特別企画
日本マイクロソフトの秘密兵器「クラウディア窓辺」とは何者なのか?!
“コミケット参戦”の裏側をエバンジェリスト砂金氏に聞く
(2012/12/27 06:00)
11月20日、そのニュースを聞いて「おお!」と声を上げた人も多かったのではないか。「クラウディアさんコミケット降臨! マイクロソフトとしてコミケットに初出展」と、クラウディアさん(クラウディア窓辺)の仕掛け人である日本マイクロソフトのエバンジェリスト 砂金信一郎氏が、自身のブログやTwitterで発表したのである。
クラウディアさんとコミケット(コミックマーケット)には親和性はある。だが、日本マイクロソフトがコミケットに出展と聞くと不思議な感じがする。
そもそも、クラウディア窓辺というキャラクターも不思議だ。日本マイクロソフトのサイトだけではなかなか理解しにくいところもある、クラウドの特性を教えてくれるお姉さん的存在のキャラクターだが、お堅いイメージのある日本マイクロソフトがキャラクターを使っていることも、考えてみると不思議である。
果たして、クラウディアさんとは日本マイクロソフトにとって、どういった意味合いを持つキャラクターなのか。その秘密を、クラウディアさんを生み出した砂金氏にかなりまじめに、丁寧に話してもらった。
クラウド布教という純粋な狙いが誕生の背景
今やすっかりおなじみとなっているクラウディアさんだが、案外、その誕生秘話は知られていない。今回、砂金氏にあらためてクラウディアさん誕生の裏側を聞いてみた。
砂金氏は日ごろはクラウド関連のエバンジェリストとして、日本中を駆け巡り、マイクロソフトのクラウド製品およびサービスを布教する活動を続けている。クラウディアさんが誕生したのも、まさにマイクロソフトのクラウドを布教する活動の一環である。
「クラウディア窓辺というキャラクターが生まれたきっかけは2つあります。1つは結城浩さんという方の書かれた『数学ガール』を読んで、“素晴らしい!こういうことができたらいいなぁ”と思っていたことです。この作品は、フェルマーの最終定理やゲーデルの不完全性定理といった、大学で学ぶレベルの、普通に学習すれば心がくじけそうになる数学を、楽しみながら、読み進めていくうちに理解できるものです。小説版も含めて、非常に尊敬できるもので、こういうものができたらいいなと思っていました」。
クラウディアさんが登場する、クラウド技術解説マンガのタイトルが「クラウドガール」。確かにこのタイトルからも、「数学ガール」にインスパイアされていることがうかがえる。
「二つ目のきっかけは、三年ほど前のアメリカで開催されたTechEdです。サーバーを担当している米国のスタッフから、『クラウドをマンガでわかりやすく伝えるっていう作品を作ってみたんだけど、日本人はこういうのが好きだろ?』とクラウドマンガを渡されたことです。この作品は残念ながら絵のクオリティーは今ひとつで、そのまま日本で公開できるものではありませんでした。だったら、日本で作り直せばいいんじゃないの?と誕生したのがクラウディアさんでした」。
クラウドをアピールするという目的があったにせよ、キャラクターを作るための費用が莫大(ばくだい)に用意されたわけではない。砂金氏をはじめ、担当者が手作りでクラウディアさんのキャラクターを作り上げていった。
すでにその時点で、クラウディアさんの先達(せんだつ)として、すでに日本マイクロソフトにはWindows 7の伝道師キャラクター“窓辺ななみ”嬢が存在していた。そこでクラウディアさんもななみ嬢と関連を持たせ、いとこという設定となった。クラウドに向き合う大手システムインテグレーター勤務で、誕生日はWindows 1.0の発売日である11月20日。最初に登場した時の年齢は25歳と細かく設定されている。
もともと、砂金氏はクラウド業界の現状をガンダムの世界観にあてはめて説明するなど、マイクロソフトの中でもアニメやキャラクターには強かった。だが、「クラウディアさんについては、Windows Azureのユーザー会のコアメンバーと話をして、意見を聞いていろいろと進めています。意見を求めると、もうこちらの予想を上回る熱い意見が返ってきて、『これは片手間じゃ駄目だ』と思いました」と砂金氏は当時を思い出して苦笑する。
そのためクラウディア窓辺には、父は日本人で、母はフランス系米国人といった基本設定と共に、「あ?やっぱり?」と言いたくなるような細かい設定がある。
例えば、クラウディアさんは赤いメガネをかけているが、赤いフレームのメガネといえば、「新世紀エヴァンゲリオン」の「新劇場版・破」に初登場したキャラクター、真希波・マリ・イラストリアスも赤いフレームのメガネをかけている。
