クラウド&データセンター完全ガイド:イベントレポート
ユーザー/IT基盤技術/業界の3動向から読み解く、クラウド/データセンターの今とこれから
クラウド&データセンターコンファレンス 2017 Summer アフタヌーン基調講演レポート
2017年10月13日 06:00
弊社刊「クラウド&データセンター完全ガイド 2017年秋号」から記事を抜粋してお届けします。「クラウド&データセンター完全ガイド」は、国内唯一のクラウド/データセンター専門誌です。クラウドサービスやデータセンターの選定・利用に携わる読者に向けて、有用な情報をタイムリーに発信しています。
発売:2017年9月29日
定価:本体2000円+税
企業が求めるITインフラ像が数年前とは様変わりしている。企業はデジタルトランスフォーメーション(DX)を含む今日のビジネス課題に応えうるITインフラを求め、また事業者はそうしたユーザーニーズを充足するITインフラの提供に努めている。クラウド&データセンターコンファレンス2016-17(主催:インプレス)のアフタヌーン基調講演に、国際大学GLOCOM 客員教授 林雅之氏が登壇。国内外のクラウド/DC動向を毎日発信し続ける林氏が、ユーザー/IT基盤技術/業界の3動向から、この分野・業界の“現在のリアル”と“この先起こること”を読み解いた。 text:狐塚 淳(クリエイターズギルド) photo:河原 潤
デジタル社会の進展とIT部門の役割
ITインフラの提供側と利用側双方にとっての課題を挙げ、今後を展望した「クラウド&データセンターコンファレンス2017 Summer」。アフタヌーン基調講演に登壇した林氏(写真1)は冒頭、「2017年末には、グローバル2000企業のCEOの3分の2がデジタルトランスフォーメーションを企業戦略の中心に据えるようになります」と切り出し、ユーザー企業側でのデジタルトランスフォーメーションの機運向上について言及した。
市場調査会社IDC Japanの定義によれば、デジタルトランスフォーメーション(DX)は、ビッグデータやクラウドなど第3のプラットフォーム技術を用いて、新製品やサービス、新しいビジネスモデル、新しい環境などを確立して価値を生み出し、競争上の優位を獲得する取り組みを指す。
従来型の情報システムの構築・運用にとどまっていた企業のIT部門が、デジタル技術を駆使した新しいビジネスモデルの創出で大きな役割を果たすようになる。事業部門はエンドユーザー向けサービスの俊敏な展開が可能になり、企業はサービスプロバイダーのようなサービス/サポートの提供を行うようになる。これがDXの潮流の中で期待され、課題となるIT部門の新しい役割である、と林氏は説明した。
「これらの新しいビジネスモデルの大半は、外部のクラウドやデータセンターを基盤に構築される流れになるでしょう。顧客や社外パートナーなどとの関係性も、収益を目指すビジネスモデルの中で大きく変化していきます」(林氏)
林氏は、「デジタル社会は段階的に進展していく」として、個別の技術要素であるクラウドやモバイル、ソーシャル、ビッグデータなどの統合から始まり、IoTやAI、ブロックチェーンなどを主役にしたDXの実現を経て、将来的にはロボット、自動(自律)運転車といったスマートマシンが普及していくという発展のロードマップをスライドに示した(図1)。「この中でブロックチェーンは最近の注目技術ですが、2021年の市場規模は298億円に達すると予想されています。その基盤となるのもやはりクラウドとデータセンターです」(林氏)
林氏によれば、デジタル社会進展の過程においては、AI/IoTを中心とした「デジタルインテグレーション」が重要になるという。「従来のインテグレーションと比較して、レイヤが横断的であり、さまざまな領域の新技術の知識が必要とされます。デジタルインテグレーションは大きなビジネスチャンスであり、多くの企業にとって、市場での差別化要因になる可能性が高いです。ただし、スキルの高い『デジタルインテグレーター』は不足するでしょう」(林氏)。また、デジタルビジネスの進展で多種膨大なデータが多方面から集まってくるため、データドリブンのエコシステムを構築する必要も生じるという。
しかし一方で、国内企業はデジタルの重要性の理解が進んでいないと林氏は指摘。「日本企業と海外企業のCEOの意識調査から、日本のCEOはイノベーションを非常に重視していることが判明しました。ところが、デジタルおよびデジタル技術に関する能力を重視しているCEOは、世界の15%に対して日本はわずか4%。トップの理解が進むまで、日本企業のDXはまだまだ時間のかかるアプローチになると言えます」(林氏)
メガクラウドの寡占状態に国内事業者はどう対抗するか
