ヤマハ ネットワーク製品の「継承」と「挑戦」
LAN管理を強力にサポートする「RTX1210」 開発者が語る“ヤマハルータ”の理念とは
(2014/12/4 06:00)
ヤマハ株式会社は11月27日に、中小規模拠点向けVPNルータの新モデル「RTX1210」を発売した。先行機種の「RTX1200」は2008年に発売されており、約6年間の好評を経てのバージョンアップだ。
すでにヤマハからアナウンスされているとおり、形状や重量、価格こそ同等である一方で、性能や機能はまったく異なる新製品となった。同社はこれを、「継承と挑戦」というキャッチフレーズで示しており、古くから活用している既存ユーザーにも、初めてRTXシリーズに触れる新規ユーザーにも、最高の“エクスペリエンス”を提供するため、随所に工夫がなされている。
今回は、RTX1210の開発を担当したSN開発統括部 第1開発部 ネットワーク機器グループから、4名のエンジニアに登場していただき、ハードウェアとソフトウェアの両面から、RTX1210にかける思いを語ってもらった。
どんなユーザーにも最高のパフォーマンスを提供する「継承と挑戦」
主にハードウェアを中心にRTX1210の設計・開発をリードした藤木大輔氏は、『継承』の大切さを次のように語る。
「RTXシリーズは、非常に多くのユーザーに親しまれ、さまざまなシーンで活用していただいています。6年越しで登場したRTX1210は、最新のネットワーク事情に適するよう、また新しいユーザーが困ることのないよう、さまざまな工夫がなされています。しかし、従来のユーザーがこれまでと同じように運用できることも、やはり重要です」(藤木氏)。
例えばRTX1210では、これまでの機種に搭載されていたGUIとはまったく異なる、新しいGUIが搭載されている。ヤマハの下位モデルのルータや、ほかのルータから乗り換えるユーザーにとって、非常に使い勝手のよいインターフェイスに仕上がった。
詳細については後述するが、ヤマハルータのユーザーの中には、従来のコマンドラインインターフェイス(CUI)を非常に好んでいる“コアなファン”も少なからず存在する。そこでRTX1210では、新しいGUIに偏ることなく、従来どおりのCUIを扱うことができるようにした。
「ヤマハは、下位互換性を重視しています。あるユーザーの例では、1997年に登場したRT140eを2011年に登場したRTX810にリプレースした際、configをそのまま使うことができたとのことです。従来のユーザーに大きな負担をかけることなく、最新の技術を活用していただけるのです」(藤木氏)。
一方で、主にソフトウェア開発のリーダーとして活動した加藤裕昭氏は、RTX1210の『挑戦』は、単に新規ユーザーを獲得するためのものだけでなく、既存のユーザーにとっても重要な意味を持つと主張する。
「慣れたネットワークエンジニアは、VPNなどのconfigをコマンドでどんどん入力して設定していくことができます。しかし、トラフィックや障害などのリアルタイムな状況を把握するのは、コマンドラインでは困難です。そのため“管理用のGUIがほしい”という声を頂いていました。『ダッシュボード』や『LANマップ』などの新機能を搭載し、管理性を向上したのは、それが目的なのです」(加藤氏)。
厳しい環境でも適切に運用できる細やかなハードウェア設計
それでは、まずRTX1210のハードウェアの設計を細かく見ていくことにしよう。
まずCPUは、「MIPS 300MHz」から「PowerPC 1.0GHz」へ一新され、RAMは256MB、Flash ROMも32MBに倍増された。実際のネットワーク性能は、スループットは最大1Gbpsから2Gbpsへ、VPNスループットは最大200Mbpsから1.5Gbpsへ、NATの最大セッション数は2万から6万5,534へと、大幅な向上が図られた。
もちろん、ネットワーク性能の向上はCPUのパワーのみに頼るものではないが、大きく寄与していることは間違いない。ところで、同社のほかの製品群を見てみると、ARMやMIPS、PowerPCと採用されているCPUが異なり、いずれかのメーカーにこだわることはないようだ。藤本氏によれば、時代時代に合わせて柔軟に、最良のものを選択しているとのことで、モデルが更新されるごとに大幅な性能アップが図られる要因だと説明する。
