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日本IBMが年次イベント「Think Japan」を開催、村田新社長が新たな行動指針「3+1」を表明

 日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)は8日、東京・虎ノ門のオークラ東京で、同社の年次イベント「Think Japan」を開催した。

 同社の顧客やパートナーの管理職を対象に招待制で実施。基調講演やブレイクアウトセッション、展示などを通じて、「AI時代、企業を再定義する」をテーマに、エージェント型AI時代をリードする先進企業の取り組みや、最先端のソリューションを紹介しながら、AIを中核に据えた大胆な変革の実像と、従来にない価値やROIを生み出すための次の一手を描くヒントを示すイベントになると位置づけた。

 午後1時から開始した基調講演では、2026年8月1日付で日本IBMの代表取締役社長に就任した村田将輝氏が、「前提が変わる-転換点に立ついま」と題して講演。社長就任後、初めて大規模イベントに登壇した。

日本IBM 代表取締役社長の村田将輝氏

 村田社長は、「IBMは1911年に創業して以来、『社会とともに、お客さまとともに』という姿勢で事業を推進し、イノベーションを実世界の課題解決に適用して、ビジネスと社会を進歩させてきた。テクノロジーに対する希望を信じてきた会社である。テクノロジーを活用したシステムを提供し、より迅速で、より生産的で、より安全にすることがIBMの使命であり、存在意義である。技術の本質を見極め、お客さまとともにテクノロジーを実際の価値につなげ、それを社会の進歩につなげていくことに情熱を燃やしてきた。これからも技術と実行にとことんこだわる」と発言。

 日本IBMが、2027年に90年目の節目を迎えること、その間、日本初の銀行オンラインシステムや、世界初の鉄鋼生産管理システム、新聞システム、コンビニATMなどのイノベーションを実現してきたことを強調した。

IBM 89年の軌跡

新社長が打ち出す新たな行動指針「3+1」

 今回の基調講演で、村田社長が初めて打ち出したのが、「3+1」である。

 前任の山口明夫会長も「3+1」を掲げていたが、その内容は「デジタル変革の推進」、「先進テクノロジーによる新規ビジネス」、「IT・AI人財の育成」、「信頼性と透明性の確保」だった。これに対して、村田社長が新たに掲げた「3+1」は、「お客さまの成功」、「業界の変革をリード」、「オープン志向」、「信頼と責任」とした。

IBMのお約束(3+1)

 「社長のバトンを渡されたときに、どんな会社にしたいのかを考えた。IBMは保守的な会社である。これは悪い意味ではなく、信頼と責任をしっかり果たそうという姿勢を持っていることを裏づけるものであり、この姿勢はとても好きである。社会やお客さまにとって重要なシステムの安定性、安全性を継続するという熱意がIBM社員にはある。信頼と責任を基本とする姿勢は、AIと量子の時代においても変わらない」とした。

 そうした考え方のもと、村田社長は、自らが経営に向き合う姿勢として、「3+1」を示して見せた。

 「お客さまの成功をすべての活動の基本にする。また、お客さまの期待を満たし、それを上回るような専門性を磨き、熱意を持って仕事に取り組み、最後までやり遂げる。AIと量子の時代になり、仕事の前提が変わる中で、業界の変革をリードし、これまでの慣習・前提・常識にとらわれず、新しいことにチャレンジする。そして、1社で提供できることには限界があるからこそ、オープン志向を重視していく。変化が当たり前の環境では、何事にもとらわれない『素直な心』を持って、お客さま視点と全体的見地を持ち、いいものはいい、悪いものは悪いと見極めることが重要である」などと述べた。

 なお、基調講演後の取材で、村田社長は「新たな『3+1』は、私の社長としての方針である」とし、「これまでの『3+1』は、今後、集中する要素を盛り込んでいたが、今回の『3+1』では、社員の行動原則や意思決定の基準を込めている。IBMでは、『お客さまの成功に全力を尽くす』、『社会に価値あるイノベーションを届ける』、『信頼と責任』という価値観がある。これを、もう一度、IBM社員の行動基準として明確にする狙いがある」と説明。

 また、「IBMは垂直統合型の企業風土があるとの認識が、いまだに市場に定着している。そこにプライドを持っている社員もいる。しかし、今後は、AIと量子の時代が訪れる中で、オープンで、素直な心で、価値判断をしていく必要がある。そこで、IBMの3つの価値観に『オープン志向』を追加した。金融機関向けデジタルサービス・プラットフォーム(DSP)を構築した際には、SIビジネスが減少する懸念や、ユーザーをロックインできなくなるとの懸念の声もあった。だが、技術的な方向性、戦略の正しさをもとに、この取り組みを推進した。現在、30社に使ってもらっている」とも話した。

