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Red Hat通信分野のトップが、国内テレコム業界向けの取り組みと実績を説明

NTTのIOWNを使ったAIソリューション、KDDIの5Gサービス基盤など

 5Gモバイルの通信インフラでは、機器などの仕様を共通化して複数ベンダーの製品を組み合わせられるようにする「オープン化」や、さらにそれを汎用サーバーとソフトウェアで実現する「仮想化」が進んでいる。

 米Red Hatはこの分野に向けて、クラウド基盤となるOpenStackやOpenShift、OSのRed Hat Enterprise Linux(RHEL)などを売り込んでいる。その事例の一つとして、日本の楽天モバイルはOpenStackとRHELを採用してモバイルネットワーク仮想化を実現し、さらにその技術を「楽天シンフォニー」として世界のモバイルキャリアに外販しようとしている。

 2月末に開催された、モバイル通信業界で世界最大のイベント「MWC Barcelona 2024」では、KDDIが、5Gのコアネットワークを含むモバイルネットワークでのOpenStackやOpenShiftなどの採用を発表した。

 NTTドコモも、MWC 2024において、オープンなRAN(基地局網)を標準化するO-RANに対応したサービスブランド「OREX」を会社として設立した。Red HatはOREXにもパートナーとして参加している(ほかにAWSやVMwareなども参加している)。

 MWC 2004ではさらに、次世代である6Gモバイルの基盤技術としてNTTが開発を進めるオールフォトニクスネットワーク「IOWN」の実験として、OpenShiftを利用したリアルタイムAI分析の技術も発表されている。

 こうしたRed Hat関連のMWCでの発表内容や、テレコム業界に対するRed Hatの取り組みについて、Red Hatでテレコム業界を担当するBen Panic氏(Vice President and Head of Telco, Media & Entertainment Sales, APAC)が3月に来日した際に話を聞いた。

Red HatのBen Panic氏(Vice President and Head of Telco, Media & Entertainment Sales, APAC)

NTT・NVIDIA・富士通とともに、IOWN上のリアルタイムAI映像分析を実証実験

 「Red HatはMWCに何年も関わっている。またテレコム業界に、特に日本において、多大な投資をしてきた」とPanic氏は最初に語った。

 まずPanic氏が紹介したのは、NTTのIOWNを使ったAIソリューションだ。

 IOWNは、NTTが研究開発を進める、通信経路の途中で電気に変換せず光のまま扱うオールフォトニクスネットワークだ。従来の通信と比べて、大容量・高品質、低遅延、低消費電力が特徴となっている。

 MWCで発表したのは、NTTがRed Hat、NVIDIA、富士通と共同で行ったリアルタイムAI分析の実証実験だ。横須賀市に設置したカメラと、武蔵野市に設けたデータセンターをIOWNのオールフォトニクスネットワーク(APN)で接続し、カメラの映像をAPN越しにRDMAを用いて高速転送する。そして、データセンターでは、NVIDIA A100(GPU)とNVIDIA ConnectX-6(NIC)を搭載したFujitsu PRIMERGY RX2540 M7(サーバー)上で、OpenShift上でGPUを利用するAIアプリケーションを動かし、リアルタイムで映像を分析する。

 これによって、離れたところにあるデータセンターでAI分析を行っても、カメラなどのセンサー設置地点に大規模なAI分析機器を設置したかのように、低遅延で実現できるという実証実験だ。

実証実験の構成(NTTのプレスリリースより)

 その結果、センサー設置地点で映像を受けてからAI分析を完了するまでの遅延時間を、従来方式と比べて、最大60%削減できることを確認した。また、AI分析に要する消費電力を最大40%削減したと報告されている。

 この実証実験におけるRed Hatの役割は、OpenShiftによるGPUやAIアプリケーションの管理だ。実証実験では、OpenShiftによってGPUを増設してより多くのカメラを収容できるため、1000台のカメラでの試算で、最大60%の消費電力を削減できる見込みと報告されている。

