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カーシェアリングの稼働率アップに向けて、ダイナミックプライシングのシミュレーションを実施

100年に一度と言われるモビリティの大変革の中で、自動車の利用のあり方も大きく変わろうとしています。所有するだけでなく、必要に応じてより自由なかたちで車を利用したい。そうしたニーズに応えて、近年急速に需要が伸びてきているのがカーシェアリングです。ホンダモビリティソリューションズでは、自社で運用するカーシェアサービスの課題解決に向け、ダイナミックプライシングのシミュレーションを実施。イスラエルAutofleet社の分析アルゴリズムを活用して、顧客の需要や拠点の稼働状況に応じたカーシェア料金の最適化に向けた検討を急ピッチで進めています。

場所や時期による利用のばらつきを平準化するための取り組みに着手

時代とともに今、モビリティのあり方が大きく変わってきています。とりわけ都市部では、シェアリングエコノミーの広がりも手伝って、自動車も従来の「所有する」から「必要な時に利用する」へと、消費者の意識が変化してきています。それを反映するように、この10年間、わが国のカーシェアリング市場は右肩上がりで成長を遂げてきました。

そうした需要に応えて、24時間いつでもWebやスマホのアプリから予約できるカーシェアサービス「EveryGo(エブリーゴー)」を提供しているのが、ホンダモビリティソリューションズ株式会社(以下、ホンダモビリティソリューションズ)です。

同社では2021年に、EveryGoへの導入を視野に入れたダイナミックプライシングのシミュレーションを実施しました。ダイナミックプライシングとは、商品の価格をその時々の状況や場所に応じて変動させ、価格の最適化と顧客満足の最大化を実現する仕組みです。この試みの背景には、大きく3つの課題、すなわち「①カーシェアステーションの稼働率が立地によって大きなばらつきがある」、「②稼働率の低いステーションの稼働率を上げたい」、「③顧客満足度を下げない価格戦略が必要」がありました。

これらの課題の解決策として有望視されたのが、ダイナミックプライシングで需要のばらつきを平準化することだと、EveryGoを担当する同社 第二ソリューション部 第二ソリューション課 課長 工藤芳子氏は語ります。

「カーシェアリングの価格は、場所や曜日など、非常に多くの変動要因があって平準化が困難です。価格だけでなく、ゴールデンウィークや夏休みのように需要が集中する時期には、なかなか予約できないというお客様の声も多く寄せられます。これらの課題にダイナミックプライシングをうまく活用して、収益率と顧客満足度を共に向上させようというのが、今回のシミュレーションにチャレンジしたねらいです」(工藤氏)

とはいえ、カーシェアリングでは事前に運輸局に利用料金の価格を申請して認可を受けなくてはならず、完全に自由な「変動価格」は法的に難しいこと。また需要に応じた価格の上下は、航空料金やホテルの宿泊料では一般化しているものの、カーシェアリングやレンタカーでは馴染みがなく、肝心の顧客がそうした価格体系を受け入れてくれるかどうかなど、個別に検証していくべき課題がいくつもありました。

第二ソリューション部 第二ソリューション課 アシスタントマネージャー 稲葉雅人氏は次のように振り返ります。

「EveryGoはMicrosoft Azureで運用していますが、これに限らずHondaグループでは多くのシステムでMicrosoft Azureを利用していることもあり、日本マイクロソフトとは長年にわたって付き合いがあります。そこで定期の情報交換の場でこの話をしてみたところ、事業用車両の管理に特化した分析サービスを提供しているパートナーがいるということで、イスラエルのAutofleet(オートフリート)社を紹介してくれ、同時に今回のシミュレーションの提案ももらいました。これを受けて社内で検討した結果、プロジェクトへの着手を決めたのです」(稲葉氏)

3社の緊密なリレーションを基盤にシナリオ作成~検証のサイクルを回す

本格的にプロジェクトが始まったのは、2021年5月でした。最初に取り掛かったのは、ダイナミックプライシングのシミュレーションを行う際に、どこに最もプライオリティを置くかといった課題の整理でした。この作業を3社でコミュニケーションしながら進めていったと工藤氏は振り返ります。

「今回は、国内の全拠点のデータをもとにシミュレーションを行いました。5月からの作業では、どんなロケーションや車種で分析するかといった細かい部分にまで踏み込んでシナリオを設計していきました。この部分を9月まで約5か月かけて詳細に詰めていったおかげで、実際のシミュレーションを開始した11月以降は、非常にスピード感をもって進めることができました」(工藤氏)

シナリオ作成に特に時間をかけたのには、よりリアルなシミュレーション結果を得るために、いわゆる検証用のダミーデータではなく、自社のカーシェアリング業務から収集・蓄積したデータを使用したこともありました。ローデータ(生のデータ)はそのまま使えないため、3社で話し合っては仮説を立てて加工した後にシミュレーションを行い、結果を見ては繰り返し条件を追加してシミュレーションをやり直すといった、細かな軌道修正を加えながら精度を高めていったと稲葉氏は明かします。

「例えば1か月分のデータをオートフリート社で分析したら、夜9時から急に利用率が上がっている。これは夜9時以降に設定された割安料金(ナイトパック)によるものですが、それを伝えると、彼らはそのデータをもとにシミュレーション・モデルを調整する。そうやってシミュレーション・モデルの精緻化を進めながら、次は1年分のデータでやってみて季節変動の条件を加味するなど、そのつど全員で検討してはシミュレーションして考えての繰り返しでした」(稲葉氏)

