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SAPジャパン、スポーツ×ビッグデータ国内市場に本格参入
「リアルタイムプレー予測」の実現へ、データスタジアムと提携
2014年7月14日 06:00
SAPジャパン株式会社は10日、日本のスポーツ・ビッグデータ市場へ本格参入すると発表した。
インメモリプラットフォーム「SAP HANA」によるデータ分析を主軸に、チームを強くする「Sports&Big Data」、スポーツと生活を密接にする「Sports&Life」、試合時の保安やセキュリティを向上させる「Sports&Safe」の3つの分野に取り組む。
「Sports&Life」では、周辺産業も巻き込み、ファンが試合を観戦する際の移動・宿泊・食事・交流など総合的なユーザー体験を高めるためにデータを活用。スポーツがより生活に溶け込んだ文化となるよう取り組む。
「Sports&Safe」は、試合中・観戦中のけがの処置や警備などにデータを活用。欧米では、病院の空き室を把握したり、フーリガン対策に警察も含めて戦略を練ったりしているという。
これらの中でもSAPジャパンが特に注力するのが「Sports&Big Data」。この分野にはファンの獲得・熟成を目指す「Fan Engagement」、チームを強くする「Team Performance」、スポーツ関連企業の利益アップを目指す「Revenue Growth」、ビジネスオペレーションを支える「Business Operations」の4つが含まれる。独SAPが2013年にチケッティングシステムの独Ticket-Webを買収したのもこの一環だ。
独SAPはこうした「Sports&Big Data」の取り組みですでに多くの実績を保有している。例えば、F1ではマクラーレングループがレース中のマシンの状態をHANAでリアルタイム分析し、チューニングやピットインのタイミング判断を行っている。
NBA Statsは過去60年余にわたるデータをファンに公開。詳細なシューティング・チャート(どの位置からどのようにシュートが放たれたかの図)といったデータも分析して提供している。
NFLでは、ファン向けゲームの中で選手のパフォーマンスデータを提供し、ゲームファン層から新たなNFLファンを生み出すような取り組みがなされているほか、San Francisco 49ersではスカウティングの効率化にHANAによるデータ分析を活用していたりもする。
SAPジャパンは、こうしたスポーツにまつわるあらゆる市場へHANAを推進させる考えだが、特に注力点となるのが「Team Performance」の分野――すなわち「試合に勝つ」ためのIT支援だ。
「試合に勝つ」ためのサッカードイツ代表の取り組み
この分野はドイツが先進的で、サッカー・ブンデスリーガのバイエルンやホッフェンハイムなどが選手の育成や戦術理解にデータを活用。また、ドイツ代表チームもデータ分析によってここ数年戦術を進化させている。
ドイツ代表は2006年ワールドカップ(W杯)・ドイツ大会で3位に終わった後、監督に就任したヨアヒム・レーヴ氏が「一人あたりのボール保持時間を最小限にする」という方針を打ち出し、実際に数年で平均2.8秒を1.1秒に短縮。パスを細かくつないでいくポゼッションサーカーを洗練させてきた。
馬場渉氏によれば「ボール保持時間を短くするためにはタッチ数を減らす。試合の展開は早くなる。試合中はカメラ映像から選手やボールの動きを全て分析し、練習中はすね当てにセンサーを付けている。こうしたトラッキングデータを収集するようになって、1試合あたりのデータは従来2000件ほどだったのが4000万件にも増加。その膨大なデータから、例えばパスミスの原因が自分のパスコースにあるのか、それとも受け手の位置か相手の動きかなどを分析している」という。
使用するのは「Match Insight」というシステム。試合中のビッグデータを分析するためのインターフェイスで、タブレットによる軽快な操作感で、気候やピッチコンデション、選手のパフォーマンスデータを分析できる。例えば、ボール保持時間が3秒以上のプレーのみ抽出といったことも可能。事実に基づいたさまざまな判断ができるようになっている。
「リアルタイムプレー予測」実現へ、データスタジアムと提携
SAPジャパンはこうした海外の実績をどっと日本市場へ持ち込む考えだ。その第1弾として、スポーツデータを解析・配信するデータスタジアム株式会社と提携する。
データスタジアムは、さまざまなスポーツのデータを提供する事業者。例えば、野球なら全試合をリアルタイムに配信する「野球情報配信」や、投球分析や打球方向分析などが可能な「ベースボールアナライザー」といったツールを提供。サッカーなら専用のカメラとソフトを用いてピッチ上の選手、審判、ボールの動きをデータ化して提供している。
Jリーグでも選手ごとの走行距離やプレイエリアのヒートマップ、パスコースなどの情報が試合中リアルタイムに提示されるようになった。あのデータを提供しているのが同社だ。
今回の提携では、データスタジアムが開発を進めているサッカー・野球向け次世代サービスに「SAP Cloud powered by SAP HANA」が採用され、イノベーションパートナーとして共同研究・開発を進める。
次世代サービスでは、リアルタイムにトラッキングした選手やボールの動きに、データスタジアム独自の指標を掛け合わせ、「リアルタイムプレー予測」の実現を目指すという。データスタジアム 取締役の松元繁氏は「スポーツデータの収集・分析は地道な作業の連続で、当社はスポーツ業界の黒子のような存在。昨今、ビッグデータ活用への注目が高まるにつれ、長年収集してきたデータがさらなる付加価値を生む可能性が広がった。次世代サービスのためのデータはすでにそろっているが、処理の面で制約があって今までは実現が難しかった。今回、世界中のスポーツを支援しているSAPと提携することで、新しい価値を創造できると考えている」とコメントしている。
SAPジャパンにとってのスポーツ事業の意義
SAPジャパンがなぜこの分野に参入するのか。馬場氏は「日本のスポーツが世界で一番になれるように貢献したい」と語る。それは「試合に勝つ」という意味のみならず、ビジネス、エンターテイメント、おもてなしでも一番を目指すという思いだ。
同時にSAPの今後のイノベーションにも大きく関わってくる。「今回の取り組みはビジネスで生まれたイノベーションをスポーツに、というもの。そこからさらに、スポーツで生まれたシンプルさをビジネスにフィードバックすることも狙う。イノベーションを起こす上での阻害要因は、技術ではなく発想力。柔軟に発想できなければイノベーションは起こせないということを最近よく感じる。それと同時に感じるのは、スポーツの話をすると、みんな笑顔になり、頭も柔軟になるということ。そこから『さて本題』とビジネスの話に入ると途端にかちこちになるなるくらいだ(笑)。この事業に取り組むことで、当社内でもスポーツによるビジネスのイノベーションが期待できる」(馬場氏)。
事業としては未知の領域なため、事業計画や目標は立てない。「それがイノベーションを起こすための最近のSAPのやり方。計画を立てるとその枠内でしか発想できなくなる。今回のスポーツ×ビッグデータ事業でも目標は立てず、とにかく“日本のスポーツ発展”のためにできることをがむしゃらにやっていく」としている。