ユーザー動向調査にみるクラウド・コンピューティングの現状とは
昨今、このキーワードを聞かない日がない、というくらいに騒がれているクラウド・コンピューティングだが、その現状は果たしてどうなっているのだろうか。
業界団体や調査会社から発表された最近の調査結果から、クラウド・コンピューティングの実態を浮き彫りにしてみよう。
■大企業ほどクラウドに高い関心を示す-JUAS調査
今年4月に社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)が発表した企業IT動向調査2010は、今年で16回目となるもの。2009年11月に実施した今年の調査では、953社から有効回答を得て、さらに2010年3月に255社への追加調査。2月までに53社へのインタビュー調査を行って取りまとめたものだ。このなかでクラウド・コンピューティングに対する調査を実施しているのが注目される。
これによると、プライベートクラウドを利用していると回答した企業は5%、検討中とした企業は16%。パブリッククラウドでは、PaaSが利用済みが8%、検討中が19%と4分の1以上の企業が前向きにとらえたものの、PaaSでは利用済みが1%、検討中が12%、IaaSでは利用済みが1%、検討中が11%にとどまった。
すでに1割のユーザーがSaaS/パブリッククラウドを利用しているが、5割の企業では利用予定がないという |
IT部門におけるSaaSおよびパブリッククラウドの利用に関しては、利用しているという企業が10%、1年以内に利用予定、2~3年以内の利用予定が5%、さらに30%の企業が検討中と回答。しかし、52%の企業が利用予定なしとしている。経営企画部門に対する集計では59%の企業が利用予定ないとしている。
同協会では、「クラウド・コンピューティングへの取り組みは関心こそ総じて高いものの、実装にまで移している企業は少なく、ITベンダーやプロバイダーの過熱気味ともいえるプロモーションとは相反する結果が見られる。また、経営企画部門にはSaaSまたはパブリッククラウドはまだ知られていない。主流の形態となるにはまだ時間がかかるものと考えている」としている。
だが、事業規模が大きい企業ほどクラウド・コンピューティングへの取り組みが進んでことも明らかになっている。
売上高が1兆円以上の企業では、プライベートクラウドでは、導入済みが18%、検討中が49%と、3分の2の企業が前向きに取り組んでおり、パブリッククラウドでも23%の企業が導入済み、31%の企業が検討中と、5割以上の企業が導入、検討といった動きをみせている。
「大企業ほど、IT基盤の効率化効果に対する要求が高いため、クラウドに高い関心が集まっている」としている。
一方、企業がクラウド・コンピューティングを導入する理由として、コスト削減に期待する声が高く、仮想化、オープンソフトウェアの活用に次いで、コスト削減が目的されていることがわかった。
「クラウド・コンピューティングに関しては、IT運用管理や、保守コストの削減、IT資産調達コストの削減に期待が集まっている。また、ビジネススピードや変化に即して、弾力的なIT資源提供が可能になるという点に関心を寄せる企業も多い」としている。
SaaSおよびパブリッククラウドの魅力としては、「ハードウェア、ソフトウェアの購入、導入、保守が不要になる」を1番にあげた企業が37%、次いで、「安価にサービスを利用できる」を1番にあげた企業が37%。2位、3位の項目としてこれらをあげた企業を含めると、それぞれ76%、57%を占めている。
特に大手企業では、「需要の増減に応じたハードウェア、ソフトウェアの拡大・縮小が容易であること」、「急激な処理量の変化に迅速に対応できる」点に魅力を感じているという回答が目立った。
ハード、ソフトの購入や保守が不要なこと、安価にサービスを利用できることを魅力に感じている | 大企業では、「需要の増減に応じたハードウェア、ソフトウェアの拡大・縮小が容易であること」、「急激な処理量の変化に迅速に対応できる」点にも魅力を感じている |
一方でパブリッククラウドの懸念事項としては、「セキュリティ対策が十分かどうかわからない」という点を1番目にあげた企業が40%。2位、3位にあげた企業を含めると57%を占めた。また、「本当にコストダウンするかわからない」を1位にあげた企業が29%、2位、3位とした企業を含めると63%に達している。そのほか、「トラブル発生時の問題判別や対処が困難となる」、「サービス提供を中止される可能性がある」などの回答が高かった。
