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IT系ライター荻窪圭が聞く、「ヤマハがルータ以外のネットワーク機器を作ったワケ」・前編
実は、LANの管理はできていなかった?
(2016/3/30 06:00)
各所で展開されている“ヤマハのルータ発売20周年おめでとうございます”はいいとして、「ルーター総選挙」なんて面白いこと考えたのは誰なんだ?と思ったら、企画にかかわった平野尚志氏は、大学時代の同級生だったのである。
当時から面白いヤツだったし、ヤマハに就職したのも知っていたけど、ここで再会するとはびっくり。お互い年を取りましたな。
そんな縁でヤマハのネットワーク機器、特に新しく出る「WLX202」の紹介をするわけだが、当方、理系の大学の数理情報工学科(当時)なんてところを出ながら、普段はコンシューマ向けIT機器やデジカメの記事ばかり書いているので(インプレスではデジカメWatchでの仕事が多い)、ビジネス向けのネットワーク機器は詳しくない。
そもそもあまり縁がない。
ヤマハのルータも、ISDN時代にコンシューマ向けのRTA52iを使っていたくらいである。
でもちょうど20周年を越えたところであるし、WLX202の話の前に、そこに至った経緯をちゃんと整理しておくにはちょうどいいではないかということで、まずはなぜヤマハが「ルータ機能を持たない無線LANアクセスポイント」である「WLX202」を作るに至ったか、という話からはじまるのである。
ルータ総選挙の話から
荻窪:
ルーター総選挙なんて面白い企画、よく思いつきましたよねえ。
平野:
いきなりそこですか(笑)。Webでの情報発信をずっとやってきたのだけど、ユーザーに活用してもらうツールとして壁紙やパワーポイントのテンプレート、ペーパークラフトなどを用意して、それなりに面白いものになっていました。
でも、20周年特設サイト運営メンバーからもっとユーザーと一緒に盛り上がれるネタをやりたいという意見があって、ユーザーが積極的に参加できる企画「ルーター総選挙」として歴代ルータ38機種を並べてツイッターで投票できるようにしてみたんです。そうすれば参加しやすいですし、ルータに対する自分の意見も発信していただけます。満足度の顕在化もできたかなと。
荻窪:
わたしが最初に使ったのはRTA52iでした。ISDN回線で、当時ルータといえばMN128 SOHOだったのですが、あれが壊れちゃいまして、周りの評判を聞くと、ヤマハがいいぞということで、即買いでした。
平野:
それ、ぼくも開発メンバーの一人だったんですよ(笑)。
荻窪:
おおなんと。お世話になりました。
(同席していた一同:自分が好きなルータについて勝手に口を出し始める)
平野:
ほら、みんな語り始めるんだよね(笑)。特にRTA50iからRTA52iはインターネット黎明期に登場したこともあって、アラフォーからアラフィフ世代にとっては人生を変えたルータと感じている人が多いんです。
荻窪:
確かに、あのころネットへの接続環境が劇的に変わりましたものね。それまでは9600bpsクラスのモデムが中心だったところへ、64kbpsで安定した通信ができるISDNが出ましたから。
平野:
でも投票してくれる人には若い人も多いんです。今、情報工学の学生はRTX1000などの中古のルータを安く買ってきて、家で試すのが定番になっているようで、その中には「ヤマハって楽器も作っていたんですね」という人も。
荻窪:
え、小中学校でヤマハの楽器に触れなかったのでしょうか。ピアニカとか?
平野:
どうもその人の学校は他社製の楽器がはいっていたようです(笑)。
ヤマハのルータの歴史とイノベーションとは
荻窪:
そろそろ本題にはいりましょう。わたしなんかはコンシューマ系一本でやってきたので、ルータといえばRTA50iからしか知らないのですが。
平野:
そもそもインターネットはサーバーとルータと通信回線で成り立ってます。という区分からいくと、現在、個人向けで一番高価なルータ機能を持っている機器はスマホですかね。
インターネットにつながる機器は、ほとんどすべて何らかの形でルータ機能を持ってます。WindowsやMacも。
荻窪:
あ、確かにテザリング時はルータとして働いてますね。
平野:
その中でヤマハが手がけてるのは企業や組織向けのルータ(の専用機)です。企業でゲートウェイルータとして使われるものが中心で、センター用ルータと拠点用ルータが主力です。
企業だと、例えば本店と支店をネットワークで結びたいじゃないですか。昔は専用線を引いていたのだけど、それはコストがかかる。そこで1998年ごろ、まだIPsecもドラフト段階だった時代に、インターネットVPNにいち早く対応したんです。あのころ、国産で対応したのはうちと古河電工さんくらいでしょうか。
荻窪:
インターネットVPNってことは、インターネットを使ったイントラネットを作るってことですよね。インターネット回線を使うので専用回線よりずっと安い。
平野:
そうです。信号を暗号化してカプセル化することで専用線のごとく使えるようにしました。そうしたら、OCNエコノミーなどを導入していた企業が拠点間接続に使い始めてくれたんです。
荻窪:
それまで専用回線を引ける大企業だけができたことを、インターネットVPNで開放した、と。
平野:
そう。当時、ISDNは2本束ねると128kbps出せたんです。たかだか20万円くらいでそれを使えちゃうというのが衝撃的で、各企業がセンターと拠点間接続に使えるねと。
荻窪:
多分、そのころですね、わたしがRTA52iを買ったのが。
平野:
RTA52iのようなネットボランチは家庭向けなので、電話系の機能を持っていて、代わりにIPsecや経路情報の交換といったビジネス用ルータの機能はない、という違いがありました。
で、ビジネス用ルータでは、当初ラインアップは1つだけだったのが、やがてセンター用ルータ、拠点用ルータとラインアップが増加してきたんです。
