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AWSがAmazonでの稼ぎ頭になる日が来るか!? 「AWS re:Invent 2013」初日基調講演レポート
(2013/11/18 15:28)
「The world is a different place.」11月13日(米国時間)、米ラスベガスで開催されたAmazon Web Services(以下、AWS)の2回目となる年次カンファレンス「AWS re:Invent 2013」の基調講演で、同社シニアバイスプレジデントのアンディ・ジャシー(Andy Jassy)氏はクラウドのインパクトをこう表現した。
その言葉通り、クラウドでもってITの世界をまったく異なる場所へと変えたAWSは、パイオニアでありながら、業界の慣習や常識を平然とくつがえす破壊者でもある。2位以下の競合をはるか後方に引き離し、市場を独走し続けるAWSは、何をゴールに見据えているのだろうか。ジャシー氏の基調講演から、そのヒントを探してみたい。
3つの“意外”な新サービス
ジャシー氏のキーノートでは以下の3つの新サービスが発表されている。
・利用中のAWSサービスに対するAPIコールのログをJSON形式でS3またはGlacierに記録する「AWS CloudTrail」
・バーチャルデスクトップ環境(Windows 7)をEC2インスタンス上から提供する「Amazon WorkSpaces」(プレビュー)
・ユーザー作成のアプリケーションをEC2インスタンスからストリーミングする「Amazon AppStream」(リミテッドプレビュー)
CloudTrailはクラウド利用におけるコンプライアンス/ガバナンスを管理するサービスだ。EC2やRedshift、RDSなどのAWSサービスに対するAPIコールの履歴を取得し、JSON形式でS3またはGlacierに保存する。このサービスの利用には特に料金はかからない。
取得したログを分析することで、例えばあるユーザーの一定期間におけるアクティビティや、特定のリソースに対するアクセスログをチェックすることができる。本発表と同時に、数社のAWSパートナー企業によるCloudTrail対応の分析ツールが提供されたので、ログの取得から分析までをシームレスに行うことも可能だ。
現時点では米国リージョンのみでの提供で、対象となるAWSサービスも限定的だが、段階的にサービス提供の範囲を拡大するとしている。
WorkSpacesは、意外性という意味では今回のre:Inventにおける最もインパクトの大きかった発表かもしれない。まだプレビューの段階とはいえ、AWSがVDIの提供、すなわちDesktop-as-a-Serviceに踏み込んだというニュースは多くの参加者に驚きをもたらした。
当然ながらユーザーサイドはデスクトップ仮想化のためのハードウェアや仮想化ソフトを用意する必要はない。AWSのほかのサービスと同様に、使いたいときに開始でき、止めたいときに中止できる。
ユーザー自身がすでに所有するWindowsライセンスを適用してもいいし(Bring Your Own License)、AWSが提供するライセンスを利用することもできる。iPadやAndroidデバイス、Kindleなどタブレットからの利用はもちろんのこと、Active Directoryとの統合も可能だ。価格は1ユーザーあたり月額35~70ドルに設定されており、ジャシー氏は「既存のVDIソリューションの半額以下のコスト」と強調する。
これまでVDIの普及を妨げてきたのはコスト、そして導入までのインフラ整備にかかる手間と時間が大きな要因だったが、WorkSpacesはそのいずれも軽々とクリアしており、正式提供の開始が待たれるところだ。
主にゲーム開発者やモバイルアプリ開発者をターゲットにしたAppStreamは、HD画質のビデオアプリケーションや3DゲームのストリーミングをEC2(Windows 2008 R2環境)経由で実現するサービスだ。
どんなデバイスに対しても同じユーザーエクスペリエンスを提供でき、強力なレンダリングパワーや膨大な容量のストレージを利用できる点が特徴。もちろんスケールアップも自在に行える。AWSはこのサービスのためにNVIDIA GRID GPUを採用した強力なEC2インスタンス(G2インスタンス)を新たに用意しており、クラウド経由の高速レンダリングを現実のものとしている。
AWSのサービスはすべてがダイバーシティ
今回で2回目となる「AWS re:Invent 2013」には世界各地から9000名を超える参加者が集まった(昨年は5000名)。AWSのビジネスの拡大とともに、参加者の数も熱気もボリュームを増している印象を受ける。
昨年に引き続き、初日の基調講演を務めたジャシー氏は、CTOのヴァーナー・ボーガス(Werner Vogles)氏と並び称されるAWSのツートップのひとりだ。ボーガス氏が技術部門の最高責任者なら、ジャシー氏はAWSのビジネス全体を統括する責任をもつ。
