トピック

コロナ禍の医療現場を支えるOffice 365
Teams、Forms、Power Automateなどの活用で
コミュニケーション・情報共有・業務プロセス改善を加速

 国立国際医療研究センター(NCGM:National Center for Global Health and Medicine)は、センター病院や国府台病院、国際医療協力局、研究所、国立看護大学校、臨床研究センターなど拠点施設の連携の下、国境を越えた人々の健康と福祉の増進に取り組んでいる国立研究開発法人です。NCGMでは、オンプレミスの電子メール運用の課題解消に向け、2015年6月にMicrosoft Exchange Onlineの利用開始を皮切りに、Office 365の活用の幅を拡大させてきました。そして、2020年の新型コロナウイルス感染症の拡大を機に、非対面での業務遂行に向けたMicrosoft Teamsによる業務の見直しが各部門で加速しています。医療からIT 部門まで業務現場がOffice 365で変わりつつある"今" をレポートします。

日々のメール運用の課題解消に向け利用に着手

 明治元年に設立された兵隊仮病院を礎とし、戦後は国立東京第一病院として再出発することで医療の世界では長らく"東一"の名称で親しまれてきた国立研究開発法人国立国際医療研究センター(NCGM:National Center for Global health and Medicine)。NCGMは現在、3つの「G」――「Global health contribution:国際医療協力」「Grand general hospital:総合病院」「Gateway to the Precision Medicine:個別化医療、高度先進医療の研究拠点」――の達成に向け、傘下のセンター病院や国府台病院、研究所、国際医療協力局、国立看護大学校などの組織との連携の下、最善の医療教育・研究と医療人材の育成、成果の社会への発信、グローバルでの医療協力など、幅広い活動を展開。国境を越えた人々の健康と福祉の増進に取り組んでいます。

 そんなNCGMが2015年6月に利用を開始し、以来、その時々に応じた活用を通じて成果を上げてきたのが、マイクロソフトのOffice 365です。

 導入の発端は、オンプレミスでのメール環境で直面した課題にあります。

 NCGM 医療情報基盤センター センター長の美代賢吾氏は、「私が赴任した当時、施設内でないとメールが使えず、メール容量も少ないとの不満の声が多く聞かれました。この対応に向け着目したのがクラウドサービスのOffice 365です。Office 365のExchange Onlineなら、十分なメール容量が確保され、場所を問わずに安全にアクセスできる。そのうえで、前病院長の『全員共通の連絡手段を確保したい』との要望も踏まえ、全スタッフのライセンスを用意したのです」と振り返ります。

新型コロナ直前のワークショップがTeams活用を後押し

 もっとも、美代氏はOffice 365の導入にメール環境改善以上の効果を期待していたといいます。それが「デジタルの力で組織の仕事の仕方を変える」ことです。その推進に向け医療情報基盤センターでは、「セキュリティを確保したうえでユーザーには自由に使ってもらう」(美代氏)ことを基本方針に、Office 365に用意された豊富な機能の説明会を定期的に開催。これを受け、NCGMでは各種委員会でのメールによる資料配布を通じたペーパーレス化を皮切りに、紙ベースだった会議室予約のオンライン化、 SharePoint Onlineによるポータルサイトの構築およびデジタル資料の共有など、現場主導で利用が広がっていきました。2016 年にリリースされたMicrosoft Teamsの利用も一部の部署で先行して緒に就き、2019年10月にはセンター全体に対してワークショップを実施。「新型コロナのパンデミック前にワークショップを開催できたことは、とても運が良かったといえます」と、Office 365の活用推進に取り組んできたNCGM 医療情報基盤センター 診療情報管理士の石割大範氏は当時を振り返ります。

 「Web会議やテキストチャットなど、メールのように堅苦しくないコミュニケーションと、"チーム"によるグループでの情報共有が可能な点で、医療情報基盤センターはTeamsを高く評価していました。そのメリットをワークショップで周知できたことが、新型コロナの発生後の『非接触』での業務の見直しに向けた、各組織の千差万別のTeams 活用の下準備となりました」(石割氏)

