クラウド&データセンター完全ガイド:特集
キーパーソンが語る、日本のデータセンターのあるべき姿
クラウド大競争時代「日本のデータセンターの生きる道」[Part4]
2016年10月21日 18:00
クラウド大競争時代「日本のデータセンターの生きる道」
[Part4] Expert Discussion
キーパーソンが語る、日本のデータセンターのあるべき姿
データセンターの今後のあり方や、日本の事業者ならではの課題や強みについて、国内データセンター業界のキーパーソンたちはどのような見解にあるのか。以下、2014年10月6日、東京都内で開催された「ジャパン・ピアリング・フォーラム2014」(主催:エクイニクス・ジャパン)のパネルディスカッションで語られた内容をお伝えする。
最近のトラフィックの変化をどうとらえるか
ジャパン・ピアリング・フォーラム2014の終幕セッションとして用意された、データセンター事業者3社トップによるパネルディスカッション。掲げられたテーマは「10年後の未来図の中でのデータセンターの役割とは」である。パネリストとして、さくらインターネット代表取締役社長の田中邦裕氏、ビットアイル代表取締役社長兼CEOの寺田航平氏、このコンファレンスのホスト役であるエクイニクス・ジャパン代表取締役の古田敬氏の3氏が登壇し、次世代データセンター研究の第一人者である東京大学大学院 情報理工学系研究科 教授の江崎浩氏がモデレーターを務めた。
ピアリング(Peering:ISP〈インターネットサービス事業者〉同士がネットワークを相互接続し、トラフィックを相互交換すること)を冠したコンファレンスということで、江崎氏はまず、最近のトラフィックの変化について3氏が持つ印象を尋ねた。
口火を切ったのは、さくらインターネットの田中氏である。「トラフィックの変化には、量的な変化と質的な変化があると思う。かつてWeb 2.0が盛んに言われていた時期があったが、この頃からトラフィックが急激に増加し、回線が追いつかないという状況が続いた。それが5年ほど前からソーシャルゲームが流行して、いわゆる“ガラケー”(フィーチャーホン)が全盛になってそれまでのトラフィックの伸びは止まった。そして、この2、3年で再びトラフィックが急激に伸びてきた。理由はもちろんスマートフォンの広範な普及である」(田中氏)
消費者の携帯電話端末がガラケーからスマートフォンへシフトしたことによって、モバイルとPCの両方のトラフィックが合わさってキャリアのトラフィックが巨大化している、と田中氏は指摘。とりわけMVNO(Mobile Virtual Network Operator:仮想移動体通信事業者)のトラフィックが急増しているという。「また、かつてはISPが中心的な接続先だったが、アマゾン・ドットコムやマイクロソフトが運営するパブリッククラウドのような、クラウドに向かうトラフィックが増えている」(田中氏)
エクイニクスの古田氏も、やはりモバイルトラフィックの伸びを感じているとし、それに加えて「ハイパージャイアント」と呼ばれる動画配信などの海外事業者の存在が大きくなっていることを挙げた。ハイパージャイアント巨大なトラフィックを多く抱えているハイパージャイアントのサービスは、「多拠点でうまくバランスをとるようなトラフィックのマネジメントが行われているのが目に付く」(古田氏)という。
ビットアイルの寺田氏は次のように答えた。「トラフィックを牽引しているのはやはりエンターテインメントの領域。この1年は動画系のトラフィックがかなり増えている。勢いは一時期のゲームをはるかにしのぐものだ」。寺田氏によれば、そうした動画コンテンツの配信先がPCからスマートフォンに移ったことで、モバイル通信キャリアが拠点に置く大手町のロケーション価値が上昇し、将来的にキャパシティの問題が生じる可能性があるという。
プライベートか、マルチテナントか