RTX1210の筐体は、RTX1200のプラスチックから金属製に変更され、動作温度の上限値が40℃から45℃に向上した。金属製になったが、サイズは220×42.6×270mmから220×42×239mmへと小型化され、質量も同値の1.5kgが保持された。
小さな拠点で活用されることの多いRTX1210は、企業本社のサーバールームのように快適な環境が用意されているとは限らない。小型店舗のPOS端末の置かれた棚の影に、押し込まれるように設置されるケースもあるという。そのため、耐熱性を向上させる一方で、大型化・質量増は避けなければならない命題だった。
「厳しい状況でも、容易に設置して確実に稼働するように、さまざまな工夫がなされています。また一方で、製造コストが大幅に増大するようでは、ユーザーに負担を強いる要因になってしまいます。組み立てが容易になるようネジを1つにして、強度が保てるように取り付け方にも工夫しました」(藤木氏)。
これ以外にも、細かいところに配慮がなされている。今回、RTX1210は、AC240Vまで対応できるよう電源部の仕様を変更。それに伴い、電源ケーブルをそれまでの直付けタイプから、必要に応じて240V対応ケーブルに差し替えられるようにした。しかし、電源ケーブルの根元(接続部)部分は固く大きいため、ただ筐体の背面に設置したのでは根元部分が飛び出てしまい、せっかくの小型化の障害になってしまう。そこでRTX1210では、筐体のコネクタ周りを凹状にすることで、ケーブルを含めたトータルのサイズに影響しないよう配慮している(なお、ケーブルが着脱式になってもトラブルがないよう、抜け止め金具もきちんと用意した)。
このほかにも、狭い場所で間違って操作してしまわないように電源スイッチの形状を凹型にしたり、コンソールポートをグローバルに主流となりつつあるRJ-45に変更したりと、多くの部分でユーザーの意見を取り入れている。
ISDN S/Tポートを残したのも、ユーザーニーズを満たすためだ。NTT東西が提供しているISDNサービスは、2020年ごろから移行を開始して、2025年には全面撤廃される予定となっている。しかし現状でも、ISDNを利用しているユーザーは少なくない。そうしたユーザーを切り捨てることなく、最後までサポートを続けたいというのがヤマハの意向だ。
また、ヤマハルータにファンが多い要因の1つとして、ハードウェア障害・故障が非常に少ないという点があげられる。しかし当然のことながら、同社の修理センターに機器が持ち込まれるケースもある。ところがこれらの障害の多くの割合を占めるのは、ユーザーがファームウェアのアップデート時に操作をミスして、正常に起動できなくなってしまったケースだというのだ。
「私たちは、当初から故障しないことを重要視して開発に取り組んでいますが、さらにこうした障害についても、お客さまを支援できないかと考えました。そこでRTX1210では、ファームウェアを二重化するセーフ機能を設けて、アップデートに失敗しても旧ファームウェアから起動できるようにしました。これにより、ネットワークの可用性がさらに高まるはずです」(藤木氏)。
機能だけじゃない、最高のユーザー・エクスペリエンスを目指す
次にソフトウェア面の改善、特にがらっと変わったGUIについて紹介しよう。RTX1210では、冒頭で加藤氏が述べたように、管理目的の機能強化が図られた。管理面で特に重要なのは“わかりやすさ”だ。
「実は、以前から提供してきたGUIでも、管理用の情報が見られるページは存在していました。ところが、どこから見ればよいのかわからないという意見が多かったのです。ユーザーによっては、機能を説明すると、『こんなのがあったんだ!』と驚かれることすらありました。私たちは、機能として必要であることは理解していたものの、ユーザーニーズを正しくつかめていなかったのです」(加藤氏)。
RTX1200は、確かに機能は申し分なく、設定管理に必要なGUIのページがそろっていた。しかし、ベースにあったのは従来のCUIと同じ感覚のままだったのだ。そのため、どのように使えばよいのかが伝わってなかった。
そこでSN開発統括部 第1開発部 ネットワーク機器グループでは、GUIの開発エンジニアである秦佑輔氏に加え、インターフェイスデザインを専門とする山本圭子氏を加えた。もともと山本氏は、音響系システムのUI開発に従事しており、ネットワークエンジニアとは異なる視点を持っている。
