クラウド&データセンター完全ガイド:特集

「自社構築」から「サービス利用」へ OpenStackクラウド基盤の新基軸

IT基盤から「ビジネス価値創出基盤」へ 「目的指向」クラウド/DCサービスの時代[Part 3]

弊社刊「クラウド&データセンター完全ガイド 2017年夏号」から記事を抜粋してお届けします。「クラウド&データセンター完全ガイド」は、国内唯一のクラウド/データセンター専門誌です。クラウドサービスやデータセンターの選定・利用に携わる読者に向けて、有用な情報をタイムリーに発信しています。
発売:2017年6月30日
定価:本体2000円+税

[Part 3] 「自社構築」から「サービス利用」へ OpenStackクラウド基盤の新基軸

2017年5月8日~12日(現地時間)、米マサチューセッツ州ボストンでオープンソースのクラウド基盤ソフトウェア「OpenStack」のユーザー/開発者コンファレンス「OpenStack Summit Boston 2017」が開催された。2010年の初版リリースから7年、領域の拡大と機能拡張を重ねた結果、プロジェクトの巨大化・複雑化が極まり、“並のユーザー”には扱いにくいという課題を抱える。初日の基調講演では、利用を広範に促したいOpenStackファウンデーションから課題解決の提案がなされた。 text:河原 潤(クラウド&データセンター完全ガイド編集長)

写真1:会場のハインズ・コンベンションセンター。5月にしては肌寒い晩春のボストンで、OpenStack Summit Boston 2017が開催された

ビジネスユーザーへのアピールを強める

 OpenStack Summitは、OpenStackプロジェクトの運営団体であるOpenStackファウンデーションが主催する開発者コンファレンスである。6カ月に1度、米国内の都市とそれ以外の都市で交互に開催される“世界巡業”を続けている。今回は米国開催回としてボストンが選ばれた。主催者によると63カ国から約6000名の事前登録があったという(写真1)。

 前回開催のOpenStack Summit Barcelona(2016年10月、スペイン・バルセロナ)までは、Summit開催の前週にOpenStackコアの新バージョンが発表されるのが通例だったが、第15版となる現行の「Ocata」は2月22日にリリース済みである。リリースから2カ月以上経過したタイミングで、同時開催の「Design Summit」(OpenStack本体の設計・開発に特化したコンファレンス)に多数のフィードバックが寄せられることを意図した間隔設定だ。

 初日の基調講演では、OpenStackとクラウド基盤にまつわる全体動向、OpenStackファウンデーションの最新ビジョンが示されるのが恒例だ。この場でOpenStackファウンデーションが発信するメッセージは、もちろん開発者・開発企業やパートナーベンダーにも向いているが、近年はOpenStackのビジネス活用を真剣に検討している企業により訴えかける内容になっている。

 前回のBarcelonaでは、OpenStackのインストールベースが、通信キャリアやサービスプロバイダーなど大規模なクラウド基盤を擁する事業者のみならず、中堅・中小を含む一般企業での採用が加速していることがアピールされた。

 前回同様にインストールベースの「数」のアピールもあったが、今回の基調講演ではOpenStackを活用したプライベートクラウド基盤構築の「方法論」に主眼が置かれた。オープニングステージに立ったOpenStackファウンデーションのエグゼクティブディレクター、ジョナサン・ブライス(Jonathan Bryce)氏(写真2)は、先進・先行事例から導き出されたプライベートクラウド基盤構築・運用のベストプラクティスを紹介しつつ方法論を説いた。

写真2:OpenStack Summit Boston初日のホスト役を務めた、OpenStackファウンデーションのエグゼクティブディレクター、ジョナサン・ブライス氏

OpenStack先進事例がいずれも目標に設定した“3つのC”

 「先進的なIT組織は、OpenStackの採用にあたって“3つのC”のいずれかをプロジェクトのゴールに設定している。そのうえで、パブリッククラウド/プライベートクラウド間のワークロード配置に関して、非常に洗練された手法を用いている」(ブライス氏)

