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自由でリーズナブルな新しい旅を提供する、JR東日本の新規事業「BUSKIP」を支えるAzure

東日本エリアの公共交通を支え続けてきた東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR東日本)。激変する外部環境を見据え、新たな成長戦略を推進していくために2018年にグループ経営ビジョン「変革2027」を策定、鉄道以外の新規ビジネスの創出に積極的に取り組んでいます。その一環として新たに開始されたサービスが「BUSKIP(バスキップ)」です。既存バスツアーとの連携により、より自由で便利な観光地巡りを楽しめるサービスですが、その開発と運用を支えるクラウド基盤として採用されたのが「Microsoft Azure」です。Azureの採用に加え、マイクロソフトのパートナーであり、MaaS(Mobility as a Service)事業で実績を有するアーティサン株式会社の支援により、短期間での開発を実現したBUSKIPは、2021年4月から本番運用が開始されています。

社内新事業創造プログラムから生まれたバスツアーの検索・予約サービス「BUSKIP」

 東日本エリアの公共交通を支えてきたJR東日本。近年、人口減少や自動運転技術の実用化など、経営環境が急激に変化する中、新たな成長戦略に挑んでいくために2018年に策定したグループ経営ビジョンが、「変革2027」です。2027年頃までの経営環境の変化を見据えた成長戦略を描いた同ビジョンでは、従来の「鉄道を起点としたサービスの提供」から「ヒトを起点とした価値・サービスの創造」への転換が謳われており、様々な取り組みが進められています。

 その一つが、2018年9月にスタートしたJR東日本グループ内新事業創造プログラム「ON1000(オンセン)」です。これはJR東日本グループの全社員を対象に広く新事業のアイデアを募集するもので、前例にとらわれない新たな発想によりイノベーションを連続的に生み出すことが目的です。職責や年齢に制限を設けずJR東日本グループの全社員約7.5万人を対象に広くアイデアを募集。これまでの3年間の累計で2,500件を超えるアイデアの応募が寄せられ、ビジネスモデルの設計から実証実験まで、事業化に向けた検証が行なわれています。

 そこで生まれた新事業の1つが、2021年4月から開始された「BUSKIP(バスキップ)」です。これは、様々な旅行会社のバスツアーを横断して検索・予約できるサービスです。将来的には、既存バスツアーの行程の中から行きたい観光スポットを部分的に巡るプランを選んで利用することで、個人旅行や車の運転が困難な人でも満足度の高い快適な旅行を可能にすることを目指しています。様々な旅行会社が提供する既存のバスツアー商品を部分的に利用することで、観光スポットと観光スポットをダイレクトに巡ったり、アクセス手段が乏しかった観光スポットを訪れたりすることを可能にします。

 BUSKIPを発案し、その事業化を主導してきた、JR東日本 事業創造本部 新事業創造部門の奥田結香氏は、同サービスが生まれた背景について次のように説明します。

 「転勤で仙台に赴任した際に、東北の観光スポットを辿り歩こうと考え、休日を利用して観光地巡りを楽しんでいました。そうした旅を重ねる中で、車でなければ行けない場所など、鉄道から先の“ラストテンマイル”の移動手段が限られている観光地が多いことに気付いたのです」(奥田氏)。

 そこで、奥田氏が着眼したのが、観光スポットで居合わせたバスツアーでした。

 「観光バスが必ずしも満席でないことに気付きました。そこで、観光バスの空席に相乗りできれば、旅行者は移動手段を確保できるし、バスツアーを企画する旅行会社も空席を埋められます。そしてJR東日本でも新幹線や特急、在来線に新たな交通手段を加えられるなど、それぞれメリットを得られると考えました」(奥田氏)。

 事実、旅行会社が主催するバスツアーは満席であろうと空席であろうと発生する固定費は変わりません。しかし、区間が限定されていたとしても、バスツアーの空席が埋まれば収益の向上に繋がります。したがって、全国を対象とする大手旅行会社だけでなく、従来、特定地域を商圏としてきた地方の小~中規模な旅行会社にとっても、これまで呼び込めていなかった他地域の旅行者を取り込めるなど、販売企画の拡大が見込めるようになります。