「re:Inventはほかのテクノロジカンファレンスと少し違う。これはセールス/マーケティングカンファレンスではなく、ラーニングカンファレンスなのだ。あなたがre:Inventで得たクラウドに対する知識や知見を持ち帰り、あなたの組織や顧客にも広げ、行動を起こすきっかけにしてほしい」と冒頭のあいさつで聴衆に語りかけたジャシー氏。昨年のre:Inventを大成功させ、クラウドのパワーをより多くの層に届けた実績に裏打ちされた自信があらわれている。
基調講演でジャシー氏はAWSの特徴を表すキーワードとして「Diversity(多様性)」を繰り返し使っている。それは単に提供するサービスのレンジの広さだけではなく、AWSを取り巻くあらゆる存在が多様であることを示している。
例えば、現在のAWSのインフラは、9つのリージョン(バージニア、オレゴン、北カリフォルニア、アイルランド、東京、シンガポール、シドニー、サンパウロ、GovCloud)のほか、各リージョンの下に存在する25のアベイラビリティゾーン(AZ)と46のエッジロケーションで構成されている。
また顧客やパートナーのタイプも多岐にわたる。AWSがスタートアップやSMB向けのサービスとして位置づけられていたのはもはや過去の話で、現在はグローバルにわたって数多くのエンタープライズユーザーを獲得しており、パブリックセクター(公共事業)での採用事例もすでに600を超えているという。
スタートアップがサービスを開始するにあたってはAWSを利用するのが今やデファクトスタンダードに近くなっており、Airbnb、Yelp、Dropbox、Piterestといった大きな成長を遂げたスタートアップはどれも最初からAWSを利用して迅速なスタートを切り、順調に業績を伸ばしている。
パートナーとのエコシステム構築もAWSにおけるユニークなポイントのひとつだ。ジャシー氏は「AWS Marketplaceには、24のソフトウェアカテゴリにわたって、1100を超えるパートナーのプロダクトがリストアップされている。パートナー企業の数も劇的に増えており、特にオンプレミスのエンタープライズアプリケーションをAWSにデプロイすることを得意とするパートナーが増えている」と語る。
AWSを利用する企業のスピードの成長が早いのは、AWS自身の成長が早いことにも大きく起因する。例えば、同社は2013年には11月の時点ですでに235のサービスアップデートを行っているが、2012年は159、2011年は82だったことを考慮すると、その改善スピードがいかに速いかが伺える。改善のスピードだけではなく、頻繁な価格の値下げ(トータルで39回)や、1ユーザーあたりのサーバーリプレースの平均台数が400台であることなど、サービスの回転のスピードがキャッチアップするのが難しいほど速いことが特徴だ。
競合などいない~絶対的なボリューム&スケールに裏打ちされた崩れぬ自信
ジャシー氏は続けて米Gartnerが8月に発表したIaaSベンダのマジッククアドラントを紹介し、AWSが競合他社をどれほど引き離しているかを強調している。
ここで本当にAWSにはライバルと呼べる存在はいないのかという疑問がわいてくる。実際、AWS自身がライバルと見ている企業はほとんど存在しないと言っていいだろう。だがAWSに向けて挑発的な動きをしかけてくる企業は何社か存在する。その筆頭がIBMだ。数カ月前に話題になったCIAのクラウド構築における入札での競合や、SoftLayerなどクラウド関連企業の買収など、IBMのここ最近の動きは明らかにAWSを強く意識したものが多い。
特にIBMが強調するのはプライベートクラウドにおける優位性だが、ジャシー氏は「いわゆるプライベートクラウドというものは、あらゆる面でAWSに劣る」とばっさり切り捨てている。「ふるいエンタープライズベンダはまだオンプレミスをベースとした未来しか描けない。それはクラウドのパワーを見誤っている」(ジャシー氏)
ジャシー氏はここで「IBMがre:Inventの前に市内を走るバスに載せていた広告」という写真を見せ、「こうしたオールドガイ(Old Guys)のやることはいつも同じ」と軽くいなしている。クラウドの世界ではオールドガイのビジネス手法は通じず、顧客のことだけを考えたベンダが勝者になるとジャシー氏は強調する。
「AWSは競合には興味がない。興味があるのは顧客のベネフィットだけだ。例えば、われわれはユーザーに対して“使っていないインスタンスが◯◯個あります。これを停止することをお勧めします”といったレコメンドをこれまで70万回以上送ってきたが、こうした顧客の節約に直接つながる行為をやっている競合はいない。AWSがクラウドで強いのは、セキュリティ、可用性、コスト、アジリティで顧客に貢献することを常に考え、実践しているから」と言い切るジャシー氏。
ほかの競合がAWSのように徹底したボリューム戦略を取れないことをわかっているからこその発言と取れる。
NokiaもスタートレックもAWSで!