 3つのCは、①性能・機能(Capabilities)、②コンプライアンス(Compliance)、③コスト(Cost)のことだ(写真3)。ブライス氏は1つ目のCを説明するのに、エッジコンピューティングモデルのIoT(Internet of Things)リアルタイム処理システムをマネージドサービスとして利用する米ベライゾン・コミュニケーションズ(Verizon Communications)の事例を挙げた。

写真3:OpenStack先進事例の共通項である“3つのC”

 「OpenStackの性能面でのアドバンテージが表れた事例と言える。膨大な数のモノ(デバイス)から大量のデータを収集するIoTシステムの要件に対して、従来の中央集約型コンピューティングモデルでは到底追いつかない」(ブライス氏)

 2つ目のCは、医療データや設計開発データなど機密性・秘匿性の高いデータをセキュアに管理できるプライベートクラウドが担うことを指している。ブライス氏は、米ラックスペース(Rackspace)が提供するマネージドサービスを契約してプライベートクラウドを構築・利用する米GEヘルスケア(GE Healthcare)を例に挙げて説明した。

 最後の3つ目のCは、OpenStackの採用で得られるITインフラコストの削減効果のことだ。ここでは、自動リソース管理を可能にする「OpenStack Heat」テンプレートを活用して、教育プログラムサービスを構築するのに数100万ドルのコスト削減に成功した米国陸軍サイバースクール(US Army Cyber School)の取り組みがリファレンスとして紹介された(写真4)

写真4:米国陸軍サイバースクール少将/サイバーテクニカルカレッジディレクターのジュリアナ M.ロドリゲス(Julianna M. Rodriguez)氏は、OpenStack採用で得られた顕著なコスト削減効果を説明した

プライベートクラウド基盤の世代遷移

 “3つのC”に基づくベストプラクティスは、2010年のファーストリリース以来、プロジェクトの領域拡大を続けてきたOpenStackの、プライベートクラウド基盤としての役割に変化が生じていることを示している。ブライス氏は、「我々は今、クラウドの変曲点に立っている」と述べ、プライベートクラウド基盤技術の世代遷移を解説した(写真5)。

写真5:プライベートクラウド基盤技術は第1世代を終えて第2世代に

 プライベートクラウドの第1世代を代表するのは、イーベイやヤフーのような大手サービス事業者が先陣を切って推進したハイパースケールクラウド環境の展開だ。クラウドの登場以前から仮想化プラットフォームとして断トツのシェアを持つVMwareがプライベートクラウド基盤の主役であり続けた一方、クラウドを前提にしたEucalyptus、CloudStack、そしてOpenStackがいずれもこの時代に誕生している。

 第2世代はすでに始まっている。コンピュート/ネットワーク/ストレージのデータセンター全域でリソースの仮想化が進み、大規模な環境を擁する事業者だけでなく、一般的な企業がハイブリッド/マルチクラウド環境の中核となるプライベートクラウドの構築・運用に取り組むようになった。

 ここ数年は、IoTやAI(人工知能)、ディープラーニング(深層学習)といったデジタルビジネスのためのワークロードに対応すべく、PaaS(Platform as a service)、コンテナ、ベアメタルサーバーなどのアプローチが注目を集めている。

 第2世代のメインストリーム技術としてブライス氏は、OpenStack、Cloud Foundry、Kubernetes、Apache Mesosの4つを挙げている。

「Remotely Managed Private Cloudに注目せよ」

 ここでブライス氏は、第2世代のOpenStackでは今後、「Remotely Managed Private Cloud」を実現したサービスが注目されていくと話した。顧客に代わって運用代行を行うホステッドプライベートクラウドを、洗練されたリモート管理機能を備えたマネージドサービスとして利用する形態だ(写真6)。

写真6:OpenStackファウンデーションは、ホステッドプライベートクラウドと「Remotely Managed Private Cloud」の形態での利用を促した

 「いわば、PC as a Service(サービスとしてのプライベートクラウド基盤)であり、オンプレミスでの“構築”から、信頼できるOpenStackパートナーが運用管理込みで提供するホステッドプライベートクラウドの“利用”へのシフトが確実に起こっている」とブライス氏。上の3つのCで紹介された事例で言うと、1つ目のベライゾン、2つ目のGEヘルスケアがRemotely Managed Private Cloudの先行ユーザーとなる。

