クラウド時代におけるマイクロソフトのパートナー戦略を探る


急拡大するBPOSとAzureのパートナー

マイクロソフトの樋口泰行社長

 マイクロソフトが、クラウド時代におけるパートナー戦略を、急ピッチで加速し始めている。

 樋口泰行社長は、9月8日に、東京・水道橋のJCBホールで開催したパートナーコンファレンス2010(JPC2010)において、「マイクロソフトは、クラウドビジネスに大きくかじを切る」と宣言する一方、「クラウド時代においては、パートナーとの関係のあり方、ビジネスの仕方が大きく変わるだろう。目先の利益をあげるために、従来のビジネスにこだわり、世の中のシフトに追いつけずに駄目になった企業は多い。勇気を持ってシフトしていくことが重要である」と、パートナーに対するクラウドシフトを提案。あわせて、それに向けた支援策を用意していることを示した。

 現在、マイクロソフトには、「Microsoft Online Services認定パートナープログラム」と呼ばれるクラウド認定パートナー制度がある。8月末までに450社の認定パートナーがあると発表していたが、9月末を待たずに、この数は500社に到達した模様である。その内訳は、BPOS(Microsoft Business Productivity Online Suite)に関する認定パートナーで約450社、Azureで約50社。

 BPOSのパートナーは、2010年6月には300社だったものが、8月末時点では400社に拡大。これがすでに450社を突破することが確実になっている。また、Azureのパートナーも、拡大スピードが加速傾向にあるという。

 注目されるのは、この認定制度のなかに、「登録メンバー」という仕組みを用意していることだ。

 これまで、同社パートナー制度の主軸となってきたのは、「Microsoft Certified Partner」だ。さらにその上位レベルとして、「Microsoft Gold Certified Partner」がある。

 Microsoft Certified Partnerの認定条件には、「マイクロソフト認定技術者(MCP)を2人雇用している」「有効な顧客事例を3件用意する」といったものがあり、まずは、マイクロソフト製品の取り扱い経験があることが前提となる。

 ところが、登録メンバーではこれらの条件がなく、マイクロソフト製品を取り扱った経験がないパートナーも登録できることになる。

 BPOSの認定パートナーが加速度的に拡大しているのもこの登録メンバー制度の存在が大きく、BPOS認定パートナーの約半分が、これまでマイクロソフト製品を取り扱ったことがない新規パートナーという点でもそれが裏付けられる。

 「失うものがないリセラーは、全速力でクラウドに取り組むことができる。まずは、こうした環境にあるリセラーが動いた。それが、これまでマイクロソフトのオンプレミス製品を取り扱ったことがないパートナーの構成比が高い理由につながっている」と、樋口社長は語る。

 こうしたパートナーが、まずはマイクロソフトのクラウドビジネスをけん引しているといってもいい。

提案保留案件をクラウドビジネスで刈り取る-既存パートナーも参入

 だが、その一方で、マイクロソフト製品を扱っていたパートナー各社もすでにクラウドビジネスで実績をあげ始めている。

 その代表的なパートナー企業が協立情報通信である。

協立情報通信 情報ソリューション推進事業部 推進企画の濱村修副部長

 同社は、全社規模でMicrosoft Online Servicesの販売体制を構築し、セミナーやショールームを活用した営業展開を積極的に実施。業務テンプレートや利活用教育ビジネスなどをセットで提供するビジネスモデルを確立し、今年8月までに111社にBPOSを導入した実績を持つ。導入の中心となるのは、主に従業員数で50人規模の中小企業。わずか1年で100社を超える導入実績数は、世界的に見てもトップレベルのものだ。

 「多くのユーザーが短期間に決定し、短期間に運用を開始している。導入および提案の敷居が大きく引き下げられたことを感じる」と、協立情報通信 情報ソリューション推進事業部 推進企画の濱村修副部長は語る。

 ユーザーがBPOSを中心としたMicrosoft Online Servicesの導入に踏み切るのは、初期コストが大幅に削減できること、予算化がしやすいこと。さらに、ほとんどの案件が1カ月以内に案件をクローズでき、短期間で導入を図ることができる点だという。

 特に注目されるのが、オンプレミスによる提案保留案件において、BPOSによる提案が効果を発揮している点だ。

 「オンプレミスの提案では価格面で保留されていたものが、BPOSによって刈り取るという案件が相次いでいる。クラウドによる提案は、提案保留案件に対する切り札にもなっている」(同社 情報ソリューション営業推進本部 推進企画の渡辺正志課長)という。

 投資対効果についての検証に時間をかけていたユーザーも、初期導入コストの低さと、クラウドならではのいつでもやめられるという特性から、クラウド導入に踏み切るという例が相次いでいるようだ。

