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SaaSはすぐには死なない! データを持つ強みをベンダー側がアピール――SmartHR

 株式会社SmartHRは19日、AIが普及する中でのSaaSの現状についてメディア勉強会を開催した。昨年、米Microsoftのサティア・ナデラCEOによる「SaaS is Dead」発言に端を発し、その後、2026年になってAIの進化を見た米国の投資家がSaaSベンダーの株式を売却するといった事態が起こっている。

 SmartHR 代表取締役CEOの芹澤雅人氏は、「一口にSaaSとひとくくりにするのは主語が大きすぎる」と指摘した上で、「価値を落とすSaaSもあれば、逆に価値を高めるSaaSもある。SaaSがすぐに死ぬことはない」との見方を示した。

 SmartHR自身は、業務効率化と人的資本経営への貢献という貢献という2軸でAIを活用する戦略で、SaaSの今後については、「データを持っているSaaSはAIでさらに強くなる。そして事業者の価値とは、ユーザーへの提供価値に尽きる」と述べ、データとユーザーへの価値がSaaSとしての強みとなると説明した。

代表取締役 CEOの芹澤雅人氏

SaaS is Deadの論点

 芹澤CEOは、SaaS is Deadといわれていることに対して、次の4つが論点となっていると指摘した。

1)内製リスク:多くの企業が社内システムをAIで内製し、SaaSが不要になる
2)競争激化:AIによる開発速度向上や開発コスト低下で、競争環境が激化する
3)課金体系崩壊:Agentによる自動化で、従業員数・アカウント数に対する従量課金モデルが機能しなくなる
4)UIの価値喪失:AIツールから呼び出される側になり、相対的に価値が下がる

「SaaS is Dead」の主な論点

 「一般的に言われているSaaS is Dead論は主語が大きく、いろいろな観点が見過ごされてしまっているというのが、(SaaSを提供する)内側にいる立場の人間として思うところ」とし、具体的なものを示さずに、「SaaS」とひとくくりにするのは危険だと指摘。その上で、ビジネスソフトや業務ソフトという分類のSaaSに対しては、「データ入力装置としてSaaSの価値は十分にある」とした。

 「業務ソフトやビジネスソフトウェアは、企業活動や業務を進める中で新しく生まれた情報を入力していく作業が発生する。この生まれた情報を入力する作業はなくならないし、その作業は人間によって引き続き行われていく。現在のAIは、すでにデジタル化され、学習可能な状態になっているデータを読むことは強いが、まだデジタル化されていないデータを取り込む手法はきちんと確立されていない。データ入力装置として、SaaSのUI(ユーザーインターフェイス)は今後も残るのではないかと考えている」とする。

 そして、「特に、当社のような人事労務などバックオフィス系SaaSには入力項目が非常に多く、しかも体系化されていたりする。例えば、従業員の姓と名を入力していくフォームなどを入力する際の効率性を考えると、現時点ではSaaSを超えるものはまだない。データ入力装置として、SaaSの価値はまだ残っていくだろう」と強調した。

 AIによって企業自身がSaaSアプリケーションを内製化し、既存SaaSを置き換えていくという見方に対しては、「私自身もエンジニアとして、生成AIを使ったコーディングの効率化には確かに目を見張るものがある。一方、企業活動の力学として、どんなにコーディングが容易になったとしても、業務の効率化のためのソフトウェアをわざわざ内製するのかに対しては疑問がある。売り上げを伸ばすことにつながるツールを内製化する価値はあると思うが、オペレーションを効率化するものの、それによって生み出される価値には限界もある。また、ソフトは開発して終わりではなく、保守・メンテナンスや、細かい要件定義のコストは残るだろう。そこにユーザー企業側が貴重なコストを割いていくのか疑問がある。すべてのSaaSがAIによって内製化され、置き換えられることには限界があるだろう」と説明した。

SaaS is Deadに対する回答

 また、SaaSの本質的価値として、さまざまなリスクを肩代わりする存在であることも指摘した。

 「日本では依然としてデジタル人材が不足している。それを踏まえると、企業内で内製化をしていくことは容易ではないのではないか。また、SaaSには内製化に対して、提供するベンダー側がリスクを肩代わりしていくという側面を持っている。ソフトを内製化した場合、セキュリティ面を誰が担保するのか。AIが作ったコードにセキュリティ的なイシューが起こった際、誰が責任を取るのかといった課題がある。また、法改正が行われた際に、きちんとキャッチアップして即システムに反映させないと、コンプライアンスやガバナンスの問題が起こるケースが出てくる。内製化した場合、そうした変更をタイムリーに進めていくことができるのか?外部のベンダー製品を使うことで、法改正も即座にアップデートしていくし、リスクを担保してもらうことができる。こうした点から考えてもSaaSを利用する価値がある」

「リスクの肩代わり」というSaaSの本質的価値

 さらに、SaaS is Deadは海外から出てきた論調だが、「日本市場特有のコンテキストとして、DXの浸透度とバックオフィスの力学を考慮すべき」ともアピールした。

 「DXの浸透度でいえば、弊社がカバーしている人事労務領域でクラウドサービスを導入している企業は5%程度という調査結果がある。SaaSが登場して10年以上経っているにもかかわらず、95%の企業は、依然として紙、Excel、オンプレミスを利用している」という。

AIで今後のSaaSはどうなる?

