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孫社長、基調講演で「ARMは当社事業の中核中の中核」と強調
SoftBank World 2016レポート
2016年7月22日 12:27
7月21日、ソフトバンクは自社イベント「SoftBank World 2016」を開催した。初日の基調講演で講演を行ったソフトバンクグループ 代表取締役社長の孫正義氏は、18日に発表した英ARM買収について言及し、「ARMは今後20年で1兆個のチップを地球上にばらまく、IoTには欠かせない企業であり、ソフトバンクの事業の中核中の中核となる」とアピール。本業とは関連性のない巨額買収という指摘に反論した。
ARMがソフトバンクの事業とはシナジーを生まない、という指摘に対しても、「現在はソフトバンク=通信会社と思われているが、10年以上前には1台の携帯電話も扱っていなかった。10年に一回くらい本業が変わっていくのがソフトバンク。何の会社か?と訊かれたら、情報革命の会社だ」と今後本業が変わっていく可能性があると強くアピールした。
また、本田技研工業株式会社と、グループ会社であるcocoro SB株式会社が開発した「感情エンジン」を活用した共同研究を行うことも発表。本田技研工業の取締役 専務執行役員で、株式会社本田技術研究所の代表取締役社長である松本宣之氏は、「ホンダ製品を利用している時に私の感情を感じ取るだけでなく、例えばカーシェアで車を利用した際にも、ディーラーのもとに行った際にも私がどんな人間かを感じ取ることができるような、そんな世界を実現したい」と共同研究の狙いを説明した。今年9月には両社の研究拠点となる新施設を開設する計画だ。
2週間で買収発表までこぎ着けた
孫氏は、「(買収を発表した18日の)2週間前、トルコでARMの会長、社長と3人でランチをした。社長とは以前から面識があったものの、会長と会ったのはこの時が初めて。買収について口にしたのもこの場が初めてだった」と明らかにした。
今回、買収額の3.3兆円が巨額であることが話題になっているが、「日本で最大の買収ともいわれているが、普通なら半年はかかる段取りが、今回はわずか2週間で買収までこぎ着けた」ときわめて短期間で買収が実現したと説明した。
ではなぜ、ARM買収に踏み切ったのか。その要因を明らかにする際のキーワードが「シンギュラリティ」だ。人工知能が人間の知能に追いついた時に起こる「技術的特異点」を示す言葉だが、孫氏は昨年の基調講演でもシンギュラリティを取り上げていた。
「この1年間、自分の会社がどのような手を打ったのかを考え直していた。人類が初めて遭遇する技術的特異点に対し、自分はこの1年間、何をしたのだろうと考えていた。考え続けた答えがARMだった。しかし、多くの人は『ARMを買った?バカじゃないのか。事業のシナジー効果が見えない』ということで、ソフトバンク株価が下がった。囲碁では目の前の石の色を変えるような即効性がある手を打つなら、目の前に石を置く。しかし、プロ棋士は一見すると遠くて、どんな効果があるのかわからないところに石を置くことがある。目の前の、すぐに結果がわかるところにだけ石を置いた人が勝つとは限らない」。
孫氏はこの決断に至るきっかけとして、記者会見でも、19歳の頃、カリフォルニアでサイエンス雑誌に掲載されていたチップの写真に深く感銘を受けたことに言及。「そのページを切り取って下敷きにはさみ、アイドルスターを見るように何回も見返した」と今回の買収の源流となったのは、19歳の時に初めて見たコンピュータチップだったと説明した。
そしてソフトバンクの事業については、「創業した時点ではソフト流通と出版。それからインターネットが登場したタイミングでYahoo!とビジネスを開始し、その後、モバイルの時代にはボーダーフォンを買収。パラダイムシフトが起こることにあわせて業務内容を変えていくパラダイムシフト経営を行ってきた」と、これまでにも世の中の変化に合わせて事業内容を変化してきたことが特徴であると説明した。
その上で今回のシンギュラリティについては、「コンピュータが人類を超える、今まで最も大きなパラダイムシフトの変化になる」とさらに大きくビジネス内容を変えていくことを示唆した。
