大河原克行のクローズアップ!エンタープライズ

外資系グローバル企業の視点を日本企業に注入――、IT業界のキーパーソンが相次いでパナソニック入りした背景は?

 SAPジャパンのバイス チーフイノベーションオフィサーだった馬場渉氏が、2017年4月1日付で、パナソニックに移籍。新設したビジネスイノベーション本部の副本部長およびパナソニックノースアメリカの副社長に就任した。

 パナソニックには同日付で、日本マイクロソフトの会長だった樋口泰行氏が、専務役員に就任するとともに、パナソニックの社内カンパニーであるコネクテッドソリューションズ社の社長に就任しており、IT業界のキーパーソンが相次いでパナソニック入りした格好だ。馬場氏は果たして、パナソニックでどんな役割を担うことになるのか。

パナソニック ビジネスイノベーション本部副本部長兼パナソニックノースアメリカ副社長の馬場渉氏

パナソニックではビジネスイノベーション本部を担当

 馬場氏は、2000年に中央大学経済学部を卒業後、2001年4月にSAPジャパンに入社。2011年にはリアルタイムコンピューティング本部長、2013年にはバイスプレジデントに就任。2013年にはクラウド事業本部長を務めるなど、営業、新規事業開発などの職歴を経てきた。また、2014年にアジアで初めてのチーフイノベーションオフィサーに就任。2015年には、欧州SAP SEのバイスプレジデントに就任し、SAPグローバルデザイン部門のデザインシンキング担当としてシリコンバレーに在住していた。フィラデルフィアにも在住した経験を持つ。

 2016年からは、公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の特任理事にも就任している。

パナソニックの馬場氏の経歴

 馬場氏がパナソニックで担当するのは、4月1日付で本社部門に新設されたビジネスイノベーション本部だ。

 パナソニックは2012年のカンパニー制導入に伴って、4つのカンパニーに技術本部を設置し、技術部門の前線化を図るとともに、カンパニー内だけではできない技術開発や、非連続な技術、新規事業分野に求められる技術を本社技術部門が開発を担ってきた。

 新設されたビジネスイノベーション本部は、本社技術部門の中に置かれ、「全社テーマ」の考え方を導入。モノ売りではないサービス中心の事業の創造や、既存事業に対しては破壊的となる技術に基づく新たな事業の創出、複数のカンパニー間での連携が必要な事業などに取り組むことになる。

 ビジネスイノベーション本部の本部長に就任する、技術部門を統括する代表取締役専務の宮部義幸氏は、「既存技術の延長線上の取り組みにおける技術開発だけでは、成長を担保できない。今後の成長エンジンとなる新事業モデルの仮説を自ら構築し、リソースを集めて挑戦する仕組みと体制を本社主導で整備する必要が出てきた」と説明。

 「ビジネスイノベーション本部では、顧客との共創や、オープンイノベーションなどを取り込みながら、モノ中心の事業開発ではなく、サービス中心の新規事業およびIoTやAI技術に基づく新規事業を創出することになる。テクノロジーイノベーションよりも、ビジネスモデルイノベーションの取り組みが中心になる」と位置付けた。

パナソニック 代表取締役専務兼ビジネスイノベーション本部本部長の宮部義幸氏

 新たに創出する事業の詳細については、現時点では明らかにしていないが、「近々、2つのテーマで発表ができると考えており、そのうちのひとつは、現在、ハードウェアを販売して収益を得るビジネスを、当社がハードウェアを所有したままで提供し、それを活用することで便益を提供するものになる」とする。

売上を獲得できる新規事業創出を目指す

 ビジネスイノベーション本部が、これまでの研究開発部門と異なるのは、売り上げを獲得する事業を生むという点である。

 「新規事業というと、数億円や数十億円規模で成功と判断するケースが多いが、ビジネスイノベーション本部が創出する事業は、100億円以上の規模を目指すビジネスであり、将来的には事業部と同等の事業規模を想定できるものだ。本部自らが売り上げを立てる役割を持ち、事業立ち上げに専念する組織になる」(パナソニックの宮部代表取締役専務)とする。企業買収などの役割は持たず、むしろ、買収した企業の活用や外部企業とのオープンイノベーションなどを積極化する役割を担うことになる。

 また、若手人材育成プログラム「NEO(Next Entrepreneurs Opportunity)」を担当するのもビジネスイノベーション本部の役割であり、「2018年に創業100周年を迎えるパナソニックが、次の100年に向けて、創造する能力を持った人材を数多く育成する仕組みがNEO。人材を集めて、機会を与えて、社外のリソースを活用しながら、人材を育成。新たな領域や新たなビジネスモデルに挑戦することができる次世代の社内起業家を育成する」という。

 約100年にパナソニックを創業した松下幸之助氏は、まさにアントレプレナーだった。そうした意識を持った社員を、社内で育てるというのだ。

 同時に、ビジネスイノベーションの核となるAI技術者を3年後には300人体制に、5年以内には1000人体制に拡大する計画も明らかにした。

ビジネスイノベーション本部の役割
ビジネスイノベーション本部の位置付け
ビジネスイノベーション本部の組織体制

 馬場氏は、こうした次の世代のパナソニックを支える技術開発、ビジネスモデルの創出、人材育成を行う役割を担う、ビジネスイノベーション本部において活躍することになる。

 2017年4月19日に行われた同社R&D戦略の記者説明会では、馬場氏がパナソニック入りしてから初めて会見に出席。報道関係者に送られた開催通知には、馬場氏の名前を記しながら、「今後、ビジネスイノベーションを展開、推進するキーパーソンとして活動していく」と、異例の紹介をしていた。