非接触で医師同士をつなぐ連絡と教育手段に

 では、Teamsにより現場はどう変わったのでしょうか。まずはワークショップ前からTeams 利用をいち早く進めてきた国際感染症センターです。同センターでは、医療現場のコミュニケーションの在り方が大きく見直されています。

 その一端は、重大な感染症に対応するための特定感染症病棟でのコミュニケーションに見て取れます。同センターには4床が設置され、それらは感染拡大防止のためにナースセンターなど業務空間と3つの部屋を介して厳格に区切られています。ただし、そうした配置により病床内の様子が分からず、音も伝わりにくいことで、治療中の事故の検知のしにくさがリスクとして指摘されていました。対策として病床にカメラや連絡用のモバイルデバイスも配備しましたが、カメラは画質や使い勝手で、またモバイルデバイスも機能不足に起因するコミュニケーションの質の面で満足できるレベルではなかったといいます。この状況をTeamsが一気に打開しました。

 NCGM 国際感染症センター センター長の大曲貴夫氏は、「Teamsは優れた画質や音声による質の高いコミュニケーションを実現している点で私たちのニーズにマッチし、病床で患者を診ている医師、看護師と、離れた場所のスタッフとの連絡手段として一気に利用が広がりました。また、診療の過程では経過記録などのために患者を撮影することもしばしばありますが、従来、その際にはカメラを病室から持ち出すたびに殺菌処理が必要で、多大な手間を要していました。しかし、病室に配備したTeams用のタブレットを使うことで、撮影も手間なく簡単に行えるようになりました」と語ります。

 国際感染症センターでは治療薬開発のための臨床研究も数多く実施しています。その際には患者から紙ベースの同意書に署名をもらいますが、新型コロナにより同意書をどう病床から運び出し、管理するかが新たに課題となりました。それも、同意書を撮影して保管することで解消できています。

 コミュニケーションの取りやすさから、今では医師と看護師との連絡手段としても定着。新型コロナの感染拡大を機に、従来オンサイトで実施していた院内向け感染症対策セミナーのオンライン開催も始まっています。

 「移動が不要になることで参加者が5~10倍と一気に増え、知見の広がりの面で、その意義は決して小さくありません。セミナーをアーカイブしてあとから見返すことも簡単です。さらに、アーカイブ動画を編集して外部公開も行っています。医療者の継続教育は医療の世界で長らく課題とされてきました。アーカイブ配信はそこでの効果的な施策として、今後のさらなる広がりが期待できます」(大曲氏)

 すでにTeamsがなくてはならないツールになっている大曲氏ですが、さらなる活用にも意欲的です。その鍵を握るのがTeamsアプリの「Expert Finder」。組織内の人材を見つけ、すばやいコンタクトを可能にするアプリです。

 「Teamsで手軽に会議ができるようになりましたが、その会議に誰を呼ぶべきか、この件は誰に相談すればよいか、という前段階は従来のままです。NCGMのようなスタッフの多い組織では人にどれだけ早くリーチできるかが重要。Teamsにはまさにそのための機能があるというので、ぜひ活用したいですね」(大曲氏)

対面作業からオンライン化推進で事業中断の危機を回避

 NCGM内でグローバルヘルスに関する技術協力や研究開発、医療の国際展開、国内外の人材育成、緊急援助などを担っている国際医療協力局でもTeamsは広く活用されています。同局は新型コロナにより各国でロックダウンが広がる中、活動を支える様々な対面作業をTeamsによるオンラインへ移行させることで、事業中断の危機を克服しました。

 オンライン化済みの業務は多岐にわたります。「国際保健医療協力」分野では低中所得国を中心とする技術協力や新規案件形成、「グローバルヘルス領域のシンクタンク機能」としては国際会議や国連機関等への技術的インプット、「人材育成」分野では国内外の保健人材を対象とした研修などが代表的なものです。

 NCGM 国際医療協力局 人材開発部 広報情報課長の田村豊光氏は、「新型コロナの影響で2020年4月以降、多くの事業が中断してしまいました。そこからのいち早い復旧の策が、以前に説明を受け、すぐにでも利用できたTeamsだったのです」と話します。

 以来、事業内容を考える局員とIT 技術者が共同で試行錯誤しつつ、活用の幅を拡大。国内外の出張からWeb会議への置き換えなどを通じて、今では新型コロナ前に劣らぬ状況にまで事業を挽回しています。

