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パブリッククラウドで教育の充実と教職員の働き方改革実現へ――、佐賀県多久市の取り組みを追う

 佐賀県多久市は、ソフトバンク コマース&サービス株式会社(ソフトバンクC&S)、日本マイクロソフト株式会社の協力を得て、パブリッククラウドを活用した「児童生徒の学び方と教職員の働き方改革プロジェクト」を1月26日からスタートした。

佐賀県多久市、ソフトバンク コマース&サービス、日本マイクロソフトがプロジェクトの協定を締結

 今回のプロジェクトでは、公務および教務クラウドシステムとしてソフトバンクC&Sのクラウド運用サービスと、マイクロソフトの教育機関向けクラウドサービスMicrosoft 365 Educationを採用。市内には9年制の義務教育学校が全3校(多久市立東原庠舎中央校、多久市立東原庠舎東部校、多久市立東原庠舎西渓校)あるが、このすべてにタブレット端末(平成29年度時点で計190台)を導入し、授業の8割の時間で協働学習を実施することを目指す。

佐賀県多久市立東原庠舎中央校

 また教職員の働き方改革を推進するにあたっては、3校の全職員に対して計190台のWindows 10搭載PCを整備。校務・教務クラウドシステムを活用し、文書のデジタル化・情報共有による印刷文書とそのコストの削減、授業コンテンツの共有、テレワークの運用開始(2018年4月予定)などを実施。校務の効率化と時間外労働の縮減により、教員の働き方改革を推進するという。

 今回のシステムをデザインしたソフトバンクC&Sによれば、「授業、公務の両方でパブリッククラウドを活用するのは、国内では初めてのことになるのではないか。2017年10月に文部科学省が発表した『教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン』に基づいたポリシーにより、セキュリティを担保しつつ、教職員の働き方改革と、子どもの学習環境をよりよいものとするお手伝いをしたい」(ソフトバンクC&S ICT事業本部EM本部 エデュケーションICT推進室 室長の古泉学氏)と説明している。

多久市の教育クラウド化の概要
ソフトバンクC&S ICT事業本部EM本部 エデュケーションICT推進室 室長の古泉学氏

 一方、多久市の横尾俊彦市長は、「デジタル改革が進む環境の中、子どもたちは生きていくことになる。そのための学びの機会として環境を整備した」と話している。

佐賀県多久市の横尾俊彦市長

クラウドで子どもたち、教員を一気通貫で支援

 今回のプロジェクトは1月26日からスタートし、2019年3月31日まで実施する。

 これまでにも多久市では、2009年に市内小・中学校10校に電子黒板87台を整備し、専属のICT支援員を配置するなどICT教育環境を整備。2013年から2015年にはタブレットを活用したデジタル教材などの実証実験も実施している。

多久市におけるICT教育環境整備の取り組み

 多久市の横尾市長は、「全国ICT教育首長サミット」を主宰する全国ICT教育首長協議会の会長を務めるなど、教育現場へのICT導入に前向きな首長でもある。

 今回のプロジェクトを開始するきっかけとなったのが、平成28年度(2016年度)の総務省先導的教育システム実証事業。多久市役所と、今回のプロジェクトにも参加する中央校をSkypeで結び、5年生が市長に「未来の多久市」をプレゼンした。クラウドを活用した、従来はなかった教育の機会になったという。

5年生が市長へのプレゼンを行った

 「子どもたちにデジタル改革が必要だと考えている中で、マイクロソフトが提唱する21世紀型の教育スキルというものに“出会ってしまった”ことが、今回のプロジェクトスタートの発端となっている。単にPCや電子黒板を導入するにとどまらず、異なる文化を持っている人間同士が連携する、日本がもっと取り組むべき課題を実現したものだと考える。一方で、働き方改革についても、教員の皆さんにとって現状の事務作業は大きな負担となっている。現在、実施している仕事がそもそも必要なのか?という視点で考えていくことも必要だと考えている」(横尾市長)。

 横尾市長が、「出会ってしまった」と表現したのが、マイクロソフトがMicrosoft 365 Educationで提供している「ルーブリックプログラム」。情報活用能力の育成、AI、IoT、ビッグデータなどをけん引するハイレベル人材育成するためのプログラムだ。

 「教育におけるデジタルトランスフォーメーションを実現するために、子どもたちにとって学び方改革となるのがルーブリックプログラム。高い情報活用能力を持った子どもたちの育成を狙ったものとなっている」(日本マイクロソフト 執行役員常務 パブリックセクター事業本部長 佐藤知成氏)。

ルーブリックプログラム
日本マイクロソフト 執行役員常務 パブリックセクター事業本部長の佐藤知成氏

 教員の働き方改革についても、業務のデジタル化を進めることで労働時間の見える化を進める。その上で無駄な時間を削減し、時短、効率化を進めて子どもたちと向き合う時間を増やしながら、休みやすい環境実現を目指していく。