今回のプロジェクトのオーナーはもちろんホンダモビリティソリューションズですが、実際の作業は3社がそれぞれの立場や専門性を活かして、対等な視点で協働できたことが、スムーズな進行や成果につながったと同社では評価しています。

「日本マイクロソフトには、シミュレーションの提案やシナリオの作成などITベンダーとしてのスキルに加え、プロジェクト全体に関するコンサルティングやマネジメントも含めてトータルにサポートしてもらえました。私たちのチームはITが専門ではありませんから、オートフリート社との技術的なやり取りをする際の”通訳“としても大いに助けられました。またオートフリート社も、私たちからの指示待ちではなく、毎回あちらで検討・検証をしてプロジェクトを進めてくれました。そうやって社外との協働を体験して、なおかつ満足な成果を出せたことは、今回の貴重な収穫だと思っています」(稲葉氏)

毎週のシミュレーションの繰り返しから稼働率に関する様々な気づきが得られた

今回のシミュレーションは、あくまで課題に基づく仮説立案と、その検証のための試みでしたが、同社としては十分に多くの気づきを得ることができたと、第二ソリューション部 第二ソリューション課 ペク スミン氏は語ります。

「例えば、貸出拠点になるステーションによって、稼働率の高いところと低いところがあります。そこで低いステーションの料金を下げてみたのですが、期待したほどの結果が出ず、そのステーションの稼働率は、料金以外の理由があるとわかるきっかけになりました。逆に普段から稼働率が高いステーションには、ダイナミックプライシングを適用することで売上が上がることも判明しました。このことから、ダイナミックプライシングをどのように適用すれば、どんな効果が得られるかの気づきが得られたのです」(ペク氏)

こうしたシミュレーションは、2021年11~12月にかけて集中的に行われました。ホンダモビリティソリューションズから受け取ったデータを使って、オートフリート社がシナリオに基づいたシミュレーションを実施。1週間後に結果を3社がオンライン会議で見ながら検討し、必要になった追加のデータを渡し、また1週間後……という作業を毎週繰り返していったと稲葉氏は語ります。

「出てきた結果の数字を見て、何か自分たちの肌感覚として合わないとなると、また追加で足りない数字やデータを入れていく繰り返しでした。すでに触れたように、稼働率は必ずしも料金の高低に直結しているわけではありません。またデータを見るときも、その背後にある個別の状況まで読み取る必要があります」(稲葉氏)

例えば、オープン間もないステーションだと、稼働率が低くても表面の数字には出にくい。反対に稼働率が非常に高いステーションだと、料金を多少上げても稼働率は下がらず、しかも平日に稼働率が若干下がっても売上自体は上がるといったことがあります。稲葉氏はこれらのリアルな知見を、今後の新しい料金体系の企画に活かしてみたいと考えています。

「今後は、例えば平日限定の『○時間パック』とか、新しいインセンティブ設計といった試みに、今回のシミュレーションをヒントに取り組めるのではないかと期待しています」(稲葉氏)

Hondaならではの価値を打ち出した新たなモビリティサービスの創造を!

ホンダモビリティソリューションズでは、今回のシミュレーションで得た成果をもとに、今後のプライシングについてさらに分析を深めていく予定だと、第二ソリューション部 第二ソリューション課 マネージャー 藤本恵介氏は、データ活用における今後の展望を語ります。

「今回のシミュレーション結果は、将来の料金改定などに活かしていきたいと思っています。また必ずしもプライシングだけでお客様が増やせない地域や拠点については、より高度な分析でどんな傾向があるか探っていきたいと考えています。また今回の成果の1つに、様々なロジックを使うことで、これまで気がつかなかったことに気づけたというのがあります。カーシェア業界は新規参入社も増えて競争が激しくなるのは必至です。当社としては、こうしたデータ活用を今後も進め、お客様のさらなる満足度向上と、業界での優位を実現していきたいと願っています」(藤本氏)

現在の主力事業であるEveryGoについても、Hondaが提唱している「生活の可能性が広がる喜び」を実現する取り組みの一環として、カーシェアリングを顧客にとってより身近なサービスに発展させ、さらに幅広い層の顧客を獲得していきたいと藤本氏は語ります。

一方、工藤氏は今後の大きな課題として、激しく変化するモビリティサービス領域で、いかにHondaブランドの存在感を確立し、カーシェアリングのみならず同社が手がけるMaaS領域における様々なサービスで、新しいソリューションを創り出していくのかをテーマに挙げ、より一層注力していきたいと抱負を語ります。

「そのためには当社単独ではなく、同業他社や異業種との連携も視野に入れて新しいものを創り出していくチャレンジが不可欠だと思っています。日本マイクロソフトは幅広い業界や業種の皆様とのリレーションを持っているので、そこから得た知見やケーススタディをもとにした提案、また外部の方々とつながるための支援を、これからもお願いしたいと思っています」(工藤氏)

将来的には、現在の自動車販売とカーシェアリングというビジネスモデルにこだわることなく、「Hondaらしさ」を鮮明に打ち出しながら、より多くのお客様に新たなモビリティの楽しさとクオリティを提供していきたいと考えるホンダモビリティソリューションズ。激しく移り変わる市場に合わせてフル加速を続ける同社のデータ活用の取り組みが、業界の内外から注目を集めています。