インタビュー

IBMクラウド事業本部長の三澤智光氏に聞く、「日本IBMに移籍した理由」

 日本オラクルで執行役副社長としてクラウド事業を統括してきた三澤智光氏が、2016年7月1日付で、日本IBMの取締役専務執行役員 IBMクラウド事業本部長に就任した。

 3月に日本オラクルを退任してからの電撃移籍に業界内でも驚きの声が上がるなか、「日本IBMのクラウド事業の成長余地は大きい」と成長戦略に自信をみせる。

 なぜ、三澤氏は日本IBMに移籍したのか。そして、どんな手腕を発揮するのか。三澤取締役専務執行役員を直撃した。

日本IBM 取締役専務執行役員 IBMクラウド事業本部長の三澤智光氏

三澤氏が日本IBMに移籍した理由

――なぜ、日本IBMに移籍したのでしょうか。

 誤解を招く言い方かもしれませんが、自分にとって、チャレンジングな場所に行こうと思ったんです。これは、前職がチャレンジングでない会社だとかということを言っているのではありませんよ(笑)。

 IBMは、マトリックス型の経営手法を持ち、グローバルに広がっている会社ですし、そこにはさまざまな可能性がある。自分には経験がないこと、これまでとは違うキャリアを経験してみたいと考えていました。日本IBMにも日本オラクルにも共通しているのは、社会インフラを支える重要な企業を顧客としている点です。ただ、日本オラクルの場合には、プロダクトの提供をメインのビジネスとしていますが、日本IBMの場合は自社製品のみならず、システムインテグーション(SI)も含めた総合サービスを提供している点が大きく異なります。

 またここ数年のIBMの動きを見ていますと、大きな変化を起こしているように感じていました。特に、オープンスタンダードテクノロジー、オープンソースを全面的に取り入れていく様は、従来のIBMのイメージにはまったくないものです。そしてその変化をクラウドとして展開していく戦略に大きな魅力を感じました。

三澤氏が挙げた、「オープンテクノロジー、オープンソースの採用と貢献」

――ところで、外から見たIBMと、中に入ってみるIBMの違いは感じますか?

 それはイメージ通りですね(笑)。私自身、IT業界は長いですし、元IBMの社員の方も、現在の日本IBMの社員の方もたくさん知っていましたしね。ただ、IBMのいいところは、いまでもプロセッサを開発していますし、自社でIPをたくさん保有し、それによって差別化できる環境もある。こうした会社は、IT業界のなかには少ないといえます。私がIBMを評価している点はそこにありますし、それはオラクルも同じでした。

――日本IBMのクラウドビジネスは追う立場にあります。

 AWSはすでに10年近くクラウドビジネスをやっていますし、セールスフォース・ドットコムも10年の経験があります。それに対して、日本IBMは2年程度。それでいて、ここまでの環境を持っている。IBMクラウドのポートフォリオは幅広く、顧客へのクラウド導入を全方位でサポートすることができる唯一のベンダーであるといえますし、真のハイブリッドクラウドを提供している唯一の企業だといえます。

 この4、5年の期間を経て、IBM自らが、テクノロジースタックを変えていることは外から見ていてもわかっていましたが、その結果、数年前のIBMとは企業の姿が大きく変化しています。

まず、IBMのクラウドの良さを伝えたい

――日本IBMのクラウド事業において、まずはどんなところから手を打ちますか?

 私の率直な感想なのですが、IBMのクラウドの良さが、あまり伝わっていないと感じます。それを伝えることに、これからの半年間を使っていきたいと思っています。IBMはなんの会社なのか、そしてIBMのクラウドとはなにか、ということをあらためて発信していく必要がある。これを、顧客にも、パートナーにもしっかりと伝えたい。

 7月7日に開催した記者会見でもお話ししましたが、米IBMの会長であるジニー・ロメッティが言っているのは、「IBMはコグニティブソリューションとクラウドプラットフォームの会社」ということ。コグニティブという新たな概念を取り入れた、新たなアプリケーションをクラウドプラットフォームで支え、提供していくのがIBMの役割というわけです。

7月7日の記者会見での三澤氏

 一方で、日本IBMがそろえているクラウドポートフォリオの見せ方や、価値の示し方が、「IBM総合サービスのための部品」にとどまっているという印象があります。IBMは総合サービスプロバイダーでありますが、もう一方では、世界トップクラスのテクノロジープロバイダーでもあります。

 もちろんユーザー企業にとっては、最終的に提供されるサービスが重要なのですが、そのサービスを構成するテクノロジーの素晴らしさをもっと多くの顧客、サービスを提供するパートナーに伝え、お役に立ちたいと考えています。

