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AI監査の知見から読み解くファイナンスDXの成功条件と、人とAIの最適分担

 「次世代ファイナンス戦略×AI活用セミナー」において、EY新日本有限責任監査法人 クライアントサービス本部 デジタル戦略部 部長 パートナーの加藤信彦氏が「AI監査の実装知から読み解くファイナンスDXの成功条件」と題して講演を行った。

 加藤氏は、約10年にわたるAI監査の実装経験を基に、ファイナンス部門が"攻めの財務"へと進化するための実践的アプローチを提示。監査で培われた知見を起点に、データとプロセスの再設計、人材育成、ガバナンスの観点から、再現性のあるDX推進の要点を解説した。

EY新日本有限責任監査法人 クライアントサービス本部 デジタル戦略部 部長 パートナーの加藤信彦氏

次世代ファイナンスの目的とファイナンス部門の課題

 本講演は、AIを活用した監査業務の実装経験を基に、その知見を一般化し、ファイナンス領域における再現可能なDXの進め方を提示することを目的としている。EY新日本有限責任監査法人の加藤氏は、約10年にわたるAI監査の取り組みを通じて得られた課題対応の知見を、財務・会計・経理の領域にも応用可能な形で共有する意義を強調した。「監査の実装の中で対応してきた課題や学びを、できる限り一般化してお届けしたいと考えています」と語る。

 加藤氏は、まず、次世代ファイナンスのあるべき姿として、従来の「過去を正確に記録する機能」から脱却し、経営の意思決定に資するインサイトを迅速に提供する"戦略パートナー"への進化を挙げた。これは単なる効率化ではなく、企業価値の最大化に向けて、財務情報と非財務情報を統合し、将来を見据えた価値創出に貢献する役割への転換である。その実現には、成長戦略を推進する"攻め"と、リスクに対応する"守り"を両立した「両利きの経営」を支える中核機能としてのファイナンス部門の確立が不可欠である。

 一方で、こうした変革を阻む課題も多い。加藤氏はファイナンス部門が直面する課題を5つのレベルに整理して提示した。第一に「データの分散」である。子会社や事業部ごとにデータが分断され、全体最適の分析が困難となっている。第二に「属人化・手作業」であり、Excelを中心とした業務が依然として多く、効率性や再現性に課題を抱えている。第三に「分析の高度化不足」であり、意思決定に必要なインサイト創出には高度なスキルと時間を要する。第四に「ガバナンス・開示の複雑化」であり、非財務情報の拡大や開示要件の高度化が対応負荷を高めている。そして第五に「人材不足」である。データ活用やAI活用を担う人材の確保・育成が追いついていない。

 これらの課題に対し、AIは単なる効率化ツールではなく、意思決定の質とスピードを高める中核技術として位置付けられる。加藤氏は「まずは財務情報へのAI活用から着手し、その実装知を非財務情報へと展開していくことが現実的なアプローチである」と指摘する。

次世代ファイナンスへ進化するために乗り越える課題とAIの役割

 すなわち、次世代ファイナンスの実現とは、AIを前提としたデータと業務プロセスの再設計を通じて、分断された情報と業務を統合し、経営に価値ある示唆を提供できる体制へと進化することである。その出発点となるのが現状の課題構造を正しく理解することである。

AI監査の実装知に見る解決アプローチと人とAIの役割分担

 ファイナンスDXを実現する上で重要なのは、単にAIを導入することではなく、業務の特性に応じて「集中化」と「分散化」を適切に切り分けることである。加藤氏は監査の実装経験を踏まえ、「定型的かつ再現可能な業務は標準化・集中化し、判断が価値を生む業務は現場に残すべき」と指摘する。

 実際、EYではクライアントごとに異なるデータを扱うという課題に対し、データ加工の専門チームを設け、分析前工程を集約する体制を構築した。その結果、約3,000社に及ぶ監査データの集中処理を実現している。また、定型的な監査業務についてはCoE(センター・オブ・エクセレンス)に集約し、自動化を推進することで、累計33万時間の業務削減を達成した。さらに、AIによる異常検知は延べ629社の監査業務で活用され、全量データに基づくリスク検知とインサイト提供が可能となっている。

 こうした取り組みの本質は、監査で培われた実装知を、ファイナンス領域にも適用可能な形で再構成している点にある。AIは膨大なデータを前提に、異常の検知や数値変動の要因分析といった処理を高速かつ網羅的に実行する。一方で、人はその結果に対して意味づけを行い、背景や文脈を踏まえた判断を下す役割を担う。この関係について加藤氏は、「AIが異常を見つけ、人がそれに意味づけをして判断していく形になる」と説明する。

