Intelのモビリティ戦略はどこへ向かうのか
米Intelのセールス&マーケティング統括本部ディレクタのアナンド・チャンドラシーカ副社長が来日した。先週開催されたWIRELESS JAPAN 2005での講演や、パートナー企業への訪問など精力的な日程消化をこなすとともに、今年1月の組織再編以降、自らが担当しているセールス&マーケティング部門および従来から担当していたモビリティ部門の日本における取り組みについても、「チェックができる良い機会になった」と来日の成果を振り返る。講演内容やインタビューを通じて、同社のモビリティ事業に焦点をあててみる。
■Centrinoには十分な評価
米Intelのセールス&マーケティング統括本部ディレクタのアナンド・チャンドラシーカ副社長 |
2003年、Intelは、モバイルPC向けプラットフォームであるCentrinoモバイルテクノロジーを発表した。チャンドラシーカ副社長は、「当初の2年間については、設定したゴールのすべてを達成したといえる」とこれまでの成果を振り返る。
単なるCPUの提供だけに留まらず、無線LAN技術の標準搭載を含めたモバイル環境を実現するプラットフォームであるCentrinoは、モバイルPCの利用環境を大きく進化させ、出荷比率の貢献に寄与した。
現在、日本におけるノートPCの出荷比率は約6割。「まだ、無線LAN搭載モデルの比率を拡大する余地がある」とするものの、Centrinoロゴを搭載したノートPCの比重は拡大傾向にある。
また、米国のノートPCの普及率はビジネス分野で約50%、コンシューマ向けには約25%。トータルでは約4割を占めると見られるほか、欧州でも4割弱の構成比にまで拡大してきている。
「当初の計画では、2007年までに市場全体の35%をCentrinoモバイルテクノロジーで占めることを目指した。これは、今年末にも達成できそうだ」と、その浸透ぶりに自信を見せる。
チャンドラシーカ副社長が、Centrinoが成功を収めたことを自信たっぷりに示すのも、ノートPCの構成比が、世界的に上昇していることが見逃せない。
■2006年に登場するNapaでさらに加速
ワイヤレスジャパン2005の講演で公開したNapaによるノートPC |
そして、このCentrinoモバイルテクノロジーを進化させるのが、2006年第1四半期に登場する予定の次期モバイルPCプラットフォーム「Napa」である。
モバイル向けデュアルコアCPUであるYonahをはじめ、チップセット、無線LANモジュールで構成されるNapaは、Intelが描くモビリティPCの世界をさらに進化させるのは明らかだ。
WIRELESS JAPAN 2005の講演では、NapaプラットフォームのノートPCを片手に持ちながら、その登場が間近に控えていることを聴講者に訴えて見せた。
チャンドラシーカ副社長は、「Napaによる最大の進化は、デュアルコアによって実現される性能の改善だ」と話す。
「Napaの最新スペックでは、同じクロック周波数のCentrinoと比較した場合に約70%の性能向上が実現されている。さらに、いまのCentrinoよりもバッテリー持続時間が長くなる。モビリティPC環境をさらに進化させ、大きな改善が図られることになる」と続ける。
さらに、「日本においては、テレビチューナー機能を搭載したオールインワン型のコンシューマデスクトップが人気だが、今後は、オールインワン型ノートPCの出荷比率を高めることにつながるだろう。Napaを利用すれば、テレビを見ていても、PCのパフォーマンスを失うことなく動作させることが可能。現行のデスクトップに匹敵するか、あるいはそれよりも優れた機能を提供することができるようになる」と、その進化を訴える。
気になるのは、今回は見送られたNapaのEM64T対応の時期だ。
チャンドラシーカ副社長は、「来年にも発売される予定の次期Windows『Longhorn』の出荷タイミングにあわせたものになる」と、これまでの発言を繰り返す。
「64ビット機能は、プロセッサ全体の大きな変化が要求される。最初のNapaで64ビットに対応しなかった最大の理由は、バッテリー駆動時間の問題。例えば、64ビットを全面的に活用するためには、4GBのメモリが必要。32ビットの512MBから1GBのメモリに比べると、4倍ものメモリが必要になり、バッテリーに対するインパクトが大きい。これを解決するためのテクニックが必要だ。そのテクニックを搭載するのがLonghorn出荷のタイミングになるだろう。また、現在、世の中に64ビットアプリケーションが出揃っていない環境をとらえると、あわててEM64TをモバイルPCで実現する必要はないだろう」