「20年前に、コンピュータのトランジスタ数が人間の脳細胞の数を超えていくのはいつになるのか試算し、2018年がその時だという結論になった。3年前に試算をし直してみたものの、やはり2018年という結論となった。トランジスタの数は、その後も増え、人間の脳細胞の数を1万倍上回る時代がやってくる。その時には、ビッグデータを吸い寄せ、ディープラーニングしていくことで、『超知性』が誕生するだろう。そしてこのデータを吸い寄せるためには、優秀なチップが必要となる。今から20年で、ARMは1兆個のチップを地球上にばらまくだろう。コンピュータが人類のコンパニオンとして一緒に活躍し、森羅万象、あらゆることを予知、予言し、推論することが可能となり、自然災害、不治の病など問題から人間を守ることになる。私は300年以内には人類の平均寿命は200歳を超えると思っている」。
設計は行うが製造は行わない
技術的なARMの特性として、「チップの設計は行うが、製造は行わないのがARMの特徴。ARMはコアを提供し、それを活用した半導体メーカーが、自分の得意分野、例えばモバイル機器向けの半導体事業を展開するQualcommであれば、自社の得意分野である通信技術を付加したSystem-on-a-chipとして提供。これを搭載した様々な電子機器が世界中で利用されている」と紹介した。
マーケットシェアで見ると、スマートフォンでは95%、タブレットでは85%とARMのテクノロジーが多くの分野で利用され、高いマーケットシェアを獲得している。
製品ラインアップとして、スマートフォンなど高機能製品向けのハイパフォーマンスタイプの「Cortex-A」、産業ロボットやハードディスクなどリアルタイム処理が必要な機器で利用される高速レスポンスの「Cortex-R」、小型で省電力であることが特徴でマイクロコントローラ向けの「Cortex-M」の3つのラインがある。
「iPhoneに入っているCPUは、Appleが自ら作っているA9プロセッサだが、ここで使われているコアもARMのもの。64ビットのARMv8が2コア使われている」。
iPhone以外にも、Android機器に搭載されているQualcommのSnapdragon 810にはA57が4コア、A53が4コアなど、数多くの電子機器の中にARMのコアが使われていることを紹介した。
「スマートフォンに利用されているコアを2009年時点と比較すると、GPU性能は300倍、通信性能は20倍、処理性能100倍など、5、6年で大幅な進化を遂げている。すでに自動車にも多数のARMのコアが搭載さているが、自動運転時代となればどれほどのARMのコアが利用されるようになるのか。自動運転自動車は、現在の車とは異なる走るロボット、走るスーパーコンピュータとなる。おそらく、事故を起こすのは人間が運転をしているからだと言われる時代がくるだろう」
IoT時代に求められるのは省電力?
さらにIoT時代となることで、これまでとは異なる機能が求められるようになると孫氏は話した。
「スマートフォンの電池が切れることは大きなストレス要因となるが、IoT時代となると消費電力が少ないことは現在よりもはるかに重要な要素となるだろう。機器によっては、電池一個で10年もって欲しいといったリクエストがあがる機器も出てくるだろう。つながる相手も人間だけでなく、例えば牛を管理するために牛とつながるといったことも起こってくる。そういった場面では消費電力が低いことが必要」。
孫氏はARMの創業者と電話で話をして、何故、ARMを操業したのかを訊く機会があったそうだ。その際、「初めて電話で話をしたのだが、あなたの心意気は私が受け取ると話したことですっかり意気投合することができた。操業時はお金がなく、エンジニアを2人しか雇うことができず、試作時点から大変な省電力状態を余儀なくされたそうだが、省電力はこれからのIoTの重要なキーワードとなる」と、省電力なコアを開発する方向に進んだことを喜んだという。
また、IoTにとって欠かせない重要な要素がセキュリティ。「万が一、ハッキングが行われれば、世界各地で同時に飛行機が墜落、自動運転車のブレーキがきかなくなるといった、現在のテロよりも高次元のテロが起こる可能性がある」ことから、セキュリティに配慮したアーキテクチャーであることが必須となる。
ARMは一般のプロセッサとは別に、「ARM TRUSTZONE」を用意。外部から通信ができない構造であることから、乗っ取りといった事態を回避することができると説明した。
今回の孫氏の基調講演はほぼARMに関する話題に終始したが、「ARM本社でも、どれほどARMに恋い焦がれてきたのかを幹部社員に向けて熱くアピールしてきた」と説明した。
そしてソフトバンクの本業について、「10年単位で本業が変わっていく、情報革命の会社がソフトバンク。パラダイムシフトの出世魚がソフトバンクである」とパラダイムシフトの変化をとらえ、成長していく企業であると強調し、講演を締めくくった。