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Webを訪れる人のデータを分析し顧客を知る、それがJALの売り上げ向上につながる

IBM Insight2014

 ラスベガスで開催された「IBM Insight2014」では、ユーザー企業のビッグデータやアナリティクス活用事例も数多く紹介された。行われた事例セッションは欧米企業だけでなく日本企業のものもいくつかあり、そのうちの1つは日本航空(JAL)だった。

データを分析してWebを最適化し2週間で120万円売り上げ増に

日本航空 Web販売部 1to1マーケティンググループ アシスタントマネジャーの渋谷直正氏

 JALのWebページ「www.jal.co.jp」には、1日に約50万人のユニークユーザーが訪れる。月間ページビューは、およそ2億におよぶ。Webページでは各種情報発信はもちろん、航空券やツアー、ホテルなどの商品を販売している。訪れる50万人のユーザーにいかに商品を購入してもらうか、ビジネスチャンスを逃さないためにさまざまなデータ活用を行っている。

 日本航空 Web販売部 1to1マーケティンググループ アシスタントマネジャーの渋谷直正氏は「売り上げを伸ばすには、新たに外からWebに人を呼んでくるか、会員や訪れてくれる人にJALを好きになってもらい、よりたくさんの商品を購入してもらうかです」と言う。外から人を呼んでくるには、Webの外でなんらかの施策を行い集客しなければならない。もちろんそれも行うが、手っ取り早いのは訪れてくれるユーザーを確実に購買に結び付けることだ。そのためにはユーザーが何をしにWebを訪れているのか、それを分析しマーケティング活動に結び付ける必要がある。

 そのためにJALではWebのアクセスから得られるデータを用い、Web上でいくつかの施策を試みている。その中の1つが、航空券の空席情報の検索パラメータ分析だ。「検索時に指定されるパラメータを分析し、何か適切化できないかと考えました。われわれにはより売りたい運賃メニューがあります。それを売るためにどうすればいいかを分析しました」と渋谷氏。

 行ったのは、マーケティングの世界では一般的なバスケット分析と同様なものだ。例えば国内線であれば、普通席に1000円を追加するだけでシートが広くなる「クラスJ」というプレミアムチケットがある。どういった検索条件の場合にクラスJを買うかを分析し、特定条件の組み合わせの際に高い確率で購入する4つのルールを導き出した。

 そこで、このルールに合致しているにもかかわらずクラスJを購入していない人に対し、Web上のバナー広告でクラスJをリコメンドするようにした。「これは迷っている顧客に買ってもらう、その人たちの背中を押すものです」と渋谷氏。結果的には、最適化したバナーを表示することで2週間で120万円の売り上げ増につながった。これは年間換算すれば、かなり大きな売り上げ数字が期待できることになる。

統計が分かる人ではなくビジネスの問題意識のある人がデータ分析をやるべし

 この分析に利用しているのが、IBMのSPSSだ。JALでは2010年10月に1to1マーケティングの組織ができ、SPSSを導入したのは2011年12月だった。当初は、このツールを使いこなすには至っていなかった。統計学を理解し、データ分析ができるメンバーがいなかったのだ。

 組織のメンバーがみなデータ分析ができるようになる。そのために、SPSSを使いこなせるような統計学も理解したデータサイエンティストを、チーム内で育てようと試みた。統計学の勉強の機会も作ったが、十分なスキルを身に付けるにはどうしても壁があった。統計学を実務で使えるレベルになるには、相当な時間と手間がかかるのだ。

 「大抵は途中でドロップアウトしてしまいます。そこで統計学の上のレベルまで歩いて登るのではなく、ヘリコプターで一気に上がってしまおうと考えました。そのヘリコプターが、データマイニング・ツールです。この方法は邪道だとは思いましたが、早道かなと考えるようになりました」(渋谷氏)。

 日本の一般事業会社では、マーケティング部門にいる人材の多くは統計学のスキルはほとんどない。そんな状況下で、高度なデータ分析を行うことがいまは求められつつある。分析を行うデータサイエンティストには、高度な統計学の知識が求められる言われている。しかしむしろ「分析はビジネスの問題意識がある人がやらないとだめです」と渋谷氏は言う。統計が得意な人がビジネスの問題意識を持つよりも、ビジネスの問題意識を持っている人がデータマイニング・ツールの力を借り分析できるようにしたほうが現実的なのだ。

 SPSSのようなツールには、さまざまな分析手法がある。ツールを前にすれば、いったいどの手法を使えば良いのか悩むことになる。しかし「だいたい5つの手法でカバーできます」と渋谷氏。5つのうちスプレッドシートなどを使ってデータを絞り込むクロス集計分析がそのうちの1つなので、統計学的に理解すればいいのは4つだけ。ほんの4つの統計手法を使いこなせれば、通常のデータ分析はほぼ事足りるとのことだ。

 渋谷氏はもともと統計学のスキルがあり、SPSSを使っていた経験もあった。SPSS Modelerは統計学をそれほど意識しなくても使えるが、やはり高機能すぎるところがあると指摘する。なので、分析手法を多変量解析やクラスター分析など5つに絞り込めば、統計学の経験がない人でもSPSSを使いこなせるようになると言うのだ。ただし、いくらツールが便利だとは言え、業務で本格的に使いこなすのはそう簡単ではない。「使えるようになるには、やはり半年はかかります」とのことだ。

 さらに、SPSSが使えるようになったとしても、実際にそれでビジネスを向上させるアクションにまで結び付けられるかはまた別だ。「失敗の繰り返しで、データ活用は10個だめでやっと1個うまくいくような世界です。日々試しています」と渋谷氏は言う。

現場が欲しいと思う状況でなければツールは使いこなせない

 試行錯誤しながらSPSSを用いて分析を行い、データ活用ができるようになった。Web上でのバナーなどの工夫だけでなく、最近は商品企画のほうにもデータ分析結果のフィードバックが一部始まっている。

 「いまはWebの中だけですが、データ分析の結果をリアルの世界にも還元したいとは考えています。とはいえ、リアルな世界は人が介在するところなので、簡単にはいきません。しかし、せっかくいい結果が出ているのだから、やらなければもったいない。コールセンターなどでは現状はマイレージの会員番号を聞いてその方がどんな会員かくらいしか分かりません。そういうときにWebにアクセスしたデータがあれば、よりよい提案やサービスができるはずです」(渋谷氏)。

 そういうところまでやるには、データ分析だけでなくマーケティングオートメーション・ツールを使う必要があるだろうと渋谷氏は考えている。現状は、コンテンツのリコメンドのエンジンとしてブレインパッドのRtoasterなども利用しているが、具体的なマーケティングオートメーション・ツールはまだ検討段階とのことだ。

 マーケティングオートメーションのツールは、現場の手が回らないのでどうにかしたいという要望がなければなかなか活用できるものではないというのが渋谷氏の見解。これは、SPSSのようなデータ分析ツールも同様で、現場が使いたいと思って導入しないとなかなか利用は活性化しない。オペレーションなどが逼迫(ひっぱく)しているので、ツールを入れ何とかしたい。そういうレベルに現場がないのにツールだけを入れても、結局はあまり使われずにライセンス費用だけがかさむことになる。

 JALのマーケティングの現場は、すでにオペレーションが逼迫しつつあるとのこと。SPSSだけでなく、新たなツールを導入し、さらに顧客との関係性の強化に取り組む段階に来ているようだ。

谷川 耕一