事例紹介
GovTech東京とNTTドコモの事例に見る、AI時代のサービス基盤としてのGoogle Cloud
Google Cloud Next Tokyo 26
2026年9月7日 06:00
Google CloudをAIデータ基盤として採用している企業にその理由を聞くと、「BigQueryやVertex AIといったGoogle Cloudのデータ基盤サービスを利用したいから」という答えが返ってくることが多い。特にクラウドDWHからAI-Readyなデータ基盤へと急速に進化しているBigQueryの人気は非常に高く、大量の顧客データや業務データをBigQueryに集約し、AIがそのデータを分析・理解して、AIエージェントに業務を遂行させるというユースケースがグローバルでも数多く登場している。
本稿ではそうしたAIデータ基盤としてのGoogle Cloudの実績の中から、7月30日・31日に都内で開催された「Google Cloud Next Tokyo 26」(主催:グーグル・クラウド・ジャパン)の2日目の基調講演で紹介された、GovTech東京とNTTドコモの事例を紹介したい。
GovTech東京/東京アプリ――技術的主権を行政組織が持つ重要性
一般社団法人GovTech東京は「多様なパートナーと共に都と区市町村を含めた東京全体のDXを効果的に進める新たなプラットフォーム」(GovTech東京の財団紹介ページより)として2023年に設立された組織で、情報技術で行政を変え、首都・東京で生み出したデジタル化の成果を日本全国に、さらには世界各都市に広げていくことを掲げている。
2025年2月には、東京都とともに開発したスマートフォン(スマホ)アプリ「東京都公式アプリ(以下、東京アプリ)」をリリース、「都民全員が使う都民サービスへの入り口」(GovTech東京 業務執行理事 兼 最高技術責任者(CTO) 井原正博氏)として、オンラインによる行政手続きやAIによる行政手続きのサポート、災害発生時の情報発信などを提供している。リリース以来、ダウンロード数は600万を超え、都民と行政をデジタルでつなげる「誰ひとり取り残さない、住民のニーズに応えるデジタル公共財」(井原氏)という目標に向かって着々と邁進中だ。

東京アプリの最大の特徴は、企画・設計から実装、運用に至るまで、すべての開発のフェーズが内製体制で推進されているという点だ。東京都は63の区市町村と1400万人もの人口を抱える世界でも指折りの大都市だが、この規模の大都市が公共財を完全内製で開発しているというケースはあまり一般的ではない。
また、東京アプリのデータ基盤にはGoogle Cloudが提供するフルマネージドのリレーショナルデータベースサービス「Cloud Spanner」が採用されているが、こうしたクラウドネイティブな技術スタックを自治体が導入することも非常に少ない。
公共分野に限らず、日本では先行事例が少ない技術を積極的に採用する組織は決して多くないが、井原氏は「先行事例の少なさは我々にとって障壁とはならない」と強調する。GovTech東京は東京アプリの開発において「技術的主権を自らが持つこと」(井原氏)を当初から掲げており、チームのひとりひとりが自ら考え、選択し、開発と運用を担いながら、住民からのフィードバックに応えて改善を重ねるというサイクルを徹底している。
東京アプリというデジタル公共財をより都民にとって使いやすく、信頼できるサービスへと進化させていくためには、時代の変化や住民のニーズに柔軟かつ迅速に対応する必要があり、そのためにはアプリの提供者である東京都とGovTech東京が技術的主権を擁していることは重要な要素となる。
ではその“技術的主権”でもって、なぜデータ基盤にCloud Spannerを選んだのか。東京アプリは約1000万人のユーザーが日常的に利用するアプリであり、さらに災害時には膨大なアクセスが集中することが予想される。そうしたシステムの基盤に求められる条件として、井原氏は以下の3点を挙げている。
・常に安定した動作
・リアルタイムのデータ整合性
・内製開発に適したスタック
そしてこれらの条件を満たすソリューションがCloud Spannerであり、特に高く評価したポイントとして
・大規模なスケールへの対応
・強いデータ整合性
・突発的な負荷への耐性
を挙げている。最大で1400万人ものユーザーと相対しながら、行政データとしての整合性を維持すること、災害時の突発的なアクセス増に耐えることは簡単ではないが、リレーショナルデータベースの一貫性をもちながら水平スケールしやすいCloud Spannerはまさにその要件に適した存在だったといえる。
また、先行事例が少ない中で、東京都という自治体自身が選んだアーキテクチャという意味でも興味深い技術的判断だろう。既存のIT基盤をクラウドに移すのではなく、新しいデジタル行政サービスを自治体自身が設計・開発し、運用していくための技術スタックとしてCloud Spannerが選ばれたという点も注目される。
「データの書き込みスケールと強いデータ整合性を同時に成立させるのは簡単なことではない。また災害時に起こり得る突発的な負荷にも耐える必要がある。こうした要件をクリアしたのがCloud Spannerだった。自分たちで考えて選んだ結果であり、先行事例がないことはまったく怖くなかった」(井原氏)。