 「ハードやソフトに関する導入コストに時間をかけなくて済み、本来の目的であるユーザーにとってどんな利便性があるのかといったことを前面に打ち出して提案できる点では、クラウドのメリット」(濱村副部長)とする。

 同社では、今後1年間で導入規模を5倍程度にまで増やしていく考えだ。

 「それだけ多くの企業がクラウドに関心を寄せている。マイクロソフトとの協業によって、それに対応できる体制をつくりあげたい」としている。

内田洋行の大久保昇取締役専務執行役員

 一方、内田洋行では、同社従業員2000人が利用するグループウェアとしてBPOSを採用。その理由として、オンプレミスとクラウドを柔軟に選択できることから、グループへの展開や既存システムとの連携が容易である点、短期間で低コストなITシステムに移行できる点などをあげている。

 内田洋行 大久保昇取締役専務執行役員は、「BPOSの社内での利用ノウハウを活用して、教育および公共分野、オフィス環境分野を中心に、順次販売展開をしていく」とする。

 自らのクラウド環境への移行を推進することで、クラウド事業の拡大を図る考えだ。


クラウドをカバーする新パートナー制度を導入、支援策も拡充へ

10月からの新パートナー制度
パートナー支援策を充実させている

 マイクロソフトでは、2010年10月から新たなパートナー制度をスタートする。

 新制度では、最上位ランクを「GOLDコンピテンシー」とし、次いで「Silverコンピテンシー」「サブスクリプション」「コミュニティ」というランクを設ける。下位ランクでは、これまでの登録メンバーと同じような「緩い条件」で、参加することができるのが特徴だ。

 この新体制下では、「クラウド・アクセラレーター・パートナー」という仕組みを用意し、パートナー支援強化において、クラウドビジネスを最重点項目に掲げている点も見逃せない。

 では、マイクロソフトではどんな支援策を用意しているのだろうか。

 マイクロソフトでは、それぞれのランク(コンピテンシー)に応じて支援策を用意しているが、共通的な考え方は、まずパートナーにクラウドそのものを利用してもらうことがパートナー支援の第1歩であるという点。

 マイクロソフトは、パートナー向けの社内使用ライセンスとして、Microsoft Online Services/CRM Onlineで250ライセンス、Windows Intuneで25ライセンス(クラウド・アクセラレーター・パートナーの場合)、さらにAzureを利用できるライセンスを提供するプログラムを用意。これを2010年末にも開始する予定だ。

 また、技術者のためのスキルアップトレーニングとして、製品知識の習得や基礎的な構築技術を学ぶ「mstep」や、本格的な構築技術を学び、MCP取得を支援する「Microsoft Learning」。さらに、Microsoft Servicesとして提供するテーマに応じた実践的ノウハウを学習する「MCS Workshop」、総合的なノウハウの体系的な習得を支援する「Consulting Express」を用意し、技術者のそれぞれのスキルにあわせた段階的な支援体制を確立している。

 また、Azure関連では、5000人の技術者を対象に年100回の実施を予定している「Windows Azureハンズオンセミナー」、パートナー企業の経営者を対象に実施する「Windows Azure University」のほか、Windows Azure互換性検証ツールの提供などを計画。さらに、マイクロソフトのコンサルティングサービスのノウハウを体系的に習得するための「Windows Azure移行アセスメント」を提供。これを12月末までの期間限定で350万円(通常は400万円)で提供する。

 そして、販売・マーケティング支援としては、572にのぼるマテリアルを無償で公開。これをパートナー各社が販売ツール、マーケティングツールとして活用できるようにするという。

 支援策は、これだけにとどまらない。

 10月からは全国主要都市において、ソリューション提案力強化ワークショップを展開。このなかでクラウドビジネスに関する情報提供も行っていく。

 さらに案件創出セミナー支援も展開。マイクロソフトの140万件が登録された顧客データベースやマイクロソフトの各種ウェブページ、第三者メディアの告知活動を通じて同社主催のセミナーへ誘導を行い、そこで新たに創出した案件をパートナーとともに協業する形で商談をまとめていくという仕掛けを強化する。

 昨年度実績では約300件の新規商談を創出。金額ベースに換算すると約40億円の商談が発生したという。

 これを本年度は約1000件にまで拡大させ、年間100億円以上の商談を新たな創出し、パートナービジネスにおいて具体的商談での協業を展開することになる。ここでもクラウドビジネスによる提案が加速することになる。

