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IBM Watsonによる専門家技術の民主化で、誰でもすぐに科学者になれる?

IBMの年次イベント「Insight 2014」レポート

 「IBM Insight2014」2日目のゼネラルセッションは、コグニティブ・コンピューティングを実現する「Watson」にフォーカスが当たった。Watsonの特長は、自然言語で問い合わせできること。そして、質問の前後の脈絡を判断し答えを示してくれる。Watsonは、知識を機械学習の手法を使って蓄積する。「Watsonの知識はボリュームやフォーマットに縛られることはありません。人間に処理できない大量のデータを学習し蓄積してくれます」と言うのは、IBM Watson Groupのシニア・バイスプレジデント Mike Rhodin氏だ。

 クイズ番組で優勝したイメージが強いWatsonだが、いまはさまざまな業界用語を学びその業界のプロフェッショナルから知識を学んでいる。その結果として医療、金融、料理という3つの分野の知識を学んだWatson Applicationが発表されている。

医師をサポートするWatson

 「Watson Oncology」は医療分野の知識を学習したWatsonで、がんなどの腫瘍(しゅよう)の治療を行う医師をサポートするものだ。Watson Oncologyには、がん治療では世界のトップレベルにある医療機関とIBMが協力し専門知識を蓄積している。

 患者の症状に関する情報を入れ治療方法についてWatson Oncologyに質問すると、その患者に最適な治療方法の計画が示される。単に条件に合うものが検索され出てくるわけではない。示される治療方法はスコアリングされており、薦める根拠の情報も示される。これは、蓄積されているすべての情報をWatsonが読み、内容を理解した上で適切なものを示しているのだ。

 結果に関する情報は、すべて1つにまとめられ医師に提示される。例えば利用する薬の情報には、それを利用するための方法もあれば使った場合のリスクも示される。そして、それらがどういった情報を元に導き出されたかのエビデンスも提供される。

 このWatson Oncologyを使うことで、個人にパーソナル化された治療が可能になる。「ヘルスケアはWatsonに向いている領域です。どんどん新しい知識が出てきます。医師はそれらすべてを利用したい。そういう中で医師が使うものとしては最良でしょう」とRhodin氏。すでにこのWatson Oncologyを活用した仕組みは、ニューヨークにあるメモリアルスローンケタリングがんセンターにおいて活用が始まっている。

Watson Oncology

料理に新しい可能性を提供するWatson

Cooking、つまり料理を作る世界の知識を蓄積したのが「Chef Watson」だ。調理学校で学ぶ生徒の教育現場で利用が始まっている。このWatsonは人間のクリエイティブの部分をサポートするものだ。材料からさまざまな料理の可能性を示す。料理は栄養だけを考えるものではなく、時にはそれは文化でありまた毎日の欠かせない作業でもある。日々、クリエイティブで新しい面白いレシピを考えるのは難しい。

 それをChef Watsonはサポートする。膨大なレシピを学んでおり、条件に合った過去に作られた料理レシピを示すだけでなく、そこからさらに可能性のある料理を示す。単に材料と調理方法の組み合わせだけではない。Chef Watsonは、食品の科学的な側面や味覚についても学んでいるとのこと。

 ゼネラルセッションでは、材料としてネギを使ったレシピをChef Watsonを使って考えるデモが行われた。ネギは使うが、食事をする人はリンゴとベーコンはだめだという材料の条件を入れる。さらにランチを指定する。このように料理を作る際に、特定のイベントに合わせたレシピを考えることも可能だ。

 示されるのは材料とレシピだけでなく詳細な作り方も示す。一般的な材料の組み合わせだけでなく「ユニークな材料で作る」ものも示す。さらに、食品の化学的な組成を加味し、組み合わせると面白いものも提示する。Chef Watsonはβステータスのサービスだが、申し込めばいますぐに利用可能だ。

自然言語の良さとアナリティクス手法の融合

IBM Watson Groupのシニア・バイスプレジデント Mike Rhodin氏

 さまざまな業種業態の専門知識を蓄積し、自然言語で質問して答えを瞬時に得るアプローチ以外にも、Watsonの技術を活用する動きがある。それは、Watsonを使いながら試行錯誤して答えを導き出すものだ。それを実現するのが「IBM Watson Discovery Adviser」だ。これは、コンテキストや文脈を理解し、人とWatsonがコミュニケーションをとるためのものだ。「人間とコンピュータの間の新しい関係を作ります」とRhodin氏は言う。Watsonに対して適切な質問を投げかけるのが難しいといった場合にサポートするツールだ。

