199ドルの衝撃 Amazonのタブレット「Kindle Fire」の狙い


 長らくうわさされてきたAmazonのタブレットがいよいよ姿を現した。Amazonが9月29日に発表した「Kindle Fire」は199ドルで、11月から米国で出荷開始される。iPadが切り開いたタブレット市場は、Android端末など多くの製品が登場しているが、iPadの優位を揺るがすまでにはなっていない。メディアはKindle Fireを“iPadのライバル本命”として取り上げているが、それだけではない。Kindle FireはAmazonの戦略からみても非常に興味深い。

想定外の低価格

 Kindle Fireは強化ガラス「Gorilla Glass」で保護した7インチのカラー画面を搭載。ARM/Texas Instrumentsの1GHzデュアルコアプロセッサと8GBのストレージを内蔵する。だが、Fireを知るには、持っているものを見るより、最近のタブレットにあってFireにないものをチェックした方がよいだろう。

 Fireには、カメラもGPSもなく、スピーカーはあるがマイクはない。通信機能はWiFiをサポートするが3Gはない。その特徴はスペックにはなく、まず価格にある。199ドルという価格は予想を大きく下回る衝撃的な安さだった。そしてもう一つは、独自ブラウザ「Silk」の搭載。これも事前予想にはなかったものだ。

 価格については8月末、Forrester Researchのアナリスト、Sarah Rotman Epps氏が“AmazonのタブレットがiPad(Apple)に次ぐ強力な2番手になる”条件として、「価格が300ドル以下」であることを挙げていた。だがふたを開けてみると、その3分の2という驚くべきものだった。

 タブレットを売るのに、価格が非常に重要な要因であることは実証済みだ。Hewlett-Packard(HP)のタブレット「HP TouchPad」は、「webOS」開発打ち切りで99ドルの処分価格になった途端、猛烈な勢いで売れ始めた。iPadの価格は現在499ドル。Kindle Fireの価格199ドルは十分に破壊的だ。

 もう1つの大きな特徴であるSilkは、Amazonのクラウドサービス「Amazon Elastic Compute Cloud(Amazon EC2)」と連動して、端末側とオペレーションを分割。処理能力に制限のあるモバイル端末上で高速にページを読み込むことができるという。今のところFireで動く唯一のWebブラウザのようだ。

 AmazonはなぜSilkを開発したのだろう? Silkは、同社の本業の小売で利用するフィルタリングやアルゴリズムを応用することで、次に利用するWebページを予測する機能を持つことが分かっている。Amazonが望むなら、ユーザーのオンラインでの行動を把握し、これらのデータを利用してユーザーの好みを調べ、よりよい製品やサービス購入を促すことができる。だが、その特徴のため、同時にプライバシー懸念も浮上しており、今後の展開が注目される。

モデルはカミソリのGillette

 メディアの多くは、FireがiPadのライバルとしてフォーカスした。AmazonとAppleはともにハードウェアとコンテンツを垂直統合できる企業だが、そのアプローチは全く逆だ。Appleはハードウェアを売るためにコンテンツ供給の仕組みを整えたが、Amazonはコンテンツを売るためにハードウェアを開発した。これが両社の端末の価格設定にも現れたと言える。

 複数の記事でFireを詳細に分析したFinancial Timesは、「ゲームを変えるために、199ドルという価格とした」と分析。Amazonの戦略を、カミソリのGilletteを創業したKing Gillette氏になぞらえる。Gillette氏は、ホルダーと替え刃がセットになったカミソリを激安で販売し、ユーザーが替え刃を買い続けるよう取り込むビジネスモデルを確立した。

 「Amazonの最大の関心は、自分たちのエコシステムをサポートして、より多くのコンテンツを販売すること」(Gartnerのアナリスト、Carolina Milanesi氏)だという。つまり、Fireは、Amazonをパイプラインとするコンテンツ消費のためのプラットフォームであり、それ自体で利益を出す必要はないのだ。実際、各社のハードウェアを速攻分解するIHS iSuppliの分析では、Fireの原価は209.63ドル。販売価格は原価割れしている。

Apple iPadは安泰?

 8月末にAmazonのタブレット投入を予測していたForresterのEpps氏は、PaidContentへの寄稿で改めて“対iPad”の観点でFireのインパクトを予想している。

 Epps氏は、価格と並ぶ条件だった「供給」という点でも、1)台数(数百万台単位を製造している)、2)販売チャネル(直販だけでなく、Best Buyなどでも販売される)、3)提携(Google/Androidブランドを前面に出していない)の3つを評価した。それでも、米国のみの販売でグローバル戦略がないこと、(iPadがビジネスとコンシューマーの両方にアピールする機能を持つのに対し)ビジネス向けではないことなどを短所に挙げ、「(Fireは)数百万台単位で売れるだろうが、iPadを脅かすものではない」と予想。「強力なナンバー2」という当初の見解を維持した。

 Amazonの優位性は、なにより膨大なコンテンツだ。FireはAmazonのサーバー上にある音楽や動画などのコンテンツに容易にアクセスできるよう最適化されており、同社が強みとするクラウドとの連携はメディア企業をひきつけることができる。

 一方、攻めのように見えながら、守りの戦略とも解釈できる。Amazonの中の書籍や音楽CD販売事業の比率は今でも3~4割を占め、デジタルへの移行という構造的変化が進む中で、「自社事業をヘッジする必要がある」との見方をFinancial Timesも紹介している

大いなる野望

 GigaOmは、そのコンテンツについて、メディア・出版社という視点からAmazonの戦略を分析した。それによると、メディア企業にとっての脅威はAppleではなく、Amazonだという。現時点では、Conde Nastなどの企業はどちらと提携しても、物流、課金などを任せる代わりに30%を徴収されるのだが、今後を考えるとAmazonの方がより大きな影響を与えるというのだ。

 Appleはコンテンツそのものにあまり興味はないが、Amazonは、出版ではすでに電子出版チャンネル「Kindle Singles」を展開している。「出版社やメディア企業が、AmazonやKindle Fireのような新しいプラットフォームと協業することが重要なのに疑いはない」、だが「Amazonが戦略を変えたらどうなるのだろう?」と問いかける。

 Amazonの狙いを多角的に分析したBusinessWeekも、Amazonの野望を示唆する。「Fireは、Amazonが細部にわたって構築してきたコンテンツ、コマース、クラウドコンピューティングのそれぞれのユーザーを1カ所に集めるものだ」と述べ、Fireを手にした人は、Amazonの提供する製品とサービスを使うことになると予言する。実際、Jeff Bezos CEOは、Fireを紹介する際、「タブレットとしてみていない。サービスとしてみている」と述べている。

 そしてさらに、AmazonがHPのwebOSに食指を動かしているとのうわさが出ている。AmazonがOSを手に入れれば、コンテンツを消費するプラットフォームを自在に作れるようになるのだ。

 Financial Timesは、Fireの登場によって「米国の消費者は、2つの精巧な、かつ相いれないデジタルエコシステムから選択できるようになった」と指摘している。CNetはFireが「iPadのライバルとなるか」の読者投票を行ったが、結果は「他のAndroidタブレットに脅威」が38%で最多。「ライバルになる。低価格は強い要因だ」(25%)だった。

 消費者がどちらを選択するのか、メディア企業やアプリ開発はどうなるのか――。Fireが投げかけたものは大きい。

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(岡田陽子=Infostand)
2011/10/3 09:30