 一方で、「いまは多くのお客さまが内製化したいと言っている。それに対して、IBMはイエスというのか、ちょっと待ってと言うのか。私は前に進むIBMでなくてはいけないと思っている。パブリッククラウドが登場した際には、自らが持つx86サーバーによるプライベートクラウドの提案にとどまったり、DXが各部門で推進された際に、システム部門側に立ってしまったりといった反省がある。自分の胸に手を当てて見ると、これらは反省すべき点だといえる」という点を指摘。

 「IBMのこれまでの立場や、業界の慣習があっても、オープン志向で、チーム全体で変化を生み出す会社でありたいと考えている。それらを実行するためには、信頼と責任が不可欠である。IBMは、信頼と責任をベースに新しいことに取り組む会社になりたい。新たなことに挑戦しなくてはIBMらしくない」など、社長としての方針をあらためて示した。

 このほか、基調講演では、「世の中には4種類の人間がいる。動きを起こす人、動きに巻き込まれる人、動きを見守る人、そして動きが起こったことすら知らない人である」と前置きし、「日本IBMの社員は、変化を機会ととらえ、明るく、楽しく、前向きに動きを起こすことができる人材で構成されている。お客さまとともに、競争優位を創造し、その成功を分かち合えるようなパートナーになりたい」と述べた。

30年周期のパラダイムシフトとエンタープライズAIの5階層

 村田社長は、30年周期でテクノロジーに大きなパラダイムシフトが訪れていることを指摘。1965年にIBMがシステム360を発表したことで市場が形成されたメインフレームに続き、1995年にはインターネットが生まれ、2025年にはAIおよび量子が誕生したことに触れた。

 テクノロジーの変化と、社会、ビジネスの構造変化が同期していることも示したほか、メインフレームからインターネット時代への変化では、計算資源が集中型から分散型へと移行し、組織の意思決定も本社集中から分散化・民主化してきたが、AIと量子の時代には集中・分散からの再編が行われ、少数の国や企業、個人に、価値と資源が集中すること、さらに、AIによって格差が広がることに言及。

 「AIの格差は、一度開くとさらなる差を生み、その差は加速度的に拡大するという特徴がある。AI時代の競争力は、企業がこれまで蓄積してきた知識・経験を、いかにAIと協働できるように変えていけるかに尽きる。業務の仕組みやシステム、データ、セキュリティに対する知見といった企業知識を資産化して、AIが最大限に活用できるように再構築し、学習を続けていくことが、勝ち組企業の要件となる。エージェントやデータ、オートメーション、ハイブリッドが相互に連携する新たなオペレーティングモデルの実現が鍵になる」と述べた。

AI・量子時代は「再編」

 その一方で、村田社長は、「日本は失われた30年の中にあったと言われるが、次の30年に向けた再編の転換点ともいえ、成長に向けた好循環を生み出す絶好の機会を迎えている。企業経営の観点から見ると、生産性を高め、人財と研究開発、買収、提携に投資し、新たな価値創造とシナジーによって成長につなげることが好循環につながる」と指摘。

日本経済の二つの見方
成長に向けた好循環

 「日本IBMは、それに向けたノウハウや方法論を蓄積し、サービスや製品として提供する準備が整っている。例えば、IBM Consulting Advantage(ICA)は、コンサルタントやシステムエンジニアの生産性および専門性、品質を支えるAIエージェント、方法論、ツールを統合したサービスであり、デジタルワーカーとIBM社員が協働する新しいコンサルティングモデルになる」とした。

 すでに、20万人のIBM社員が「ICA」を活用していること、15万人のIBM社員がAI駆動型開発のためのAIエージェント「IBM Bob」を利用していることも示した。

 また、エンタープライズAIを構成する階層についても説明。これまでは、AIアシスタントやAIエージェントによる「業務アプリケーション層」、フロンティアAIやSLMなどの「モデル層」、GPUやデータセンター、電力などの「資源層」で語られることが多かったが、マルチモデルやマルチエージェント、ハイブリッドクラウド/マルチクラウドが前提となった世界では、それらを制御する「制御層」、データ、ナレッジ、コンテキストによってAIを差別化する「企業知識層」が重要になることを示した。

エンタープライズAIの5階層

 村田社長は、「ソブリンAIやAI主権が注目を集めているが、これらの5つの階層を、すべて所有することがAI主権を実現することではない。業務特性とシステム要件をもとに、国家や企業、個人が、どの層の主権を保有するかが本質である。自社の差別化になるミッションクリティカルシステム、重要だが差別化にはならないシステム、業務支援システムおよび汎用的システムという3つの分類において、5つの層のどれを持つのかを、ダイヤルを回すようにして設計することが大切になってくる。だが、システムの安定性と差別化価値の観点で見れば、制御層、企業知識層といった中間層で、主権を持つことが重要になる。そして、中間層の基本要件は、オープン、リアルタイム、安全である」と発言。「IBMの戦略の重点は、そこに置いている。IBMが研究開発した製品やサービス、買収を通じて強化した能力は、すべてこの考え方に帰着している」と述べた。

