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ANA、専門部署を新設しワークスタイル変革に挑戦
NTT Communications Forum 2014
(2014/10/10 06:00)
キャビンアテンダントにiPadを配布し、従来は紙で配布していた1000ページにもおよぶマニュアルを電子化するなど、さまざまな改革に取り組んでいる全日本空輸株式会社(以下、ANA)。NTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)が提供するArcstar UCaaSを導入し、社外でも電話対応ができるサービスの実現などにより、従来は課題となっていた、効率の悪いワークスタイルの改革を実現した。
この改革がどのように進められていったのかを、NTT Comのイベントの中で開催されたセミナー「ICTを活用したワークスタイルの革新とコスト構造改革の推進」からご紹介する。
ワークスタイル変革の必要性は明らかだったものの…
ANAが業務プロセスに取り組んだ背景としては、「2000年に社内OA化を実現して以降、うまく社内改革が進んでいなかった」ということが挙げられる。
社内改革は進んでいないものの、航空会社という業務の特殊性からパイロット、キャビンアテンダント(CA)、整備士などそれぞれの担当業務に応じて膨大なマニュアルが存在する。
「CAの場合、合計3冊、1000ページ、重量2キログラムにおよぶマニュアルを持ち歩いていた。このマニュアルは年間600ページ分の差し替えを行う」(ANAの上席執行役員 業務プロセス改革室長、幸重孝典氏)そうで、携帯性・検索性も低く、紙面で配布する場合にはコストも増加する。
また、業務スタイルも通常の企業に比べて移動が多く、「デスクにパソコンを配布しただけでは十分ではない」こと、さらには他部署との情報共有など、移動が多いスタッフ間の情報共有をどのように実現するべきか? も課題となっていた。
移動が多いことから、「営業スタッフは自分のデスクに戻った後に、まず不在の間にかかってきた電話へのコールバックだけで1時間から1時間半はかかってしまう」とのことで、社外からの電話の取り次ぎも課題の1つだったという。
このように課題が多いことから、ワークスタイル変革を行う必要性は明らかであったものの、「いざ、実行するとなると、どの部署が担当部署となるべきか?」という点も議論となった。
「担当部署は人事部門、総務部門、IT部門など、さまざまな声があがったものの、会社全体の仕事のやり方を変える、しかも一時的にではなく、継続的にワークスタイル変更に取り組んでいく、という課題に対応するためには、IT部門が担当するというのも適切ではないということとなった」。
最終的には、「従来のIT部門であるIT推進室の業務内容、役割を変更し、業務プロセス改革室とした。この部署ではワークスタイル変革を推進する役割を継続的に担うこととなった」と、組織の業務内容を変更して担当部署とすることを選択した。業務プロセス改革なお、この部署では、現在でもワークスタイル改革に取り組んでいる。
改革にかかるコストをどうカバーする?
担当部署が決定すると、その後で課題となったのは「具体的にどう実行していくのか?」という点だった。
「ワークスタイル改革は、従来のOA化の時とはいろいろな違いがある。まず、かかるコストをどうカバーしていくのか?」。
OA化は変化が目に見えやすく、かかるコストを回収する道筋も見えやすかった。それに比べるとワークスタイル改革はどういった効果をもたらすのか、わかりにくい部分も多い。社内に実現を納得させるためにも、コスト削減がどれくらいあるのか、はっきりとアピールしていく必要がある。
そこで目に見えやすい効果として、“ファシリティスタンダード”の見直しを実現した。業務中に移動が多いという特性もふまえ、従来のような机を一人一台とするのではなく、部署の8割程度しか机を用意しないスタイルへと変更した。これは賃貸料が高い都市部では大きなコスト削減につながる。
さらに、対象となる人員をグループ全体まで拡大した。ANAの場合、グループ全体で3万人の従業員が存在する。これだけ多数の従業員を対象とすることで、ワークスタイル改革は大きなコスト削減につながる。
「あえて風呂敷を広げて、単体ではなく、グループ全体を対象とするというビジョンで改革を進めていった」。
3つの戦略で改革を推進
実際の改革推進にあたっては3つの戦略を実施した。
「第一に、あれも、これも一緒にスタートさせたくなるが、社内の抵抗勢力に納得してもらうために、あえてすべていっぺんにではなく、段階的に進め、ソフトランディングするという方法を選択した」。
最初からすべてではなく、段階を踏んでいくことで、社内が慣れて、改革を受け入れやすくする素地(そじ)を作っていった。
2番目の戦略は、従来のようにIT部門のハンドメイドのシステムではなく、コンシューマの世界で使われているITデバイスを活用し、クラウドと連携して業務に利用することだった。
「従来型のIT部門が作るという手法をあえてとらなかった。IT部門が作ったシステムは、作ったと同時に陳腐化が始まる」と、既存のコンシューマITを業務に持ち込むことにした。
