クラウド&データセンター完全ガイド:ポイントオブビュー

デジタル変革の潮流で鮮明になったデータセンター事業者のクラウドシフト

弊社刊「クラウド&データセンター完全ガイド 2017年夏号」から記事を抜粋してお届けします。「クラウド&データセンター完全ガイド」は、国内唯一のクラウド/データセンター専門誌です。クラウドサービスやデータセンターの選定・利用に携わる読者に向けて、有用な情報をタイムリーに発信しています。
発売:2017年6月30日
定価:本体2000円+税

デジタル変革に取り組む企業にとって、俊敏で柔軟性に富むIT インフラの選定はきわめて重要だ。国内のデータセンター/クラウド事業者がそうしたユーザーに選ばれるIT インフラを提供するために、事業モデルのクラウドシフトはもはや前提の条件になりつつある。 text:河原 潤(本誌編集長)

国内データセンター数は600弱、集約効果で延床総面積の上昇は緩やか

 今、日本国内に「データセンター」はどのぐらいあると思われるだろうか。IDC Japanの調査によると、2015年末時点で国内の事業者が商用で運営するデータセンターは593カ所で、延床総面積193万7140㎡になるという。ただし数で言えば、企業がIT基盤として自社運用するデータセンター(サーバールーム含む)が8万544カ所、延床総面積723万6000㎡と大半を占める。

 本稿で言うところのデータセンターは前者、商用を指す。

 IDCは、データセンターの延床総面積が向こう5年間、年平均1.8%増のペースで伸び、2020年には212万682㎡に達すると予測している。同社はこの先の国内データセンター市場全体の年成長率を7%弱と算出しており(後述)、それに比べると緩やかなペースだ。

 これは、仮想化技術やクラウドの近年の進化・普及によって、各データセンターでサーバー/ラックの集約がいっそう進んでいることに関係する。昨今では、「物理サーバー200台を数台の仮想サーバーに統合」といった、高いリソース集約効果を実現した事例も珍しくない。加えて、2020年の東京夏季オリンピック・パラリンピック開催に伴う首都圏での建設コスト上昇もデータセンターの省スペース化に拍車をかける可能性がある。

都心型データセンターの新設ラッシュが続くも、建設コスト上昇で今後減速か

 データセンターはその立地環境、とりわけ首都圏・大阪圏と地方都市とでは特性がかなり異なる。首都圏・大阪圏のデータセンターは、同圏の企業にとって、交通アクセスやネットワークレイテンシ(遅延)の面で有利でありここ数年新設が続く。2016年は、「大阪第5データセンター」(NTTコミュニケーションズ、大阪市内)、2月に「TELEHOUSE TOKYO Tama 3」(KDDI、東京都多摩市、写真1)、「IBXデータセンターTY5」(エクイニクス、東京都江東区)、「NEC神戸データセンター」(NEC、兵庫県神戸市、写真2)、「GDC大阪」(TIS、大阪市)、「館林データセンターC棟」(富士通、群馬県館林市)、「明石システムセンターF棟」(同、兵庫県明石市)などがオープンしている。

写真1:TELEHOUSE TOKYO Tama 3 の外観全景(出典:KDDI)
写真2:NEC神戸データセンターの外観(出典:NEC)

 上記のうち、館林市と明石市は大都市郊外型と呼ぶのが正確だろう。大都市中心部ほど収容可能なラック数制限などを受けず、地価、および建設や電力にかかるコストも低く抑えられてアクセスにも不便を感じない、バランスのよい立地と言える。

 このように活況を呈する首都圏・大阪圏データセンターだが、そろそろ飽和状態に近づいており、また、前述した東京オリンピック開催による建設コスト上昇の影響も受けて、今後はペースダウンも予想される。

運営メリットと企業ニーズの合致で進展する地方型データセンター

 一方、地方都市のデータセンターも存在感を示している。広大で安価な敷地、省エネルギー運営、地方自治体の誘致活動による支援といった事業者側のメリットと、2011年の東日本大震災以降に顕著な、企業からのBCP(事業継続計画)/DR(災害復旧)ニーズの高まりが合致したかたちで、市場規模の伸び率に関しては実のところ都市型を上回る。

 2016年、主なものでは、寒冷地型エクストリームデータセンター」(青い森クラウドベース、青森県六ヶ所村)、「白河データセンター3号棟」(IDCフロンティア、福島県白河市)、「福岡空港データセンター」(IIJ、福岡県福岡市)、「EneWings広島データセンター」(エネルギア・コミュニケーションズ、広島県広島市、写真3)などが最新のファシリティをまとって開設している。また2017年には、「北九州データセンター6号棟」(IDCフロンティア、福岡県北九州市、写真4)、「S.T.E.P.札幌データセンター」(北海道総合通信網、北海道札幌市)、「新潟・長岡データセンター」(データドック、新潟県新潟市)などの開設が計画されている。