 さらに、IBMは、オープンなエコシステムを構築しており、「IBMの目標は、クローズドなシステム、独自の技術、信頼性の低いAI、不十分なセキュリティといった、お客さまの価値創造や社会のイノベーションを妨げるような障壁を打ち壊すことである」としたほか、「これからの5年間は、非常にワクワクするフェーズに入る。また、前提が変わり、新たな局面に入ることになる。AI時代の競争優位を確立するために、日本IBMは、戦略と実行を強化する。具体的には、オペレーティングモデル、業務プロセスやテクノロジー、組織構造を一体化して運営する仕組みを構築し、何を変え、何を変えないのかを、ともに考えていく。AIか人間かという『+AI』の世界から、AIと人間が協働する『AI+(AIファースト)』の世界を考えていくことになる」と締めくくった。

サイエンスとAIの融合が導く「AI for Science」

 一方、日本IBM 取締役副社長執行役員 最高技術責任者の森本典繁氏は、「前提が変わり、転換点に立つ」という観点で講演を行った。

日本IBM 取締役副社長執行役員 最高技術責任者の森本典繁氏

 森本最高技術責任者は、「私たちは、世界規模の大きな転換点の中にあり、その変化の中心がAIである。そして、AIを便利に使うだけでなく、新しい価値をどう生むのかが、企業の競争力を左右することになる。また、その先にある量子コンピュータは、これまで不可能とされていた大規模で複雑な計算ができ、人類が直面する課題に対して、新たなアプローチを提示してくれる。人類が顕微鏡を手にし、細菌などの微生物を見ることができた結果、医療やバイオが発展したように、量子技術による新たな発見、新しい世界の創出が期待される。こうした時代に必要になるのは、将来に対するビジョン、イメージ、仮説を組み立てる力である。物事の本質を理解する力が必要になる。その源泉のひとつになるのがサイエンスである」と切り出した。

 これを受けて登壇した理化学研究所の五神真理事長は、「いま起きている変化は、人類史的な変化である。数学の世界でも、何十年間も懸案だった難問が、AIによって解かれることが次々に起きている。研究のやり方、知の作り方を根本から変えている。AIが効率よく処理できることは、AIに任せるべきである。人間は何ができるのかを問い直すことが、これからの競争に勝ち抜くためには重要であり、さらに、AI革命のあとに人は何をするかといったことが、すべての人に問われている根源的な問題になる」と提言した。

理化学研究所 理事長の五神真氏

 また、「コンピュータの語源であるラテン語のコンプターレは、木を剪定(せんてい)するという言葉から生まれており、同時に本質を見いだし、共通できる普遍的な知恵へと昇華させる意味がある。サイエンスも共有知に昇華させることが重要であり、コンピュータとサイエンスは重なる部分が多い。また、AIがサイエンスと関わることによって、質的な進化を急速に進めている。AIは、単なる研究者の道具ではなく、自発的な発見の主体へと変わりつつある。理研に在籍する世界トップの研究者たちは、AIの変化を毎日肌で感じているところだ」と述べた。

 さらに、「これまでのAIは、人間が生み出した言語データを中心に発展してきたが、その量には限界がある。だが、今後は、自然界や実験室から生み出される非言語の超大規模なデータが主役になって発展する。これがAIを進化させることになる」とした。
理研が運用している大型放射光施設のSPring-8(兵庫県播磨)では、1日に数十ペタバイトのデータを生成しているといった事例も示しながら、「理研は、AI for Scienceに注力し、計算基盤と最先端科学を融合させるような研究を推進している」と語った。

 会場で聴講している経営者に向けては、「AIの最前線で起きていることを、できるだけリアルタイムで獲得し、経営判断を間違わないようにすることが重要である。理研は、AIの最前線を産業界と共有したり、最先端のAIを動かすために必須となる計算資源も共有できたりするような環境を整えている」と述べた。

 このほか、米政府によるAI国家戦略プロジェクトである「Genesis Mission」についても言及。「このプロジェクトの中心は、AI for Scienceである。HPC、AI、量子を融合させ、研究の生産性を倍加させるプロジェクトであり、American Science Cloud(AmSC)を構築し、最新のAI技術を使うことで、科学研究の覇権を握ろうというものだ。このミッションの中では、産業界も利用できるAI基盤モデルも開発することになっており、NVIDIAやOpenAI、IBM、Microsoftといった主要テック企業が本気になって参加している」と指摘。

 「米国は、日本をGenesis Missionにおける初の国際パートナーに指名した。日本が注目されているのは、モノづくりや材料開発に直結する非言語大規模データにある。非言語データのAIをいかに導入できるかが勝負の分かれ目となる。また、この日米連携を通じて、大規模計算資源やオープンウェイトモデルの開発に、米国と対等な立場で日本が参加し、日本のAI資源を守ることが狙える。これは歴史的なチャンスである」とも述べている。

The Genesis Mission