ここでジャシー氏は「クラウドに移行するための6つの戦略」として、導入企業の事例とともに順を追って紹介している(紹介した企業の例はごく一部)。
(1)RDSによるデータベース運用やテスト用の環境など、取り組みやすいクラウド環境から始める……東京証券取引所はOracleのテスト開発環境をAWS上に構築しコストを削減」
(2)クラウド用に新規のアプリケーションを構築する……NASDAQ、Adobe、Netflixなど多くの企業がクラウドアプリケーションを新規に立ち上げビジネスを拡大
(3)既存のオンプレミスアプリケーションで行っていた業務(の一部)をクラウドに移行……Nokiaは分析用オペレーショナルデータをAmazon Redshiftにエクスポートすることで、分析のスピードが2倍速くなり、コストは1/2に。
(4)オンプレミスのバックエンドと新規のクラウドアプリケーションを統合/連携させる(ハイブリッド環境の構築)……SamsungはAWS上のコンテンツサーバーやデータと自社のデータセンターを連携し、フィナンシャルトランザクションの管理を一元化
(5)アプリケーションの完ぺきなマイグレーション……Unileverは500ものWebアプリケーションを5カ月で移行、その後、製品Webサイトの構築は従来の2カ月から2週間にスピードアップ
(6)All-in(すべてをクラウドに)……Netflixは何百ものサービス/アプリケーションを世界3300万ユーザーにAWS経由で届けている。EC2インスタンスの数は数万で複数のリージョンおよびAZにまたがって運用。ピーク時には全米の帯域の1/3を消費するが問題なく稼働
また、基調講演の壇上には数社のAWSユーザーが登壇したが、中でも最も会場の興味を引いたのは映画『Star Trek Into Darkness』の特撮を担当したAtomic Fictionだった。レンダリングをAWSのEC2インスタンスを経由して行うようになって、「1時間で1000サーバーのパワーを使うことができるようになった。これは以前、100サーバーを使って10時間かけててやってた作業量に匹敵する」と登壇したAtomic Fictionの共同創業者でVFX監督のケビン・ベイリー(Kevin Baillie)氏は語っている。
「AWSに変えたことで、コンピューティングにおける物理的制約は一切なくなった。コストの削減効果も大きいこれはクリエイティビティに制限がなくなったのと同じこと」(ベイリー氏)。
また、基調講演後のプレス向けミーティングでジャシー氏は「AWSはAmazonのなかで最も売り上げが多い部門になるかもしれない。ジェフ(ジェフ・ベゾス氏)もそれを望んでいる」とコメントした。
AWSは売り上げの数値を一切公表していないが、Amazonグループ全体の2012年売り上げが600億ドルだったことから考えると、その1割以下の50億ドル前後と見られる。
その数値を上げるにはクラウド市場そのものが成長していく必要がある。そしてAWSにはほかのベンダの力を借りなくても市場を大きくしていく自信にあふれている。成長に必要なのは顧客とパートナーを巻き込んだエコシステムであり、いわゆる“オールドガイ”との争いは時間の無駄程度にしか思っていない印象すらある。
ジャシー氏の言うとおり、世界がクラウドで違う場所になっていくのであれば、AWSがAmazon最大の稼ぎ頭になる日も遠くないはずだ。