写真3:EneWings 広島データセンターの外観
写真4:北九州データセンター6 号棟の外観(出典:IDCフロンティア)

 寒冷地域のデータセンターを中心に、外気を取り込んでサーバールームを冷却する自然空調システムの採用がさらに進んだ。上述の寒冷地型エクストリームデータセンターは、青森ならではの雪氷冷却を採用して年間8割以上を自然空調でまかなう(図1)。白河データセンター3号棟も冷涼な気候を利用して機械空調稼働の最小化を図っている。また、自然空調システム自体の進化により、寒冷地域以外でも採用が広がっている。

図1:寒冷地型エクストリームデータセンターで採用された外気と雪氷によるハイブリッド冷房(出典:青い森クラウドベース)

国内DC事業者のクラウドシフト加速の要因

 全体として国内のデータセンター市場は、どこに向かっているのか。市場規模の統計を見れば、クラウドの普及が後押しするかたちで今後も活況が続くことになる。IDC Japanは、2016年の市場規模を前年比6.7%増の1兆953億円と試算。前々年度(8.2%増)、前年度(7.7%増)と鈍化傾向にあるものの、市場はその後も成長を続け、2020年には1兆4377億円に達すると見積っている。

 IDCは同調査で、2020年までのサービス形態別売上額予測も併せて公表している(図2)。2016年に全体の55%を占めるコロケーション(ユーザーがラックごとを持ち込む“場所貸し”)の伸びは今後鈍化し、一方で同年は3形態で最も売上額が小さかったクラウドデリバリー・ホスティングが、翌2017年にはホスティングを抜き、平均23.8%の成長率で伸長、2020年にはコロケーションに迫る勢いという予測である。

図2:国内データセンター市場 2020 年までのサービス形態別売上額予測 2014年~2019年 ※2015年は実績値、2016年以降は予測(出典:IDC Japan 「国内データセンターサービス市場予測」、2016年12月)

 このグラフは、国内データセンター事業者のクラウドシフトを鮮明に示すものだ。シフトを促す要因の中でも影響が大きいと思われる、①海外大手ITベンダー/クラウド事業者の日本市場への注力、②ユーザー企業における自社ビジネスのデジタル化の2つを取り上げて考察してみる。

 ①は、AWS(Amazon Web Services)やグーグル、マイクロソフト、IBM、セールスフォース・ドットコム、SAP辺りをトップ集団とするグローバル大手クラウドベンダーの攻勢だ。日本データセンターの開設ラッシュやサイト/ドキュメントの日本語化などサポートの強化、国内SIer/NIer/CIer(Cloud Integrator)とのパートナーシップ拡充といった施策を各社がこぞって展開したことで、日本のユーザーとの距離が一気に縮まった。この動きを見て、ハウジング/コロケーションを事業の主軸に置いてきた国内勢も静観の構えではいられなくなってきた。

 ②のデジタル変革(Digital Transformation)は世界中の企業の間で進展する潮流だ。デジタルとは抽象的な言葉だが、大多数の消費者がスマートフォンで常時インターネットにアクセスする今に見合った、デジタルネーティブなビジネスを提供できないと淘汰される――そんな危機感から業種や規模を問わず機運が高まっている。

 こうした企業のデジタル変革を支えるべく、ITインフラを提供する側の事業者にもデジタル対応が求められている。ビッグデータ分析やIoT(Internet of Things)、AI(人工知能)、マシンラーニング(機械学習)といった取り組みに着手する企業が、サービス間やAPIの連携などによって競争力の高いシステムやアプリケーションを構築するのにふさわしいITインフラとして、クラウド基盤/プラットフォームの選択はもはや前提となっている。

事業者の持たざる経営モデル「DC in DC」

 クラウドシフトが進む一方で、データセンター事業から撤退する事業者も少なからずある。IaaS、場合によってはPaaSといったクラウドサービス基盤に比して、ハウジング/コロケーションといった従来形態サービスへのニーズ低下や、2000年前後のデータセンター建設ラッシュ時期に完成した施設の老朽化、設備、電力料金、IT機器など維持運用コストの高騰による採算性の低下などの理由から、このビジネスに見切りをつけるところが現れている。例を挙げると、インフォコム、電通国際情報サービス、日本ラッドといった企業が自社保有するデータセンターからのサービス終了を発表済みだ。