セッションの話題が、DXの基盤たるクラウド基盤サービス市場動向に移った。焦点は、Amazon Web Services(AWS)、Microsoft Azure、Google Cloud Platform(GCP)、IBM Bluemixという4社のサービスですでに勝負は決している感がある中、国内のデータセンター/クラウドサービス事業者はどのような策を取っていくかである。
林氏は、今後、AWSとAzureの2強の独占が進み、2019年までにIaaS事業者の90%が撤退を余儀なくされるという米ガートナーの予測を示した。現在、AWSのシェアがグローバル全体の30%を占め断トツのトップだが成長率は50%を切っており、2番手のAzure、3番手のGCPが高い成長率で追いかけている。「これらに続くKDDI、ソフトバンク、富士通、NTTコミュニケーションズなどの国内事業者勢は、さまざまな提携・協業を探っている」(林氏)状況だ。
林氏によれば、世界4大クラウドベンダーがそれぞれのエコシステムを成長させていく一方、買収・再設計などの差別化や、大型ソリューション案件に注力する事業者が増えているという。「国内事業者がグローバル展開で海外ベンダーと契約を結ぶ際には、販売や開発体制を条件として示す必要があります。例えばNECはマイクロソフトと協業し、大規模なAzure販売/構築支援体制を整えています。とはいえ、提携に成功しても、海外のサービスと自社のサービスをバランスよくユーザーに提供していくことは難しい課題になります」(林氏)
そうした困難な舵取りが待ち受けていることも含め、国内事業者間の競争は、ホステッドプライベートクラウドを主戦場に今後激化するという(図2)。「国内ではパブリッククラウドよりホステッドプライベートクラウドのほうが高い成長率で市場規模も大きい。ホステッドプライベートクラウド市場の競争はもっと激しくなるでしょう。多くの国内事業者が、たとえパブリッククラウド市場を海外勢に握られても、売り上げ単価の高いホステッドプライベートクラウドで顧客をつかみ、トータルでクラウド関連の売り上げを伸ばしていく戦略に変えてきています」(林氏)
林氏は、2020年までに企業のITインフラとソフトウェア利用の67%がクラウドベースのサービスに移行するという米IDCの市場予測を挙げた。定型的な業務はSaaSへ移行し、ITインフラはIaaS(PaaS)が主流になっていくという流れだ。ただし、パブリッククラウドだけが伸びるのではなく、専用型のプライベートクラウドが伸びていくと指摘した。
「2020年までにクラウドサービス事業者の収益の70%がパートナーやブローカー経由になる」というガートナーの予測を挙げて、林氏はパートナーエコシステムの拡充とそこでの“協創”活動の重要性を強調。そして、「クラウドコンサルティング、クラウドインテグレーション、マネージドサービスプロバイダー(MSP)といった複合型サービスの提供に取り組む過程でビジネスチャンスを得る可能性が高まるでしょう」と、今後の国内事業者の目指す方向性を示唆した(図3)
また、技術の潮流として近年注目度が増しているコンテナにも触れた。林氏は、世界で稼働するコンテナのインスタンス数が2015年の約200万から2020年には500倍の約10億に増加するという米IDCの予測を挙げた。「代表的なコンテナ管理ソフトウェアのDockerの導入はまだこれからですが、今後、使い勝手が上がれば飛躍的に利用が伸びてくる可能性があります」とした。
そのほか、2019年までにIoTデータの43%はクラウドサービスのエッジ側で処理されるようになるという米IDCの予測と共に、IoT時代のコンピューティングアーキテクチャにも言及。「工場内や病院などにエッジコンピューティングの仕組みを置く現場指向型や、コネクテッドカーなどの分散協調型が考えられます。今後、データセンター事業者の側では、マイクロデータセンターの構築など、エッジ対応の議論がもっと必要になりそうです」(林氏)
データセンター市場・ビジネスの課題と展望
次の話題は世界のデータセンター市場だ。米シナジーリサーチグループが調査したグローバル市場シェアを見ると、1位が米エクイニクス(Equinix)、2位が米デジタル・リアリティ・トラスト(Digital Realty Trust)、3位に日本のNTTがつけている(図4)。「成長率ではNTTが36%と高い伸びを見せていて、これはグローバルで積極的に買収を行ってきた結果が現れています。データセンターは不動産ビジネスの側面がありますが、今後どこまで買収を続けていくかは判断の難しいところかもしれません」(林氏)
林氏によれば、データセンターサービスは一般に、キャリア系、SI系、メーカー系、専業事業者系に分類されるが、最近はAWSやグーグル、マイクロソフトなどハイパースケール事業者がグローバルの大規模データセンター事業者としても影響力を持ち始めているという。