 また、OpenShiftにより、データセンターを複数に分散した場合にもAIアプリケーションを柔軟かつ容易に配置できる。「複数の都市にあるデータセンターにスケールさせて、カメラも複数箇所に設置してIOWNでつなぐ場合を考えると、複数の箇所からのデータを、複数のデータセンターのサーバーに送って、複数の推論を実行することになる。そこでは、OpenShiftベースであることがさらに効いてくる」とPanic氏は説明した。

実証実験の分析基盤(NTTのプレスリリースより)

KDDIがモバイルネットワークにOpenStackやOpenShiftを採用

 MWCでのRed Hatの発表のうち、次にPanic氏が紹介したのは、KDDIが5Gサービス基盤にOpenStackやOpenShiftなどを採用したという発表だ。

 モバイルネットワークサービスのプラットフォームとして、クラウド基盤のRed Hat OpenStack Platformと構成自動化のRed Hat Ansible Automation Platformを採用。それにより、5Gコアからエッジまでプラットフォーム全体にわたってオペレーションを統合したマルチテナント管理を実現する。さらに、Red Hat OpenShiftにより、NFV(仮想ネットワーク機能)とCNF(クラウドネイティブネットワーク機能)を実現する。

 KDDIがOpenStackやOpenShiftを選択した理由として、Panic氏は、アプリケーションの選択の自由度が広がる柔軟性を挙げ、「マルチベンダーのエコシステムにより競争をうながすとともに、特にエンタープライズ向けの新たな収益源となる」と述べた。

 また、そこでRed Hatを選んだ理由としては、Cisco、Ericsson、Nokia、NEC、Samsungなど、さまざまなグローバルパートナーとのエコシステムを構築してきたことが評価された、とPanic氏は語った。

 さらに、「Ansibleにより自動化を実現し、オペレーションコストを下げて、ビジネスの効率化を追求できる」とPanic氏は付け加えた。

ZTEやDellとも、モバイルキャリアのOpenShiftなどを使ったソリューションを推進

 MWCで発表された日本以外のRed Hat製品事例についても、Panic氏は紹介した。

 中国の通信機器会社ZTEはMWC 2024で、Red Hatと提携し、テレコム事業者向けに5Gコアネットワークソリューションを提供すると発表した。さらにZTEは3月15日に、メキシコのテレコム事業者のIzzi Telecom(以下、Izzi)がモバイルネットワークにおいて、ZTEによるOpenStackとOpenShiftをベースにしたソリューションを採用したと発表した。

 Izziの事例はMVNOのネットワークをクラウドネイティブアーキテクチャとNFVで構成するものだ。「ZTEはハイブリッドクラウドを提供でき、そのエンドツーエンドのソリューションを利用することで、Izziも市場に早くサービスを展開できる」とPanic氏は説明した。

 特にIzziから見ると、ZTEからOpenShiftやOpenStackベースのソリューションを提供することで、OpenShiftやOpenStackの認証を受けたZTEからの提供のもと、マルチベンダーのリスクをIzziが負うことなく利用できる、とPanic氏は述べた。

 「KDDIのようにオープンなプラットフォームを指向する事例と、Izziのように垂直統合のソリューションの事例とで、どちらもRed Hatの技術をもとに実現している」(Panic氏)。

 もう一つ、Dell Technologiesからも、MWC 2024にあわせて、エッジでの5Gネットワークプラットフォームの「Dell Telecom Infrastructure Block」が発表されたことをPanic氏は紹介した。

 Dell Telecom Infrastructure Blockは、Dellのサーバーに、OpenShiftやAdvanced Cluster Management for Kubernetes(ACM)などを組み合わせて、エッジでの5Gネットワークのワークロードをサポートするものだ。フィリピンのテレコム事業者Globe Telecomでの導入も同時に発表されている。