 マイクロソフトでは、新たなパートナー制度のもとで、年度内には1000社、3年後には現在のマイクロソフトの全パートナーが対象となる7000社へとクラウド認定パートナーを拡大する考えを示しているが、社内的には、新規のパートナー獲得を含めて、最大1万2000社にまで拡大したいとの数値目標もあり、クラウドを軸としたパートナー戦略は、ますます加速することになりそうだ。

初期投資の少なさがAzureのメリット、報酬制度も整備

オンプレミスの資産をクラウドでも活用できるのがマイクロソフトの強み

 マイクロソフトによるパートナーへのクラウドビジネス提案の肝は、他社のクラウド・コンピューティングを採用するのに比べて、Azureプラットフォームは、パートナーの初期投資が大幅に少なくて済むという点だ。

 「Windowsに関する既存の知識がそのまま利用できることから、開発者の知識、スキルがそのままクラウドで移行できる。さらに、クラウド上へアプリケーションをそのまま移行できること、実装方法の選択の柔軟さやカバー範囲の広さ、豊富なビジネスITのサポート実績を活用することで、初期投資や運用、保守にかかわる費用を大幅に削減できる」とする。

 クラウドビジネスへの参入のための投資が少なくて済むのが、パートナーにとってのメリットだとする。

 マイクロソフトは、クラウドビジネスにおいて報酬制度を採用している。

 パートナーは、マイクロソフトのクラウドサービスを販売すると、成約報酬が初年度に12%、それと毎年支払われる定期報酬の6%が収入となる。つまり初年度は18%の報酬が支払われ、翌年からは6%のみという構造になる。

マイクロソフトのクラウド収益モデル

 富士ソフトの河野文豊常務執行役員は、「マイクロソフトビジネスの収益構造は、オンプレミスと、BPOS、Azure+オンプレミス連携の提案ごとに、それぞれに異なっている。これらの収益構造の違いを理解することが大切だ。そして、このビジネスを成功させるには、従来の収益モデルのように、初期導入時に収益を得るのではなく、長期的な収益構造へと発想を転換する必要がある」とする。

 オンプレミスのビジネスでは、システムインテグレーションが利益の中心となり、さらに初期コストの10~20%を運用保守ビジネスとして得ることができる。初期に収入が得られ、しかも、保守費用も一定の収益を生むことになる。

 これに対して、BPOSの収益モデルは成約報酬と定期報酬。システム連携や、カスタマイズが必要なユーザーに対するシステムインテグレーションの提案が、どれぐらいの収益を得られるかが手探り状態ともいえる。

 一方、Azureに関しては、システムインテグレーションが収益の柱となるが、「今後、報酬やリベートの拡大を期待したい」との声も聞かれる。

 7月から始まったマイクロソフトの新年度においては、日本法人では、初めてAzureに営業予算がついた。いよいよ本腰を入れてAzureを展開することになる。ここにおいて、どんな戦略的なインセンティブを用意されるのかが今後、注目されるところだ。

 実際に、マイクロソフトでは、Goldコンピテンシーパートナーに対しては、ソリューションインセンティブプログラムを2011年1月から提供を開始し、これまで以上にリベートを提供できる仕組みを用意するという動きもある。

 また、11月にも出荷を予定しているDynamics CRM Onlineに関しては、2011年6月までの販売実績において、22%の販売手数料を上乗せし、40%の初年度販売手数料を提示している。

 こうした手厚いインセンティブ制度も、マイクロソフトのクラウドビジネスを後押しすることにつながるといえよう。

クラウドビジネスでも「コンサルティングとカスタマイズ」が収益の柱

マイクロソフトによると、手数料収入はわずか12%にすぎないという

 だが、その一方で、マイクロソフトはこんなデータも提示する。

 「手数料収入だけでは少ないという言い方をするパートナーもある。だが、44社のパートナーにおけるクラウドビジネスの実績を分析してみると、クラウドビジネスにおける手数料の収益はわずか12%にすぎない。残りの88%はそれ以外のところから得ている。コンサルティングやカスタマイズにかかわる収益が40%、移行や統合にかかわる収益で27%、管理・保守で21%となっている」とする。

 クラウドビジネスにおける収益は、SIビジネス同様にコンサルティング、カスタマイズなどが柱となることを示しているのだ。

 「メール環境のリプレースとして、Microsoft Online servicesを利用し、そこに保守を組み合わせるなど、マイクロソフトのSaaSをベースにして、ビジネスを付加するという仕組みが出来上がりつつある」というわけだ。

 いずれにしろ、マイクロソフトは、クラウド時代のパートナー戦略を明確に打ち出し始めた。

 クラウドに本腰を入れるとしたマイクロソフトのクラウドビジネスは、パートナー戦略の充実ぶりに裏打ちされているといえそうだ。

関連情報
(大河原 克行)
2010/10/5 06:00