 この役割分担をさらに整理した概念が、「専門家の暗黙知」と「AIエージェントの形式知」の組み合わせである。専門家が持つ暗黙知とは、分析結果をどう読み解くか、例外の背景をどう理解するかといった判断・洞察・思考プロセスである。一方、AIエージェントは全量データの集約、異常検知、数値変動のドライバー分析、論点の自動要約といった形式知の領域を担う。すなわち、人は思考と判断を担い、AIは気づきの生成を担うという構図である。

人は思考と判断を担い、AIは気づきの生成を担う

 このように、AIを単なる自動化ツールとしてではなく、専門家の思考を拡張する存在として位置付けることが重要である。AIが提示するインサイトに対して「なぜそうなったのか」を問い続けるプロセスこそが、人の価値を高める。加藤氏は、専門家の暗黙知とAIエージェントの形式知を掛け合わせることで、付加価値の最大化が可能になると強調する。

 さらに近年では、AIエージェント同士が連携するマルチエージェントの活用も進みつつあり、定型業務の多くはAIによって自律的に処理される段階に入りつつある。その一方で、人はより高度な判断やコミュニケーション、リスクの高い領域に集中することが求められるようになる。

 すなわち、ファイナンスDXにおける本質は「人かAIか」という二項対立ではなく、「人とAIがどのように協働するか」という設計にある。監査の現場で培われたこの実装知は、そのままファイナンス領域にも適用可能な、極めて実践的な指針である。

ファイナンスDXの成功条件と今後の展望

 では、こうしたAI活用を前提としたファイナンスDXを実現するためには、何が必要なのか。加藤氏は、その成功条件として大きく3つの要素を挙げる。すなわち、業務・人材・ガバナンスの三位一体の変革である。

 第一に求められるのが、データと業務プロセスを統合し、AIエージェントに形式知を学習させるための業務変革である。従来のサイロ化された業務を前提としたままでは、AIの効果は限定的となる。財務・会計・経理のプロセスを横断的に連携させ、データを一元化することで、AIが継続的に分析・示唆を提供できる基盤を整備する必要がある。加藤氏はこの変革を、①プロセス統合、②リアルタイムなデータ連携、③AI活用を前提とした再設計、という段階的なステップで進める重要性を示した。特に、AIエージェントがデータ基盤と常時連携し、随時インサイトを提供する仕組みへの転換が、意思決定のスピードを飛躍的に高める鍵となる。

 第二に、人材育成とリスキリングである。AIによって分析や検知が高度化する一方で、その結果を読み解き、意思決定につなげる力は依然として人に依存する。加藤氏は、今後のファイナンス人材に求められるスキルとして、「データリテラシー」「AIリテラシー」「専門家としての暗黙知」の3つを挙げる。導入初期はDX部門が主導し、専門人材が支援する形からスタートし、徐々にファイナンス部門へスキルを移転、最終的には現場の人材が自律的にデータ分析を行い、経営にインサイトを提供する体制へと進化させることが理想である。

 第三に、AIガバナンスの確立である。AIの活用が進むほど、その判断プロセスの透明性や責任の所在が重要となる。加藤氏は、責任体制、透明性、内部統制の3本柱を備えたガバナンスの必要性を強調する。「AIがどこまでを担い、どこからを人が判断するのかを明確にし、最終的な責任は常に人が負う必要があります」と述べるように、AIの自律性が高まるほど、人による統制の設計が不可欠となる。

ファイナンスDXの成功条件

 これら3つの要素は独立したものではなく、相互に連関している。業務変革によってAIが活用できる環境を整え、人材育成によってその価値を引き出し、ガバナンスによって安全かつ持続的な運用を担保する。この三位一体の取り組みこそが、ファイナンスDXを単なる効率化にとどめず、企業価値の創出へとつなげる鍵となる。

 講演の最後に加藤氏は、次世代ファイナンスの実現に向けた方向性として、リアルタイムなデータ活用基盤の構築と、データドリブン人材の育成の重要性をあらためて強調した。また、財務情報で培ったAI活用の知見を非財務領域へ展開し、両者を統合した分析を進めることが、今後の企業価値向上に不可欠であると指摘する。

 その上で、「AIは非常に強力なツールですが、あくまで人の判断を補完する存在です」と語り、AIと人の関係性の本質を示した。

 ファイナンスDXとは、AIによって人を置き換える取り組みではない。むしろ、人の判断力と洞察力を最大化するためにAIを活用し、データとプロセスを再構築する取り組みである。監査の現場で蓄積された実装知は、ファイナンスDXを実現するための具体的な道筋を示している。