クラウド&データセンター完全ガイド:特集
データセンター/クラウドサービス選定の決め手
クラウドに魅力的な付加価値を――インテグレーターとDC事業者の取り組み[Part4]
2016年3月31日 00:00
[Part4] クラウドに魅力的な付加価値を――インテグレーターとDC事業者の取り組み
クラウドファースト時代に入り、ユーザー企業のクラウド活用が加速している。しかしながら、従来のオンプレミスとは構築・運用・セキュリティ施策などの観点が異なるため、クラウドの恩恵を十分に得られないといったところもあるだろう。本稿では、そうした企業を支援する“クラウド付加価値サービス”を提供するインテグレーターやデータセンター事業者の動向を確認する。 text:渡邉利和
クラウドファーストさらにはクラウドマストといった言葉も生まれていることから分かるとおり、ユーザー企業がITインフラを考える際にはまずクラウドを前提に考えるようになってきた。とはいえ、システムアーキテクチャには従来のオンプレミス主体のITインフラとは異なる要素も要求される面がある。ユーザー企業が適切なクラウドサービスを選択し、自社のIT環境と合わせて運用していくためには、専門家による相応の支援は大きな意味を持つ。そこで、ここ数年注目度が増しているのが、インテグレーターや、データセンター/クラウドサービス事業者自身が取り組む“クラウド付加価値サービス”である。
クラウドビルダー/ブローカーの役割に注力
ネットワンシステムズ
ネットワンシステムズは、国内有数のネットワークインテグレーター(NIer)としてよく知られているが、現在では「ネットワークインテグレーターから、クラウドブローカーへ」というメッセージを掲げてクラウド構築支援事業に積極的に取り組んでいる。なお同社は、クラウドブローカーに至る過程で、すでに「クラウドビルダー」としての役割を担い実績を積んできた。もちろん、このメッセージはNIerとしての役割を縮小するという話ではなく、NIerとしての経験をクラウドに生かしていくという発展的な話であることは言うまでもない。
クラウドへのアクセスには、ネットワークが前提となるため、ネットワークインテグレーションからクラウドへという発展はごく自然なものとも言える。ただし、従来のシステムインテグレーションではネットワークとサーバー/ストレージは領域として明確に担当が分かれており、クラウドは一方でサーバー/ストレージを扱うものでもあるため、それなりのギャップも存在していた。
ただし、逆に言えば従来型のサーバーベンダーなどとのしがらみがなかったため、例えばシスコの「Cisco UCS」のような登場したてのサーバーシステムをいち早く取り扱うなど、ネットワークから入ったことによる強みもある。こうした経緯から、同社ではヴイエムウェア、EMC、シスコによるVCE連合の仮想化インフラ製品群の強力な推進役となっている。
ネットワンのソリューションは、自社内でまず活用してその特徴を把握したうえで顧客に提案するというスタイルで確立され、運用にかかわる詳細なデータを公表するなどのオープンな姿勢が顧客からの信頼獲得に大きく役立っている。
「このスタイルは、ネットワンが今手がけるクラウドビルダーとしての事業においても同様に実行される。まず、いち早く自社のITインフラのクラウドベースへの移行に着手するなど、具体的な経験を積み上げているところだ」(ネットワンシステムズ 執行役員 チーフマーケティングオフィサー ビジネス推進本部長の篠浦文彦氏)。
クラウドビルダーに加えて、ネットワンシステムズが現在取り組む最新のテーマが、上述したクラウドブローカーだ。同社はこれを端的に「サービスでクラウドをつなぐ」と表現している。より詳しく表すなら、複数のクラウド環境をシームレスにセキュアにつなぐことを意図し、そこに、ガバナンス強化や認証/セキュリティ強化、ポリシー策定、データ互換といった企業ITインフラとして求められる要素をクラウド環境に対してもオンプレミス環境と同等の水準で実現する、という取り組みになる。
当然ながら、クラウドビルダーとして顧客企業のクラウド環境構築を支援してきた経験から、現在のクラウド環境に何が不足しているかを理解し、その上での取り組みとなっている。2015年12月17日には「クラウド間の仕様差を吸収するマルチクラウド・オーケストレーションを実現し、クラウドの戦略的活用を加速するサービス」として「クラウドブローカリングサービス」(図1)の提供開始を発表している。
クラウドブローカリングサービスでは、アプリケーション視点での一元的な運用管理を実現し、プライベートクラウドや複数のパブリッククラウド(IaaS)をまたがってアプリケーションを稼働できるよう、アプリケーションやインフラ構成をカタログ形式にカプセル化することで迅速な展開を可能とする。さらに、アプリケーションの処理性能やインフラ稼働コストを比較する機能や、だれがどのクラウドでどのくらいのリソースを利用しているか、といった情報を一元管理可能にするなどの機能も実現している。