 思わぬメリットもありました。それが、研修のオンライン化による参加者の急増です。海外の複数会場を同時に結ぶことで、多い時には一度に700名もの参加を集めたこともあるといいます。対面ではこれほどの規模での開催は現実的に難しく、低中所得国の保健医療の改善に向け、より大きな貢献につながっています。オンライン研修では、ビデオを安全にアップロード、視聴、共有できるMicrosoft Streamのほか、Microsoft FormsやSharePointなども連絡や情報共有のために併せて利用しているそうです。海外出張をWeb会議に置き換えたことで、逆に現地とのコミュニケーションの密度が増すケースもあったといいます。

 もっとも、グローバルヘルスに関する事業の中には、現地で作業しなければならないものも存在します。

 「国際医療協力局は『現場を大事にして事業を遂行する』という価値観を共有しています。この理念の下での効果的かつ効率的な事業実施に向け、立ち上げは現地で、その後のフォローはオンラインで、またはその逆などハイブリッドの実施形態の検討も、コロナ後を視野にすでに着手しています」(田村氏)

アンケートの回答漏れを一掃しデータの質を抜本的に向上

 NCGMでは感染症に関する研究の一環として各種アンケート調査も実施しています。新型コロナの感染拡大後は、作業を従来の紙ベースからMicrosoft Formsで実施する方法に切り替え、回答率やデータ精度の向上、業務効率化やリードタイムの短縮につなげています。

 紙ベースのアンケート調査でかねてから課題視されていたのが、アンケート回収後に発生する手作業によるデータ入力です。その手間と時間から、調査対象が増えるほど分析までのリードタイムが長引かざるを得ません。加えて、それ以上に問題とされたのが必須回答項目の記入漏れなどに起因する無効回答の排除、データクリーニングの存在でした。

 NCGM 臨床研究センター 疫学・予防研究部 部長の溝上哲也氏は、「ロジックを欠いた回答は疫学調査のデータ品質を大きく低下させてしまいます。例えば、喫煙者かどうか、さらに喫煙者であれば喫煙年数や本数などを問う質問に、喫煙者でありながら喫煙年数が抜けている回答です。それらのクリーニング作業にも別途、手間と時間が発生し、長年、この問題に悩まされてきました」と語ります。

 対してFormsでは、質問票の作成に当たり、喫煙者かどうかを尋ねる質問で「はい」であれば、「喫煙年数」の質問を新たに表示させる画面設計が可能で、必須項目に未記入だと次に進めないなど回答漏れを確実に防げます。また、回答はオンラインで自動集計されるため、分析までに人手を要すことはありません。

 NCGMでは新型コロナの感染拡大を受け、全職員に対するアンケート調査の実施を決定。その方法として美代氏から紹介を受け、2020年7月からMicrosoft Formsの利用を開始しました。

 「紙ベースのアンケートでは回答者が質問を見逃すミスを防げず、そのことが有効回答率の低下の一因にもなっていました。Formsであれば、この問題も抜本的に解消できる点に感銘を受けました。また、質問票の作成は初学者でも作成できるほど簡単で、自動集計機能により結果もすぐに出せます。実際にWebで実施したアンケートでは4日後に結果の第一報を出せたほどです」(溝上氏)

 個々人の回答状況もリアルタイムで把握でき、未回答者だけに回答を促すメールを出せるようにもなりました。応用策として健康診断の際に、受診者リストと事前回答者リストを突き合わせ、未回答者にのみ紙のアンケートをその場で書いてもらう取り組みにもつながっています。そのうえで、 Microsoft Power Automateとの連携にも着手。一斉同報によるアンケート記入のお願いメールは無視されがちですが、Power Automateにより未回答者の一人ひとりに名前や所属、職員番号までメールに記載する工夫により、回答率は大幅に向上しているといいます。

 「今後は取り組みをさらに発展させ、例えば回答をAIで分析し、何らかのかたちでフィードバックすることで、アンケート回答者へのインセンティブ創出につながる仕組み作りに取り組みたいと考えています」(溝上氏)

デジタルを身近なツールにする"おもちゃ箱"

