主要ベンダーが体制強化に乗り出すシンクライアント事業


 今年春以降、主要ハードベンダーが相次ぎシンクライアント端末を投入する一方、ユーザー企業の間でも、個人情報保護法の全面施行にあわせて、その対策手段のひとつとして、シンクライアントの導入を検討しはじめたケースが目立つようになってきた。

 今後、シンクライアントはどんな動きを見せるのだろうか。


「あれもできない、これもできない」のが売りのシンクライアント

 もともとシンクライアントは、90年代後半から2000年前半にかけて、一度ブームが起こっている。

 米Oracleのラリー・エリソン氏が提唱したネットワークコンピュータ(NC)や、500ドルパソコンなどと呼ばれるシンクライアントが注目を集めたのだ。

 だが、振り返れば、当時は、コスト削減効果ばかりが注目され、その他のメリットはあまり強調されなかった。

 その導入コストについて、正確に試算してみると、言われるほどのコスト削減効果が見込まれなかったこと、システムの全面的な入れ替えが求められることなど、企業の導入意欲を喚起するまでには至らなかった。

 だが、今回のシンクライアントブームは、事情が違う。

 最大の違いは、セキュリティ対策のためのキラーソリューションと位置づけられていることだ。

 4月からの個人情報保護法の本格施行、昨年来、社会問題となっている各種情報の漏えい問題への対策として、シンクライアントが注目されているからだ。

 例えば、情報漏えい問題も、従来は外部からの侵入によるものが目立っていたが、現在では、その多くが社内からの漏えい。ファイアウォールという外部からの侵入を防ぐ対策は施していても、内部からの情報漏えい対策が遅れていた日本の企業の弱みを露呈した格好ともなっている。

 シンクライアントとは、一般的には、ハードディスクを搭載しない端末のことを指し、これをネットワークを介して、サーバーに接続。サーバーに蓄積されたアプリケーションやデータを呼び出して利用するというものだ。そのため、シンクライアント上にはデータなどが蓄積されず、さらにUSBなどのインターフェイスも排除されていることから、そこからデータを外部に持ち出すことができないという仕組みになっている。

 そのため、社内からの情報漏えいに威力を発揮すると見られているのだ。

 「これまでのPCは、あれもできる、これもできるが売り物だった。だが、シンクライアントは、あれもできない、これもできないが売り物になる」(大手ベンダーのシンクライアント営業担当者)と、これまでとは逆の特徴を前面に打ち出しているという。

 また、情報漏えい対策に関心を寄せる経営層が、シンクライアントに注目しており、トップの強い意志のもとにシンクライアントの導入検討を開始するといった動きも出ているのだ。

 大手ベンダーの間からも、「自治体や学校、研究機関などの公共分野からの引き合いが多いが、最近では、民間企業から経営トップの一声で、シンクライアントの説明にきてほしいという要求も増えている」という声があがっている。

 かつてのシンクライアントブームとの違いは、情報漏えい対策ツールとしての導入ニーズと、経営トップが関心を寄せているという点だといえよう。


管理の主導権を情報システム部門に取り戻すのに有効

 一方、現在主流となっている分散コンピューティング環境の進展によって、情報システム部門は、運用管理の煩雑さと、管理工数の増大、林立するサーバーの非効率的なリソースの活用を見直す必要などに迫られている。

 サーバー統合や、ストレージ統合といった手法とともに、シンクライアントソリューションも、これらを解決するひとつの回答と位置づけられているのだ。

 「分散コンピューティング環境の浸透によって、ユーザーに移行しつつあった情報システム構築、管理の主導権を、情報システム部門に取り戻すための施策として、シンクライアントを位置づける情報システム部門もある」(大手ベンダー)というのも、シンクライアントが注目を集めている要因のひとつといえそうだ。


国内シンクライアント・ブレードクライアント出荷台数予測(出典:IDC Japan株式会社)

 調査会社でも、こうしたシンクライアントのいくつかの特徴が、今後の旺盛な需要に結びつくと指摘しており、今後のシンクライアント市場の高い成長を予測している。

 ガートナーグループによると、2009年には、シンクライアントおよびスリムクライアントと呼ばれる製品はクライアントPCのインストールベース全体の14%、約500万台に達すると予測。一方、IDCジャパンは、ディスクレスPCの市場規模は、2004年には、法人向けパソコン出荷の0.2%にあたる1万6000台としたのに対して、2005年には1.0%の9万2000台へと拡大。さらに、2009年には、10.0%となる87万2000台に達すると予測している。


