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AI時代に求められる経理人材、旭化成の業務改革とAI活用事例に見る次世代ファイナンス戦略

 「次世代ファイナンス戦略×AI活用セミナー」では、旭化成株式会社 経理・財務部 税務室 税務室長 リードエキスパートの三嶌晴志氏が登壇し、「経理・財務分野におけるAI活用の課題と求められる経理人財像」と題して講演を行った。経理業務を取り巻く環境変化を踏まえ、制度会計業務改革やAI活用の実践例、そしてAI時代に求められる経理人材の役割について、同社の取り組みを交えながら紹介した。

旭化成株式会社 経理・財務部 税務室 税務室長 リードエキスパートの三嶌晴志氏

経理業務を取り巻く環境変化

 旭化成株式会社は、創業から約100年の歴史を持つ、マテリアル、住宅、ヘルスケアの3つの事業領域を展開する総合化学メーカーである。東京・千代田区に本社を置き、グローバルで5万人を超える従業員を擁する企業グループだ。

 三嶌氏はまず、「近年、経理業務を取り巻く環境は大きく変化しており、その変化に対応した業務の見直しが必要であると考えています」と述べた。

 背景には、ITの進化と働き方の変化がある。SaaSやAIの普及に加え、コロナ禍を契機にリモートワークが定着し、業務のデジタル化が急速に進んだ。一方で、少子高齢化による人材不足やベテラン人材の退職、さらにインボイス制度や電子帳簿保存法、グローバルミニマム課税といった制度変更など、経理部門が対応すべき課題は増加しているという。

 こうした環境において経理業務の効率化や高度化を進める上で、「シェアリング」という考え方が重要になると、三嶌氏は説明する。「経理業務自体は会社によって大きく異なるものではないと認識しています。環境の変化に合わせて外部リソースを活用しながら、効率化や高度化を進めていく必要があります」(三嶌氏)。

外部リソースをうまく活用していくことが効率化・高度化につながる

 人材、情報、システムを社内だけで完結させるのではなく、BPOやSaaS、AIなどの外部サービスを組み合わせて活用することで、より効率的な業務運営が可能になる。旭化成ではこうした考え方を背景に、制度会計業務の改革を進めてきたという。

会計基幹システム更新と制度会計業務改革

 旭化成では、このような環境変化を受け、制度会計業務の抜本的な見直しに取り組んできた。その中心となったのが、会計基幹システムの更新とSAP S/4HANAへの移行である。

 三嶌氏によれば、従来はSAPに自社独自システムを組み合わせて運用していたが、こうした仕組みでは将来的な維持や技術更新が難しくなるという課題があったと指摘。「自社独自のシステムはなるべく排除し、汎用システムを活用していく方針で取り組んできました」と述べた。

 この改革では、大きく3つの方向性が掲げられた。第1は、会計システムの刷新である。自社独自の仕組みに依存するのではなく、汎用システムを中心とした構成へ移行することにより、最新技術を取り込みながら運用負担を抑えることを目指した。

 第2は、業務プロセスの標準化と集中化である。従来は各部門で行われていた会計処理を見直し、ルールやプロセスを統一した上で集中的に処理する体制を構築した。「各現場で行っていた会計処理を標準化し、その上で集中化していくことで、効率化と品質の向上を目指しました」という。

 第3は、紙やExcelを中心とした手作業の削減である。請求書や領収書など紙ベースの処理やExcelによる手作業が多く残っていたため、これらを電子化し、ITやAIを活用できるプロセスへと転換した。また決算業務では自動化ツール「BlackLine」を導入し、リモート環境でも安定的に決算業務を進められる体制を整備している。

リモート環境でも安定的に決算業務を進められる体制を整備

 三嶌氏は、この改革の考え方を製造業の発展モデルになぞらえて説明する。従来の各現場での会計処理は「家内制手工業」に近い状態であり、そこから業務の集中化による「工場型」運用へと移行し、最終的には自動化された「スマートファクトリー」のような状態を目指すというのだ。

 改革の結果、旭化成グループの国内約60社では、会計ルール、システム、業務オペレーションが共通化された経理・財務基盤を共有する体制が整備された。これにより、業務の効率化と品質の維持・向上の両立を図っている。