3番目の戦略は、まずCAを対象に改革をスタートするということだった。ANAの場合、社員の中で最も人数が多いのがCAで、事務職を除くフロントスタッフといわれる全社80%にあたるスタッフのうち32%がCAだ。
「あえて分母が最大のCAから業務改革をスタートし、成果が出れば社内全体におよぼすインパクトが大きく、その後のコンセンサスがとりやすくなると判断した」。
この3つの戦略のもと、「いつでも・どこでも・どの端末でも仕事ができる」というワークスタイル実現に向けた改革が始まった。
具体的には、2012年4月にCAにiPadを配布したところからスタートする。1000ページの紙で配布してきたマニュアルを電子化し、iPadで確認するスタイルに変更したのである。コスト削減効果は4億円と大きな効果をもたらすとともに、動画を使ったマニュアルなど紙時代には実現できなかったプラスアルファとなる効果も実現する。
これが成功となったことから、同じ2012年10月には仮想デスクトップと社内Wi-Fi化を実現。外出先でも資料の作成が可能となり、直行直帰、在宅勤務といったワークスタイル改革が進んでいった。さらにBYODを導入し、交通費の削減などコスト削減も進んでいった。この改革により、おおよそ年間3億円のコスト削減効果があったという。
続けて2013年3月にはGoogleのクラウド型メールサービスを導入。メール管理の効率化、他部署との情報共有を進め、資料を共同で編集するといった従来にはなかったスタイルで仕事をすることが可能となった。
こうした改革が進む中で残っていた課題が音声コミュニケーションの改革だった。「社内に戻ってコールバックをするのではなく、いつでも、どこでも音声コミュニケーションも実現しなければならない。そのために選択したのが、NTT Comが提供するArcstar UCaaSだった」。
Arcstar UCaaSはクラウド型のボイスコミュニケーションで、外出先でも電話への応答が可能となり、通信コスト削減にも寄与する。また、セルフマネジメントの強化、ユニファイドメッセージの強化を実現することにもなる。
「このシステムはNTT Com自身が社内で利用されているものということで、大変完成度が高かったことから導入を決定した」。
改革実現のための4つのポイント
改革について幸重氏は、「まだ改革を進めている最中」としながら、改革実現のために次の4つのポイントをあげた。
(1)経営トップの理解と支援
(2)自部署をラボにして試行錯誤を重ねサービス展開
(3)セキュリティポリシーの見直し
(4)ユーザーの声に徹底的にこだわる
経営トップの理解と支援は、「抵抗勢力との戦いのために不可欠」だという。
自部署をラボにすることは、「長いものでは半年、最短でも3カ月は自分たちで試してみる。試したものの中には、使えないと思ったものもあった」そうで、他社の評価だけでなく、自身の目で評価した上で導入を進めることが、業務改革に説得力をもたせていく。
セキュリティポリシーに関しては、「かつて決めたセキュリティポリシーがネックとなり、IT部門自身が抵抗勢力となってしまうこともあった。コンシューマITを導入する場合、この問題に突き当たることがある。その場合は、自分たちで作ったポリシーを、自分たちで見直して修正することも必要」とのこと。ANAでは、従来のセキュリティポリシー変更まで実施していった。
ユーザーの声については、「いくら自分たちでトライアルしたといっても、社内の環境はさまざま。絶対にいろいろな声が上がる。そこでユーザーの声を広い、直していく仕組みと体制を作った。この実践により、短時間で大きな問題はなくなった。また、社内からの信頼を得るという意味でも、ユーザーの声にこだわる姿勢は必要」と幸重氏は指摘する。
モバイルデバイスのさらなる活用など、次の挑戦を
この成果に満足することなく、ANAではさらなる改革に向け、挑戦が続いている。
「まず、モバイルデバイスのさらなる展開を進めたい。CA、パイロット、整備担当者などにはモバイルサービスが利用できる環境が整ったが、さらに多くのスタッフがモバイルサービスを利用できるようにしたい。今やユーザーの皆さんの方が情報を持っている、逆転状態が生まれている。これをせめてユーザーの皆さんと同じ情報を持って接客ができるような状況としたい」。
また、現在利用しているGoogle Apps、UCaaSの機能をより幅広く使っていくことも課題となっている。「現状では限られたメニューのみを利用しているにすぎないが、もっと利用範囲を広げることでサービスの質が向上するのではないかと期待している。できれば、UCaaSにはGoogle Appsとの親和性を高めてもらいたいというリクエストも送っておきたい」。
3点目は海外事業所でのワークスタイル改革の推進だ。これは、「日本のスタイルをそのまま持ち込むではなく、各国の働き方に合わせたイノベーションを実現する必要がある」と日本の改革以上に手間がかかる。だが、同社ではその実践のために業務プロセス改革室のメンバーが各事業所をまわり、現地での課題、問題点などの聞き取り調査を行った。「聞き取り調査を行ったことを整理し、それをもとに各国に合わせたワークスタイル改革に着手したい」。
最後に幸重氏は、現状について「まだ道半ば」と改革が終わっていないと強調した。そして、「もっと改革を進めていくことで、こんなことができますとお話しできることが増えていくことに期待している」と、新しい挑戦の手を止めないことを宣言し、講演を締めくくった。