1997年ごろからブロードバンド回線が出始めていたんですが、特にADSLは不安定で業務では使いにくい。そこでヤマハでは、RT140eという製品でひとつをブロードバンド用に、もうひとつはISDN用にと、WAN回線を2つ持てるようにしたんです。ブロードバンドは高速ですが不安定でしたので、安定しているISDNをバックアップ回線として使えるようにしました。2002年に発売したRTX1000は、RT140eから安く、小さく、高速化したこともあり、WAN側に複数回線利用できるルータはなかったので大人気になりました。
そのあとしばらくは、ルータの価値である高速性・安定性・安全性を高めつつ、時代に合わせてさまざまな回線に対応してきました。一番のニーズは「切れたら困る」だったんです。
でもブロードバンドが普及機に入り、ネットワークもわれわれのルータも安定してきて、速くて安定しているのは当たり前になりました。そこでお客さまが最終的に何を求めているのかと振り返ると「端末とサービスの接続性」ではないか、ということに至ったんです。
荻窪:
エンドユーザーにとって重要なのは、自分の端末が必要なサービスにちゃんとつながることであって、途中の経路はどうでもいいですもんね。
平野:
そうなんです。「切れたら困る」は解消してきました。バックアップ回線も用意できている。スループットを増やしたりコストを削減したり、といったことは淡々とやるべきことであって、イノベーションではありません。つまりルータのWAN側の課題は解消されてきたのです。
でもそう考えた時に、LAN側の課題は解消されないどころかどんどん大きくなっていることが見えてきたんですね。10年前と変わってないどころか、当時より配線が複雑になり、当初の設備は老朽化してLANケーブルの障害が増え、LANも大規模化して管理が複雑になってるんです。
どこかでトラブルが起きた時の、原因の特定って大変なんですよ。
さらに無線LANが入ってくると、それも考えなきゃいけない。IoTも含めて、どんどんLANにつながる端末が増えていく時代に、それへの対応ができてなかったんです。そこをなんとかしてLAN部分の品質を上げないと、端末とサービスをちゃんとつなぐことができません。
荻窪:
確かに、端末は問題ないのにサービスにうまくつながらないとなったら、その間のどこで障害が起きたかエンドユーザーにはわからない。本当はそうじゃないのにヤマハのルータのせいにされちゃうのは困る、と(笑)。
平野:
そういう言い方もできます(笑)。われわれのパートナーはネットワーク管理者の方々で、おかげさまで、そうした人からは信頼されてます。ネットワークにトラブルがあった時は、まずヤマハのルータをチェックすれば、障害がWAN側なのかLAN側なのかわかります。LAN側にあった時、そこはネットワーク管理者の担当領域ではないはずなんです。
困っているのはLANの管理だった
荻窪:
でも、ネットワークのことにそんなに詳しくないユーザーから見れば、ネットワーク管理者なら全部見てくれると思っちゃう。
平野:
そうそう。もちろん、コストをかけてインテリジェントな製品を入れれば解決することはできますけど。でも小さい会社だったりすると、コストダウンのために量販店で安いスイッチとケーブルを買ってきて自由につなぐので、「今どうなってるの?」と尋ねても「さあ……」という答えが返ってくるようなパターンに陥りがちですね。どうにもならなくなってからネットワーク管理の会社へ持ち込むので、デスマーチのようになっちゃうんです。
われわれのパートナーであるネットワーク管理者が、LANの管理もやってくれといわれた時、コストに見合う製品がなかったんです。それをなんとかしようと手がけたのが「LANの見える化」です。「スイッチ制御GUI」機能を入れて、われわれのルータとスイッチの組み合わせなら、どのポートに何がぶら下がっているか見えるようにしたんです。そうすると、ルータからポートの様子が遠隔でも見えるので、電話サポートでも障害個所を見つけて指示できるんです。
われわれがスイッチを出し始めたのは2011年なので、LAN製品としてはすごく後発でしたが、世の中、誰も解決しようとしなかった問題をわれわれがやる、というコンセプトで出したところ、すごく評価されました。
荻窪:
これは今でも同じ?
平野:
2014年には、RTX1210で「LANマップ」機能を付けました。それまでの「スイッチ制御GUI」は、Webブラウザを立ち上げてないと使えなかったのですが、「LANマップ」はバックグラウンドで動くので、例えば、何かあると自動的にメール通知してくれたりします。
見た目も階層構造でわかりやすくなってますし、スイッチにぶら下がっている端末も表示されるのですごくわかりやすいんです。
また、スナップショット機能でネットワークの状態を記録しておけば、その状態から変更された時点でどこがどう変わったのかすぐわかりますから。
今までこういう機能を実現するには、高価な機器と管理アプリケーションを導入する必要があったんですよ。
荻窪:
いいですねえ、LANマップ。なるほどこんな風に可視化されたらわかりやすいし、全体の構成も決めやすそうです。ヤマハがこれを出したことで、あまりお金をかけなくてもこれを使えるようになったわけですね。何かあった時に人を呼んで問題を切り分けして、必要なら床下にもぐってケーブルを……という手間とコストをかけなくてもよくなったと。
平野:
今まではエンドユーザーの無茶ぶりにネットワーク管理者が泣いていたのだけど、スナップショットで比較すれば、どこに障害が起きているかすぐわかる。もともと管理できてなかったところを管理できるようになったことで、みながハッピーになれるわけです。
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前編はここまで。ヤマハのルータの歴史を、他社とどう差別化してきたかを中心に語ってもらった。
後編はいよいよ無線LANアクセスポイントの話。