またクラウディアさんの声は、声優の喜多村英梨さんが担当している。喜多村さんは、クラウディアさんが登場した当時に放送されていた「魔法少女まどかマギカ」に、美樹さやか役で登場している方だ。
こうしたいろいろなアニメ好きなら、「そういうこと?」と言いたくなるような設定が用意されているのだ。
こうした設定を守るために、公認キャラクター利用ガイドを設けている。日本マイクロソフトの公認キャラクターとして、きちんとラインを守った活動を行うためのベースとなっている。
アプリ開発者をWindows 8に呼び込むためにも登場
そこまでこだわりを見せたクラウディアさんは、マイクロソフトのクラウド戦略を布教する役割を十分に果たしている。
「MSDNにクラウディアさんの記事をアップすれば、その日は通常の数十倍のPV(ページビュー)になります。普段はマイクロソフトに対してかなり辛めの意見ばかりのサイトでも、クラウディアさんが前面に出ると応援メッセージが多くなります。もう予想以上に反応はいいです」(砂金氏)
女性からの人気が高いことも特徴的で、女性向けの会で着るためにクラウディアさんの衣装を用意したところ、それが人気を呼ぶなど、「マイクロソフトファン」を増やす役割を担っている。
マイクロソフト社内には、「クラウディア役」で有名な女性社員がいるが、「名刺交換をしたい相手から、ほぼ100%の確率で名刺をもらって帰ってきます。ドア・オープナー役の営業パーソンとしては大変優秀な成績です」という。
日本マイクロソフトを代表する場でもクラウディアさんが登場している。2011年4月に行われた「Windows Developer Days」の二日目、オープニングに初音ミクと共演するクラウディアさんのプロモーションビデオが登場し、来場者を驚かせた。
「もともと、ヤマハさんとVOCALOIDの次の可能性について、いろいろとお話し合いさせていただいていました。社内から、『開発者の皆さんを驚かせるような、派手なデモが何かできないだろうか?』という声が上がったことで、それでVOCALOID版クラウディアさんを!ということになったんです」。
しかも、単に派手なだけではなかった。Windows Developer Daysでは、Windows 8が持つUIはリッチだが、「重い処理はWindows Azureを活用することで処理速度は速い」という世界を見せることが狙いとなっていた。VOCALOIDのデモは、まさにリッチではあるが、音声処理など重い処理はWindows Azure側で行う、マイクロソフトの狙いを具現化したデモとなったのだ。
映像の製作過程も、まさたかP氏とELECTROCUTICAによるオンライン上での合作作業が進んだそうで、まさにテクノロジーの最先端。クラウドを布教するクラウディアさんらしい製作過程だといえる。
このエンターテイメント性を前面に押し出した開発者向けプロモーションを実施した日本マイクロソフトの狙いは、クラウディアさんとボカロという、これまでのマイクロソフトにはなかった映像を前面に押し出したことで、「日本マイクロソフトはここまでやるんだ!」という意向を開発者に示すことだった。
「マイクロソフト=堅い会社というイメージができあがりすぎてしまっているんですね。ビジネスでの責任を果たすという意味ではありがたいことなんですが、マイクロソフト製品は仕事に使う製品ばかりではありません。いわゆるギークの皆さんにも使ってもらう製品もあります。Xboxだって、製品として持っているわけですから。開発者の皆さんに、マイクロソフトはここまでやります!とわれわれの意向を示すためにあのプロモーションビデオを制作したのです」。
ビジネス用ソフトとしてはWindows用が圧倒的に多かったが、iPhoneの登場以降、最初にiPhone、次にAndroid用アプリを作るベンチャー企業も増えている。マイクロソフトとしてはこれまでiPhoneやAndroid用アプリを作っていた開発者も、Windows 8で取り込みたいという狙いがあったからこそ、思い切ったデモを行ったのだろう。
ちなみに、その時の会場はどよめきが起こるというよりも、TwitterやFacebookなどSNSで「こんなことが起こっている!」とつぶやく人が多かった。まさに、今時の会場の雰囲気だったそうだ。
コミケット参戦はWindows Azureが取り持つ縁で
こうした経緯を聞いてみると、12月29日から31日に開催される「コミックマーケット83」に、日本マイクロソフトとして初参加するというのは…いや、説明を聞いた上でも少し違和感がある(笑)。マイクロソフトは同人誌の世界でもビジネスを始めようとしているのか?