 このDiscovery Adviserと同様、Watsonの技術を利用しながら新しいアナリティクス技術と食い合わせて深い探索を行う新製品も発表された。それが「IBM i2 Enterprise Insights Analysis」だ。これは、数百TB規模のデータや1兆個もの対象物から、一見関係のなさそうな関係性を瞬時に見つけ出すもの。犯罪のパターン検知などに利用する。ゼネラルセッションのステージでは、少ない事実から犯罪パターンを見つけ出すデモが行われた。犯罪解決では速さが求められる。そのために、Watsonの認知テクノロジーとアナリティクス技術の両方を利用するのだ。

 米国の人気テレビ番組「ブレーキングバッド」を題材に、ドラマに出てくる「blue meth」という新しい麻薬の関係者を洗い出すシナリオでデモは進められた。blue methにかかわる人間模様を分析する。警察がつかんだ情報ではblue methの製造にかかわっているであろう人物「Heisenberg」が浮上している。しかし、明らかなのは名前だけで、本名か偽名かも分からない。警察にはこの名前の人物情報はない。ここで通常なら刑事による聴き込みをすることに。しかしそれでは時間がかかってしまう。

 そこでi2 Enterprise Insights Analysisが登場する。この名前の人物について何を知っているかを尋ねると、i2 Enterprise Insights Analysisは公になっている情報を分析し1秒以内にまずは回答を導き出す。結果は簡単に可視化でき、導き出した結果を条件などで絞り込んだり見る視点を変えたりすることで、それまで分からなかった関係性を探る。結果的には、blue methを作っている人物と関連性が高そうな人物が浮かび上がり、怪しい人物を素早く特定できる。

 この仕組みは、自然言語による質問と従来の分析手法を組み合わせて探索を行う。簡単な質問を入れ結果をすぐに可視化し、そこから答えとなるものを探索する。このようにIBMでは、Watsonのコグニティブ・コンピューティングの技術と従来あったアナリティクスの技術を積極的に融合させることにも取り組んでいる。ユーザーとしては裏側がWatsonのエンジンでも分析用のデータウェアハウスでもかまわない。求める答えが確度高く素早く手に入ることが重要であり、その答えがなぜ導き出されたかが分かればいいのだ。

i2 Enterprise Insights Analysis

拡大するWatsonエコシステム

 IBM自身が取り組んでいるWatson技術の活用以外にも、パートナーやユーザーによるさまざまな取り組みがすでに始まっている。これは、Watsonは何ができるものかではなく、Watsonで何をするかの時代になったと言えそうだ。

 旅行業界の例として紹介されたのが、WayBlazerだ。WayBlazerのエグゼクティブ・チェアマン Terry Jones氏は、旅行の業界では一方的に情報を提供するのではなく、利用者がフィードバックする情報が増え大きく変化していると言う。結果、ソーシャルメディアなどに旅行に関するデータが爆発的に増えている。その多くは非構造化データであり、旅行会社にとってもユーザーにとってもアクセスしにくいものだ。例えば、Jones氏が航空機の特定の席、ホテルの高層階の部屋が好きだといった情報はそういった情報の中にあっても、旅行会社の提案にはそれが生かされることはこれまではなかった。

 「オンラインでのブッキングは20世紀のものです。なぜなら、1つの旅行計画を完結させるまでに20個以上のサイトを見なければならないのです。なぜかと言えば専門家の助言がそこにはないからです」とJones氏。この専門家の助言部分を担うのがWatsonだ。

 単純に旅行に関することを検索すると、膨大な量の情報が出てくる。そこから自分が求めているものを探し出すのは大変だ。Watsonならば1クリックでやりたいことに対する適切なアドバイスが出てくる。例えば、航空会社でフライトが遅れた場合に遅延した情報を届けるだけでなく、その人が目的地に目的時間までに到着するためにはどういう方法があるのかの情報を提示してくれれば便利だ。Watsonならそれも可能になる。

 旅行に関するさまざまなデータを自然言語でWatsonに入れる。構造化か非構造化にかかわらず入れると82%くらいは好みにあった結果が出てくるようになるとのこと。Watsonはソーシャルメディアやブログ、ガイドブックなどの情報をすべて見て提案をしてくれる。これを実現しているのがWayBlazerであり「Watsonを使って業界に革命を起こせる」とJones氏は言う。

 こういったパートナー企業がWatsonのエコシステムを作るにはAPIが必要になる。さらに開発のためのコンテンツ、スキルがあれば新たなWatsonのアプリケーションができあがる。APIやコンテンツはすでにBluemixを通じ提供されている。スキルについては、米国の大学でWatsonの教育が始まっているとのこと。今後はさらに世界の100以上の大学でWatsonの教育が始まる予定だ。

 「Watsonを使えば、1人1人が科学者になれます。そして1つ1つの人の行動が、情報に基づいたものになるでしょう」とRhodin氏。Watsonが目指す専門家の知識の民主化はすでに始まっているようだ。

谷川 耕一