 馬場氏は、「日本の企業は、業務改革などにおける成功事例はあるが、イノベーションによって成長気運に乗った成功事例はない」と前置き。「パナソニックは、本格的にイノベーション戦略による成長にかじを切ったことを感じる。シリコンバレーの視点を持ちながらビジネスを行うことを、パナソニックのなかに適用したい。そこに私が貢献できると考えている」と語る。

会見に臨む宮部代表取締役専務(左)と馬場副本部長(右)

 馬場氏は、シリコンバレーに在住し、パナソニックのビジネスイノベーションを推進することになる。

 「SAPのオフィスはパロアルトにあり、目の前にはテスラの本社があった。また、近くのマウンテンビューにはGoogleの本社があり、通勤時に見るシリコンバレーの姿は、常に自動運転のクルマが走っている環境だった。また、パナソニックのオフィスは、クパチーノのAppleの新本社前にある。シリコンバレーには、世界中の優秀なエンジニアが集まり、ビジネスリーダーが活躍しており、この様子を見ると、日本の企業の敗北感を感じざるを得ない。パナソニックは、世界に対して、価値を届けることができる日本の企業になる必要がある」と意気込みを語る。

 一方で、「日本から見るシリコンバレーの姿は、ソフト、ネットの企業が多く、クレイジーな経営者ばかりいるという印象だろう。報道もそうした部分だけを取り上げている。しかし、実際にシリコンバレーで働いてみると、大企業からの“脱サラ組”が数多く経営しており、クレイジーな経営者ばかりではない。飛行機ビジネスや家電ビジネス、素材ビジネスなどを行っているハードウェアの企業も少なくない」と指摘。

 「シリコンバレーのやり方の多くは日本の企業には合わないと考えている。しかし、シリコンバレーには共通言語のようなものがあり、そこにシリコンバレーの強みがある。それは、デザインシンキングとユーザーエクスペリエンスの考え方である。シリコンバレーでは、この考え方を小学1年生から学んでいる。シリコンバレーが長年にわたって成長している理由はここにあり、これは日本の企業にも合致するものである」などとした。

非常識なチャレンジをすることが大切

 ビジネスイノベーション本部では、パナソニックのこれまでの手法を崩すといたことにも挑戦することになる。

 馬場氏は、「パナソニックは、既存事業をどう作り変えるかというイノベーションにスコープを当てている。また、先端技術をいち早く、シンプルな形で生活者に提供しようと考えており、その際に、従来のビジネスモデルに乗せると、時間がかかり、複雑になってしまうという課題も知っている。さらに、事業部や製品、戦略のくくり方が内部視点ではなく、顧客視点になっている」と、パナソニックが破壊に向けた準備を整えていることに触れる。

 その上で、「私は、Jリーグの特任理事をやってきた関係もあり、サッカー選手と話す機会が多いが、今回のパナソニック入りにあわせてある選手から次のように言われた。スポーツアスリートは、能力を発揮するためにコンディションを整え、最高のパフォーマンスを発揮するという考え方では成長がない。それは、当たり前のことを当たり前にやっているに過ぎず、決して能力は高まらない。しかし、一度自分の限界を超えることで、能力にブレイクスルーが起こり、成長を遂げることができ、これまで以上の力を発揮できるようになる。できないことに挑戦し、非常識なチャレンジをすることが大切である。パナソニックもそれと同じである」と語った。

 既存事業を最大限に成長させるということまでの考え方ではなく、時には、既存事業を破壊してでも、次の成長に向けたビジネスイノベーションに取り組むというのが、ビジネスイノベーション本部の役割であり、そこに海外のトップITベンダーであるSAPで活躍してきた馬場氏の経験が生きることになる。

 「入社前に思っていたパナソニックの課題点のほとんどは、すでに着手されており、さらに、明確な成長戦略を持っている点は、意外なサプライズだった。だが、外部の視点や、外部を意識することが希薄であることを感じた。変化が激しい外部を見ることが重要であり、しかも、同じ産業のなかにとどまらない視点で外部を見ることが必要である。これは、まったく外部を見ていなかったのではなく、外部の変化が激しく、相対的にキャッチアップが遅かったということであり、今後の改善点のひとつである」とも語る。

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 日本マイクロソフト会長から、パナソニックの専務役員に就任した樋口泰行氏は、B2B事業を担当するコネクテッドソリューションズ社の社長に就任するとともに、6月29日付で代表権を持つ取締役に就任する。

パナソニック入りし、Panasonicロゴの社章をつけた樋口泰行氏

 今年3月、パナソニック入りを前に取材に応じた樋口氏は、「一流の外資系グローバル企業のなかで、グローバル経営のやり方や、変化の激しいなかでのかじ取りなど、そのやり方を間近で見てきたという経験は、日本の企業にも生かすことができる。スピード感やダイナミックさを持った経営、自分の考えや思いを自己主張していくことで、金太郎飴のような人材ではなく、思考停止に陥らない企業文化の醸成とにも私の経験が発揮できる。これらの要素は、今後の日本の企業が変化するために必要なもの」とコメント。「パナソニックには、まだ伸びしろがあり、しかも、その伸びしろは大きい。その成長に向けて、一過性の変化ではなく、持続する変化を起こすことに貢献したい」と語っていた。

 2人のパナソニック入りそのものが、パナソニックの変化を象徴するものだといえる。IT産業のトップ企業で、破壊と成長を経験した2人のキーパーソンが、パナソニックの重要なポジションに就いたことで、パナソニックの変革は、さらに大きな歩みをみせることになりそうだ。