寺田氏は、CDN(Contents Delivery Network)のトラフィックの伸びにもついて言及した。同氏は、MMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game:大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム、画面1)をスマートフォン向けに展開する動きが特徴的だとして、「最近のゲームでは、端末に画像処理をさせずにサーバー側からストリーミングに近い形で配信するものが多く、CDNのトラフィック増大につながっている」と説明した。
分散コンピューティングの仕組みを応用してWebコンテンツを効率よく配信するため技術であるCDNは、最近、自社専用のプライベートなCDNを持つ事業者が増えてきている。米国の動画配信サービス最大手ネットフリックス(Netflix)がその代表的な例だ。プライベート化の動きは日本でも起こるのだろうか。
古田氏は「確かに米国ではネットフリックスのプライベートCDNのトラフィックが圧倒的だが、プライベートCDNを自前で構築できる事業者はやはり限られている」と指摘。また、寺田氏は、「日本では9割方がサービスとしてのCDNを利用しているのが現状」と語った。
「では、話の対象を広げてみたい。シングルテナントのプライベートでネットワークやシステムを持つか、それともマルチテナントの事業者から調達するのかという議論があるが、トレンドは今どこに向かっているか」と江崎氏。この問いに、田中氏は、「マルチテナントとシングルテナントのトレンドは周期的に交代している。今は米国ではシングルテナントの時期で、日本ではマルチテナントの時期になっているが、日本でもそのうちまたシングルテナントの時期が来るかもしれない」と答えた。
企業にとってデータセンターは長らく借りるものだっだ。しかしながら米国では、IT企業だけでなくウォールマートのようなリテール業種でも自社のデータセンターを建てるようになった。日本の大企業はかつてデータセンター(電算センター)を自社で持っていたが、今は総じて事業者のデータセンターを借りている。だが将来は日本企業も自社のデータセンターを運営するサイクルに入る可能性がある、というのが田中氏の見方だ。
一方、寺田氏は、「エンドユーザーである企業が個別にデータセンターを持つには、低コストで場所が確保でき、かつエンジニアを大量に雇用しなければならないといったハードルがある。政策やエンジニアの地位など総合的な対策が進まなければ難しいだろう」と指摘。また、古田氏は、「日本の大企業は昔の電算センターがあるため、アウトソースに向かうという1回目の波に乗るタイミングを逸した。それが、さすがにもう無理だからアウトソースしようという機運になっているのが今の状況だろう」との見解を示した。
レイテンシーと都心集中の問題
先に少し触れたMMORPGのように、レイテンシー(遅延)をほぼ許容しないオンラインアプリが増えているが、その稼働はデータセンターにとって大きな課題の1つとなっている。スマートフォンの性能がめざましく向上しているとはいえ、「非常にグラフィカルな今日のオンラインゲームアプリをグローバル展開することは非常に困難だ」(寺田氏)という。かつて高いトラフィックを誇った日本のオンラインゲームが海外に進出して、レイテンシーの問題につきあたり、ほぼ例外なく撤退したという歴史もある。
田中氏も寺田氏と同意見で、「国内で展開するかぎりはレイテンシーをあまり気にしなくてよいが、そのままでグローバル展開するのはやはり難しい」と語り、「システムで対応するよりもインフラで対応し、世界中に分散したクラウドからゲームができるという流れになるのでは。レイテンシーを下げるには光ファイバーの増強とグローバルな分散という2つの方法があるが、その両方を並行してやっていくのがよいだろう」と提案。
古田氏は、こうした分散の考え方ひとつをとっても、5年前とは隔世の感があるとして次のように語った。「かつて米国では、巨大なデータセンターを作ってそこから世界を征服するような勢いのコンセプトがもてはやされていた。しかし、今では巨大なサーバーファームからの一括配信ではなく、エッジに近いネットワークノードからサービス配信するような形態も現れている」。