 旅行者、バスツアーを運営する旅行会社、そしてJR東日本にそれぞれメリットをもたらすこのアイデアは、先のON1000に採用され、最終的にBUSKIPとして事業化されることになりました。そして2021年春のサービス開始に向け、JR東日本は2020年夏から本格的なシステム構築に着手します。

MaaSソリューションで実績を持つアーティサンをパートナーに迎え、Microsoft AzureでBUSKIPの開発・運用基盤を構築

 このBUSKIPの開発と運用を支える基盤としてJR東日本に採用されたのが「Microsoft Azure」であり、構築をサポートした企業が、マイクロソフトのパートナーであるアーティサン株式会社です。Azure、およびアーティサンとの出会いについて、奥田氏は次のように振り返ります。

 「仙台で勤務していた頃に、多様なバックグランドを持つ在東北の若手社会人の有志団体の運営に携わっていたのですが、そこで出会った知人から日本マイクロソフトの担当者を紹介してもらいました。その後、日本マイクロソフトが主催する大手企業のイントレプレナー支援の取り組み「Empower Japan Intrapreneur Community」に参加し、BUSKIPの基となるアイデアをプレゼンした際、その実現を支えてくれるベストパートナーとして日本マイクロソフトから紹介されたのがアーティサンでした」(奥田氏)

 アーティサンは創業以来、AzureをはじめMicrosoft 365やDynamics 365等、マイクロソフトのクラウドサービスを中心としたコンサルティングや開発サービスを提供するシステムインテグレーターです。クラウドの創成期からAzureによるシステムコンサルティングや開発を手掛け、2019年には日本企業として初めてとなるMicrosoft Power Appsの公式パートナーに認定されています。

 一方で、公共交通機関のデジタル変革に向けたMaaS(Mobility as a Service)事業にも注力、バスがいつ来るか分かるバスロケーションシステムの『バス予報』」を筆頭に、多彩なソリューションやサービスを提供しています。このバス予報はAzure上で運用されており、そこで培われたノウハウや実績もJR東日本がアーティサンを選択した理由となりました。

 アーティサン 代表取締役社長の小山才喜氏は、「MaaSソリューションを手掛ける中で、私自身も奥田様が語る地方の“ラストテンマイル”の問題を解決したいという想いがありました。また、JR東日本様とパートナーシップを組むことで、様々なシナジーを生み出せると考え、今回のプロジェクトへの参加を決断しました」と説明します。

 このほか、JR東日本が以前から社内の様々なシステムにAzureを積極的に活用してきた実績があったことも、Azureが選ばれた理由の1つです。

アジャイル開発の手法に基づき、会話を重ねながらJR東日本の求める機能要件を実装

 2020年夏から本格的に始動したプロジェクトは、どのように進められていったのでしょうか。奥田氏は「当社のスタッフはビジネス企画が主業務であり、ITに習熟しているわけではありません。当初は用語も分からず苦労したこともありましたが、アーティサンのスタッフの方々に多大な支援をいただきました」と振り返ります。

 「BUSKIPが想定するメインターゲットは20~30代の女性であり、“とにかく分かりやすくて、使いやすいもの”という大前提を掲げていました。アーティサンは常に当社の機能要望を詳細に聞き取り、具体的な形に仕上げていってくれました」(奥田氏)。

 JR東日本の要望を満たすために取り入れられた開発手法が、作成したサンプル画面を基に機能実装や変更・改善を行っていくアジャイル開発の手法でした。プロジェクトマネージャーを担当した、アーティサン クラウドコンサルティング事業部 プロダクトマネージャーの櫻田広明氏は、「今回のプロジェクトは納期が短いこともあって、ウォーターフォール型の開発では手戻りが発生した場合、スケジュールに大きく影響すると考えました。そこで、アジャイル開発を採用し、作成したサンプル画面に基づいて奥田様をはじめ、JR東日本の担当者の皆さまと会話を重ねながら具体的な機能を実装していきました。この過程でシステムの方向性や機能に関する共通認識が醸成され、大きな軌道修正が行われることもなく、プロジェクトを進められました」と説明します。