 OpenStack関連製品/サービスを紹介する「The OpenStack Marketplace」ページ(https://www.openstack.org/marketplace/)には、すでに「Remotely Managed Private Clouds」のカテゴリーが設けられている。ミランティス(Mirantis)、IBM、ラックスペース、ウブントゥ(Ubuntu)、アプティラ(Aptira)、イージースタック(EasyStack)、UOS、シスコシステムズ、プラットフォームナイン(Platform9)の各サービスが紹介されている。

 背景には、(事業者ではない)ユーザー企業の大半にとって、オンプレミスのプライベートクラウド基盤としてOpenStackを採用し構築運用することのハードルの高さがある。性能・機能数の向上の代償として、今のOpenStack環境は複雑化が進行する一方だ。自社で構築したOpenStack環境の各種アップデート/メンテナンスに要する労力やコストは、数年前の比ではなくなっている。

 OpenStackクラウド基盤のマネージドサービスと言えば、上述のラックスペースやミランティス(写真7)が代表格だ。こうしたベンダーにOpenStack環境の運用保守を委ねることで、企業はIT部門のOpenStackスキルや人員数にかかわらず、OpenStackがもたらすビジネス価値(今回で言うと3つのC)を、より合理的に享受できるようになる。

写真7:近年はマネージドサービスの提供に経営資源を集中させているミランティス。共同創業者でCMOのボリス・レンスキー(Boris Renski)氏は「顧客のエンタープライズソフトウェアと密に統合されたマネージドオープンクラウドを提供していく」とアピールした

 「PC as a Serviceのモデルでは、企業はもはや何人ものITインフラ管理スタッフチームを雇う必要がなくなる。同時に、OpenStackのオープンなAPIと競争力のあるエコシステムからメリットを得て、既存のITインフラと比較して大幅なコスト削減を実現できるようになる」(OpenStackファウンデーションのプレスリリース声明文より)。この新基軸が今後、魅力的なサービスの増加を伴って浸透していけば、IT部門の人員数やスキルなどの事情から、OpenStackの採用を見送ってきた企業も考えを改めるかもしれない。

OpenStackのハードル――導入が増えるも、社内技術力不足などの課題

IDC Japanは2017年5月18日、オープンソースのクラウド基盤管理ソフトウェアの「OpenStack」における国内企業での導入状況調査の結果を発表した。調査の結果から、計画/検討段階から具体的な実装段階に入った国内企業の増加が判明したが、OpenStock導入の「しきいの高さ」にまつわる課題も明らかになっている。 text:クラウド&データセンター完全ガイド編集部

 IDC Japanは今回、サーバー仮想化を実施している企業および組織を対象に調査を実施し、464社から有効回答を得ている。

 OpenStackの導入状況について、「本番環境で使用している」企業は10.6%で、2016年3月調査の7.0%から3.6ポイント上昇したという。「開発/テスト/検証段階」にある企業は14.4%に上り、前回調査の8.3%から6.1ポイントの大幅な上昇となっている。両回答を合わせると、全体の4分の1がOpenStackの実装を進めていることになる。また、「使用する計画がある/検討している」と回答した企業の割合は前年より減少し、上記の結果と合わせて、計画/検討段階から具体的な実装段階に入った企業の増加ぶりがうかがえる。

 IDCは、OpenStackを使用中ないしは計画/検討中の企業に対し、OpenStackを使用していくうえでの課題について尋ねている。その結果を見ると、「OpenStackに精通しているエンジニアが少ない」を25.0%の企業が挙げ、前回調査に引き続き最多の回答となった。この課題に、「半年ごとのメジャーリリースに追従できない」、「OpenStackの信頼性に不安が残る」が共に17.2%で続いている。一方、前回調査で28.6%と回答率が高かった「セキュリティの脆弱性に不安がある」は、2017年調査では13.8%にまで下がっている。

図1:OpenStackの導入状況に関するユーザー調査結果 ※調査対象:サーバー仮想化を実施している企業(出典:IDC Japan、2017年5月)

クラウド&データセンター完全ガイド2017年夏号