「今後、国内でも地方分散が進んでいくのか」と江崎氏。寺田氏は、「そもそも、クラウドはユーザーがメンテナンスのためにデータセンターに赴かなくて済むというのが売りであり、レイテンシーの問題さえ解決すれば都心にある必要はない。特に、ストレージについては基本的に地方に置かれるようになるのはほぼ確実なのだが、それでも日本の場合、インターネットエクスチェンジ(IX)が大手町に集中している構造に変化はなく、分散は思うように進まないかもしれない」と指摘した。
今後、地方にIXは必要か
日本のIXについては、かつていくつかの地方自治体がトライしては挫折したという歴史がある。その理由として田中氏は、「IXの分散が必要な理由はレイテンシーの問題にほかならず、DR(災害復旧)のために分散するというのは経済合理性がない」と指摘。米国で東海岸と西海岸にIXが置かれているのは単純にレイテンシーのためであり、国土の狭い日本の場合、極論すれば東京以外にIXは不要と言える、と田中氏。「特にピアリング先がモバイルオペレーターやクラウドオペレーターであるなら、その拠点は、ほぼ東京と大阪にあり、その2カ所にだけIXがあれば用が足りることになる」(同氏)
これに対して寺田氏は、「事業者の観点で見ればそのとおりだが、今後、プライベートなデータセンターの構築が進むなどして、さまざまに小型分散化が必要という政策判断があれば、地方のIXも必要になっていくかもしれない」と語った。田中氏も、「国内だけで考えるならIXは1カ所でよいが、グローバルとの繋ぎ込みでは多拠点にIXという方向性もある」として、沖縄経由で香港へつないだり、北海道から北極圏を通ってロンドンへつないだりといった例が考えられるとした。
古田氏は、2人とは異なる視点を紹介した。「日本以外では、トランジットのほうがピアリングより安い。トランジットのルートについてのある程度のコントロールやトランスペアレンシーは必要だが、海外ではピアリングはもう終わっているという見方もある。だれとだれがトラフィックを交換したいのかという相手先が変化しているというわけだ。もちろん、日本ではまだピアリングは終わっていない」(古田氏)
国内事業者はエネルギー問題にどう取り組むか
最後のトピックは、大震災以降、国内でも意識が高まったエネルギーについてである。田中氏は、トラフィックコストはどんどん下がっているが、電気代や送電コストは下がっていない。したがって、レイテンシーを中心に考えたデータセンターの他に、「エネルギーコントロールを中心に考えたデータセンターがあってしかるべきだ」とした。それは例えば、外気冷却のデータセンターや発電所の側にデータセンターを作るといったことだ。本誌読者ならご存じのように、さくらインターネットは、外気空調を利用しエネルギー効率に優れた石狩データセンターをはじめ、エネルギーに関する積極的な取り組みで知られる。
東京都内に外気を利用したハイブリッド空調のデータセンターを2015年1月に開設予定であるビットアイルの寺田氏も同意見だ。「トラフィック優先のピアリング拠点に近いデータセンターと、空調コストを抑えられるエネルギーコントロール優先のデータセンターの2つの方向がある」(寺田氏)
江崎氏は「グローバル展開するエクイニクスの場合、日本は電気代が高いという不満が出ているのではないか」と古田氏に水を向けた。古田氏は「日本がアジアのハブになれないのは電気代が理由ではない」と回答。古田氏によると、シンガポールとの比較がよく話題となるが、シンガポールでも電気代は安くなく、むしろ、日本ではインフラ最適化のターゲットが重化学工業など製造業になっていて、情報網を想定した最適化になっていないというギャップのほうを強く感じるという。人体に例えるなら血管に当たる電力網と同時に、神経にあたる情報網が必要ということだ。
もちろん、治安や一般的な社会インフラなど、日本のメリットが見直されている面はある。円安やデフレなど、コストアジャストメントに添う環境もある。「ただし、地理的に日本がアジアのハブとなる可能性はない」と寺田氏は断言した。田中氏は、「それよりも、欧米のデータセンターが北に向かっているように、アジアのデータセンターも北に向かい、ハブはシンガポールでもバックアップ拠点は北海道にあるというようなビジョンが重要ではないだろうか。我々はそのための光ファイバーの敷設を進めている」と話した。