 また、今後のSaaSに対しては、「ソフトウェアは、記録のためのシステムであるSystem of Record(SoR)から、つながりのためのシステムとしてSystem of Engagement(SoE)へと進化していったが、AIを使うことで洞察のためのシステムであるSystem of Intelligenceへと進化していくことができる。蓄積された情報から未来の予測や最適な提案を行い、次に何をすべきか意思決定を支援するものへと進化していくことになる。さらに、SaaSだからこそAIの性能を引き出すことができる」と進化を続けるとした。

ソフトウェア進化の歴史

 SaaSによるAI性能向上につながるとして芹澤CEOが挙げたのは次の3点だ。

1)機敏なAI機能実装:ユーザーには常に最新版が届くというクラウドの強みを生かし、日進月歩のAIモデルを即時還元が可能
2)APIによる機能の拡張性:SaaSはAPIによる他システムとの柔軟な連携を得意としていて、AI Agentはこれをさらに強化する
3)データ活用の弾み車:SaaSには企業活動のデータが多く記録されていて、これをAIと組み合わせることで「その企業専用のAI」へと進化する

SaaSだからこそAIの性能を引き出せる

 こうした背景を踏まえ、SmartHR自身は、業務効率化と人的資本経営の貢献という2軸でAI活用を推進し、事業拡大を目指していく。

 「私たちも当然、System of Intelligenceへの進化を目指し、実践している。クラウドネイティブならではの開発速度とアップデート速度を生かし、日々、AIの最新機能をお客さまに提供している。具体的には2つの取り組みを進めている。1つ目は、この10年間ずっとやってきた人事労務およびその周辺業務の自動化。2つ目はAIとタレントマネジメントを掛け合わせることによる、人的資本経営の実践への貢献だ」(芹澤CEO)。

業務効率化と人的資本経営への貢献の2軸でAI活用を推進し事業拡大を加速

 具体的なAI技術の活用としては、AI履歴書読み取り機能を紹介した。履歴書のPDFをSmartHR上にアップロードすることで、記載されている項目をAI-OCRが読み取り、自動入力するもので、「以前はOCRを実装するために大量の教師データが必要だったが、LLMによってその必要がなくなった」のだという。

 また、AIアシスタント機能は、検索窓から質問を入力すると、事前にアップロードされた就業規則、マニュアルなどから、文脈にあった回答サマリーを出力する機能。「最近、かなりの勢いでユーザーに使われるようになった機能で、利便性を感じる企業が多いようだ」とした。

SmartHRのAI技術の活用

 AIアシスタント機能を導入したのが、飲食業などを手掛ける俺の株式会社。従来は業務時間内で専門部署が回答していた問い合わせをAIアシスタントに代替することで、24時間365日、現場や店舗からの問い合わせを受けられるようになった。その結果、担当部署への問い合わせ件数削減を実現したという。

AIアシスタント機能の事例

 また今後については、「去年だけでも実績が出ている中で、ここから先は、人的資本経営の実践で難所となる、データを用いた科学的な人事施策の推進、マネジメント施策の推進をもっともっとサポートしていきたい。まだリサーチ中ではあるが、日本企業の人事担当者にヒアリングすると、課題になっているのが、次世代人材の抽出や配置だ。最適な人材の発掘と配置の提案が悩みどころだという。これは、AIと当社のSaaSが持っているデータを組み合わせることで、スムーズにできるようになるのではないかと考えている。今後も、現場担当者の悩み解決につながっていくような、便利になる機能はどんどん出てくると思う」と説明。

今後のSmartHRのAI技術の活用

 こうした見解を踏まえ、芹澤CEOは「SaaSはすぐに死ぬことはない」「ユーザーへの提供価値がすべて」という2つを結論とした。

 「当然、価値を落とすSaaSもあると思うが、その一方で価値を高めるSaaSもあるだろう。では、どういうSaaSが価値を落としてしまうのか。データを中核としないSaaSは価値を落としてしまうのではないか。独自データを持ち、System of Recordとして価値を確立しておけば、AIによって価値向上につながるのではないか。そして、究極的にはユーザーへの価値提供がすべて。世の中の人が今どういう状況で、何を提供すれば喜んでもらえるのか、真剣に考え、SaaSの機能として提供していくために考え抜くこと、これに尽きるのかなと思っている」。

結論