特別企画

コグニティブコンピューティングのその先へ――、「IBM Watson」が目指すゴールはどこに

「IBM InterConnect 2015」からWatsonの未来を考える

WatsonグループCTOに聞く「Watsonの学習パターンと課題」

 このようにヘルスケア業界での実績を着実に積み重ねているWatsonだが、コグニティブコンピューティングシステムが目指すゴールは、当然ながらヘルスケアにとどまらないはずだ。

 今後、Watsonにはどのような成長を期待できるのだろうか。InterConnect 2015の取材において、米IBMフェローでWatsonグループのCTO兼バイスプレジデントのロブ・ハイ(Rob High)氏に話を聞く機会を得たので、その内容からWatsonのゴールを探ってみたい。

米IBMフェロー WatsonグループCTO兼バイスプレジデントのロブ・ハイ氏

 ハイ氏は「コンピュータに人間のやることをそのままやらせるのは本当に難しい」と前置きした上で、現在、コグニティブコンピューティングシステムとしてのWatsonがベースにしている、4つのパターンを挙げている。

エンゲージメント(engagement)のパターン

 シンプルなQ&Aやダイアログの定型のパターンを覚え、お約束の質問にお約束の解答で答えていく。エデュケーショナルシステムなどに応用できる。基本的に聞かれた質問にはすべて答えなくてはいけない。

探査(exporalation)のパターン

 Watsonは情報を膨大に積み重ねた小さなデータセンターのような存在。この多すぎるデータの中から求める情報を迅速かつ最適な形で取り出し、フィンガーチップな状態(スマートフォンなどでも扱いやすい状態)で提供できるよう、Watsonの内部をリフォームし続ける。

発見(discovery)のパターン

 問いかけられた質問に答えるだけでなく、その質問からインスピレーションを得て、自ら質問を探していく。自分が見てきたもの、体験してきたものから、線をつなげていくように相関関係を導き出す。ライフサイエンスや創薬、犯罪捜査などへの応用が期待できる。

決断(decision)のパターン

 これまでしたことがないような決断をサポートする仕組み。経験とパーソナライズが重要になる。さまざまなシチュエーションに応じて決断を変えるため、責任範囲やパフォーマンスの許容度も指標に。動きの激しい金融取引でのリアルタイム処理などでの応用が期待できる。

 Watsonはこの4つのパターンに沿って日々進化と成長を遂げていると、ハイ氏は言う。IBMはInterConnect 2015の開催前である2月10日に、ソフトバンクテレコムと共同で日本語対応のWatsonを開発すると発表し、大きな話題を呼んだが、これもWatsonの成長にはまたとないチャンスだったと言える。

 「Watsonはまだ始まったばかりのプロジェクト。われわれが手を付けなければならない部分はたくさんある。そんな中で発表されたソフトバンクとの提携は非常に喜ばしいニュース。Watsonにどんな日本語を教えていくのか、どんな日本文学を読ませるのか、いまからわくわくするよ。英語やスペイン語とはまったく文法も語彙(ごい)も異なる日本語という言語を習得する過程で、Watsonはきっと新しいユースケースを生み出し、ユニークなマーケットを開拓することができるだろう。ロボットなんかはまさに最適な市場かもしれない」と、ハイ氏は期待を込めて語っている。

 ハイ氏は最後に「現状におけるWatsonの最大の課題はなにか」という質問に、「メタファを理解すること」と答えている。コンテキストにおけるメタファを理解することは人間にとっても簡単ではない場合も多い。だがハイ氏はWatsonにおいてできる限り正確にメタファを理解していくことがWatsonの成長には欠かせないと見ている。

 「例えば私が妻から“今日、帰りに食事の材料を買ってきて”と言われたとする。このとき、妻の意に沿わないものを買って帰ったら大変なことになる。幸い、私は妻の好みはほぼ把握しているので、そうそう大きな間違いを犯すことはないが、Watsonはまったくこうしたことが苦手だ。この部分を少しでも改善していきたい」(ハイ氏)。

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 IBMは今回のInterConnectで、WatsonをIBMのコグニティブ、アナリティクス、クラウドの3つを統合したソリューションとして訴求した感が強い。Bluemix上でのサービス強化などはその顕著なあらわれだろう。

 だがやはり、現時点ではWatsonはいまだ発展途上のコグニティブコンピューティングシステムというほうが適切だ。学習と体験を重ね、IBMを象徴するアナリティクスソリューションの代名詞としてWatsonが使われるようになったとき、ハイ氏が表現したような人間のメタファを完璧に理解し、実行するコンピュータが誕生しているかもしれない。ヘルスケア関係者の望む、“ガンのない世界”すらも実現する知能とパワーを備えている可能性もある。

 そしてそれは、もはやコグニティブコンピューティングという存在を超えた別のシステムだろう。現時点ではただ、そうした世界の到来はもはや夢物語ではないぐらいしか言えないことではあるが。

五味 明子