MicrosoftがAdobeを買収? 対Appleで大胆戦略の報道


 サービス化とモバイルの大波は、ソフトウェアの巨人たちをも業界再編の渦に投げ込むのだろうか。今月上旬、MicrosoftがAdobe Systemsを買収するのではないか、との報道が業界を駆け巡った。成立すればその影響は大きく、iPhone、iPadでモバイル市場を席巻するAppleへの対抗軸となりうる――。メディア、アナリストは色めき立って、その可能性を議論した。

敵の敵は味方~Apple勢力拡大に対抗?

 10月7日付のNew York Timesが最近の両社のトップ会談を報じたのがきっかけだ。Microsoft CEOのSteve Ballmer氏が少人数の側近とともに密かにAdobeのオフィスを訪れ、同社のCEO Shantanu Narayen氏と会談を持ったという。1時間以上続いた会談の主要テーマはモバイル市場を支配するAppleに対して、両社が協力して、どんな対策をとれるかだった。MicrosoftのAdobe買収は、そこで1つの選択肢として取り上げられたという。

 Adobeは現在、対Appleで苦戦している。Appleが、Flashを“リソース食いで、古い技術”としてiPhone/iPadプラットフォームから締め出したためで、Appleの勢力拡大に合わせてAdobeの影響力は低下している。会談の目的は、Microsoftと組むことで活路を見出せるかである。

 もともとAdobeとMicrosoftは長年のライバルであり、現在も、Flashをデスクトップアプリケーションのプラットフォームとして展開するAdobeに対して、MicrosoftはSilverlightを推進して市場を争っている。しかし、Appleの脅威の前では、“敵の敵は味方”の論理が働く。

「MicrosoftがAdobe買収か」の記事でAdobe株は一時17%高に急騰

 New York Timesは、数年前、MicrosoftがAdobeの買収を検討したが、独禁当局の承認を得られないとの判断で、正式な話し合いには至らなかったとの関係者の話を伝えている。勢力図が変わった今なら、一度消えた買収話も可能になるということだ、記事を受けてAdobe株は17%高に急騰し、サーキットブレーカーが働いて取り引きが一時停止する騒ぎになった。もちろん、他メディアも一斉に後を追った。

 Wall Street JournalのブログAll Things DigitalのKara Swisher氏は、両社の多くのニュースソースに当たった結果、「ナンセンス」と報告。むしろ、AndroidでFlashを強力にサポートしているGoogleがAdobeを買収する方が理にかなっていると述べた。

 また、MicrosoftウォッチャーのMary Jo Foley氏はブログで「非常に疑わしい」とコメント。Microsoftは企業買収について、非常に慎重になっており、幹部たちも大企業の買収は行わないと繰り返し強調していると指摘した。

両社が手を組むメリットの考察

 一方で、ソフトウェアの両巨人が手を組むことのメリットの考察も行われた。その一つBusiness Insiderは買収には大きな意義があると分析。Microsoftがため込んでいる350億ドルのキャッシュが、もし企業買収に使われるとするなら、Adobeは最高の選択であり、互いに補完し合う関係になると主張した。

 そのメリットは(1)企業文書での優位(2)開発者の再獲得(3)会議ソフトの強化(4)企業市場でのAppleの締め出し――という4つがあるというのだ。

 すなわち、(1)文書フォーマットで最も利用されているMicrosoft WordとPDFが組めば、文書作成から管理まで一貫した文書管理ソリューションを提供できる。(2)MicrosoftがFlashを獲得すれば、Windows対Flashのプラットフォーム争いが不要となり、Flashのデスクトップアプリケーションに移っていったアプリ開発者を呼び戻せる可能性がある。

 (3)Adobeの会議ソフトとMicrosoftのサーバーをタイトに組み合わせることで、ユニファイド・コミュニケーション市場を強化できる。(4)Adobeの主力製品であるCreative Suiteは、多くのデザイン企業がMacを使う理由になっているのだが、Windows版が、より優先して開発されるとなるとAppleには打撃になる――。つまりモバイル以外にも、さまざまなメリットがあるというのだ。

 また、Infoworldも同様の視点でMicrosoftとAdobeの組み合わせのメリットを検討し、GoogleよりもMicrosoftの方がAdobeの相手としてはマッチすると結論づけている。ただし、最大のポイントは、やはり対アップル戦略であると指摘する。

 AndoroidのFlash機能はまだ不十分であり、少なくとも今は、豊富なコンテンツを持つFlashを利用できることがWindows Phone 7プラットフォームにとって差別化要因となり、同時にAdobeにとっても優位を守ることになるというのである。

 とはいえメディア全体では、MicrosoftのAdobe買収にはそれほどの意味が見出せないとの見方が強かったようだ。たとえば、eWeekは、アプリケーション開発の観点から「MicrosoftがAdobeを買収すべきでない10の理由」というプレゼンテーションをアップした。HTML5の台頭など将来のアプリ動向を考えると、FlashとAdobeを数十億ドル使って買収するほどの価値はないというものである。

 こうした議論が交わされた後、アナリストの多くが「買収自体はありそうにない」と判断を示し、翌週には沈静化していった。跳ね上がったAdobeの株価は翌日には急落しており、投資家の判断はもっと早かったようだ。

リークの意図

 ところで、この買収のニュースには、そもそもおかしなところがある。New York Timesによるとニュースソースは「複数の従業員と両社のコンサルタント」だが、これほどの重要事項をコンサルタントが勝手にメディアに漏らす、あるいは内容を認める、ということは普通はありえない。コンサルタントは、当事者が認めたとしてもノーコメントで通すものだ。リークしたとすれば、そこに顧客の意向があるはずだ。

 MicrosoftとAdobeが、あえて買収といううわさを流すとすると、考えられるのは、反応を確かめるための“アドバルーン”であった可能性だ。もしそうだとすると、業界の反応はこれで分かったことになる。次に、提携、協業あるいは何か別の一手があると考えるのが自然だろう。

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(行宮翔太=Infostand)
2010/10/18 09:45