「アンケート調査によると、RTX1200のGUIは、初心者には難解で、人気があったとは言えませんでした。一方で(2011年発売の下位機種)RTX810のGUIは、1本道の構造で慣れないユーザーには好評でした。RTX1210のGUIは、初心者のためのページと管理者のためのページを分け、導線を整理することでユーザー・エクスペリエンスの向上を図るべきだと考えました」(山本氏)。
そこで山本氏と秦氏は、デザイナーとエンジニアという立場で頻繁に協議を繰り返した。意見が衝突することも多分にあったが、互いの考え方を吸収していき、徐々に優れたインターフェイスが出来あがっていった。加藤氏や藤木氏は、当初こそ意見を出していたものの、開発が進むにつれて決定権を譲渡することにしたという。二人が作り上げていくUIが、信頼できるものに成長していくのが感じられたからだ。
エンジニアである秦氏が特に注意したのは、これまでヤマハルータを扱ったことのない技術者でもスムーズに管理できるように、独特の言い回しや用語を極力排除すること。
「開発者側も、そうした独自の文言に慣れてしまって、なかなかユーザーに伝わりにくい部分がありました。もしアイコンやメニューの配置が良くなったとしても、何を設定したり管理したりするものなのかが伝わらなければ不十分です。各機能の開発者と協議して、できるだけわかりやすい説明を心がけました」(秦氏)。
山本氏も秦氏も、ヤマハ製品のインターフェイスはまだまだ良くなる余地があると主張する。
「これまでヤマハのネットワーク機器は、機種ごとにUI設計が大幅に異なるという問題がありました。今後の新製品では、RTX1210で作り上げたGUIをベースに統一していく予定です。操作性が統一されることによって、ユーザーの管理負荷も軽減されるでしょう。ただし、個人的にはまだ“完璧”ではないと感じており、ユーザーとともに成長していきたいと考えています」(山本氏)。
LAN管理を強力にサポートする“+α”を提供
ソフトウェア機能面で大きく改良された点として、前述した「ダッシュボード」と「LANマップ」の実装があげられる。
ダッシュボード機能は、2012年11月に発売されたファイアウォール「FWX120」から、ヤマハ製品としては初めて搭載された。ルータ製品で採用されるのは、もちろんRTX1210が最初である。
RTX1210のWeb管理画面を開くと、まずダッシュボードが表示される。ダッシュボード上のガジェットは、自由に追加・削除が可能で、管理者自身が必要と考える情報を即座に確認できるようになった。新しいGUIが、設定用途ではなく管理用途も重視した結果と言える。
「便利な機能の1つとして、『Syslog』ガジェットをオススメしたいですね。何百行にもなるログデータから、ある特定のキーワードをダッシュボード上で検索することが可能です。ただ見るだけでなく、管理に必要な機能をすぐに使えるのが、RTX1210のダッシュボードの特徴です」(秦氏)。
ヤマハでは、2012年に上述のFWX120や無線LANアクセスポイント「WLX302」やスイッチ「SWX2200-8G」などを発売し、製品ポートフォリオを広げて新しいネットワークへのニーズに対応してきている。
LANマップは、そうした各種のネットワーク機器に加えて、配下のPCやスマートデバイス、プリンタ、ネットワークカメラなどの端末の情報を一覧表示して、統合管理できるようにする機能だ。
自動的に生成されたトポロジーマップをスナップショットとして保存する機能も備えられており、その機能を使えば、例えば新しい端末が接続されるとリアルタイムに検出する、といったことも可能だ。つまり、管理者が認めていない“ローグPC”などを見つけ、迅速に対応できるというわけだ。こうしたシャドーITは情報漏えいルートになることも多く、RTX1210のみで、基本的なセキュリティ対策を採ることができるのは大きなポイントと言える。
「ネットワーク市場のターゲットはどちらかと言えばWAN側に移行しており、身近なはずのLANを容易に管理できる製品が少なくなっているように感じています。LANマップは、現状では基本的な機能しか持ちあわせていませんが、さまざまなネットワーク機器を高度に管理するための基盤となる技術です」(加藤氏)。
ヤマハルータは、高性能なルータ機能に加えて、ネットワークに“+α”を加える高度な機能を提供していく。機器の値段は、「ハードウェアの価格ではなくサービスの価格である」というのが藤木氏の主張だ。
「壊れないRTX1210と手厚いユーザーサポートによって、“LANの管理で悩んでいるユーザー”を強力に支援していきたいですね」(藤木氏)。