Ray Ozzieは小泉純一郎になれるか?



 「Bill Gates氏、経営の第一線から退く」。6月15日の発表を受け、世界中の新聞やTVが一斉に、世界一の億万長者ビジネスマンの引退を一斉に報じた。Gates氏は2年間かけて引き継ぎを行うが、役職として務めていたチーフソフトウェアアーキテクト(CSA)は、CTOのRay Ozzie氏が即座に引き継いだ。Ozzie氏抜擢の経緯と、同氏をとりまく課題を考えてみよう。


 Gates氏の引退発表はまったくの突然だったのだろうか? いや、Gates氏がいつか一線を退くことはだれもが予感していたが、後継者が浮かばず、想像できなかったというべきだろう。今回、もうひとりのCTOであるCraig Mundie氏はCRSO(最高研究戦略責任者)となり、集団指導体制を組む。だが、Gates氏が大事にしてきたCSA職を引き継いだOzzie氏が、最も重要な位置にあると考えられる。

 Ozzie氏はMicrosoftに入社して、まだ1年2カ月しか経っていない。「彗星のごとく」現れたように見えるが、業界ではもともと有名な人物だ。1980年後半から米Lotus Development(米IBMが1995年に買収)下でLotus Notesを開発、1997年には米Groove Networksを設立し、トレンドに先駆けてPtoPグループウェアを開発する。2005年4月のMicrosoftのGroove買収で、MicrosoftのCTOとして入社した。年齢はGates氏と同じで現在50歳だ。

 Ozzie氏を尊敬する技術者は多いと言われる。人をほめることが少ないといわれるGates氏も、Ozzie氏のことは絶賛していた。となると、そもそもGroove買収はOzzie氏獲得のためだと見るべきではないか。それを裏付けるのが、2005年10月末のGates氏の幹部宛て電子メールだ。

 Gates氏は、ソフトウェアサービス化の時代に備えるよう求めるとともに、サービス事業ブランド「Live」を統括するOzzie氏の役割拡大に触れている。Gates氏はOzzie氏を、「Grooveでの仕事を通じて、ソフトウェアとサービスを組み合わせることが業界を変えてしまうような大きな可能性を持つことを体感済み」の人物と評価している。

 このGates氏のメールには、Ozzie氏がインターネットサービスの破壊力について論じたメモが添付されていた。Gates氏自身が新しい時代を語るのではなく、Ozzie氏が語った―。いまとなれば今回の交代劇の伏線だったともとれる。Wordファイル7ページにもわたるこのメモで、Ozzie氏は2005年から時代の主役はサービスに移ったとし、広告を収入源とする無料ソフトウェアの登場とその重要性を記している。


 これを注意深く読むと、Ozzie氏のCSA職就任は当然のステップだったことがうかがわれる。

 Microsoftは機能を統合することで大きくなった企業で、その収益の根本はライセンスだ。これに対し、Web 2.0などの言葉で描写される新しい時代では、収益はライセンスではなく広告、ソフトウェアはオンラインサービスへの傾斜を強めてゆく。Gates氏が時代の変化を感じていなかったはずはない。

 今回の交代は、Microsoftの新しい時代への適応を、社内的、社外的にアピールすることを狙ったもので、Ozzie氏の抜擢は、Live(=サービス事業)を主力事業にする、あるいは主力事業レベルとして扱うという決断の現れとみてもよいのではないか。

 だが、Ozzie氏の道のりは平坦ではない。米Google、米Yahoo!など、強力なライバルと戦わねばならない。Microsoftも「Windows Live」を立ち上げているものの、他社の後を追うかっこうだ。しかも、同社の主力事業であるOSとオフィススイートはリリースが遅れており、開発作業の難航も伝えられている。

 また、Ozzie氏の仕事は、ライバル各社との競争だけではない。Microsoftの既存の社風や考え方とも向き合わねばならない。既存の枠組みと戦うことを前提に自民党総裁に就任した小泉純一郎首相のような立場と言ってもいいだろう。新しい時代に備えるため、「Microsoftをぶっ壊す」ことも辞さない覚悟が要る。しかも、「株価を落とさずに」である。

 メディアも社内の反応を注視している。21日には、Ballmer氏の側近で、Windows Liveのマーケティング責任者も務めたMartin Taylor氏が突然退社したことが報じられた。本人も一切コメントせず、理由を推し量るすべはない。だが、これが同社の社内不協和音を示すものかに関心が集まっている。

 Ozzie氏は、米Wall Street Journal(WSJ)紙のインタビューで、Notesの開発、すぐに売れるものを出さなければならなかったベンチャー企業Grooveでの経験から、「自分に与えれられた時間内で環境を理解し、ニーズをくみ取る」スキルを得たと述べている。Gates氏はこれを補足しながら、Ozzie氏の能力を「それぞれの分野に長けた人物を奨励し、製品を中立的にするツールを与えること」と述べている。

 それにしても、Lotus Notesの生みの親がMicrosoftの技術トップに就任する―。皮肉な運命のように見えるが、ソフトウェア業界の性質をあらわしているというべきだろう。

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(岡田陽子=Infostand)
2006/6/26 09:09