 Dellがハードウェアから、OpenShiftなどのソフトウェアまで、認証済みプラットフォームとして組み合わせて提供する。「Globeにとっては、ハードウェアからソフトウェアまですべて連携して動くことが認証されるので、リスクを減らしてソリューションを展開できる。また、水平展開されたオープンな環境で、さまざまベンダーのアプリケーションを動かせるため、業界の革新につながる」とPanic氏は説明した。

Red HatのMWC 2024での発表リスト

楽天シンフォニーを支援しつつ、O-RAN AllianceやOREXにも参加

 MWC 2024では、日本の大手モバイルキャリア各社から、5GモバイルネットワークのRANに関連した発表やアナウンスがなされた。そのことについてPanic氏に尋ねた。

 Panic氏は、RANの分野で、オープンRANや仮想RAN(vRAN)を含め、ここ数年発表が相次いでおり、グローバルで活気があると回答。技術面だけでなくビジネス面でも注目されていると語った。「成熟度も高まっていて、またコストメリットも明らかになっている。テレコム事業者も、従来のプレイヤーだけでなく新しいプレイヤーと連携できる可能性がある」(Panic氏)。

 Red Hatの技術を使ったRANは、日本の楽天モバイルをはじめ、多くの国で展開されている。Panic氏は、インドのテレコム事業者Vodafone IdeaのRANを、MavenirがRed Hat技術を使って実装した例を紹介した。

 「Red Hatは、この市場に向けて、開発を進めてOpenShiftで対応している」とPanic氏言う。3ノードやシングルノードのOpenShiftに対応しており、「コア、エッジ、ファーエッジの無線局まで、統一したプラットフォームで一元化してして管理できる環境作りに取り組んできた」と述べた。そして、その管理の基礎となるのがACMだと説明した。

 その楽天モバイルでは、MWC 2024にあわせて、自社のRAN技術を提供する「リアルOpen RANライセンシングプログラム」を発表した。そのことについてPanic氏に尋ねると、「楽天はRed Hatの長期的に良好なパートナーであり、日本市場で技術が展開し成功するようわれわれも支援している。さらに、オープンソースによるRed Hatの技術を使って確立したものを、楽天シンフォニーを通じてグローバル展開もできる」と氏は語った。

 さらに、楽天シンフォニーについてのRed Hatの期待を尋ねると、「世界のテレコム事業者は実証済みの技術を使いたい。そのため、楽天モバイルにおいて日本で実証されている技術を展開したいテレコム事業者はグローバルで多いはず。その点で楽天シンフォニーに期待している」とPanic氏は答えた

 一方でMWC 2024では、NTTドコモがO-RANに対応した「OREX」を法人化した。いわば、楽天シンフォニーの競合といえる。

 RAN関連ではそのほか、ソフトバンクらも、RANにAIを組み込む「AI-RANアライアンス」設立を発表している。

 こうした動向についてPanic氏にコメントを求めると、「他社のことなのではっきりしたことは言えない」としながらも、「Red Hatは、O-RAN AllianceにもOREXにも参加している。さらにほかの団体やソリューションが登場する可能性もある。これらは、テレコム事業者が、従来型のRANのデプロイメントから、新たなものを求めているという市場の要望によるものだと思う。Red Hatは楽天シンフォニーにもOREXにも関わっているが、それはオープンソースのいいところだと思う」と答えた。

 余談となるが、Panic氏が「ZTE」を「ゼッド・ティー・イー」とイギリス風に発音していたので出身地を尋ねたところ、オーストラリアのシドニー出身とのことだった。

 Panic氏はもともと通信機器などテレコム業界に30年ほどおり、シンガポールにもいたという。そこからRed Hatに入社して、7年ほどになる。Red Hatに移った理由について氏は、No.1 オープンソースカンパニーであること、企業文化、テレコム業界以外に分野を広げたかったことの3つを挙げた。

 「当時のRed Hatではテレコム業界のチームはまだ2年で、とても小さかった。テレコム業界を、従来型の技術からオープンソースに移行したいという野心でやってきた。これはかなりうまくいっていると思う」(Panic氏)