの無償バンドルは、SAP ERPなど、ライセンスフィーが支払われている全ソフトウェアが対象となる。Fioriは昨年ローンチしたSAPのアプリケーション群だが、単なるアプリケーションのセットと言うよりは、洗練された使いやすいアプリケーションをどんなデバイスにおいても実現するためのユーザーエクスペリエンス(UX)サービスと称したほうがわかりやすい。

 特にFioriが意識しているのはスマートフォンやタブレットといったモバイルデバイス上におけるUXの向上で、コンシューマアプリのようなモダンでシンプルな業務アプリケーションの普及をめざしている。今回、全ソフトウェアにFioriが含まれることで、「コンシューマアプリに慣れ親しんだデジタルネイティブ世代が職場にやってきても、彼らが違和感を覚えることのないアプリケーション環境を構築できることになる」とマクダーモットCEOは強調する。

 SAP Simple Financeは、SAP HANAをベースに構築されたSAPのエンタープライズクラウド(SAP HANA Enterprise Cloud)上で稼働する、ファイナンス業務に特化したマネージドサービスだ。既存のオンプレミス製品と異なり、最初からHANAで稼働することを前提にコードを全面的に書き換えているため、大幅なパフォーマンスの向上を実現している。

 マクダーモットCEOはSimple Financeについて「(ワールドワイドで6万人以上の従業員を抱える)SAP自身の業務をシンプルにするために開発した」と語っており、予算管理から会計業務、現状分析に至るまで、ファイナンスに関するあらゆるオペレーションを一元的に扱うことが可能になるという。もちろん他のSAP製品との連携も容易に行える。

SAP自身も運用しているというSAP Simple FinanceはHANAを前提にR3をコードリファクタリングしており、基幹業務の高速なオペレーションが実現する

 日本のユーザーにはあまりなじみのないeBayの業務利用だが、米国では部品調達にeBay、決済にPayPalを利用する企業は少なくない。今回の新提携では、SAPが2012年に買収したSaaSベースの購買/調達システムのAribaとeBayのシステムをシームレスに統合し、ユーザー企業の調達トランザクションのスピード化を実現するとしている。

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 シンプルとは究極の洗練である――。マクダーモットCEOはレオナルド・ダ・ヴィンチの言葉を引きながら、今回のSAPPHIRE NOWで掲げている企業ITにおける“Run Simple”の重要性を再度アピールする。

 SAPにかぎらず、ITのシンプル化を訴えるテクノロジーベンダは多い。だがそれは裏を返せば、現在の企業ITがいかに複雑化していることの証明でもある。複雑なツールを使いつづければ、そこから派生する業務もまた複雑なオペレーションになることを免れない。「現代のCEOが抱える最大のチャレンジ、それは複雑性だ」とマクダーモットCEOは強調するが、それは取りも直さずSAPを含むITベンダーにも当てはまる。

 このスパゲティ化してしまったITを、シンプルでプレーンな環境に作り変える支援をすることは、いわばITベンダの義務と言ってもいい。そしてSAPがシンプリシティ実現のためにユーザーに提供する武器は、HANAを基盤にしたクラウドだ。「HANAはいまやSAPのソウルのすべて。SAPは過去にとらわれるのではなく、未来に向かって歩いて行く。そのためのキーはHANAであり、クラウドである」というマクダーモットCEOの言葉に、オンプレミスのERPソリューションで一時代を築いてきた過去からの脱却を図ろうとするSAPの決意が見て取れる。

 一方で、イノベーション重視、スピード重視の米国西海岸の急進的とも思える動きに、ドイツのチームが懸念を示しているという声もちらほらと聞こえてくる。パロアルトで開発をリードしてきたシッカ前CTOの離職も、ドイツチームとの衝突が原因といううわさもある。

 マクダーモットCEOはこうした声に対し、キーノートの冒頭で現経営陣をひとりひとり紹介し、SAPのトップが一枚岩であることを強調、「SAPもまたシンプルに生まれ変わる」と表明している。また、5月に単独CEOとなったタイミングと合わせてマクダーモットCEOは活動の拠点をドイツに移しており、ドイツと米国の間の関係修復に務めているという。

 ユーザー企業のITをシンプルにするなら、まず自らがシンプルにならなければならない。SAPが今回示したシンプリシティの提案が顧客に受け入れられるかどうかは、新生SAP自身が最初の成功例となれるかどうかにかかっている。

五味 明子