「災害発生時や、クラウド事業者が倒産した場合などの対処に不安があるようだ。なかには企業にとって継続性が最大のポイントであり、サービス提供の中止は企業にとっての死活問題といった声も聞かれ、セキュリティや信頼性が懸念事項であるとの意見が多く聞かれた。また、利用する前に自分たちの標準化の推進や、仕事の仕方を変える必要があるとの意見も聞かれた」という。
また、実際にSaaSおよびパブリッククラウドを利用してみると、セキュリティやコスト削減、信頼性の維持に加えて、自社システムとのデータ連携が行えることに対する懸念が増加していることがわかった。
懸念事項は「セキュリティ」と「コストダウンの実現性」 | 実際に使ってみると、「自社とのデータ連携が行えること」への懸念が増える |
そのほか、基幹系サーバーの設置場所として、現在、他社のデータセンターに委託しているという企業が26%であるものが、将来にはどうなるかという設問では44%に増加。特に、1000人以上の企業では55%と過半数に達している。また、情報系サーバーの設置場所でも、他社のデータセンターに委託が、現在の25%から、将来は48%にまで拡大。1000人以上の企業では30%から55%にまで増加するという結果が出ている。また一次産業、商社・流通、金融、サービスといった業種で、将来はデータセンターに委託する企業が過半数を達している。
さらに、サーバー、ストレージ、ミドルウェアに関しては、約2割の企業が、将来はクラウド環境に移行したいとしており、1000億円から1兆円未満の企業では32%の企業がサーバーをクラウドに、1兆円以上の企業では34%の企業がサーバーをクラウドに移行したいとしている。
■セキュリティやデータの堅牢性でパブリッククラウドに対する不安が大きい-JEITA
一方、ハードウェアメーカーなどが加盟する社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)では、387社の有効回答をまとめた「IT化トレンドに関する調査」を発表している。
クラウド・コンピューティングに注目している企業は全体の61% |
データベースを社外に委ねることには、約7割が不安を感じている |
2009年12月に実施された同調査では、クラウド・コンピューティングに「非常に注目している」とした企業が16%、「やや注目」と回答した企業が45%となり、全体の61%が注目していることがわかった。
これを企業内クラウドとパブリッククラウドに分けて調査すると興味深い結果がわかる。
企業内クラウドでは、すでに施行および検討中とした企業が3%、関心を持っているとした企業が46%となり、あわせて約半分を占めたのに対して、パブリッククラウドは、すでに利用が3%、検討中が6%となったものの、関心があるとした企業は32%となり、利用意向なしの42%を下回った。
同調査では、データベースを社外に委ねることに対する不安感についても調査しており、非常に不安とした企業は24%、やや不安とした企業が46%と約7割が不安を感じていることがわかった。特に金融、保険、証券では、すべての企業が不安、やや不安と回答している。
同協会では、「セキュリティや、データの堅牢性という点で、パブリッククラウドに対する不安が大きい実態が明らかになった。この点を解決できれば、パブリッククラウドの利用が促進されることにつながる」と分析している。
さらに、同調査では、クラウドコンピューティングなどによるITの所有視点から活用視点の導入についても集計しており、こうした視点の採用については、高いとした企業が10%、やや高いとした企業が24%と3分の1を占めたが、活用視点での具体的な取り組みについては「有り」と回答した企業は8%にとどまった。業種別や規模別でみると、金融、流通・サービス、公共および1000人以上の大手企業でのニーズが高い一方で、300人未満の企業や公共/運輸・通信・メディアでの関心が低いことがわかった。
富士通総研経済研究所が発表した調査では、クラウドの利用者は4.3%。一方で関心がないとの回答は22.8%を占めた。
クラウドに関心があるとした77.2%の回答者を対象に、その理由を聞いた設問では、「開発時間の短縮」が8割以上を占め、次いで、「全体コスト削減」、「最新機能利用可」、「コストが従量制」などの回答が集まった。
またクラウドに関心があるとした回答をシステム別に集計したところ、電子メール、CRM・SFA、グループウェア、公開ウェブ、BI・情報収集などで関心度が高いことがわかった。
クラウドに関する課題については、「セキュリティ」が最も回答が多く、そのほか、「サービス品質・性能」、「ベンダーの事業停止」、「コストが高くなるリスク」が多かった。
