売り上げゼロのInstagramを10億ドルで買収、Facebookの勝算


 IPO申請中のFacebookが、モバイル向け写真共有アプリで人気のInstagramを買収すると発表した。Instagramはユーザーこそ多いが、売り上げも出していない正社員15人未満の小さなベンチャーだ。これに対する買収額は10億ドルで、業界を驚かせた。突然の、そして巨額の買収に、さまざまな分析がされている。

1週間で評価額が2倍に

 Instagramは、スタンフォード大出身のKevin Systrom氏らが2010年3月に設立したベンチャーで、モバイル向けの写真共有アプリを無料で提供している。非常にシンプルなアプリで、スマートフォンのカメラで撮影した写真を共有するだけものだ。撮影した写真に、簡単にフィルター効果をかけることができる面白さで人気がある。

 Instagramは2010年10月にiPhone向けアプリを公開すると、最初の1週間で10万ユーザーを獲得。その年のうちに、登録ユーザーは100万人に達した。2012年4月に待望のAndroid版を公開すると、わずか6日で500万人がダウンロードした。現在登録ユーザーは3500万人というが、さらに増え続けていることは間違いない。

 4月初めにはベンチャーキャピタル3社による出資が決まったばかりで、そのときの評価額は5億ドルだった。これにFacebookは10億ドルという値を付けたのだ。1週間もしないうちに、Instagramの価値は2倍に跳ね上がったことになる。

 買収話は非常にスピーディに運び、買収交渉も、わずか3、4日で終わったという。Wall Street Journalによると、FacebookのCEOであるMark Zuckerberg氏は4月第2週の後半にSystrom氏に買収話を持ちかけ、日曜の夜にはZuckerberg氏の自宅で合意の握手を交わしていたという。Instagramは現時点では売り上げゼロであり、BBCはFacebookの行動を「恐慌買い」と形容している。


モバイルアプリで出遅れたFacebook

 なぜ、Zuckerberg氏はこのタイミングで、この金額でInstagramを買収したのか? 各メディアはざまざまな角度から分析しているが、ポイントはモバイルとソーシャルの2つと言える。

 まず、モバイルからFacebookの状況をみてみよう。Guardianは、この買収がこれまでのハイテクバブルとは異なる点として、「スマートフォン」を挙げている。Webにアクセスする端末として、スマートフォンは間もなくデスクトップを抜いて主流になると予想されている。

 Facebookはデスクトップ時代に生まれた典型的なインターネットサービスだ。モバイルでは、iPhoneやAndroid向けアプリを提供しながら、HTML5もプッシュしており、独自プラットフォームやFacebookフォン開発のうわさも根強い。

 Wall Street Journalは「Zuckerberg氏は、アプリではなく(デスクトップ同様に)ブラウザベースのサービスがモバイルでもアクセス手段になると読んでいたが、この予想は外れた。同社は急いで追いつこうとしている」と分析する。

 BBCとGigaomのOm Malik氏はそろって、Facebookにとって「モバイルアプリはアキレス腱」と例える。Facebook自身も、IPOにあたって米証券取引委員会(SEC)に提出した書類でモバイルを「課題」と認めていた。同社の主な収益は広告であり、8億4500万人のユーザーの半分がモバイルを利用しているが、モバイルでは広告を本格展開していないからだ。


ライバルを制するための方策

 ソーシャルの面から見るとどうだろう。Facebookはソーシャル分野で王者だが、ライバルの追撃も激しい。そして、いずれも次のフィールドとしてモバイル強化に取り組んでいる。そんな中で、「Google+」を推進するGoogleもInstagramに買収を持ちかけていたという。Facebookには、Googleに取られる前に、という計算もあったはずだ。

 また、モバイルでは次々と新しいソーシャルサービスが誕生しており、Instagramもその1つだ。Facebookは世界最大の写真共有Webサイトでもあり、写真がFacebookの成功に寄与したことは間違いない。Instagramの登場で、モバイルでの写真共有はInstagramでというユーザーも増えている。つまり、Instagram買収には、モバイルの技術や足がかりを得るだけでなく、潜在ライバルを飲み込む狙いがあったとも考えられる。


Google/You Tube型か、それともNews Corp/MySpace型か

 Instagram買収には、さまざまな狙いがあるようだが、果たしてうまくいくのだろうか? これには懐疑論も目立つ。

 Zuckerberg氏は買収発表にあたって「多くのユーザーを持つ製品と企業を買収するのは初めてだ。こんな買収は、今後も少ないだろう」と述べ、Instagramは今後も独立して構築・成長すると説明している。

 Facebookは過去に、Gowalla、Drop.ioなどを買収しているが、いずれも買収後にサービスを閉鎖している。Wall Street Journalは、Facebookのこれまでの買収パターンを「人材目的」とした上で、Instagram買収後の課題を予想。「Instagramがユーザーを引きつけられた明確な目的とシンプルさを、統合と同時に、つぶさないようにしなければならない」と述べている。

 実際、これまでのハイテク業界の大型買収は、明暗が分かれている。Google/You Tube、eBay/PayPal(2002年15億ドル)などの成功例もあれば、Time Warner/AOL(2000年1650億ドル)、News Corp/MySpace(2005年、5億8000万ドル)などの失敗もある。

 ベンチャーキャピタルSequoia Capitalのパートナーで、eBay買収時にPayPalのCFOを務めていたRoelof Botha氏は、買収戦略の成功の秘訣は、企業の独立性と吸収元の企業のリソースを活用することだ、とWall Street Journalに語り、eBayとPayPalの場合、買収後もオフィスは別で、これも独立性の維持に重要だったと述べている。Instagramのオフィスは、分ける案もあったが、Facebookの社屋に移ることになったという。

 一方、Guardianは悲観はせず、2006年のGoogleによるYou Tube買収の際も同じような意見が聞かれた、と振り返る。Googleの16億ドル買収に、売り上げのない企業になぜ? と皆が首を傾げたのも同じだという。

 Facebook/Instagramの買収がどう発展するかは今後を見なければならない。PinterestやFoursquareなどモバイルとソーシャルを併せ持つベンチャーが注目を集めていることから、この買収が契機となってモバイルとソーシャル分野で、さらに企業買収が続くとの見方も強い。


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(岡田陽子=Infostand)
2012/4/16 09:52