いずれにしろ、Napaが64ビット化されるのは、来年後半まで待たなくてはならない。
■WiMAXの浸透に力を注ぐ
WiMAXに対する注目度はこの1年で大きく変化している |
WIRELESS JAPAN 2005のインテルブースで展示されていた「インテルPRO/Wireless 5116プロードバンドインターフェイス」 |
Napaの提供開始とともに、注目されることになるのがWiMAXである。
すでに同社では、IEEE 802.16d(IEEE 802.16-2004)のベータシリコンを一部パートナーに対して提供を開始している。WIRELESS JAPAN 2005のインテルブースでも、WiMAX準拠の宅内機器/ゲートウェイ向けの初のシステム・オン・チップとなる「インテルPRO/Wireless 5116プロードバンドインターフェイス」の展示を行っていた。
さらに、2006年には802.16eに対応したベータシリコンの提供を開始するほか、2006年後半は、ノートPC向けにWiMAXのアドインカードの提供を実現。2007年にはBTOベースでこれを展開できるようになるという。
「2006年には、WiMAXの導入事例が一部出てくることになるだろう。また、2007年から2008年には、世界的に導入が進むことになるはずだ。すでに韓国では、アグレッシブな採用計画が推進されており、米国でもSprint社が積極的な取り組みを開始している。また、この分野に新規参入しようとする動きも出ている。今後5年間は、パートナーとのエコシステムによって、WiMAXをいかに普及させていくかの努力を進めることになる」という。
Intelは、まずはNokia、Sprintと手を組んで、この分野での体制づくりに挑んでいる。
「Intelは、シリコンの専門知識と、デバイスおよびプロトコルに関する知識を持っている。Nokiaはネットワークのプロビジョニングに関する知識、Sprintは顧客へのサービスレベルに対する義務に関する知識を持っている。これらを生かし、協力することで一気通貫のネットワーク環境が実現できる」
ただ、その成長曲線は、「WiFiよりも予測しにくいものになる」とチャンドラシーカ副社長は語る。
「WiFiは、規制がなく、誰でも無線LANスポットを設置できる。プロビジョニングの強制もない。だが、WiMAXは、キャリアが関与し、プロビジョニングも行われなくてはならない。組織的な成長戦略を描くことが重要だ。サービスレベルを確立し、技術とサービスが一貫性をもたなければ、継続的な成長を維持することはできないだろう」。
だが、こうも語る。
「WiMAXは、ベースステーションを設置した後にも密度を高めていくことができる。利用者が増えた場合には、それを拡張し、次のレベルに発展できる。初期投資を再利用できるという利点によって、早い段階から導入されることになるだろう」
WIRELESS JAPAN 2005の講演では、会場に車を持ち込んで、車の中でネットを通じて音楽や映像、ゲームを楽しむ実演をして見せた。これもWiMAX技術の活用によって実現されるものだ。
講演では開発中の小型コンピュータを自動車に搭載するデモを行った。CMOSによるラジオチューナーも搭載 | このコンピュータを搭載することで、自動車内のタッパネルからインターネットなどにも接続できる。この実現にはWiMAXの普及が必須 |
■日本製携帯電話にもインテルチップ搭載へ
一方、日本での今後の課題のひとつと位置づけられるのが、携帯電話向けアプリケーションプロセッサの搭載だ。
欧米では、スマートフォンなどにXScaleプロセッサが搭載され、「携帯電話向けのアプリケーションプロセッサでは、ナンバーワンの実績だ」(チャンドラシーカ副社長)と胸を張る。
そして、「日本の携帯電話ベンダーにも、この技術が採用されるのは時間の問題である」とも話す。2006年には、我々の目の前に、XScale技術を採用した携帯電話が登場することになるという。
「確かに、これまで日本においては、ほかの地域ほど成功していないことは認識している。だが、日本の市場にこそ、この技術が必要であり、ベンダーの関心も高まっている。実際、すでに日本のベンダーに試してもらっており、技術を安心して利用できることを理解しはじめていただいている」と語る。