オンプレミスで展開される企業ITインフラでは利用状況の把握などの基本的なガバナンス体制が確立されていることが大前提となるが、クラウドになったとたんにそうした前提が崩れ、利用状況がよくわからないといった状況に直面しがちだ。これでは企業ITインフラの一部としてクラウドを活用する際に支障が生じるため、その欠落を埋めるサービスとして同社が必要な機能を提供する形となっている。
なお、こうしたサービスが求められた背景には、AWS(Amazon Web Services)を活用する際に詳細な利用状況が把握しにくいといった顧客の声があったという。そこで、同社がクラウドサービスとして一種のゲートウェイを用意し、ここを経由してクラウドを利用することで利用状況の一元的な把握を可能としている。
素人考えでは、このゲートウェイ環境でIaaSサービスを提供すればAmazon AWSの役割もネットワンが担うことができるわけだが、それはしないという。同社では自社で大規模なデータセンターやITインフラを保有することのメリット/デメリットを検討し、数年前に「持たない決断」を下した。この結果、同社ではグローバルなハイパースケール・クラウド事業者と競合するのではなく、そこに付加価値を提供するという立ち位置を採った。この決断も、クラウドのコスト効果を生かすための1つの重要なポイントと言えそうだ。
Salesforce.com活用支援/付加価値に強み
テラスカイ
続いては、純粋なクラウドインテグレーターと呼ばれる企業がどのような事業/サービスを展開しているのか。テラスカイを例に取ろう。2016年3月9日に創立10周年を迎えた同社は、一般的にはまだ若い企業の部類かもしれないが、クラウドの普及がいつから始まったかという観点で考えると、クラウドの老舗企業と言って過言ではない歴史を持つ。
テラスカイは設立当初からセールスフォース・ドットコムのクラウドサービス「Salesforce.com」を対象にユーザー企業への導入支援を行っており、Salesforce.comユーザーからの知名度は高い。2012年からはAWSを対象としたインテグレーションサービスも開始しており、さらに2013年9月には、この分野で豊富な経験を持つサーバーワークスとの資本業務提携を結んでいる。
テラスカイによると、同社の売上げではSalesforce.com用画面開発ツールである「SkyVisualEditor」(画面1)関連がトップを占めるとのことで、Salesforce.comをプラットフォームとした付加価値提供という同社の立ち位置を端的に示している。
だが、テラスカイ代表取締役社長の佐藤秀哉氏によると、実のところ、AWSを手がけるようになったのも、いわばSalesfoce.comに対する付加価値提供の意図もあったようだ。というのも、「Salesforce.comではIaaSの提供はなかったため、Salesforce.comを使いつつIaaSの活用も行いたいというユーザーの要望に応えるためにはIaaSを活用可能なクラウドサービスをメニューに加える必要があった」(佐藤氏)という。
さらに、こうした取り組みはユーザーにとっても直接的なメリットをもたらした。Salesforce.comは基本的にOracle Database上のアプリケーションとして実装されている。そのため、Salesforce.comで利用されるストレージは、実のところOracle Database上の領域となっている。一方、ユーザーが格納したいデータは必ずしもRDBMSに格納することが最良とはかぎらない。むしろ、最近では各種の非定型データなどが大量に存在し、これを置くための安価なストレージスペースが求められる状況だ。
こうしたデータをすべてOracle Databaseに格納するのでは到底コスト面で引き合わない。そこで外部の安価なストレージとしてAWSを活用しつつ、Salesforce.com上のアプリケーションからAWS上のデータにアクセスできるようなクラウド連携というニーズが生じ、同社がこれに応えているかたちだ。
このように、豊富な機能性を備えた先進的なクラウドサービスであってもユーザーのニーズをすべてを満たすサービスはまず存在しえない。ユーザーニーズを汲み取って確かな技術力で問題を解決するクラウドインテグレーターの存在意義も生まれてくるというわけだ。
なお、テラスカイによると、現在は金融機関等のクラウド活用が活発化しているという。もちろん勘定系システムなどの基幹系業務システムをクラウド上に移した金融機関の例はまだないものの、情報系システムなどで社内に膨大な数存在するクライアント/サーバーシステムをクラウド上に移行することで運用管理コストを削減する動きが顕著だという。
また、佐藤氏からは、国内のデータセンター事業について「滅び行く業界」との手厳しいコメントも聞かれた。「圧倒的なスケールメリットを背景に低コストでITリソースを提供するハイパースケールのクラウドサービス事業者に対して国内のデータセンターが勝る点は地理的な近さ、つまりはレスポンスの速さやレイテンシの低さということになるわけだが、それが必要な用途って何だ?」という指摘である。