 なお、今回のプロジェクトで最も苦労した点は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、直接、JR東日本のスタッフとの顔を合わせてのミーティングが困難だったことでした。櫻田氏は、「特に、実際の画面の動きを理解してもらうための説明に苦労しました。そこでMicrosoft Teamsのビデオ会議を使って皆さまに実画面を見てもらったり、Azure上に構築したテスト環境を実際に操作して確認してもらったりするなど、オンラインを介したやり取りを主軸に進めました」と話します。

AzureのPaaS機能を積極的に活用しアプリケーション開発に専念

 今回のBUSKIPの開発では、Azure SQL Database、Azure Functions、Azure Web Appなど、Azureが提供する数々のPaaS 機能が活用されています。主要データベースとなるAzure SQL Databaseは運用の効率化やセキュリティを考慮し、IaaS上に構築するのではなくPaaSを利用しています。また、Azure Functionsとの高い親和性により、負荷が上昇した際にも容易なスケールアウトが可能となっています。現状ではSQL Databaseと外部システムと間にデータのやり取りは行われていないものの、今後、様々なシステムとの連携が行われる可能性もあるといいます。その場合にはシステム間でいかにデータを高速にやり取りできるかが重要となりますが、Azure内でやり取りできるようになれば、インターネット接続よりも高速かつ高信頼な通信が行えるようになると期待を寄せています。

 Web AppsはBUSKIPの画面の開発に利用されています。「今回チームでの開発を行っており、資産管理にGitHubを利用しているのですが、Web AppとGitHub、そしてVisual Studioを併用することで開発したシステムのデプロイが自動化され、とても重宝しています。また、修正対応もスピーディ行えており、短納期による開発に貢献してくれました」と、櫻田氏は評価します。

 このほか、BUSKIPで利用されるデータの格納先として拡張性と可用性に優れたAzure Blob Storageが用いられているほか、フロントエンド側の認証機能としてAzure Active Directory B2Cが、データセンター側でSSLオフロードやアプリケーションアクセラレーションを行うための仕組みとして、Azure Front Doorも導入されています。

 「AzureのPaaS機能を採用したことや、Azure自体がプラットフォームとしての安定性と信頼性に優れていたことから、セキュリティの確保や可用性を担保するための仕組み作りにさほど煩わされず、アプリケーション開発に専念できました。自分達でプラットフォームを意識する必要がなく運用負荷やコストを抑制しながらシステム開発に専念できる環境を得られているのは大きなメリットです」(櫻田氏)。

 これらのAzureが提供する様々なメリットに加え、アーティサンの支援を受けられたことで、タイトな開発スケジュールの中、JR東日本は当初のターゲットとして想定した4月にBUSKIPのカットオーバーを迎えることができました。

今後も新規事業のプラットフォームにクラウドを利用“お客様の課題”を起点に最新技術を取り入れたサービス開発を推進

 BUSKIPは、2021年4月29日にサービスとしてリリースし、コロナ流行情勢を鑑みて会員登録と予約受付を順次開始する予定です。また、JR東日本が東北6県で展開する観光キャンペーン「東北ディスティネーションキャンペーン」と合わせて実施するMaaS施策の一環として、東北エリアで展開するバスツアーからサービスを開始し、その後、順次日本全国に拡大していく計画です。

 今回のプロジェクトを振り返り奥田氏は「BUSKIPはON1000プロジェクトの第1弾としてスタートしましたが、今後も第2、第3の新規事業が創出される計画です。そのプラットフォームとして、安定性とセキュリティに優れ、そしてスモールスタートで始められるAzureの利用はとても大きな意義があると考えています」と総括します。

 また、同氏は、今後もクラウドサービスをはじめ、 IoT(Internet of Things)など最先端技術も積極的に新サービスに取り入れていく意向を示す一方、テクノロジーありきではなく、あくまでも“お客様の要望や抱える課題”を起点に、その解決策を効率的に実現してくれるテクノロジーを採用していきたいと強調します。

 「そうした観点から、私たちが新規事業を創出していくにあたっては、技術面でのパートナーシップが非常に重要な役割を担います。アーティサン、そして日本マイクロソフトには引き続き手厚いサポートをお願いしたいと考えています」(奥田氏)。