さまざまな方式があるシンクライアント

 ひとくちにシンクライアントといっても、いくつかの方式に分類することができる。

 最もオーソドックスなのは、Windows Based Terminalを利用、Citrix Presentation Server(MetaFrame)によるシンクライアント環境だ。サーバーとシンクライアントを接続して利用するため、クライアントPCの性能が低かったり、それを結ぶネットワーク回線が低速でも利用できるという特徴がある。だが、グラフィックス表示機能が弱いといった制約や、利用できるアプリケーションに制限があるなどの課題がある。

 同じくオーソドックスな形としては、Windows XP Embeddedを利用したものもある。

 2つめが、ネットブート式である。ローカルのクライアント上にOSをダウンロードして、利用する方式。マルチOS環境での利用や、クライアントでの高速処理などが可能になるが、その一方で、起動するまでの時間がかかる、あるいは高速のネットワーク環境が必要などの課題がある。

 3つめがブレードPC方式である。データセンターなどに設置されたブレード方式のPCのなかにOS、データ、アプリケーションなどを格納し、一台のブレードPCとシンクライアント端末一台を対にして利用するものだ。

 それぞれに特徴を持ちながら、その一方で課題があるのも事実だ。


各社のシンクライアント戦略

 そして、各社のシンクライアント戦略も各社の特徴を打ち出した展開に分岐している。

 日立製作所や富士通などは、一般的ともいえるシンクライアント戦略を推進し、Citrix Presentation Server(MetaFrame)によるソリューション提案や、独自のミドルウェアによる安定運用、管理面での優位性を訴えている。


日立のA4ノート型シンクライアント「FLORA Se270」
富士通のデスクトップ型シンクライアント「FMV-TC5100」

NECのコンパクトタワー型シンクライアント「Mateシンクライアント」

 一方、NECは、「仮想PC型」と呼ばれるNEC独自のシンクライアントソリューションを用意している。

 仮想PC型では、サーバー内のリソースを仮想的に複数に分割し、そのエリアをシンクライアント一台ごとに割り当て、OSやアプリケーションを動作させる。このリソースは、動的配分を行えるほか、ネットワークで接続された他のサーバーのリソースも動的に利用できるため、エンドユーザーは、負荷がかかった処理が必要になった場合でも、リソース制限を気にすることなく、ストレスのない利用環境を維持できる。端末は、シンクライアントに限定せず、現在利用しているPCでも接続可能であることから、既存の投資資産を無駄にすることなく、段階的に既存システムからシンクライアント環境へと移行が可能になる。


 日本ヒューレット・パッカードは、ブレードPCによる「クライアント総合ソリューション(CCI=Consolidated Client Infrastructure)」を提案している。

 CPU、HDDなどの基本機能を、ブレードPCで構成されるデータセンター側へ集約。ユーザー側には、アクセス端末としてのシンクライアントを用意し、これらを連携し利用するもの。OS、アプリケーションが搭載されたブレードPCが収納されたラックは、厳重に管理されたデータセンター内などに置かれることになる。

 1台のブレードPCには1ユーザーのみがアクセス可能であり、1対1でリソースが割り当てられることになるが、ネットワーク接続できる環境であれば、マイクロソフトのリモートデスクトップを利用することによって外部からの接続も可能で、仮想化されたユーザー固有の環境を異なるシンクライアント端末上で実現できる。

 同社の試算によると、デスクトップPCでの運用と、ブレードPCによる運用を比較すると、4年間のトータルコストを約半分に削減できるという。


日本HPのブレードPC「HP bc1000 blade PC」が収まったラック
日本HPのシンクライアント端末「HP Compaq t5710 Thin Client」

デルのシンクライアント「Dell ThinPC」

 デルでは、ThinPCという呼称を使ったシンクライアントを市場投入している。

 「Dell ThinPC」は、同社のデスクトップPC「OptiPlex」シリーズをベースとし、そこから単にハードディスクを取り除いたものだ。それ以外の機能はすべて一緒だといっていい。これによって、デルが確立している調達、生産、流通といったデルモデルの仕組みをそのまま利用。生産コストの大幅な削減を実現するとともに、他社のシンクライアント製品の上位レイヤー製品と位置づけたマーケティング展開を行っている。

 このように、各社のシンクライアントは、今年春以降、一気に製品が出揃った段階だ。

 そして、現段階では、各社各様の製品戦略で、事業展開を開始している。また、統括する事業部門も、ベンダーによって、パソコン部門であったり、サーバー部門であったりと入り乱れた形になっている。

 すでに、大型導入案件などが一部で検討が始まっているという話もあるが、一般的に通常のパソコン事業に比べると、足の長い商談になっているという特徴も見られている。

 90年代後半のシンクライアントブームに比べると、その勢いは、はるかにいいというのは共通した意見。ベンダーの力の入れ方もおのずと違ってきている。

 今年度下期から、来年度にかけて、シンクライアント事業に対する体制強化に乗り出すベンダーは少なくなさそうだ。


関連情報
(大河原 克行)
2005/8/29 16:04