 グローバルで発表しているように、2017年1月から、新たなパートナープログラムがスタートします。それにあわせて、日本でもパートナープログラムを整えていくことになります。自由度は高いようですので、日本のパートナーに向けて最適なパートナープログラムにしていきたいですね。パートナーがIBMクラウドを扱ってもらいやすい仕組みを作りたい。

 さらに、これまでは、SoftLayerとBluemixが、別々のサービスのように見えていましたが、今後はBluemixの下にSoftLayerを統合し、IBM IDで統一した利用が可能になること、統合したユーザーインターフェイスを実現すること、そして、Bluemixから、IaaSとPaaSも制御することができるようになります。これも、IBMクラウドをわかりやすく伝えることにつながると考えています。

Bluemixの下にSoftLayerが統合される

日本IBMのクラウドビジネスは大きな成長機会がある

――日本IBMのクラウド事業の成長は、どう描いていきますか。

 日本IBMの特徴は、堅牢な顧客基盤を持っているという点です。顧客に入り込んでいるという点では、他の追随を許しません。しかし、その顧客に対して、IBMクラウドが大きく採用されているかというと、そこまでは行っていない。

 もちろん大手ユーザーになればなるほどクラウドに対しては慎重になるという側面もあります。つまり裏を返せば、日本IBMはこうした大手顧客を数多く抱えているわけですから、クラウドビジネスにおいては、大きな成長機会があるということになります。

 これまでのクラウドは、クラウドネイティブの活用が注目され、SoE(System of Engagement)が中心でした。しかし、ここにきて、SoR(System of Record)といった従来のコンピューティング環境を、クラウドで利用するという動きが増えてきました。

 Bluemixでは、WebSphereやDB2といった従来のオンプレミスソフトウェアをサービスとして提供しており、SoRをクラウドで利用するための環境を整えています。ここは、もっと顧客やパートナーに積極的に発信していく必要があります。

 また今回、グローバル共通の施策として、IBM Connectシリーズの一部を2016年12月まで無償提供することを発表しています。これは、オンプレミスにあるデータやプロセスを、クラウドに対してAPIベースでセキュアに公開するためのソフトウェア製品群で、ハイブリッド環境を実現するための重要な戦略製品になります。

 中でも、API管理・運用ソフトウェアのIBM API Connectへの引き合いが多く、今回の無償提供により、これらを手軽に触ってもらえるようになります。IBMユーザーに対して、IBMクラウドの良さを知ってもらうためのきっかけになります。使っていただくというきっかけを作ることは、いまの日本IBMにとっては極めて重要なことです。

IBM API Connectシリーズの一部を、2016年12月まで無償提供

成長目標は大きく

――日本におけるIBMクラウドの成長は、2倍、3倍というような大きな目標値になりますか。

 そんなレベルの成長であればいいのですが(笑)、目標はそれを上回るものになります。日本IBMのクラウド事業は短期的には比較的単純に伸ばせるのではないかと考えています。われわれの強力な営業・サービス部隊に加え、顧客のクラウド導入機運も非常に高まっています。今、われわれがお世話になっているユーザーのモダナイゼーションをお手伝いするだけでも相当なビジネスを見込むことができます。

 そして、中長期的には、コグニティブという概念を取り入れた新しいタイプのアプリケーションが一般化してきます。コグニティブアプリケーションのメインの実行基盤はクラウドになるでしょう。間違いなくIBMはコグニティブテクノロジーのリーダーであり、競合を大きくリードしています。これはクラウドプラットフォームにとって、大きな差別化になります。コグニティブへの取り組みは、日本においても多くの事例が出てきていますから、こうした実績をもとに提案を加速していきたいですね。

 今後、Watsonは数多くのインダストリーアプリケーションを生み出していくことになりますし、それにあわせて、「コグニティブ×業種」の取り組みを増やしていきます。業種別ソリューション、業界別ソリューションは重要なテーマのひとつです。

――7月7日の会見ではSWIFTの話には一切触れませんでしたが(笑)。

 実は、SWIFTについては、水面下でいろいろと進めています。新たなウェアラブルデバイスの登場や、それによって提案が可能になる決済サービスなどの流れをとらえて、情報を出していきたいですね。

 SWIFTでは、決済との連携や、交通機関などの情報との連動などが重要になりますから、それに向けた関連企業との関係強化も必要になります。SWIFTは、日本においてもこれから大変重要になる。しかし、これに気が付いている人が少ないというのが実態です。社会インフラを巻き込むような莫大なシステムインテグーションが動き出す可能性もあるわけです。

 日本IBMが、いま、Bluemixをやっておいた方がいいという理由のひとつはここにあります。サーバーレスでSwiftを活用できるメリットも大きい。この話は、またどこかでしっかりと説明したいと思っています。