 このように、NCGMではOffice 365の活用が現在進行形で進んでいます。その基礎盤固めとして、Office 365の説明会と並ぶ取り組みと位置付けられるのが、新型コロナ発生初期での業務のリモートワーク化に向けた医療情報基盤センターの迅速な対応です。同センターはそのためのツールとしてすでに利用可能で、SharePointなどとの連携も容易なTeamsが、組織の仕事の仕方を変えるうえでも最適と判断。副院長に組織の標準ツールとして採用をいち早く訴え、最終的にすべての会議をTeamsで行うとの方針が理事長から示されることになりました。

 「感染症対策の基本は、人と人との距離を取ることで、Web会議への移行は必然です。また、何らかの施策を考えるうえでは、人の知恵を持ち寄ることが大事です。その点、Web会議は移動が必要なくスケジュール調整も楽で、対策立案にも大いに貢献しています」(大曲氏)

 Teams利用を円滑に軌道に乗せるべく、医療情報基盤センターは操作マニュアルを整備してSharePointで共有。併せて、Office 365の他の機能も利用した組織としてのデータ保管法などの利用方針を固めています。Teamsの普及促進の工夫の1つがSharePointで作成したNCGMポータルサイトのTeams内でのピン留めです。アプリケーションを切り替えることなく、Teamsの画面から組織として共有すべき情報へのアクセスが可能となり、情報検索の手間の軽減、ひいては組織としての業務効率化に着実に寄与しています。

 一方で、医療情報基盤センターもOffice 365を自身の業務改善に役立てています。その代表がネットワーク監視への応用です。

 同センターではネットワーク機器が検出した異常をメールで受け取ることで対応に当たっていますが、アラート件数は日に100以上にもなります。

 「普通に受け取っていては他のメールに埋もれてリスクを見逃してしまいかねません。そこで編み出したのが、Power Automateによるメール解析でのセキュリティリスクの判別とTeamsのチャネルへの通知です」(石割氏)

 仕組みはまず、アラートメールをPower Automateが受け取り、別に用意されたリスク判別のテーブルと突き合わせてリスクを分析します。それを基に、リスクの程度や対応すべき部署を判断してチャネルへ異常の内容を通知。すると、Teamsでは対応したフローが自動的に立ち上がり担当者へ対応手順の指示を通知します。対応完了したインシデントはスレッドにクローズマークを付けることで、対応漏れの確実な防止につなげています。

 また、ネットワーク接続申請やWeb会議機材の貸し出しのために、Formsで作成した電子申請書をPower Automateで承認者に自動的に巡回させ、すべての承認後にTeamsへ完了を通知する組織横断型の仕組みも整備。組織全体の業務電子化で成果を上げているそうです。

 NCGMのOffice 365の利用動向は、月間会議数で約1300、チーム数で約1400、アクティブアカウントはほぼ全職員の3000人に達しています。コスト削減にも目配せを利かせており、「利用開始当初はすべてのアカウントがOffice 365 E1でしたが、その後、利用頻度や使用容量が少ない職員をフロントワーカー向けのOffice 365 F3に、利用頻度やデータ量が多い職員や役職者などはOffice 365 E3に変更するなどしてライセンスコストの最適化を図っています」と石割氏は解説します。

 医療情報基盤センターでは今後、Teamsをハブに、業務と人のそれぞれを繋げる仕組みの強化を通じて、最適な人材の即座の発見や、新たな観点での議論促進などにつなげる計画です。

 NCGMでOffice 365がこれからどう活用されるのか。美代氏は次のように期待を寄せます。

 「デジタルで仕事を変えることが、この1年間で大きく進展しました。つい最近もTeamsで健康診断会場の混み具合をリアルタイムに映像配信し受診者を分散させるという取り組みを総務部門が提案し自ら実施しています。デジタルをこうした身近な道具として捉えられるようになったのは、デジタルへの理解が進んだだけでなく、Office 365の多彩なツール群と高い使い勝手があったればこそです。その深化のためにも、マイクロソフトにはぜひともツールの多様化と改良をお願いしたい。Office 365はいわば、いろいろなことが可能な道具が詰まった"おもちゃ箱"です。これを使って何ができるか、そんなワクワクするツールが今後も追加されることを期待しています」(美代氏)