AIとBPOを組み合わせた経理業務の効率化

 制度会計業務改革の中で、旭化成ではAIを活用した経理業務の効率化にも取り組んでいる。その代表的な例が、請求書支払プロセスにおけるAI活用である。

 このプロセスでは、請求書をPDFで提出するとAI-OCRが内容を読み取り、金額や取引先コード、勘定科目などを自動的に判定する仕組みを導入している。「AI-OCRの方では金額や取引先コード、勘定科目などを読み取っていきます。必要な情報についてはBPOのオペレーターが補完し、その結果を申請者が確認して申請する形になります」と三嶌氏。

AI、BPO、支払システムを活用して請求書の支払いを実施

 AIだけで処理するのではなく、BPOによる補完作業を組み合わせることで、実務レベルでの運用を可能にしている点が特徴である。申請者が確認した後は上司が承認し、最終的に支払処理が実行される。また一部の取引については、後工程でAIによるチェックも行われている。

 三嶌氏は、このプロセス設計のポイントについて次のように説明する。「可能な限り前工程で標準化やチェックを行い、後戻りが少ないプロセスにするという考え方で設計しています」。

 この仕組みは旭化成グループ国内約60社で利用されており、年間で約36万件の伝票処理を行っているという。AIとBPO、そして業務プロセスの標準化を組み合わせることで、大量の経理処理を効率的に運用している。

 さらに現在は、経理部門内の問い合わせ対応にもAIを活用する取り組みを進めている。従来は電話やメール、チャットなど複数の手段で問い合わせが行われていたため、情報の蓄積や共有が難しいという課題があった。

 そこで旭化成では問い合わせアプリを開発し、問い合わせ内容をデータベース化するとともに、生成AIを活用して社内規程や法律、ルールなどの情報を検索できる仕組みを構築している。三嶌氏は、「問い合わせの内容をデータベース化し、生成AIを使って情報を確認することで、回答の効率化と精度向上を図っています」と説明する。

 こうした取り組みによって、担当者の経験や知識に依存していた問い合わせ対応を標準化し、回答品質のばらつきを抑えることを目指している。

AI時代に求められる経理人材の役割

 こうしたAI活用が進む一方で、三嶌氏はAIを過信すべきではないとも指摘する。「現状のAIは万能ではなく、一定の間違いがあるという前提で考えた方がよいと思っています」。

 特に経理・財務分野では高い精度が求められるため、AIの出力結果をそのまま利用するのではなく、人による確認や改善の仕組みが欠かせないという。AIの精度を高めるためには、アルゴリズムの改善だけでなく、基になるデータや業務プロセスを見直すことも重要になる。「AIを改善するのか、それとも元のデータを改善するのかを考えることが非常に重要だと思っています」と、三嶌氏は強調した。

 そしてそのためには、AI活用を前提としたデータ整備やプロセス設計、セキュリティを含めたデータ管理の仕組みづくりが不可欠になると説明する。

 今後の経理業務では、業務を「自社でしかできない領域」と「システムや外部サービスで対応できる領域」に分けて考えることが重要になるという。経費精算や伝票処理などのオペレーション業務は自動化やBPOの活用を進める一方、企業として担うべきガバナンスや戦略立案、プロセス設計といった領域にリソースを集中させていく必要があるのだ。

 さらに、こうした変化に対応するためには経理人材のマインドセットも変わる必要がある。「これまでの経理業務は専門職としての知識や経験に依存する部分が多かったと思いますが、今後はプロセスを設計し管理していく役割が重要になると考えています」(三嶌氏)。

企業内の経理人材は、環境の変化により業務を再定義することが必要

 三嶌氏は、今後の経理人材には専門知識に加えて、テクノロジーを前提に業務を設計する力、課題を構造的にとらえる力、そして新しい仕組みを構想する思考力が求められると説明した。

 AIやデジタル技術の進展によって、経理業務のあり方は大きく変わりつつある。旭化成の取り組みは、AIと業務改革を組み合わせて経理機能の高度化を進める実践例として、多くの企業に示唆を与えるものといえるだろう。