同社では、「インターネットで利用が可能になることは、ユーザーの利便性を高める大きなメリットのひとつであるが、同時にセキュリティの面でリスク要因でもある。また、サービスの品質・性能という点では、多くのベンダーはこのような問題に対して、SLAで対応しているが、企業のなかにいったんシステムが停止すると金銭では補償できない損害を被る業務もあり、そのようなミッションクリティカルな業務とそうでない業務を切り分けることが、どのシステムでクラウドを選択すればよいかという重要な選択基準になる」などとした。
クラウドベンダーの選択基準として重視する項目としては、ほぼ50%の回答者が、セキュリティ対策を非常に重視すると回答。次いで、サービス品質、サービスの価格、技術力が高い、会社としての安定・信頼性があがっている。
■パブリッククラウドユーザーの60%はセキュリティに満足-IDC
また、IT専門調査会社のIDC Japanが発表した国内クラウドサービス市場ユーザー動向調査によると、現在、パブリッククラウドサービスを利用しているユーザー企業のセキュリティに対する満足度は60.2%という興味深い結果が出た。
同調査は、2010年3~4月に、4471社のユーザー企業を対象に実施したもので、第2次調査として、クラウドサービス、SaaS、ASPを認知している1138社の企業を対象に、クラウドサービスの導入、検討状況などの調査を行っている。
これによると、「具体的なベンダー名やサービスを知っている」、「サービスについて知っている」と回答した企業は59.2%に達しており、クラウドサービスに対する認知度は約6割に達していることがわかった。
パブリッククラウドサービスの阻害要因(出典:IDC Japan) |
一方で、パブリッククラウドサービス利用の阻害要因としては、セキュリティへの不安が54.6%と最も多く、次いで、レスポンス時間や処理性能が心配の26.3%、障害対策に対する不安が25.8%、カスタマイズの柔軟性に欠けるが23.9%、ベンダーに囲い込まれる心配があるが20.9%、社内システムとの連携に不安が17.6%、サービスの継続性に不安が16.2%などとなった。
「パブリッククラウドサービスの普及には、今後いかにセキュリティに対する不安を取り除くかがキーポイントとなる」としている。
現在、パブリッククラウドサービスを利用しているユーザー企業に対象に、選択理由を複数回答で調査した結果は、「ランニングコスト」が最も多く30.7%、次いで「初期導入コスト」が25.7%で続いた。
クラウドにおけるアプリケーションの平均利用率は1.7%で、アプリケーションごとの利用率をみると、メールアプリケーションが最も高く、全回答者のうち4.3%が利用。続いて、営業支援/顧客管理アプリケーションが3.6%の利用率となっている。
利用中のパブリッククラウドサービスの満足度(出典:IDC Japan) |
パブリッククラウドサービスを利用しているユーザーに満足度を聞いたところ、「セキュリティ」に関して 「大変満足」と回答した企業は18.4%、「満足」とした企業は41.8%となり、全体の60.2%に到達。「大変満足」と回答した企業の比率は、その他の調査項目のなかでも、2番目に高い割合となっているという結果が出ている。
同社の調査でも浮き彫りにっているように、パブリッククラウドサービスの利用促進の阻害要因にはセキュリティがあげられているが、利用者を対象にした今回の結果から、利用開始後はセキュリティに高い満足度があることが浮き彫りになった。
同社では、「導入前にセキュリティへの不安が強いということは、サービスベンダー側からユーザー企業に向けて、セキュリティ対策について十分な説明が行われていないためと考えられる。対策として、ベンダーは、より多くのセキュリティ関連情報をユーザー企業に提供して、ユーザー企業の不安を取り除く必要がある」としている。
また、「運用/管理からの解放」では、大変満足で16.3%、満足が52.0%、「導入期間」では、大変満足が13.3%、満足が40.8%となったが、「SLAおよびQoSの対応」、「カスタマイズの容易性」、「料金体系」の各項目において、不満および大変不満と回答した企業が、10%を超えている。
このように各種調査から裏付けられるのは、クラウド・コンピューティングに関する認知度が高まり、注目を集めているものの、導入効果やセキュリティなどに対する不安がある現状が明らかになった。
しかし、利用したユーザーからはセキュリティに対する満足度が高いなどの結果が出ている。
まだクラウド・コンピューティングの利用率が低く、その現状が伝わりにくいという実態もある。
緒についたばかりのクラウド・コンピューティングを取り巻く状況は変化するだろう。そして、今後、ユーザーの認識も変わるはずだ。時を追うごとに調査結果の行方も変化するのは間違いない。