「シェア1位のエクイニクスについては、データセンター事業者間の相互接続を担うIXをクラウド時代に適応させたクラウドエクスチェンジで業績を伸ばしています。一方、2位のデジタル・リアリティはホールセールが中心です。SI系やメーカー系はコンテンツ事業者をユーザーに取り込めず苦戦しているように見えます」と、林氏は現状を分析した。
データセンター事業者のビジネスモデルは大きく、リテール(小売り)とホールセール(卸売り)の販売タイプで分類できると林氏。氏によれば、リテールは金融企業や大企業がメインターゲットで高い単価で収益を上げるビジネスだが、コンテンツ配信やゲームなどのユーザーを対象に低価格で展開するホールセールのビジネスも堅調で、今後の伸びしろもあるという。
IDC Japanの市場調査の推移から国内市場の動向を確認すると、コロケーションは微増でホスティングも厳しくなってきている一方、クラウドデリバリホスティングは順調に伸びている。また、米シスコシステムズによれば、データセンターのトラフィックは2020年までに92%に伸びると予測されている。「これらの動向から、従来型のホスティングやコロケーションからクラウドへの移行は理にかなっていると言えます」と林氏は指摘した。
とはいえ、実際、国内事業者がDXに挑むユーザーの信頼を十分につかめるかの課題は当然ある。林氏は「2021年までに日本のユーザー企業の30%はデジタルビジネス拡大に向けてデータセンター戦略の見直しに着手するが、大半は単なるクラウドサービスの利用実績を作ることにとどまる」というガートナージャパンの予測を挙げた。ガートナーの同じレポートには、「日本の企業のデータセンターの30%が施設老朽化や能力不足からデータセンターを移転せざるをえなくなり、移転プロジェクトの多大な負担が発生する」ともあり、林氏はこれらが今後の事業者にとって大きなハードルとして立ちはだかると指摘した。
「データセンターは開設後10~15年経過するとラックの稼働率が落ちて、移転や閉鎖を余儀なくされ、これまでの利益が消費されてしまう可能性もあります。データセンター事業者はこの問題をより真剣に考えていかなくてはならないでしょう」と林氏。一方、クラウドサービス事業者の課題として、クラウドサービス基盤技術の進化への対応および新環境へのユーザーの移行の問題に直面しているとした。
ハイブリッドITインフラが前提条件に
セッションを締めくくるトピックは、大半の企業が目指すことになるハイブリッドITインフラだ。林氏は、2020年までに組織の90%がハイブリッドインフラ管理機能を採用するとの予測を引き合いに次のように説明した。
「現在、2つのモードのITインフラを必要とするケースが増えています。1つは従来型の秘匿性・機密性の高いデータを扱うトラディショナルICT(SoR:Systems of Recordやモード1と呼ばれる)、もう1つはクラウドやビッグデータ分析、IoTの潮流から近年増加した、絶え間ない柔軟な変化に対応可能なクラウドネーティブICT(SoE:Systems of Engagementやモード2と呼ばれる)です。将来的には後者の比重が高まりますが、前者も必ず残ります。そこで、複数の形態のITインフラを高度に管理する仕組みと、そこでのガバナンスが重要になります」
オンプレミスで構築された基幹系システムをクラウドに移行する事例が増えている。その際には信頼性・互換性の確保が重視されるため、多くはプライベートクラウドが選択されると林氏。また、移行を進める際にはシステムそのものを刷新する「リアーキテクト」も重要になるという。ユーザー側でのハイブリッドクラウドの広がりによって、事業者の側ではネットワーク接続サービス、クラウドマネジメントサービスが伸びていくとした。
ハイブリッドクラウドの形態として、林氏は従来からある追加・増設していくタイプを“温泉旅館型”、近年増えてきた全体設計が先行する“近代ホテル型”の2つを挙げた(図5)。個別最適から全体最適への移行だが、個々の機能では前者がすぐれているケースもあり、その際にはソリューションなどで後者の機能を補っていく必要がある。
「DXを実現していく過程で、ハイブリッドITインフラがほぼ必須となっていくでしょう。IoTの活用でエッジ側の処理が増えるのでそれへの対応や、またネットワークの自律化も進んでいきます。レイヤ間を横断しながらITインフラの複雑化がいっそう進み、先に述べたデジタルインテグレーターの存在意義、重要性がさらに高まっていくと見られます」と林氏。ユーザーにとっても、データセンター/クラウド事業者にとっても、その備えはもはや待ったなしと言える。