「モバイル対応」に「馬車のムチ」、IntelのMcAfee買収での「なぜ?」
チップ大手のIntelがセキュリティ大手のMcAfeeを買収するというニュースは、大きな驚きをもって迎えられた。組み合わせの意外さ、76億8000万ドルというけた外れの買収額など、いくつもの「なぜ?」が浮上している。いったいIntelは何を狙っているのか、経営判断の誤りではないのか、業界のシフトを象徴する出来事なのか――。メディアの見方も錯綜している。
■「セキュリティがコンピューティングの第3の柱になる」
8月19日の発表で、IntelはMcAfee買収の理由を次のように説明している。「数十億台のデバイスがオンライン接続されるなか、セキュリティソフトとハードの組み合わせを単一の企業が提供できる」「これまでは電力効率の性能とインターネット接続がコンピューティングの必須要件とされてきたが、今後はセキュリティが第3の柱になる」「買収でモバイル戦略を拡充する」。
今回のIntelの動きは、主として、(1)Intelの展望と買収の関連性、(2)金額、(3)ビジネス――の3つから分析できる。
まず(1)の展望、はどうだろう。業界の大きなトレンドはモバイルとクラウドだ。コンピュータ端末は、これまでのPC一辺倒からスマートフォンやタブレットなどさまざまな端末に拡大している。今後は、テレビや自動車など、さまざまなものがネット化され、これらをクラウドというインフラが支える。そこには確かに、セキュリティの懸念がある。
■新しい展望を開くのか、それとも割に合わない高い買い物か
セキュリティが重要というIntelの展望に異論はないとしても、チップベンダーがセキュリティ企業を買収する必要があるのだろうか?
Intelは5年前、セキュリティやリモートからの管理機能を持つ「vPro」を発表するなど、セキュリティ関連の試みを進めてきた。同社が、McAfeeを取得して、そのセキュリティ技術をチップに組み込むというのが大方の見方だ。
しかし、これには異論もある。「OSとのつながりなしにセキュリティは難しい」「チップ側にセキュリティ機能があったとしても、それを効果的に利用するソフトウェアなしには役に立たない」(Informationweek)というものだ。また、Gartnerのアナリストは「ハードウェアにセキュリティを組み込むことは起こりそうもないし、便利なものですらない」とFinancial Times紙にコメントしている。
ForresterのアナリストAndrew Jaquith氏は、モバイル限定としてもハードへの組み込みは意味をなさないと言う。なぜなら、Windowsはセキュリティを念頭においていなかったため、PCではセキュリティソフト市場が確立されたが、Appleの「iOS」などのモバイルOSではサンドボックス、デジタル署名付きアプリケーションモデルなどのセキュリティが組み込まれている。従って、Intelが考えているようなハードウェア強化型のセキュリティは不要というのだ。同氏はIntelのMcAfee買収を「自動車会社が馬車のムチを買うようなもの」と評する。
一方、モバイル専門メディアのRethink Wirelessは、Intelの動きを評価している。モバイルではARMの後塵を拝しているIntelだが、ARMはパートナー企業とともにハードとソフトの両面からセキュリティに取り組んでいると指摘。「デバイスプラットフォームにセキュリティを組み込むのであれば、Atomで狙う新しい市場で、より包括的な製品を提供できる」としている。
調査会社Creative Strategiesのアナリストはさらに視野を広げている。CNET Newsへのコメントで、「サーバー、PC、無線端末をどのように安全にするのか、興味深い」とした上、IntelとMcAfeeは技術の状況を根本から変えるだろう、と好意的だ。Sys-Con Mediaは「賢明な買収」と位置づけ、「PaaS(プラットフォーム・アズ・ア・サービス)の土台にセキュリティが組み込まれるようになれば、その上でのSaaS(サービス・アズ・ア・サービス)構築が加速するだろう」と予測。クラウドのセキュリティはゲームチェンジャーだ、としている。
それでも、買収までする必要があったのか、協業で十分だったのではないかという見方もできる。
この疑問に答えるような話を明かしたのが、元Intelの上級副社長(現在EMC情報インフラ製品部門COO)のPat Gelsinger氏だ。同氏によると、Intelはずいぶん前からセキュリティ企業の買収を検討していたという。Gelsinger氏は、OS、ドライバ、ファームウェアなどはハッキング可能で信頼できないとした上、「基礎レベルのプラットフォームでシリコンで接続されたセキュリティを提供するというポジションを、Intelが目指すのは非常に理にかなっている」とComputerworldに述べている。
これを補完することになるとみられるのがArs Technicaの記事だ。Ars Technicaは、Googleなどを襲った「Aurora」攻撃がセキュリティ企業買収に向け、Intelの背中を押したと見る。そして、ユーザーにvProを利用してもらうためにはエコシステムが必要であり、Intel幹部が2008年時点からvPro上でのサービス提供などビジネスモデル確立のためにパートナーと協業しようとしていた、と振り返る。その1社がMcAfeeというわけだ。
この記事を書いたJon Stokes氏は「Intelはセキュリティビジネスを展開しようとしている」との見方を示し、「セキュリティはハードでもソフトでもなく、サービス、プラクティス、ポリシー、ユーザーエクスペリエンスなどを含むシステムであるというのがIntelの理解だ」とまとめている。
(2)の買収額については、「理由が何であれ、理にかなっていない」(ForbesブロガーのRichard Stiennon氏)など、高すぎると見る者が多い。eBayのSkype買収に次ぐ失敗例ではないかとの意見も出ている。だが、この買収自体を批判した先のForresterのJaquith氏は「セキュリティ業界のM&Aでは典型的な評価」とし、高すぎも低すぎもせず、「十分に話し合われた額」と説明している。
(3)のビジネスはIntelの事業多角化だ。企業経営の観点から見ると、ムーアの法則に沿って性能をアップさせてきたハードだけでなく、ソフトウェア側の事業も成長させておく必要がある。同社はソフトウェア・サービス事業部門の下、2009年に組み込みソフトウェア大手のWind River Systemsを取得。今年に入ってNokiaとともに、Linuxベース・モバイルOSの「MeeGo」プロジェクトを立ち上げている。
FBR Capital Marketsのアナリストは「Intelはチップから事業を多角化し、IBMのようにサービスやコンサルサービスに向いていくだろう」(Rethink Wirelessへのコメント)と言い、今後、Intelがこの分野でさらに買収を行うと予想している。The 451 Groupのアナリストも、McAfee買収が「ソフトウェア部門の売り上げを組織力によらずに引き上げ、業界での認知度を高める」という狙いがある、とeWeekにコメントしている。
買収はMcAfee株主と当局の承認を経て成立する。Intelの創業42年の歴史で最大の買収が、同社の新しい展望を開くのか、それとも割に合わない高い買い物だったのか――。その結論が出るのは、先のこととなりそうだ。