つまり、インターネットを介したアクセスで特に問題がない場合には国内データセンターをあえて選ぶ理由がなくなるということである。逆に言えば、クラウド環境の活用が急速に普及しつつある現在、国内のデータセンター事業者にはハイパースケールのクラウド事業者が提供できない何らかのアプリケーションや付加価値を見つけなければ生き残りが難しくなるということでもある。
“勝ち残り”を強く意識したクラウド戦略
IDCフロンティア
クラウド利用の普及拡大は、一方で国内のユーザーが米国発のハイパースケール・クラウドサービス事業者に巻き取られていくプロセスだと見ることもできる。
2015年9月、国内データセンター事業者ではよく知られる存在だったビットアイルが公開買い付けによって米エクイニクスに買収されるというニュースが流れた際には、国内データセンター事業者の業界再編がいよいよ始まったかという声も上がった。実際には、その後吸収合併が相次ぐという状況までにはなっていないが、国内での競合だけでなく、グローバル市場でハイパースケールのクラウド事業者と競合せざるをえないという状況に変わりはない。
そんな厳しい市場環境の中、国内のデータセンター事業者はクラウド時代に向けてどのような戦略を構築しているのだろうか。ここではIDCフロンティアに聞いてみた。
IDCフロンティアがまず掲げるのは「勝ち残らなければならない」というメッセージで、大手事業者とてこのような強い危機感を持っているのが印象的だ。そして同社が挙げる勝ち残りの条件は、「サービス提供の継続性」「スケールメリットの追求」「ユーザーファースト」の3点となる。
実際、同社はクラウド時代を見越した郊外型の高効率データセンターの建設においては国内でもトップランナーとして知られている。大規模なモジュール構造や外気冷却を大胆に取り入れた北九州データセンターを2008年に建設、2012年にはさらに効率を高めた白河データセンターも完成させている。これらの高効率なファシリティによって、同社は国内に多い都市型データセンターよりはむしろグローバルなハイパースケール・クラウドサービス事業者に近い立ち位置を確保しているとも言える。
2015年に第3世代の「IDCFクラウド」を提供開始した同社が最新のサービス戦略として掲げているのが「スケーラビリティ」「UI/UX」「データ集積地」への注力だ。うち、スケーラビリティとUI/UXに関しては国内ナンバー1を実現したとして、次の目標としてデータ集積地でもトップを目指している。
「得意分野を持った企業が集まり、当社データセンター内でビジネスマッチングの場やエコシステムを作る構想。中核は北九州データセンターになる予定だ」(IDCフロンティア 技術開発本部 UX開発部 サービスディベロップメントグループ グループリーダーの梶本聡氏)
上述の戦略に沿って同社が始めた取り組みが「インフラを磨く」「ソリューションプロダクト」「ビジネスデザイン」の3つとなる。なかでもビジネスデザインへの取り組みは、従来インフラデザインに注力してきたデータセンター事業者としてのあり方からすれば発想の転換と位置づけられる。その1つの例が、2016年1月20日に“クラウドプレーヤーが集まる場”としてIDCFクラウド上に開設されたクラウドアプリケーション/システムのマーケットプレース「エコアライアンス」だ。
エコアライアンスのプログラムに参加したパートナーは開発途上/試用のクラウドアプリケーションやシステムをICDFクラウド上に公開し、ユーザーは無償で試用することができ、パートナーは商用化前のサービスの反響やフィードバックを得ることが可能という仕組みだ(図2)。
こうした新しい取り組みの他にも、IDCフロンティアでは地道なインフラの拡充にも精力的に取り組んでいる。例えば、同社はもともと通信事業者から出発している経緯から、これまでも国内事業者としてはナンバー1のバックボーン回線を保有しているが、現在はその総帯域を1000Gbpsまで拡大することを目指しているという。
これには、外部からの攻撃の激化に対する対策という面もある。現在では30Gbpsといった帯域のDDoS(分散サービス拒否)攻撃が実施される例もあり、データセンターといえども十分なバックボーン帯域を確保できていないとダウンしてしまいかねない規模だという。現在はさまざまなサイバー攻撃が頻発し、ユーザー企業の関心も高まっていることから、セキュリティ強化の一環としても大きな意味がある取り組みだという。
国内のデータセンターは、かつてはユーザー企業の担当者が何かあった際、1時間以内に駆けつけられるような立地の利便性を求められるなど、きめ細かなニーズに応える都市型データセンターを中心に発展してきた。しかし、現在では高効率を追求したハイパースケール・クラウドサービス事業者と競争しつつ、独自の価値を打ち出さざるをえない状況だ。IoTやビッグデータなど、新しいアプリケーションも増えてきている現在、楽観はできないもののまだまだ可能性は失われてはいないという状況だろうか。取り組みがどのような成果を生み出すか、今後も注目していきたい。
(データセンター完全ガイド2016年春号)