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JAL、ホログラフィックコンピュータ「Microsoft HoloLens」のプロトタイプアプリを開発
運航乗務員と整備士の訓練への応用目指す
(2016/4/18 12:58)
日本航空株式会社(以下、JAL)は18日、米Microsoftの新型ホログラフィックコンピュータ「Microsoft HoloLens」に対応したプロトタイプアプリケーションを開発。運航乗務員と整備士の訓練への応用を模索していくことを明らかにした。
HoloLensを活用した業務用プロトタイプの開発はアジア初であるとともに、航空会社でも初めてとなる。3月30日(米国時間)から米国サンフランシスコで開催されたMicrosoftの開発者向けカンファレンス「Build 2016」において、JALがプロトタイプアプリケーションを開発していることが明らかにされていた。
HoloLensは、Microsoftが開発したヘッドマウントディスプレイ型デバイスで、同社のサティア・ナデラCEOは、「リアルの世界とデジタルの世界を組み合わせた"ミックスド・リアリティの世界"により、これまでにない体験ができるデバイス。世界を大きく変えることができるものになる」と位置づける。
3月30日(米国時間)から、米国およびカナダ市場を対象にして、開発者向けのDevelopement Editionの提供を開始しており、現在、エンタープライズ分野において約30社が、HoloLensを活用した業務用アプリの開発をスタートしている。
JALは2015年8月から、Microsoftと共同で活用に関する検証を行ってきた経緯があり、今回のアプリ開発も日本マイクロソフトは基本的に関与せずに、米国のMicrosoftとの連携によって進められた。
JALがHoloLensを活用して開発したのは、「ボーイング737-800型機 運航乗務員訓練生用トレーニングツール」と「ボーイング787型用エンジン整備士訓練用ツール」の2つ。いずれもPoC(Proof of Concept)として開発したもので、今後実用化を目指すとともに、その他の領域においても活用を検討していくという。
このうち「ボーイング737-800型機 運航乗務員訓練生用トレーニングツール」は、HoloLensを装着することで、リアルなコックピット空間をいつでもどこでも体感でき、運航乗務員訓練生の副操縦士昇格訓練における、補助的なトレーニングツールとして活用できるというもの。
現在の訓練では、主にコックピット内の計器、スイッチ類を模した写真パネルに向かい、操作をイメージしながら操縦手順を学習しているという。HoloLensを利用することで、目の前にホログラムとして浮かび上がる精細なコックピット内の計器、スイッチ類の操作を、HoloLens上の映像、音声ガイダンスに従って、自らの体を使ってシミュレーションできるようになるため、効果的な訓練が期待できるという。
「初期段階のトレーニングは、紙を使ったものであり、その操作方法が正しいかどうかは、ほかの人に見て判断してもらう必要があった。また、実際のコックピットに移動した際のギャップもある。HoloLensを利用することでそうした課題が解決できる」(JAL HoloLensプロジェクトマネージャーの澤雄介氏)。
またJAL HoloLensプロジェクトリーダーの速水孝治氏は、「今回のアプリは、一般的なVRとARとは異なり、ミックスド・リアリティの特徴を活用している。HoloLensでは、映像とともに自らの手も見えることから、コックピットの操作が行いやすくなる。頭で覚えたことを、体に覚え込ませる、知的メモリーを運動メモリーに変えるための学習につながる。さらに現状では、トレーニング用途でシミュレータを使える回数が限定されているが、HoloLensを自宅に持ち帰って学習するといった使い方も想定できる」と述べた。ただし、「トレーニングには所定のステップがあり、期間を短くするという狙いがあるわけではない。習熟度を高めることを目的としている」という。
一方の「ボーイング787型用エンジン整備士訓練用ツール」は、整備士の養成訓練において、エンジンそのものの構造や部品名称、システム構造などがいつでもどこでも、よりリアルに体感、学習することができるようになるアプリ。
現在のトレーニングは、航空機を運航していない時期に行うため、訓練時間が限られていたり、エンジンパネルを開けないと見られないエンジン構造の学習においては、教科書の平面図を使って学んだり、といったことが多かったが、HoloLensを活用することで、よりリアルに、いつでも訓練することが可能になり、質の高い技術習得が期待できるとしている。
メニュー画面から卓上サイズの画面サイズで表示する「DESK」、部屋全体に画面を表示する「ROOM」から選択し、それによって表示されたエンジンなどの画像は、指による操作によって回転させたり、位置を変えたり、実際のサイズに拡大させることで学習。映像で確認するとともに、音声ガイダンスで構造を確認できる。
「今回のアプリ開発では、『飛行機を一機まるごと教室に持ってくる』ことをコンセプトとした。また、ツールを容易かつ安全に利用できるような環境を構築できる」(JAL HoloLensプロジェクトリーダーの速水孝治氏)とした。さらに、「HoloLensの特性を理解することで、パイロットや整備士の訓練だけでなく、旅客営業や貨物、空港などのさまざまな領域において活用していくことを検討したい」(同)とのことだ。
会見では、JALの植木義晴社長、日本マイクロソフトの樋口泰行会長の出席が予定されていたが、熊本地震への対応により、欠席となった。
JALの植木社長の挨拶は代読され、以下のようなコメントを寄せた。
コメントでは、「JALは次世代に向けたイノベーションに取り組んでおり、これらの取り組みを顧客サービスの向上、生産性向上に活用できないかといったことを検討してきた。そのなかでも、AR、VRの活用には注目しており、これをサービス向上、社員の働き方の変革につなげたいと考えていた。私自身もHoloLensを利用してみたが、現実の空間を透過できるため、CGの世界とは異なり、技術の進歩に驚いた。活用方法を検討した結果、今回、パイロットおよび整備士のトレーニングの活用にトライした」と経緯を説明
また、「私は35年間のパイロット経験があるが、その経験からわかるのは、トレーニングの初期段階においてはアナログ部分が多く、私も資格取得の勉強のために壁に紙を貼って学習したり、ほかの訓練生に正しい操作方法を見てもらったり、といったことをしてきた。(しかしHoloLensでは)コックピットでの動き方を正しく学習できるという点で効果がある。これはパイロットをやってきた私だからこそわかる。また、整備士のトレーニングでは、駐機しているタイミングに限定されたり、高いところに登る必要があったりといった課題があった。こうした課題が解決でき、有効性も確認できた。今後、より現実的な活用につなげたい」とした。
なお植木社長は、コメントの冒頭に「熊本地震で亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災されたみなさまにお見舞いを申し上げる」とし、「熊本空港も甚大な被害を受けており、熊本空港の発着便はすべて欠航している。一日も早く復旧できるようにJALグループ一丸となって取り組んでいる。私も陣頭指揮にあたっている。かかる状況から欠席させていただく。ご理解をいただきたい」と、会見への欠席理由を述べた。
一方、米Microsoft ニューデバイスマーケティング担当のスコット・エリクソンゼネラルマネージャーは、HoloLensの概要について説明。「HoloLensは、外部機器と接続する必要がなく、ワイヤレスで使用できる、制約がないホログラフィックコンピュータである。VRとは異なり、実際の世界のなかにホログラムを表示することができるミックスド・リアリティを実現する。そしてHoloLensは、業務革新においても活用可能なものであり、その点においても、JALは重要なパートナーである。今回のパートナーシップにおいては、パイロットトレーニングと整備士のトレーニングにおいて革新を起こせるものだ。パイロットは、正しい操作を覚えることができるし、整備士はエンジンを物理的に解体することなく、短時間に複雑なエンジン構造を学習できる。重要な業界に対して影響を与えられる」などと述べている。