 今後のスケジュールとしては、2月からクラウド運用を開始し、校務支援システムとなるグループウェアの運用を開始。新年度となる4月以降は、協働学習のさらなる推進、クラウドでの教材の共有化の推進、教職員のテレワークの運用、統合型校務支援システム全体利用開始などを予定している。

 「児童生徒の学び方改革では、受け身で学ぶ一斉学習から、お互いに学びあう学習へと変化させていく協働学習を定着させていくことを目指す。一方、教職員の働き方改革を進め、月の残業時間80時間以上をなくし、教職員のメンタルダウンをなくす試みを進めたい」(多久市教育委員会の田原優子教育長)。

多久市の田原優子教育長
今後のスケジュール

 今回、教育現場と教職員の働き方改革を実現するシステムのコンサルティングを行ったのはソフトバンクC&S。ソフトバンクに学校向け案件のコンサルティングを行うイメージはないが、「5年前からグループの中でも珍しい、教育ICT導入および運用、設計をコンサルティングする専門チームとして動いている。これまでに全国300ユーザーの導入実績がある」(ソフトバンクC&Sの古泉氏)と、教育に特化したコンサルティングサービスを行う部隊が存在する。

 学校向け案件の導入は、入札制度によって地域の販売会社が担当することが多いものの、「クラウドや強固なセキュリティなど、従来の教育システムに比べてシステムの内容が複雑になっている。そこで当社がコンサルティング、システムデザインを行って、実際の機器は入札制度で地場の販売会社が担当する」と古泉氏が述べたように、ソフトバンクC&Sはコンサルティングを担当した。

 従来に比べて導入するシステムが複雑化したことで誕生した、新しい協業スタイルだといえる。

 なお、今回の新システムに対しては、「クラウド化によってコストが下がったというよりも、できることが拡大した」という声が挙がっている。

教員からは「電子黒板は欠かせない」、子どもたちからは「タブレットは楽しい」との声

 新しいシステムを実際に利用した教職員、子どもたちはどう考えているのか。

 効果を示すために、5年生の授業が公開された。

 今回公開されたのは5年2組、嶺川由香教諭の算数「百分率とグラフ」、5年1組、小坂悦史教諭の体育「バスケットボール」、5年3組、古川能正教諭の理科「ふりこ」の3つの授業だ。

 算数の授業では、電子黒板の画面に表示された図形に対し、「これは何角形?そしてその理由は?わかるひと?」と嶺川教諭が問いかけると、子どもたちが一斉に手を挙げる。ここでは電子黒板が、まさに黒板としての役割を果たしている。

電子黒板を使って算数の授業を行う、嶺川由香教諭と5年2組の子どもたち。

 体育館で行われた体育の授業では、体育館に持ち込まれたタブレットに表示されたアプリを活用し、ゲーム中にボールに触れたかどうか、子どもたちが自分で記録していく。本格的なスポーツのデジタルデータ化ではセンサーが活用されているが、小学校のデジタル化は原始的なところから始まっていた。

 タブレットに自分でボールに触れたかどうかを入力する子どもたちはみんな笑顔だった。タブレットに入力する作業をゲーム感覚にとらえているのかもしれない。

5年1組はバスケットボールの授業で、ボールに触った結果をタブレットに登録。

 5年3組では理科の振り子の授業。グループに2台のタブレットを活用し、電子黒板と連動した協働学習で、実験データをExcel資料にまとめ、Office 365上で共有しグループ学習を行うといった高度なものだ。

5年3組は理科の振り子を学ぶ授業にタブレットを利用。

 授業後には、児童の代表と5年3組担任の古川能正教諭が質問に答えてくれた。古川教諭は、「電子黒板やタブレットを使うことで、これまで概念的で説明が難しかったものが説明しやすくなりました。理科の授業では大きな効果が出ています。もはや授業にはなくてはならないものになっています」と電子黒板、タブレットといったデジタル機器が、授業の大きな武器となっていると話す。

 子どもたちからも、「タブレットを使った授業は楽しい」という声が一斉にあがった。電子黒板、タブレットを使った授業に注目が集まる一方で、「導入されたものの十分に活用されていないのでは?」という見方もあるが、使い方を間違えなければ授業で有効に活用できるツールとなっているようだ。

タブレットを使っての学習についての感想を話す5年3組の子どもたち
「電子黒板を使っての授業は効果が大きい」と話す、5年3組担任の古川能正教諭

 こうした定着の大きな力となっていると感じたもう1つの要因は、専任のICT支援員の存在だ。授業でのICT活用をフォローする体制が整っているからこそ、電子黒板、タブレットが定着していくという側面もあるようだ。横尾市長は「予算を無理やり捻出した」というが、必要な予算といえるのではないか。

多久市ICT支援員の福島学氏
授業内の活動ではないが、ARを活用した小学1年生の課外活動の写真も。子どもの写真が鍵となってアクセスできる仕様となっているため、関係ない人は写真を見ることができない仕様となっている