WIRELESS JAPAN 2005での講演中、チャンドラシーカ副社長は、ノートPCと、過去のデスクトップPCとの動画再生比較のデモストレーションを行ったが、当初、「このデスクトップには4年前の400MHzのPentium IIプロセッサが搭載されている」と説明されていたデスクトップPCは実はケースだけ。そのケースを取り去ると、中には、小さな携帯電話が置かれていた。いまや携帯電話で、数年前のデスクトップ並の性能が実現できるということを示して見せたのだ。
「携帯電話にもムーアの法則が適用できる。性能向上、バッテリー持続時間の延長、革新的なフォームファクター、規模の経済学を背景に、携帯電話のプロセッサは一気に進化することになる」とチャンドラシーカ副社長は、携帯電話の大きな進化を予測した。
左手がデスクトップPCのなかに入っていた携帯電話。右手は約30年前の世界初の携帯電話。いまのノートPCよりも重たいという | 携帯電話分野にもムーアの法則が適用できるという |
■組織再編の成果は1年後に
Intelは、今年1月、大幅な組織変更を行った。モビリティ、デジタルホーム、デジタル・エンタープライズ、チャネルプラットフォーム、デジタルヘルスといったプラットフォームを基盤とした組織への変更だ。
この組織変更にあわせて、従来からモビリティPCを担当していたチャンドラシーカ副社長は、セールス&マーケティング統括本部も担当することになった。
ただ、この組織変更について、チャンドラシーカ副社長は、「すでに2001年から、プロダクトの展開、事業計画の立案、ビジネスの手法は、再編後のような形で進められてきていた」と切り出す。
「3年間かけて実験してきたものを形にしただけのこと。しかし、実際の形にすることで、意思決定時間を短くすることができたり、必要なエンジニアリング部分を一部移動させるといった最適化が進められている。組織再編の成果は、1年後、あるいは1年半後に判断することになりそうだ」と語る。
同社では、モビリティPC実現の要素として、性能、バッテリー持続時間、接続性、フォームファクターの4つにフォーカスを当てる。「ここにイノベーションを起こしてほしい。そう社員には呼びかけている」とチャンドラシーカ副社長は、モビリティチームの方向性を示す。
■Intelを取り巻く、AppleとAMDの動き
ここ数カ月の間に、Intelには2つの大きな出来事が起こった。
ひとつは、Apple Computerによるインテルチップ採用の発表だ。
チャンドラシーカ副社長は、「これでIntelの社員がMacを購入できるようになる」とジョークを飛ばしながら、「Appleはイノベーションを繰り返してきた企業であり、そのAppleがIntelを採用することは大いに歓迎する」とコメントする。
両社の話し合いについては、「私からお話することはできない」としたが、Apple本社があるクパチーノには、チャンドラシーカ副社長自身も足を運び、「すばらしいオフィス環境、美しい建物に感動した」と話した。
実は、チャンドラシーカ副社長の奥さんが、長年、Macを利用していることも本人の口から明らかになった。
もうひとつの出来事はAMDによる提訴だ。
これに関しても、「AMDの主張は、完全に正当化できないものである。当社は、常に公正に、あらゆる事業を展開しており、法律に従った事業展開を推進している」と、ポール・オッテリーニCEOの公式コメントを引用するに留まったが、「私から言えるのは、この訴訟が起こってからも、ビジネスに対するインパクトはなんらないということ。そして、パートナーとの関係もまったく変化がなく、良好なことだ」とする。
現在、Intelでは、この件に関しては、多くはコメントしない。チャンドラシーカ氏の発言も残念ながら、ここまでに留まった。
■日本のチームには高い評価
インタビューの最後に、チャンドラシーカ副社長は、日本のチームの評価について触れた。
「日本のチームは、モビリティ分野においても、積極的な展開を行っており、IA(インテル・アーキテクチャ)のセールスの状況、OEMとの関係の強さ、各種プログラムの推進状況など、どれも高い評価を下せるもの。100点満点中90点の出来」と手放しで評価した。
「私の主義は、100点満点は与えないこと」というチャンドラシーカ副社長にしてみれば、最大級の評価だといえよう。
それは、モバイルPCの市場への浸透、そのなかで果たすIntelの役割が、日本において大きな意味を持っていることに加えて、これまで出遅れていた携帯電話分野においても、なんらかの筋道が立ったことも表れといっていいだろう。
モビリティPCから携帯電話分野へと本気で乗り出すIntelの今後の展開は注目点だといえる。