井原氏は、2024年1月1日に石川県で発生した能登半島地震に現地で遭遇した経験から、行政のデジタル化推進を「自分自身のミッション」として課してきたという。災害対応の拡充は東京アプリの最重要課題のひとつだが、その成果については「東京だけにとどめず、世界中に拡大していきたい」と井原氏は語る。
ちょうどGoogle Cloud Next Tokyo 26の数日前となる7月28日、熊本県で最大震度7を記録する大地震が発生した。いまこの瞬間も被害に苦しむ人々のために、そして今後、同じ思いをする人々を少なくしていくために、行政がデジタルで貢献できることは何か――。技術的主権をもって開発される東京アプリの真価はこれからも問われ続ける。
NTTドコモ - BigQueryで本格始動する“フルAIマーケティング”
NTTドコモ(以下、ドコモ)は現在、すべてのマーケティングプロセスをゼロベースで再構築し、マーケティング業務そのものをAI化する「フルAIマーケティング」を2027年に実現させるべく動いている。
基調講演に登壇したNTTドコモ 執行役員 グループデータ戦略部 部長 鈴木敬氏は「ドコモではさまざまなサービスの提供を通じて顧客ひとりひとりとの関係性を深め、ロイヤルカスタマーの基盤を拡大していくことを事業成長の中核にしている」と語り、その実現のためのマーケティング基盤に必要な機能として「継続的でアクティブなサービスの提供」「複数のサービスを横断的に利用することによる価値」「それらを通じて得られる長期的なエンゲージメントの構築」を挙げている。
しかし、1億以上のユーザーと2000項目以上のユーザープロファイル(パラメータ)、さらに多種多様なサービスラインアップを抱えるNTTドコモにとって、これらの膨大なアセットをベースにしたロイヤルカスタマー化の推進は決して簡単なことではない。「これらのアセットは非常に貴重ではあるが、ユーザーひとりひとりに横断的で最適な施策を見つけ出すには、検討すべきバリエーション(かけ合わせ)の量が膨大すぎて、人間技ではなかなか難しい」(鈴木氏)。この問題を解決する方法としてドコモが現在取り組んでいるのがAIエージェントの活用である。
鈴木氏は、AIマーケティングを開始するにあたって必要なデータとして「顧客データ」「施策設計ロジック」「施策結果(ROI)」「ナレッジ」の4つを挙げているが、「AIが現場の社員も納得するような切れ味の鋭い施策を実行していくにはマニュアルやドキュメントの取り込みだけでは足りない」と強調する。
実践的な現場の知識をどこから引き出してAIに渡せばよいのか。ドコモが着目したのは社内にすでにある“資産”――ドコモ社員5000人以上が日常的に使っている130以上の業務アプリ(Webアプリ)だった。これらの業務アプリは社員がドコモデータを簡単に扱えるようにするために開発されたもので、それぞれの業務に特化しており、ソースコードや利用ログには現場の知識が詰まっている。これらのデータをAIが解釈可能な構造化ナレッジに自動変換し、「現場のことをよく知る、切れ味の鋭いエージェントを構築する」(鈴木氏)という方向性で進めているという。
この新しいマーケティング基盤はGoogle Cloud上で構築されている。「1億人規模・2000以上のプロファイル・160億通の顧客アプローチという定量データに加え、顧客の声や営業日報といった定性データもBigQuery上で統合的に扱える。また基盤にはGeminiも組み込まれており、データをもとに施策を設計し、顧客に届けるクリエイティブを制作するという一連の流れを止めることなく一気通貫で進められることは我々にとっての大きなメリット」(鈴木氏)。
ドコモは今後、施策設計や意思決定のサポート、クリエイティブ制作・審査といったそれぞれの業務を遂行するエージェントを複数つなぎあわせ、一連のマーケティング業務を遂行していく方針だが、鈴木氏は「これらのエージェントをガバナンスやセキュリティを保ちながら安定的に運用していくための基盤としてGemini Enterpriseの活用を計画している」と語る。
また、AIエージェントによるさまざまなオペレーションも現在実証中で、例えば「100パターンを超えるような細かな顧客セグメントを自動的に分割して、効果的なアプローチの立案からクリエイティブの生成、審査までのプロセスをエージェントが自律的に行う」(鈴木氏)など、2027年のフルAIマーケティングを見据えた検証を着々と進めている。
「我々の目的はAIで単にマーケティングを自動化するのではなく、ドコモが持つ多様なサービスを顧客ひとりひとりの“いま”につなぎあわせ、日々の暮らしの中でより価値のある体験として届け続けること。そうしたオペレーションの積み重ねによって、顧客との関係性をさらに深めていきたい」と最後に語った鈴木氏。AIがマーケティングを支援するのではなく、マーケティングという業務プロセスそのものがAIで構成されるようになったとき、顧客との関係性がどう変わっていくのか、注目していきたい。
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今回紹介したGovTech東京とNTTドコモのケースは業界はまったく異なるものの、膨大なデータ量とユーザー数を抱えており、Google Cloudのデータ基盤とAIがそのオペレーションを支えているという点で共通している。両者のように人間の能力では扱いきれない規模のデータを扱う組織にとって、データ基盤とAIが一体化したプラットフォームは、限られた人的リソースであっても組織の能力を十分に拡張可能になることを示した事例だといえるだろう。