 この動きには、データセンター事業モデルの多様化傾向が見て取れる。ハウジング/コロケーションを置き換えて提供するIaaS自体がその1つであるし、近年は、データセンターを自社保有せずに、別の事業者や施設保有企業のデータセンターの一角を借りて事業を営む「DC in DC」モデルが国内でも一般的になってきた。いわば事業者の「持たざる経営」の実践であり、ビジネス環境変化の早い今の時代にマッチした事業アプローチととらえられる。

 では、日本のデータセンターは今後どの方向を目指せば、多数の企業に、デジタルビジネス時代の要件を満たしたITインフラを提供できるのか。以下、「市場競争力向上」と「地域分散効果」の2つの側面から考察してみる。

日本のデータセンターの目標 ①市場競争力向上

国内事業者ならではの高品質なサポートと付加価値サービス

 グローバルレベルでの市場競争力の向上は、国内事業者にとって生き残りをかけた喫緊の課題だ。AWSやグーグル、マイクロソフトなどは今後も進出先の市場シェア拡大に力を注ぐはずである。海外勢のサービスにかつてあった、ネットワーク遅延、各企業の情報管理面でのコンプライアンス、「国外に自社のデータを置くのは不安」といった心理面の障壁などは、上述したように急速に解消されつつある。国内事業者にとってのいわば「地の利」はほぼ消失したと言ってよい。

 しかしながら、ハウジングからクラウドへの転換を急ごうにも、待っているのはスケールメリットにものを言わせた熾烈な価格競争という茨の道でもある。打開策として、やはり持ち前の高品質な運用サポート/サービスを打ち出していくことは必須だろう。海外勢とは一線を画したきめ細やかなサポートや、SIer/NIerとも連携しながら、日本企業の商慣習やビジネスニーズを知り尽くした国内事業者だからこそ提供できる付加価値サービス(マネージドサービス、BPO連携オプションなど)の提供に努める。こうしたかたちでニーズに応えていくことで、海外勢も含めた市場全体で、一定の役割を確保できる可能性が出てくる。

日本のデータセンターの目標 ②地域分散効果

運用効率化によるユーザーメリットの追求と地域活性化

 日本のデータセンターは、東京・大手町を中心とする首都圏集中型から発展してきた。その経緯に加えて、ICT企業のような大量のITリソースを扱う企業の大半が首都圏に拠点を構えることから、古くからのテーマであるデータセンターの地域分散化がなかなか進まないできた。

 前半で述べたように、地方型データセンターに対する期待は高い。大都市圏に比べ安価かつ広大な敷地を確保できるうえ、外気空調などの省エネルギー運用によってランニングコストの削減を図り、地方都市の産業振興・企業誘致政策に伴う税優遇/補助金制度をうまく活用することで、スケールや機能の面ではともかく、料金面で海外勢との競争の土俵に上がれる可能性もある。

 とはいえ、顧客となる企業数のケタが違う大都市圏のデータセンターに注力し続ける事業者は当然多く、事業者の市場競争力向上の観点からも現状では理にかなっている。企業の側でも低遅延や現地のシステム保守に赴く際のアクセスを重視する向きは依然として強い。加えて、首都圏では2020年の東京オリンピック開催に向けた社会インフラ再整備という盛り上がりもある。

 諸々の状況を考えると、都市型データセンターももちろん重要だが、地方型データセンターがもっと新設され、ユーザーにとってのコストメリットや地域活性化、地産地消などの効果が広範に周知されていくようなサイクルに極力早く入っていくことが望ましいと言える。

明日のクラウド/データセンターを支える人材の確保・育成を

 そして、これら2側面のいずれにも関わる、この分野・業界の人材確保/育成にまつわる問題にも目を向ける必要がある。IT人材の全般的な傾向として、近年はモバイルアプリケーションやソーシャル系サービスの開発といった、比較的フロントエンド/コンシューマー寄りの領域に集まりがちで、データセンターやネットワークの設計・構築に携わるエンジニア人材不足が叫ばれている。

 この課題に対しては、事業者同士でアライアンスを組んで共同の人材交流プログラムを発足させたり、業界団体の日本データセンター協会(JDCC)がこの分野の人材育成に特化したワーキンググループを設けて研究・啓蒙活動を行ったりと、いくつかの取り組みがすでに始まっている。最新のクラウドにしても、従来型のハウジング/コロケーションにしても、設計や運用の主体は「人」であることに変わりなく、こうしたアクションが業界全体に広がることを強く期待したい。

※『インターネット白書2017』(2017年1月/編者:インターネット白書編集委員会 発行:インプレスR&D)掲載記事をベースに写真と図版を追加

クラウド&データセンター完全ガイド2017年夏号