念のために説明しておくと、コミックマーケット(コミケット)とは、同人誌などの創作物を販売するイベントだ。同人誌といっても、プロの作家でこの場を使って自分で同人誌を作成して販売する人や、プロの作家並みに固定ファンを持つ同人作家も存在する。前回実績では3日間合計で50万人以上が来場したという一大イベントである。
「実は出展のきっかけは、Windows Azureなんですよ。コミケットに参加されている皆さんはおなじみだと思いますが、冊子版カタログが販売されます。電話帳くらいの厚さになるカタログですが、これをWeb化するプロジェクトが進んでいまして、そこにWindows Azureが使われることになったのです」。
現在ベータ版が公開されている「コミケWebカタログ」は、コミケットに関するさまざまな情報を、コミケット参加者に提供するカタログサービスで、コミケット当日の頒布物の情報などを提供している。こうしたカタログはこれまで紙やDVD-ROMで提供されてきたが、これをWebで公開しようという試みがコミケWebカタログで、現在はベータ版で提供されており、2013年の正式リリースを予定している。
これだけ規模の大きな同人誌を販売するイベントは世界的に見てもまれな例で、欧米のマンガファンにとっては、「一度は参加してみたいイベント!」になっているそうだ。
「それだけにWindows Azureの事例としては、世界的にアピールできる事例になるのです。Windows Azureの採用はこちらから働きかけたものではなく、カタログを作成するCircle.ms(サークルドットエムエス)社が独自で決められたことです。決定してから、われわれ側からお願いをしてぜひ、技術支援をさせていただいて、事例化させてほしいとお願いしたのが、コミケット参戦の発端になっています」。
ちなみに、サークルドットエムエスという社名、マイクロソフトの略称であるMSと入っているから、マイクロソフトと関係がある会社なのかと思いきや、全く無関係だそうだ。コミケットへのオンライン申し込みの窓口などの役割を担っている会社である。
Windows Azureがきっかけとなってコミケットと接点を持ったことで、せっかくだから出展もと話は広がった。コミケットへの出展はすでに2012年夏にGoogleも実施している。IT企業の出展は初めてのことではないのだ。
で、具体的な出展内容だが、どうやらクラウディアさんをはじめ、日本マイクロソフトのキャラクターを使ったオリジナルグッズが販売される見込みという。
「さらには、まだ詳細は言えませんが、アニメ作品と連携したカスタムPCを販売する準備を進めています。PCといえば仕事や趣味を行うために購入するというのが当たり前ですが、コレクターズアイテムとなるようなものにしたいと考えています」。
実はすでに、マイクロソフトの(かかわっている)キャラクターをフィーチャーした“窓辺ななみPC”を、窓辺ななみの声を担当した水樹奈々さんのライブ会場で販売した実績がある。その時には100台以上が売れたというから、「趣味としてのPC」がマーケットとして成功する可能性もあるし、それが実証されれば、新たなキャラクター、アニメなどと連携した、さまざまなオリジナルPCが登場するサイクルができあがる…といった可能性もある。気になる今回の販売タイトルだが、現時点では、アニメ「新世界より」のPCを販売する予定で、さらに別のタイトルについても調整中とのことだ。
このように、さまざまな展開の可能性を秘めた日本マイクロソフトのコミケット参加だが、とはいえ、初めての参加になるだけに、「どんなお客さんがあるのか、全く想像ができません。50万人のうち、クラウドを利用するようなIT開発者、あるいはユーザーの方も多いのではないかと予想はしているのですが、実際にはどうでしょうか。できれば、会場でどんな人が参加されているのか、アンケートをとってみたいですね。IT関係の方が多いとなれば、今後のマーケティング施策に生かせるんではないか?という話になりますし」と、砂金氏は手探りで作業を進めている。