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汎用から業務AIへ進化するパナソニック コネクトの生成AI活用

「クラウドWatch Day|AI×データ活用セミナー」ユーザー事例講演

 パナソニック コネクトでは2023年2月より、国内約11,600名(2025年4月現在)の全社員を対象に、ChatGPTをベースとしたAIアシスタント「ConnectAI」の展開を開始している。さらに2024年4月からは、検索拡張生成(RAG:Retrieval-Augmented Generation)技術を活用した自社特化型AIの導入も進めているという。本稿では、3月27日に開催された「クラウドWatch Day|AI×データ活用セミナー」(主催:インプレス、クラウドWatch)のユーザー事例公演の内容を基に、同社がどのようにAIを導入・活用し、企業文化や経営戦略にいかに統合しているかを、実績と将来展望の両面から取り上げる。

パナソニック コネクト株式会社 IT・デジタル推進本部 AI&Dataプラットフォーム部 シニアマネージャー(兼)エバンジェリスト 向野孔己氏

日本企業の課題と生成AIへの期待

 講演の冒頭で向野氏は、日本企業が直面する人材構造の問題について指摘した。現在、日本の労働者の約半数が45歳以上を占める一方、34歳以下の割合は30%を下回っており、少子高齢化の影響が顕著となっている。またOECDデータによれば、日本の年間労働時間は国際的に見ても高くなく、すでにアメリカよりも短くなっており、長時間労働国家という認識とは乖離がある。

 こうした現状を受け、企業の人材課題を解決する起爆剤として、生成AIへの期待が高まっているという。その背景には、生成AIが汎用型で多様な業務に対応できること、事前学習済みで導入直後から活用可能であること、API経由で既存システムとの統合が容易なこと、そして不適切な出力のリスクが低いという信頼性の高さがある。

 向野氏は、「生成AIは人材という構造的課題を解決し、日本経済再生の起爆剤になり得ると感じています」と語り、企業としての期待の大きさを強調した。

企業文化改革とAI導入の土壌づくり

 パナソニック コネクトでは、2017年から樋口泰行社長のリーダーシップのもと、「風土改革」「ビジネス改革」「事業立地改革」という三層構造の企業変革に取り組んできた。そのなかでも、もっとも基盤となるのが第一層の「風土改革」である。組織文化が変わらなければ、企業が持つ戦略や能力も十分に発揮されないという考えに基づき、働き方改革、DEIの推進、コンプライアンス強化など、全社的な施策が継続的に実践されてきた。

組織文化が変わらなければ、企業が持つ戦略や能力も十分に発揮されない

 特にIT部門では、中途採用比率が42%、女性比率が27%と、日本企業の中でも高い水準で多様性が確保されている。こうした柔軟性と変化への適応力が、新たな技術である生成AIの導入と全社展開を後押しする背景となっている。

 「企業変革の根底には組織文化があり、それを変えなければ持続的な変革はできません」と向野氏は述べ、カルチャー改革の重要性をあらためて強調した。

ConnectAIの展開とその成果

 パナソニック コネクトは2023年2月、ChatGPTをベースにしたAIアシスタント「ConnectAI」の展開を全社員対象に開始した。その導入目的は、業務生産性の向上、社員のAI活用スキルの向上、そしてシャドーAI利用リスクの軽減という三点に集約される。

ChatGPTベースのAIアシスタント「ConnectAI」を全社員向けに展開

 従来は定型業務が生産性向上施策の中心だったが、ConnectAIにより非定型業務への適用が可能になった。例えば、資料作成業務では情報収集からドラフト作成までをAIに任せることで、社員は判断や仕上げといった最終工程に集中できるようになった。その結果、年間18.6万時間という大幅な業務時間の削減効果が得られている。

 また自然言語によるプロンプト入力の啓発により、「人に頼むようにAIに依頼する」という意識が浸透し、社員のAIリテラシーも向上している。さらに外部の生成AIサービスを無秩序に利用する“シャドーAI”のリスクを避けるため、安全性と業務特化性を備えた社内AIの必要性が高まっており、ConnectAIはそのニーズに応える存在となっている。

 「社員には、まるで人に頼むかのように丁寧にプロンプトを書くことが大切だと伝えています。そうするとAIからも期待通りの答えが返ってきます」と向野氏は社内教育の方向性を語った。

 ConnectAIは、即時利用可能な操作性や、業務に応じた汎用サンプルの提供、複数の大規模言語モデル(LLM)からの選択、音声入力対応など、ユーザー体験に配慮された設計がなされている。

 一方で、導入初期にはプロンプトの記述に不安を持つ社員が多く、正確な入力ができないという課題も見受けられた。これに対しては、AI自身がプロンプトを補完・添削する機能を実装することで、入力のハードルを下げている。ハルシネーション(AIがもっともらしく誤った情報を生成してしまう現象)への不安に対しては、複数のLLMでの回答を相互に参照・検証する仕組みにより、リスクの最小化を図っている。また、学習データの更新頻度に起因する「最新情報が得られない」という弱点については、検索エンジンとの連携により、よりタイムリーな回答を実現している。

 さらに社員による回答評価機能も導入されており、満足度や削減時間の定量的把握が行われている。評価平均は5点満点中4.0点と高水準を維持しており、ConnectAIが実務において有効に機能していることを裏付けている。

社員による評価機能により、満足度や削減できた時間の定量的把握に努めている

活用の深化と今後の戦略

 ConnectAIの社内利用は、「聞く」と「頼む」の2系統に大別できる。「聞く」では、会議進行の助言、法務上の注意点、ITトラブルの対処法などが対象となり、「頼む」では、製品紹介文の作成、業務資料の構成、プログラムやExcel関数の生成、さらには部品棚卸手順書の作成など、幅広い業務に対応している。

 これらのユースケースにより、マーケティング、法務、経営企画、経理など多様な部門での利用が進み、ConnectAIは業務の一部として確実に根付いている。向野氏は、「いずれ業務プロセスそのものにAIが組み込まれ、社員が意識せずともAIが動いている、そんな世界を目指しています」と語り、将来的な構想を描いてみせた。

 今後の戦略として、まずは汎用AIによる全社展開を基礎に、RAG技術を活用した自社特化型AIのさらなる拡大を進めていく。そして最終的には、業務プロセスの中に自律的に組み込まれ、判断と実行を担う「業務AI」の活用へと移行する方針が示されている。

 さらにパナソニックコネクトでは、「コーパス構想」として、構造化・非構造化のあらゆる社内データを一元的に管理し、全社員が利活用できるナレッジ基盤の整備にも着手している。これは生成AIを最大限に活用するための知識インフラとも言える取り組みであり、今後のDX推進を支える重要な柱となる。「非構造化データに加えて、膨大に存在する構造化されたデータ、顧客データや経営データ、生産管理のデータなどもまとめてデータとして、コーパスとして管理して、すべての社員への開放を実現していきます」と向野氏は力強く語り、セッションを締めくくった。